第12話 修理

 出発はなるべく早いほうが良い、ということで明日の早朝に定められた。

 キースは遠征の準備をする、と言い残して格納庫を出ていき、ルーカスも議会に出席するためどこかへ行ってしまった。やはり過密スケジュールを抱えているらしい。

 セナはというと、興奮冷めやらない様子で、そのまま「買い物に行ってくる」と駆け出して行ってしまったので、クロウとフレッドだけが取り残される形になった。

 二人は修理に必要なパーツをリストアップするため、用意した工具で一部の装甲を外して、船の分解・点検作業に入る。

 作業着に着替えたフレッドは、人が変わったように機敏な動きで作業をこなしていった。

 機体の損傷は大したことなかったが、内部の摩耗は激しく、装甲を外すたびにオイルや煙もセットで噴き出してくる。


「やっぱりボロ船じゃないか、よくこれで飛べるもんだね」

 フレッドは額に付いたどす黒いオイルを拭いながら悪態をついた。

「認めたくないが……、同感だ」


 クロウの安全意識は同業者の中ではかなり高い方だったが、間髪入れずに割り当てられる仕事のせいで、船のメンテナンスに関してはおざなりになってしまっていた。

 結局、点検箇所の大部分に問題が見つかった。致命的とは言えないまでも、パフォーマンス低下程度じゃお釣りが来る。

 全ての部品を交換しようと思ったらもう一隻船が造れそうな勢いだったので、重要度の高い物だけをリストアップした。残りの部分は軽い洗浄だけして見なかったことにしよう。

 リストアップした部品だって替えの新品が調達できる訳ではない。船の一部機能を省略し、そこから部品を持ってくるのだ。その省略された部分を補う制御システムを構築するのに、電子部品が必要だった。

「そういえば、クロウは宇宙の情勢とか詳しいの?」

 クロウが投げ渡した金属パーツをブラシでこすっていたフレッドが唐突に聞いてきた。たぶん、ルーカスやキースのいる場では聞けないような、言ってしまえば、どうでもいい話だったからこのタイミングを選んだのだろう。

「まあな、ネットニュースは逐一チェックしてた。俺の仕事と直結してるからな」

「どんな仕事を?」

 何となくセナに話すのは憚られていたが、フレッドには問題ないだろう。

「宇宙海賊の下請けで運び屋をやってた。武器とか弾薬、中身の知らされていないものも数えきれないくらい運んだな」

 宇宙海賊から逃げ出した時のことが思い出される。一週間も経っていないが、遠い昔のことのように感じた。

 クロウはやつらに多少の損害を与えただけでなく、面子まで潰して逃げ出してきている。見つかったら無事では済まないはずだ。これは、地球で生きていくことも本格的に検討しなければ、というか、たぶんそれが一番賢い。

 そんな風に考え巡らせているクロウをよそに、フレッドは満面の笑みで目を輝かせていた。

「いいね~、かっこいいよ、そのアウトローなカンジ。そういう話が聞きたかったんだよ! あ、そうそう、銀河帝国みたいなのはあるの?」

 フレッドが宇宙に求めているイメージが少しずつ掴めてきた。

「そんな前時代的で非効率極まりないものが宇宙に」

「無いのか、やっぱり」

「……あるぜ」

「そう! やっぱり宇宙には帝国がないと!」

 洗い途中のパーツとブラシを持った両手を振り上げるフレッド。もはや泣きそうなくらいに興奮と嬉しさが振り切った、そんな顔だ。

「惑星開拓企業と保守派の連中、いや、もはや懐古主義だな。その両者がどっかの名家のじいさん担いでヘンテコ国家を建てたのさ。かっこつけた軍服着て戦争ふっかけまくってる」

 ただの変人集団で終わらないところが帝国の怖さで、軍事技術においてはトップを走り続けており、銀河連邦内でも、奴らに太刀打ちできる国家は両手に収まりきるくらいだろう。

