第23話 ヴァルタの街

 クロウの耳は少なくとも二種類の銃声を拾っていた。


「とりあえず移動だ、ほらセナ、シャキッとしろ! クロウ、銃声のした所まで案内してくれ、この地で何が起きているかだけでも把握したい」


「ああ、分かった」


 キースはセナを後部座席に押し込み、クロウもその隣に座った。車を始動させたキースに銃声の大まかな方向と距離を指示する。

 数分ばかり車を走らせるとキースの耳でも銃声を拾える距離になった。


「あの丘の向こうだな?」

「そうみたいだ」


 キースは丘の中腹まで強引に車で乗り上げ、それから車を降りる。姿勢を低くしながら頂上を目指すキースにクロウも従う。そして意外なことにセナも付いてきたのだった。


「待っててもいいんだぞ、セナ」

「いいの、大丈夫。ありがとうクロウ」


 頬には涙の伝った跡が残っていたが、その瞳には光が戻っていた。

 一足先に登り終えたキースは、双眼鏡を使って銃声のする方向を見ていた。クロウも同じ方向に目をやると、複数の人影が動いているのが確認できた。


「キース、状況はどうなってる?」

「三人が一人を追ってるみたいだ。あれはヴァルタの防衛隊の制服だな」

「どっちが?」


 猫の視力というのは大して良いわけではない。この距離で人間の着ている服など判別できない。


「追われてる方が、だ」


 キースはそう言いながら手に持っていた双眼鏡を無造作に投げ渡してきた。クロウはサイズの合わないそれを何とか覗き込む。


 淡い緑色の戦闘服に身を包んだ人影が、転げるように走りながら追っ手を振り切ろうとしていた。背中には布で覆われた筒のような物を背負い、時折、片手に携えた拳銃を背後に撃っている。

 追っ手の方は服装に統一性はなくほとんど民兵のような風貌で、木製ストックに金属製の機関部を組み合わせた旧式の突撃銃から、滅茶苦茶に銃弾をばら撒いていた。

 平原の草に隠れているが地形の起伏が案外激しいのと、追っ手の技量の関係も相まって追われている人影は未だ無事のようだ。


「どうする? 助けるのか?」

「いや、情勢を知らないうちに敵を作りたくない。それに、あいつは逃げきれそうだぞ」


 キースが指差した方に改めて双眼鏡を向けると、追われている人物は、近くに隠していたであろうバイクに跨って走り出していた。対する追っ手は全員徒歩だ。


「二人共あのバイクを追うぞ」


 バイクが逃げ込んだのはヴァルタの中心街だった。いくらか予期していたことであったが、街には生々しい戦闘の跡が残り、あちこちから煙が立ち込めている。


 街に近付く際には何度も銃撃を受け、必死の思いでたどり着いたのだったが、この惨状が広がっていた。


 ボディが凹み防弾ガラスにひびの入った車を、半壊した民家の一階に強引に停める。車を降りると火薬や物の焼ける焦げ臭い匂いが強く嗅覚を刺激する。クレーター近くの街が風化した化石だとすれば、こちらは腐乱した死体だ。つい最近まで人々が生きて活動していた、という事実を痛いほど突き付けてくる。本物の死体が目に付く所へ転がっていないのは幸いだったが、クロウの鼻はそれらしい匂いをある程度拾っていた。


「これからどうするの? さっき撃ってきた奴らも街の中には入ってこないみたいだけど、それって逆に結構危ないんじゃ……」


 すっかりいつもの様子に戻ったセナは、キースに渡された銃を手早くチェックしスリングで肩に担ぐ。


 たしかにセナの言う通りだ。敵対者が街まで入ってこなかったのは何らかの理由があってのことで、それは高確率でクロウ達にも適応される。


「どうにかヴァルタの人間と接触したいな。蜂の巣にされる前に、俺達が敵じゃないことを報せる方法を考えないと」


 キースは一度この街を訪れたことがあるそうだが、だからといってこの状況では何の期待もできないだろう。寝食を共にした同部隊の兵士ですら同士討ちはしばしば起こることだというに、数ヶ月前に一度訪れただけの男が撃たれない訳がない。


「俺に考えがある」

「本当か? クロウ」


 あまり言い出したくはなかった作戦だが、地球でなら上手くいく可能性は高い。作戦と言っても内容は至極単純だ。


「俺なら動き回っても撃たれないはずだから、索敵を全て任せてくれ。で、俺がヴァルタの人間を見つけたらお前達が安全なルートを通ってそいつに接触する」


 いくら戦場でもただの猫を殺す奴はいないはずだ。もちろん変に物音を立てて反射的に撃たれるのを避けるためには、猫であることをアピールしながら移動する必要がある。


「運は絡むが、今はその方法しか頼れそうにないな」

「任せとけって」


 そうと決まれば作戦の詳細を話し合う。


 なるべく少人数の人間を探し、可能ならばおびき出すというプランを立て、鳴き声やボディランゲージの意味合いをそれぞれ決めて当てはめた。聞き間違いを防止するため、あまり種類は設けられず、同じ鳴き声でも作戦の段階によってミーニングを変えることにした。ただし、これでクロウに一度のミスも許されなくなる。


「クロウ、絶対に無理だけはしないでね?」


 ハナから無理するつもりなどない。命を大事に慎重に行くつもりだ。


「それじゃ、行ってくるぜ」

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