第20話 セナの計画

 廃墟の中は前回キースが来た際に片づけたため、瓦礫などは残っておらず広く使うことができた。ぽっかりと開いた天井からは深緑の葉が影を落としている。

 三人は壁に銃を立て掛け、バックパックを地面に置いて腰を下ろす。元々長距離を歩くのが苦手なクロウは安堵の声を漏らした。

「はあ~、疲れた。これで今日の移動はお終いか?」

「そうだな、仮設トイレの設置と、水の確保、あと俺は単独で偵察に出る」

「いってらっしゃい」

「前二つはお前らの仕事だよ」

 クロウじゃ穴は掘れないし水も運べないことを考えると実質セナの仕事だ。それでもセナは嫌な顔一つせず言われたことをこなしていった。

 キースに命じられたことを一通り終えて、ついでに林の中を見回っていざという時の逃げ道を確認した。日は半分以上沈み、林の中はかなり暗くなる。クロウには十分な光量だが、セナからだと黒い体のクロウはだいぶ闇に溶け込んで見えているに違いない。

 廃墟に戻りランタンの光を灯したところで偵察からキースが帰ってきた。

「遅かったじゃねえか」

「念には念を入れて、だ」

「そんなことより早く夕食にしましょ!」

 少し前からちょくちょく腹を鳴らしていたセナが待ちきれない様子で口を開く。

 キースはガス式のシングルバーナーを持ってきていたが、今日の夕食では燃料は使わない。今後何が起こるか分からないからだ。

 ぱさぱさとした固いパンと正体の良く分からない缶詰を口に運んでいく。栄養バランスを考慮しているのだろうが、何とも言えない味だ。匂いも食欲をそそるものではないが、遠くの人間に嗅ぎ付けられるような心配はない程度の強さである。

 余りにも微妙な夕食を前に全員手が止まりつつある中、キースが口を開いた。


「不味い夕食の最中すまんが、明日の予定を話しておきたい」

「不味いと分かってるなら改善してもらいたいな」

 悪態をついたクロウに頷くセナ、キースは苦笑いだ。


「俺も何度か上申しているんだが、研究所はこの缶詰に拘りがあるらしくてな。ま、そんなことより明日の話だ。早朝にここを出た後、寄りたい場所がある。お前達に見せたい光景だ」


 かなり真剣な眼差しで語るキースに少し戸惑い、セナとクロウはお互いの顔を見合わせた。

「俺もセナも構わないが、それは任務に必要なことなのか?」

「いや、関係ないな。ただ、その光景を見て貰うことが所長の願いで、俺の別の任務だ」

 危険の伴うこの状況で、そこまでして見せたいものとは何だろうか。

「まあ、そこまで言うなら」

 そもそもクロウがこの任務への同行を許可されたのは「地球の姿を見て欲しい」というルーカスの望みがあったからだ。断れる理由も無い。

「そこに寄った後は目的地まで一直線だ。上手くいけば、だが」

 キースはそう言うと、食べ終わった缶詰をゴミ袋に放り込み、腰を上げた。

「じゃあ、俺はこれから車を取ってくる。時間はかかると思うが、どちらかは起きていてくれよ」

「努力はするが……俺は猫だからな、期待しないでくれ」

「頼んだぞ、セナ、遊びじゃないからな」

「りょーかい」

 セナは少し中身の残った缶詰を同じくゴミ袋へ投げ入れながら投げやりに返事をする。非常に瞼が重たそうで、この様子だとクロウより先に眠りかねないだろう。これじゃあ仕方がない。

