第18話 予定変更

 車に戻ったクロウとセナに、キースは大佐から受け取った情報をそっくりそのまま説明した。クロウにとっては一度聞いた話なのでなんてことはないが、セナの顔には緊張の色が浮かんでいる。だが、その程度は覚悟の上で来ているのだろう、その目に迷いは欠片も生じていない。

 森を出た時から変わり映えしない平原を駆ける車内に、しばしの沈黙が流れた。


「まあそんな訳で、ある程度予定を変更する」


 沈黙が気まずさに片足を突っ込み始めた辺りで、キースが口を開いた。人並には場の雰囲気に気を遣うクロウにとって、それは有難いのだが『予定』という単語には聞き覚えがない。

「変更も何も、元の予定を知らないんだが?」

 なぜか大きくため息をつくキース。

「おいセナ、クロウに伝えとけって言ったよな?」

「えへへ、うっかり忘れてた」

 セナは申し訳なさそうに肩を縮める。それを見たキースはもう一度大きくため息。

「『えへへ』じゃねえよ、ったく、今から説明してやれ」

「りょーかい!」

 セナは勢いよく返事をしたが、肝心の内容の方は中々紡ぎ出せないようだった。空中に浮く答えを探すかのように上を向きながら首をひねっている。

「えーと……今日は午後三時くらいまで移動して……それから野営地を探すんだっけ?」

「微妙に間違ってる」

 キースは運転しながらぶっきらぼうに言い放つ。

「えー、分かんない」

 今のセナは演技なのだろうか、それとも本当に物覚えが良くないのか。今の状況を考えると前者だと祈りたい。自由奔放なセナは魅力的だけれども、命を預けるべき存在ではないからだ。

「野営地はもう見つけてある、俺が前回の遠征で使った場所をまた使うんだよ。で、ここからが変更点だ。野営地には直接車で行かず、数キロ手前から徒歩に移行する」

 今の地球だと自動車はかなり目立ってしまう。野営地を突き止められて夜襲なんてされたら面白くない。それに、その野営地に先客がいた場合は車の駆動音で察知されて待ち伏せされる可能性も高まるだろう。

「でもよう、野営地まで安全に行けたとしても、置いてきた車の方に待ち伏せされるかもしれいだろ」

「深夜にこっそり野営地まで運ぶさ。俺は道を覚えてるからライト無しでもたどり着けるし、そもそも深夜に動き回る奴らなんてほとんどいない」

 よく考えてみれば、クロウのいた宇宙とは違うのだ。俯瞰的に自分の位置を教えてくれる便利なビーコンは無いし、まともな通信機器も無い。いざという時に自分を探してくれる航空部隊だっていない。暗闇の中動き回るリスクは非常に大きいだろう。

 それにしたって面倒なことになってしまった。クロウの仕事上、戦闘地域への出入りも無くはなかったが、ちゃんとした軍事訓練を受けているわけではないのだ。勘弁して欲しい。

「控え目に言って、かなり危険の伴うお出かけになっちまったな。こんなことになるんだったら、フォレストシティで修理部品が用意できるようになるまで待ってもよかったんじゃないか? たかが二ヶ月だろ?」

「無理だ、クロウの宇宙船を収容するのに関わった人間は俺達以外にも結構いる。彼らの口を塞ぎきれない」

 キースの言っていることも理解できる。だが、

「俺の存在がバレたところで大した問題にはならないだろ! そりゃあちょっとは混乱がおきるかもしれないが……別に俺の命を狙う勢力があるわけでもない。どう考えたって俺達が向かっている所よりは安全なはずだ!」

 クロウは思わず本音を口走った。自分でも無責任な言い分だと感じる。『ちょっとの混乱』で済むかどうかに何の根拠も持ってないし、例え小規模な混乱だとしてもルーカスらには多大な負担を掛けてしまうだろう。でも……こんな見知らぬ星で死にたくない。

 隣に座っているセナは何も言わなかったが、その目は、昨夜に彼女が見せたあの静かな瞳だ。何を考えているのだろうか。キャラを演じきれなかったクロウに落胆しているのか、憐れんでいるのか。

