第22話 実行

「ま、この場所をただ見て貰いたかっただけだ、時間も押してるしさっさと行くぞ」

 そう言って腰を上げたキースを追い、元来た道を戻る。

 街外れの適当な一角に停めた車まで到着すると、キースは自分の銃を助手席に置き運転席に乗り込もうとした。


「止まって! 動かないで!」


 冷たく、全てを切り裂くような声だった。

 セナがキースに銃を向け、立っていた。キースが銃を手放すこのタイミングを見計らっていたのだ。セナのライフルの安全装置は外され初弾も装填されている、キースに誤魔化しは効かないという判断だ。

 車に乗り込む真っ最中であったキースは、両手を上げゆっくりと外に出る。そしてセナに向き直った。

「セナ、その銃は玩具じゃねえんだ。冗談で人に向けていいものじゃない」

 あくまで平静を保ったままセナを諫めようとするキースに、セナは微塵の変化も見せず言い返す。


「ええ、そうよ。遊びじゃない」


 キースは眉を顰める。

「何のためにこんなことを?」

 そう問いかけながらもキースは周囲に視線を走らせ状況の打開を試みている。しかし、彼の銃は背後の車内、それも反対側の座席に置かれていた。

 キースはクロウの方にも僅かばかり視線を送ったが、クロウが傍観を決め込んでいるのは予想通りだったらしく、その表情に動揺は見られなかった。

 現時点ではセナの作戦は完全に成功している。キースの言ったことが正しければここに邪魔者が乱入してくることはないし、実際クロウも第三者の気配は感じていなかった。

 キースが多少の無茶をしてセナの銃を奪ったり自分の銃を掴んだりしないことからも、セナの本気が伝わる。だが、クロウは、同時にそれを恐ろしくも感じた。セナは撃ちかねない。

 セナはじりじりと後退し有効な間合いを取りながらキースに応じる。


「母さんがなぜ死んだのか、本当のことを教えてくれればそれでいい。それが終わったら罰でも何でも受けるわ」

「言っただろ、アデラは任務中に土砂崩れに巻き込まれて……」

「それはもう聞き飽きた!」


 セナは叩きつけるようにキースの言葉を遮る。しかしキースに向けられた銃口は微動だにしない。

 それから言葉の無い時間がしばらく続いた。このまま睨み合いが続けば、体力の少ないセナの方が不利だ。昨夜はああ言ったものの、クロウはできる限りセナの味方でありたかった。

「なあ、キース、そのアデラって人が土砂崩れで死んだという話が本当か嘘か、それだけでも答えてくれないか」

 キースはクロウを一瞥し無機質に返す。


「部外者は黙っていてくれ、あんたには関係のないことだ」


 なるほど、そう来るか。それならこちらにも考えがある。


「じゃあ、これなら関係者か?」


 クロウは背中に背負っていた銃を構える。向ける対象は無論キースだ。

「てめぇ……!」

「お前らにどんな事情があるかは知らんが、俺はセナの味方だ」

 これで状況は一変した。二対一なら我慢比べは圧倒的にこちらが優勢だ。その上、キースにとってクロウの戦闘能力は未知数である、強行突破のリスクは跳ね上がったはずだ。

 キースは数秒の間躊躇していたが、やがて観念し口を開いた。

「アデラが土砂崩れで死んだというのは……嘘だ。だが、本当のことは教えられない」

「なぜ!」

 セナは目を見開き叫ぶ。それほど時間が経過しているわけではないが、その顔には疲労の色が浮かび始めていた。

「アデラとの約束だからだ。これ以上は口が裂けても言えない」

 静かに放たれた言葉に、セナはショックを隠せなかった。

 ここまで、か。キースはこれ以上のことを死んでも話さないだろうし、セナの意志にもひびが入ってしまった。これ以上は続けられない。

 クロウはゆっくりと銃を下げ、セナのことも諭した。


「これで終わりだ、セナ、諦めよう。銃を下ろせ」


 クロウが言うまでもなく、セナは既に銃を取り落としていた。俯いて肩をわなわなと震わせている。

 セナの方へと歩み寄っていくキースにクロウは呼び掛けた。

「今回の件は俺がけしかけちまった部分もある、だから、セナには」

 キースは「当たり前だ」と一瞬だけ振り返った。そしてセナの肩に手を置こうとした、その瞬間、セナは弾かれたように後ろへ跳んだ。

 右手にはいつの間に抜いたのか、拳銃が鈍く光り、その銃口はセナ自身のこめかみに当てられていた。そして顔を上げたセナの目には、涙が溜まっている。


「こんな……終わりにできるわけないじゃん……自分の都合で人に銃まで向けておいて……」


 喉から絞り出すような悲痛な声だった。

 セナは今にも崩れ落ちてしまいそうな、そんな様子で、握られた拳銃も小さく震えている。このままでは何かの拍子に引き金が引かれかねない。

「おいセナ! 落ち着け、もう終わりだ」

 クロウの必死の言葉も届かない。しかし、そこでキースが無謀にもセナとの距離を詰め始めた。

「来ないで!」

 セナは撃鉄を起こす。

「キース! 危ねえぞ!」

 クロウの制止も無視してキースはセナに近付き……。

 引き金が引かれた。

 撃鉄の落ちる音が虚しく響き、もちろんそれ以上何も起こらない。

 キースはセナの右手から拳銃を奪った、特に抵抗はなく銃は抜け落ちるようにキースの手に渡り弾倉を外された。セナは力なく地面に座り込む。

「弾が装填されていないのを知ってたのか?」

 腰の抜けかけたクロウはよろよろとバランスを取りながら聞いた。

「まあな」

 キースはそう応じると、セナの前に膝を着き彼女を力強く抱き締めた。

「この任務が終わったら本当のことを話す。絶対だ、信じてくれ」

 セナは何も言わず、ただ静かに涙を流していた。

 とりあえず、これで一件落着ということでいいのだろうか。

 張り詰めた緊張が解け、大きく息を吐いたクロウ。その耳にかすかな破裂音が届いた。しかも一つじゃない。

「どうした? クロウ」

 傍らでセナを立ち上がらせていたキースが、少し気の抜けたように尋ねてきた。


「銃声だ、距離はかなりあるが一人じゃない」

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