「……俺が頑張るから、心配せず行ってくれ」

「本当に、頼むぞ」

 不安そうな表情のキースだったが、すぐに身を翻して闇の中へと消えていった。

 一気に静かになり、この静寂に乗じて闇が迫ってきそうだった。この沈黙では一時間と持たずに睡魔に負けてしまう。

 どうにかセナとの話題を探そうとしていた時、セナが独り言でも呟くかのような声で呼び掛けてきた。


「ねえ、クロウ」


 この一言の調子だけで分かる。あっちの方のセナだ。

 クロウは少し身構えてしまう。こちらのセナは考えが読めなくて苦手だ。相変わらず重たそうな瞼と格闘しているらしいが、その目はやはり冷え切った風のようにクロウを刺す。

「なんだ?」

「お願いがあるの」

「どうした改まって」

 セナはうずくまるように座っていた。自らの膝を抱き締めている手には力がこもっている。


「明日……私がすることを邪魔しないで」


 奇妙な言い方だ、まるで邪魔されることが前提のような。

「詳細が分からなければ同意しかねるな」

「そっか、やっぱりそうだよね……」

 セナは俯いて息を漏らすようにそう呟いた。

 クロウは立ち上がってセナに近付き、その膝に手を置く。はっと顔を上げたセナの目を正面から見据えた。


「俺達の間で隠し事は無しだ、そうだろ?」


 セナの瞳には一瞬ためらいの色が浮かんだが、すぐに跡形もなく消えた。


「そうよね……ありがとう……」


 微笑んだセナの右手がクロウの頭をそっと撫でる。温かく、それでいて、目の前に存在していることを確かめるかのような、朧げな触れ方だった。


「明日、キースに、私の母さんについて聞くつもり」


 セナの顔から笑みは消え、代わりに、淡々と言葉を連ねていく。

「土砂崩れに巻き込まれたって話か?」

「そんなのは絶対に嘘、みんな何かを隠してる」

「根拠は?」

「女の勘、なんて言うつもりはないわ。……母さんが死んだ報せが届いた、その次の日に、キースとルーカスさんが口論しているのを聞いた。そして、その後に死因を教えられた」

 結論を下すには証拠不足だが、疑う分には十分な話だ。セナはそのまま話を続ける。

「明日は絶対に聞き出すつもり。たとえ、何があっても」

 セナの視点が壁に掛けられた銃へ向かったのをクロウは見逃さなかった。

「俺はお前の邪魔はしないつもりだが、手伝うつもりもない。ただ、やり過ぎだと思った時は止めさせて貰う」

 キースに何かあれば今回の任務遂行が困難になるし、それ以上に、セナに人を傷つけさせる訳にはいかない。どんなに大人ぶっていたところで、冷徹な殺し屋ではないのだから。


「……ありがとう」


 セナはそう言うと、自分のバックパックを枕にして横になった。

「おい! てめっ! 何勝手に一人だけ眠ろうとしてんだ!」

 慌てて彼女の肩を揺さぶってみたが曖昧な声が返ってくるだけだった。あの流れで寝るとは、随分と図太い神経の持ち主だ。

「マジかよ……」

 これからキースの帰還まで一人で起きていなければならなくなった。長い夜の始まりだ。

 しかし結論から言えば起きてはいられなかった。


「結局お子様二人ともおねんねか?」

何時間か経って帰ってきたキースにわき腹を足で小突かれて目を覚ます。なぜセナではなく自分だけを起こしたのか納得のいかないところであるが、とりあえず何度かまばたきをして視界をクリアにした。

空はまだ黒く閉じられ、キースの懐中電灯だけが目立つ光源となっている。

「わざわざ俺を起こす意味があったのか?」

 セナを担いで車の後部座席に横たえているキースに文句を言った。

「うーん、なんとなくだ」

 車の扉を静かに閉めながら悪びれず答えるキースに、シンプルな怒りを覚える。明日庇ってやる必要なんて無いんじゃないか?

「そういえば、クロウ」

「どうかしたか?」

 窓ガラス越しにセナの寝顔を見つめるキースが、神妙な面持ちで唐突に聞いてきた。

「今日も昨日も、その、セナは寝る時……どうだった?」

「どうだった、って何だよ、気持ち悪い」

 大の男が一回り以上年下の少女の寝姿について聞くなんて、どう考えても犯罪の香りしかしない。クロウは少々身構える。

「いや、変な意味じゃないんだ。何にも無かったらそれでいい」

「帰ったらルーカスに言いつけてやる」

「だから違うって言ってるだろ、もういい、寝るぞ」

 キースはほんの少し語気を荒げると、運転席に座って椅子を倒した。そのまま腕を組んで眠り始めたようだ。

 クロウもそれに倣って助手席の上で体を丸める。

 小さな星の光だけが降り注ぐ暗闇、樹々の枝や葉が擦れる音、それ以外には何も存在しない静けさが広がった。

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