第19話 野営地
クロウとセナは長時間の移動で凝り固まった体をほぐす。クロウはほとんど寝ていたとはいえ、もう既に疲労が溜まりつつあった。
自分の用意したバックパックを背負い込んだセナに、キースが荷台から取り出したものを手渡した。
軍用のライフルだ。プラスチックを使用した軽量そうなもので、使い込まれているのか細かな傷が目立つ。
「使い方は分かるな?」
「ええ、一応」
キースは頷くと、予備の弾倉やマガジンポーチをどんどん渡し、セナは慣れた手つきで自身のベルトに装着していく。最後に拳銃を太もものホルスターに固定して準備完了だ。
「軽い気持ちで引き金を引くな、最初の一発は自分に向いてると思え」
「はい」
「逃げることができるなら、それが一番だからな」
「分かってる」
セナは唇を固く結び、ゆっくりと両手で銃を構えてみる。その重さを確かめるように。
「それと、クロウ。あんたにも」
キースは荷台からもう一丁銃を取り出してきた。今度のは非常に見覚えのある形状だ。
「ああ、俺の銃か。話してないのによく見つけられたな」
「フレッドが船をハッキングしたら金庫みたいなのが開いてな。そこにあった」
「……ありがとう、でいいのか?」
クロウは少し複雑な気持ちで礼を言い、自分の銃を点検した。本来は人間用の個人防衛火器(PDW)を、猫が扱えるライフルの形状に改造したもので、いわば縮小版のライフルだ。宇宙海賊の技術班に製作してもらった物で見た目はちぐはぐだが、今まで一度も動作不良を起こしていない信頼のできる銃だった。
「弾薬はうちにあった4.6ミリ弾と同型っぽかったが、合ってるか?」
「ああ、問題ない」
弾薬の口径というのは人間が宇宙に出てからも変わらなかった。パルスライフルやレーザーガンが登場していたりもするが、戦場の主役は5.56ミリ弾使用の実弾銃だ。
キースは他に即席の猫用バックパックを準備していてくれて、クロウはそこに予備弾倉二つと箱詰めされた弾薬を詰め込んだ。
「俺は用意できたぞ、キース」
「ああ、それじゃあ出発だ」
キースは巨大なバックパックを背負い、自分のライフルを持つと歩き始めた。クロウとセナも緊張した面持ちでそれに続く。銃を持つと自然に気持ちが引き締まる、命のやり取りの実感が常に物理的な重さとして降りかかってくるからだ。
先頭にキース、その後ろにセナが付いて最後尾にクロウがひょこひょこと続く。道路を外れ平原を踏み分けながら進むことになるが、植物の丈が高くクロウの視界はかなり限定されてしまっている。
空に雲は少なく白い日差しが地面を照らしているが、秋の風は体に染みる。早いうちに風を避けられる場所に入らないと無駄に体力を消費してしまいそうだ。
キースは前方の雑草を振り払うのに苦心しながらも、周囲に視線を走らせていた。
「なあ、クロウ、お前の嗅覚とか聴覚みたいなのは信用できるのか?」
「当たり前だろ、どちらの能力も人間の数倍は楽に超える」
「そうか、索敵では頼りにしていいんだな?」
「ああ」
自信満々に答えたクロウは早速周囲に神経を張り巡らせる。風が草木を撫でる音が、鳥の羽ばたく音が耳に届く。鼻の方はというと、踏まれた植物の匂いが強く鼻に刺さってしまったり風下からはほとんど情報を得られなかったりと微妙な結果だ。
「耳の方は機能するが、匂いは難ありだな。この見通しの良さじゃ目で見つける方が断然早い」
「ありがとう、助かる」
休憩は一度だけ取ったもののほとんど止まることなく三時間歩いた。その間、人の気配は全く感じず、逆に野生化した牛や馬が多く見られた。文明の衰退を色濃く映し出した光景で、地球上にはクロウ達しかいないのではないかと錯覚させる。
キースが言うに、少し離れた所に見えてきた林が目的地らしい。中で迷う程広くはないが、視界を遮るには十分な密度で木が生い茂っている。
「あの林に入るのさえ見られなければ一安心だ。気を引き締めていこう」
その後、後方への警戒に注力しながら林へと足早に近付いていった。重いバックパックが肩に食い込むがもう少しの辛抱だ。
キースは林の入り口で一度立ち止まり、クロウに索敵を指示した。随分信頼されているらしく、少し心が躍る。
「大丈夫だ、この中に少なくとも人間はいない」
「信じるぞ」
「ああ、絶対大丈夫だ」
クロウには言い切るだけの自信と、それを裏付ける経験がある。身を隠すという行為は周囲の環境のリズムに溶け込むということであるが、生きている以上何らかの乱れは発生させてしまう。人間が森に潜んでいる時など、その「乱れ」は顕著に表れる。森林は人間のフィールドではないからだ。どんなに訓練を積んだスカウトでも、クロウにしてみたら声高に存在をアピールする目立ちたがり屋も同然だ。この力に何度助けられてきたことか。
ただし相手が動物となると話は別で、生ぬるい人間世界で育ったクロウよりも彼らの方が数枚上手である。まあ、そのための銃であり、知能だ。
林の中、倒木を跨いだり枝をくぐったりしているうちに一軒の廃屋が忽然と現れた。屋根は腐り落ちたらしく四方の石造りの壁だけが残り、その壁もツタや苔に覆われている。
「ここが野営地か?」
墓場の間違いだろ、と言いたくなるがさすがに口には出さない。不満足なわけではないが長時間歩く価値があるかと問われれば返答に困る。
「そうだ。車は隠せるし明かりも漏れない。何より一度使って安全だった」
「何だか楽しそうな場所ね!」
目を輝かせながら廃屋に駆け寄っていくセナを見て、大きくため息を吐いた。虫嫌いのレディーなんてこの場にはいない。
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