 しかし、そんな国家のイデオロギーなど海賊にとってはどうでもいい。

 戦争在るところに帝国在り、帝国在るところに宇宙海賊在り、だ。影のように付いて回って、争いが起きれば双方に武器を売る。最後に弱った方を襲撃して略奪すれば仕事は終わりだ。

 その後もフレッドに求められるままに、クロウが見聞きした知識を披露した。

 主要惑星の間を繋ぐワープゲート、生物実験に使われている立ち入り禁止の惑星、隣の銀河を目指す無謀な者達、銀河外縁部でそんな彼らをサポートする違法改造業者の街、もちろん〈喋る猫〉の起源についても話した。

 フレッドは最後のパーツを洗浄し終え、手渡しながら尋ねてくる。

「根本的な話なんだけどさ、どうやって惑星を居住可能にしてるの? そんなにたくさん人間の居住可能な惑星があるとは思えない。銀河外縁部なんて生命居住可能領域ハビタブルゾーンの外だ」

 ようやく技術的な質問だ。クロウはそのパーツを受け取りながら、該当する知識を頭から引きずり出す。


「杭を打ち込むのさ」

「杭?」


「ああ、巨大な反重力機構を搭載した杭を何本もぶち込んで惑星の質量を調節するんだ。そして、恒星との間に人間が住むことのできる位置関係を作る」

「想像もつかないスケールの話だ」

 人類は宇宙進出によって無限とも言える資源と土地を得た。それは同時に、地球に収まっていた時とは桁違いの技術的なパワーをもたらす。テクニックではない、パワーであるということがキモだ。創意工夫ではなく物量で可能を作り出す、という考えが主流になり、結果として宇宙と地球での日常生活レベルでの技術差はほとんど生じていなかった。

 人間にとって地球は小さ過ぎたし、宇宙は大き過ぎる。

 クロウはパーツを元の位置にはめ込み、装甲パネルを被せた。多少はマシな動きをするようになるだろう。

 へとへとに疲れた二人は、倒れるように椅子に座った。フレッドの椅子は重さ×速度で生じた衝撃に、接合部が悲鳴を上げる。よく壊れないものだ。

 クロウがフレッドから受け取った冷水を喉に流し込んだ時、格納庫の出入り口がノックされた。キースやルーカスなら自分で入ってこられるはずだから、彼ら以外だろう。渋々フレッドが立ち上がって、扉を開けに行く。

 そこには両手に大きな紙袋を提げたセナが立っていた。まだ先ほどの興奮が有り余っているようで、眩しいくらいの笑顔を振りまいている。

 残念ながらそれに付き合うほどの体力は残っていない。

 セナは中に入るとすぐに紙袋を近くの机に置き、その片方から何かを取り出して二人に投げつけた。

 クロウは、正確なコントロールで放り投げられたそれを全身を使って何とか受け止める。柔らかくふんわりとした白い三角形、サンドイッチのようだ。

「昼食、まだだったでしょ?」

 そう言いながら、二個目三個目とフレッドに次々とサンドイッチを投擲していく。四個目以降はキャッチできていない。もちろん、ちゃんとパッケージされているので大丈夫ではあったが、もう少し思いやりを……。

 全て投げ終えると、セナは自分用のサンドイッチをいくつか持ってクロウへ駆け寄ってきた。


「ねえ、別の場所で一緒に食べない?」

「別の場所? すまんが、もう一歩も動きたくない」

「え~、お願い! 私が抱っこして連れて行くから!」


 椅子の背にもたれかかって座るクロウの顔に、セナは腰を曲げてぐいと自分の顔を近づけてくる。そんな顔をされると非常に断りにくい。

 クロウは、隣で既に二個目のサンドイッチを食べ終えようとしているフレッドに助けを求める。

「いや、でも、勝手にうろつくのは駄目だよな?」

「行ってきなよ、所長には言っとく。それにしても羨ましいね」


 何が羨ましいのかは聞かなかった。

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