 そんなクロウとは対照的にキースは極めて冷静だった。

「クロウ、あんたの言ってることはもっともだ。本当に申し訳ないと思ってる」

 キースの落ち着いた声に、クロウも平静を取り戻す。

「謝らないでくれ。俺が自分勝手だった」

 どれもこれもクロウが甘い考えで付いてきたせいだ。にもかかわらず危なくなったら喚き始めるのは、みっともないを通り越して滑稽だ。

 しかし、キースは予想外にも食い下がってきた。

「違うんだクロウ、俺達はお前に謝らなければいけないことがある」

 クロウは戸惑いで言葉が出てこなかったが、キースは構わず続けた。

「俺達がクロウの存在を隠すのは俺達自身のためだ。まだ推測の域を出ないが、お前のことが知れ渡ればちょっとの混乱じゃ済まない」


「……たかがボロ船一隻と猫一匹でか?」


 それは過大評価というものだろう。クロウが凄んでみたところで子供にすら鼻で笑われる。


「宇宙へ脱出した人類と交流のなかった一〇〇年間、その間に育まれたのは憎しみじゃない、恐怖だ。俺達の懸命の努力も意に介さず、一世紀もの間俺達を縛り続ける……それこそ神の如き所業に思えてくる……天罰か何かだってな、俺だってそう思ってた」


 一〇〇年間も稼働し続け、地球上の通信を妨害しているというのは驚嘆すべき代物だが、所詮は人間の作ったものだし、言い換えてみれば一〇〇年前の骨董品だ。仕組みさえ分かってしまえば大したことない……はず。それでも、姿を見ることができないだけでここまでの空恐ろしさを演出してしまうのだ。タネの分からないマジックは魔法も同然である。


「俺はクロウの船を見た時に、やっと気付いたんだ。宇宙へ飛んだ奴らも同じ人間なんだって。いや、クロウは人間じゃなかったからややこしいんだが」


「おいおい勘違いするなよ、俺の船がたまたまローテクのオンボロ船なだけで、ちゃんとした最新の宇宙船はもっと洗練されてる、それこそ人が造れるものとは思えない程にな」

 宇宙じゃクロウにも想像のつかない技術が日夜開発されていた。貪欲に不可能を塗り替え続け、進み続けているのだ。一つの星の上では決して辿り着けない境地に。


「でも、人が造ってる。それに気付けた」

「地球に落ちたのが俺でよかったな」

「つくづくそう思うよ」


 キースは少し笑ったが、すぐに表情を切り替えた。

「だが、みんながクロウの船を見ることができる訳じゃないし、同じ感想が出るとも限らない」

 それもそうだな。下手な伝聞は却って悪影響だ。

「ま、くどくどと並べてみたが、言いたいことは一つ。セナは異常ってことだ」

「ちょっと! そこでなんで私の名前が出てくるの!」

 不意に侮辱らしきことを言われ、セナは猛然と抗議した。

 ただ、どう考えても、宇宙船の近くにいた猫を捕まえて家に放置しておくというのは普通じゃない。

「すまんすまん、もう少ししたら車の運転代わってやるから許してくれ」

「それのどこに許す要素があるのよ」

 セナはむすっと口を尖らせる、その反応を見越していたかのように可笑しそうに笑うキース。

 クロウの話は完全に流されてしまったようだが、もういい、腹は決まった。

 自分のために、彼らの命だけを危険に晒す訳にはいかない。運よく助かった命だ、これぐらいのリスクは背負わなければ。

 固く決心したクロウの隣では、セナとキースの小うるさい問答が、まだ繰り広げられていた。

「運転の交代は命令だ、俺はもう眠いんだよ」

「なによそれ! じゃあ謝りなさいよ!」

「やだね、お前が色々とおかしいのは事実だろうが。聞いてくれよクロウ、こいつこの前森っで捕まえてきたカエルを」

 続きの気になる話が飛び出てきたが、セナが運転席を背後から掴んで強引に揺らし始め、途切れてしまった。しかし、次の瞬間にはセナの口からとんでもない弁解が。

「仕方ないじゃない! お肉が高いのがいけないのよ!」

「食ったのか……いや……サバイバビリティ旺盛なのは結構なんだが……」

 セナに古典的な女性像を押し付けるつもりは毛頭ないが、そういうのはもっと髭面の軍人とかがやることだろう。


「違うんだよ、重要なのはその先でな。こいつどうやら変なカエル食ったらしくて、俺が病院まで運んだんだぞ」

「だって毒ガエルだなんて知らなかったし……」

「あんな真っ黄色のやつなんてどう考えても毒あるだろ!」

「前言撤回だ、セナは異常」

「えー、クロウまで!」


 セナは『純粋で活発な少女』を演じているだけで中身はクールで大人だと思っていたが、どうやら根底にある異常性は演技じゃないらしい。というか、演技している時としていない時とに、知能レベルの変化が見られないのは気のせいだろうか。

 そんな和気あいあいに分類されるような雰囲気の中、車は進み続けた。途中に何度か休憩を挟み、セナが渋々運転を代わったりしながら、昼過ぎになろうかという時、キースが車を停めた。近くの木の下に、緑色のネットを被せて車を隠す。

「ここからは歩きで行く。大した距離じゃないが警戒して進むぞ」

「はーい」「了解だ」

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