第25話 彼女の戦い
少女が休んでいる間に話を進めていく。少女の名はエヴェリナ、ヴァルタ防衛隊に昨年入隊した新兵だ。
キースからクロウ達がヴァルタを目指していた理由を聞いたエヴェリナは、これまで起こった出来事を語り始めた。拳を指が白くなるほど握り締め、それでいてどこか虚ろな目つきで。
「街の外でうろついてる奴らが現れたのは二ヶ月前。街から離れた民家に押し入ったり、輸送中のトラックから積み荷を奪ったり……。最初は怪我人も出なかったから適当に対応していたんだ。それが、先月、いきなり街の外に銃を持って押し寄せてきた」
「それから戦闘に?」
「いや、その時はあいつらから食料や医療品の要求があっただけ。ただ、とんでもない量を求めてきた、ヴァルタ全体の半年分だ。当然それには応じられる訳ない、許容できる範囲で物資を提供してその場は収まった……奴らが攻め入ってきたのはその三日後だ」
街はこの様子だ、よほど激しい戦闘だったのは想像に難くない。
エヴェリナは怒りの隠し切れていない声で続けた。
「ヴァルタの人口はせいぜい五〇〇〇人、防衛隊は予備役も含め三〇〇人程度。大してあいつらは初日に攻めてきたのだけでも一〇〇〇人は超えていた……私達は街の防衛を早々に諦めて民間人の避難する時間稼ぎに専念した。生き残った防衛隊の三分の二は避難に同行、残りは囮」
こんな少女が囮となった、どれだけ凄惨な戦場だったのだろうか。女性が戦場に残ることの意味を知っている者がいなかったとは考えられない。それほどまでに状況は差し迫っていたのだ。
「街の内外で奇襲や待ち伏せをしてこちらに目を向けさせ続けてた。最初の一週間は曲がりなりにも作戦を立てて組織的に行動してたけど、立て続けに指揮官が死んだ後はみんな散り散りになって……今となっちゃ誰が生きてるかすら分からない。少なくともここ数日は私以外に戦闘してる音は聞こえてないよ」
助けを呼ばなかったのは無駄だと分かっていたから。
エヴェリナは一息つくと、思い出したかのようにふと顔を上げた。クロウのことをじっと見つめる。
「そういえば、その黒猫はあんたらの仲間か? ちょいと不気味なんだけど」
思い返してみれば、キース達とエヴェリナが死闘を繰り広げている間、クロウは何食わぬ顔で部屋の片隅に座っていたのだった。普通の猫ではありえない行動だ。訓練された犬だって多少の反応は起こしてしまう。
キースは苦笑いしながらしどろもどろになって答えた。
「あ……ああ、よく躾が行き届いているだろ?」
エヴェリナは訝しむような目でクロウとキースを交互に見たが、それ以上追及してくることはなかった。
「で、あんたらの目的は電子部品だっけか?」
そう、宇宙船の修理のために必要な物資を調達しに来たのだ。しかし、この街を見る限りあまり期待しない方が良いだろう。
「心当たりはあるよ、街の中心部、市庁舎の地下にコンピュータールームがある。避難の時は半分も持ってけなかったから、今でも残ってるはず」
「それなら今すぐにでも」
「いや、日が沈んでからの方が安全だと思う。あいつらが街の中に確実に入ってこない」
暗視装置でも持っていない限り、慣れない道の夜間歩行はライトが不可欠だ。スナイパーの潜む市街地を歩くには危険過ぎる条件なのは間違いない。無理に不利な戦場を選ぶ必要はないのだ、優勢ならばなおさら。
キースもそれに納得し従った。殺し合いをどうしても避けたい彼にとっては当然の判断だ。だが、一概に正解だとも言えない。多少のリスクを冒してでも早く事を済ますした方が良い場合もある。リスクはコストではない、結果オーライなら無問題なのだから。
しかし、宇宙からのお客様と少女二人を抱えたキースにそんな選択を強いるのは酷というものだ。
「夕方になったら車に食料を取りに戻ろう。食事と休息を終えたら、市庁舎に向かい電子部品を回収、それが完了したらこの地域を一気に離脱する。長い夜になるぞ、いいな?」
「ええ」「分かった」
二人につられクロウも「了解」と返事をしかけ、初めの一文字目で踏みとどまった。「りにゃお」と不格好な鳴き方に、エヴェリナは面白がるどころか少々不気味がっている。そもそもブリーフィングに返事をする猫というのがおかしいので当たり前の反応だ。キースもクロウの不注意を咎めるような視線を投げてきている。
喋れない、というのは案外堪えるものだ。
立ち昇る黒煙でくすんだ空が橙色に染まるまでの時間、クロウとキースが見張りを引き受け、セナとエヴェリナには休んでいて貰う。
少し前まで「会ったばかりの奴らの前で寝るなんて」と強がっていたエヴェリナも、セナが民家から見繕ってきた毛布にくるまると、気絶するように眠ってしまった。セナという同年代の少女がいたことも安心の材料だったのだろう。
たった一人でゲリラ戦を展開し続けたのだ、ロクな睡眠など取れなかったのは容易に想像できる。そのおかげでキース達が簡単に制圧できたという側面もあるので複雑ではあった。
微動だにせず深い寝息を立てているエヴェリナから少し離れて、三人は小声で話し合う。
起こさないように、という理由もあったが、一番はクロウが喋っているのを聞かれないためだ。エヴェリナには、電子部品が必要だ、ということは説明してあるが、なぜかは話していない。もちろん、クロウや宇宙船についてもだ。
「ヴァルタの街を襲った連中は一体何者なんだ? あれだけの人数を揃えるってのは並大抵のもんじゃないだろ」
声を潜めて尋ねたクロウに、キースも同じく小さな声で応じる。
「おそらく奴らは『揃えた』訳じゃない。あれだけの人数が『いる』んだ」
「どういうことだ? もっと分かりやすく」
「俺の予想では、街の外の奴らはほとんどが兵士じゃない、ただの素人、民間人だ。多分どっかの大きなコミュニティが崩壊した、もしくは分裂して追い出されたんだろう」
「たしかに銃の構えもなってなかったな……しかし、そんなことがあるのか? 最低でも一〇〇年は続いた共同体があっけなく壊れるなんて……」
「今日生きてることは、明日も生きられる保証にはならないってことだ。ちょっとした災害や疫病で崩壊するのなんて珍しくない」
諦観した様子でキースがぽつりと言う。
一つの地域だけで集団が存続するということの難しさは歴史が証明している。複数の地域で互いに不足を補い合わなければ、非常時に対応できない。しかし、無線連絡ができなければ、そんな協力対象を見つけに行くのも憚られる。未知の世界に漕ぎ出す勇気を持つ人間など一握りだ。
「今となっては俺達の敵だ。余計なことは考えるな」
「俺は問題ないが……」
自然とセナに視線が集まる。
「撃てる……なんて軽い気持ちで言い張るつもりはないわ。けど、ここで死ぬつもりもない」
それでいいんだ、人に引き金を引けるのは……まともじゃない。ましてや誇れることではない。
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