第11話 計画

 色々な意味で遠くに行ってしまったセナとキースを呼び戻し、四人と一匹で長方形の白いテーブルを囲んだ。

 ルーカスは両手をテーブルの上に突き、全員の顔を確認するように見回すと、口火を切った。

「今後の計画を具体的に決めていきたい。先ほどクロウ君から提供された情報が正しければ、通信妨害の原因に一気に近付ける、私はそう確信している」

 クロウとフレッドが船の損傷具合を調べていた時に判明したのは、受信機とレーダーに不具合が一切存在しないということだった。

 今にして思えば、ノイズの正体は故障や不具合などではなく、現在進行形で地球上の人類を悩ませているジャミングだったのは明白だが、クロウはいくつか見逃せない現象を目の当たりにしたことを覚えている。

「俺がこの宙域に到達した時点でジャミングは始まっていた。そして太陽系、地球に近付くにつれてノイズは強くなっていったんだ」

 黙って話し合いの様子を眺めていたセナが何か閃き、口を開く。

「ノイズに強弱があるってことは、それを利用すれば原因になっている物の位置を突き止められるってこと?」

 ルーカスはセナのことを指さして小さく頷いた。

「その通り。直接の逆探知は不可能だが、その方法で位置を絞り込めるはずだ」

 そこでキースが眉をひそめて口を挟んだ。

「そのためにはあの船を飛べるようにしなけりゃいけないわけですよね、人手不足では?」

 確かにキースの言う通りだ。この場に船の修理ができそうなのは、クロウの他にルーカスとフレッドだけだ。その二人にしたって宇宙船に関しては素人だし、ルーカスに至っては時間に余裕のある立場だとは思えない。

 諸々のことが気になったので、クロウはルーカスに尋ねてみることにした。

「そもそも俺のことやこの計画を知っている、もしくは知る予定の人間はどれくらいいるんだ?」

「議長と警備局長には話すつもりだ。その上でしばらくは極秘扱いにしてもらう。あまり混乱は招きたくない」

「動けるのは実質ここにいる人間だけってことか」

「そういうことになるな。それと、申し訳ないのだがもう一つ問題がある」

 意外と前途多難だ、もう勘弁してほしい。

 ルーカスはうなだれるクロウに構うことなく話を続けた。

「修理に必要なパーツの問題だ。現時点で研究所のリソースは二か月先まで用途が確定してしまっている」

 二か月とは随分と先の話だ。無論、クロウ自身に急ぐ理由はないし、なんなら地球を離れて帰る家も持っていない。大切な家族も友人も特に心当たりはない。

 面白い程に、ないないずくめで笑いが漏れそうになる。一日を生きるために、次の朝日を見るためだけに、流されるように生きてきた結果だろう。

 しかし、クロウに問題がなくとも、彼のことを隠さなければいけないルーカスにとっては、二か月とは死活問題になり得る。

「あんた所長だろ、何とかならないのか?」

「無理だろうな、電子パーツや金属部品の監査は厳しいし、もしバレれば私のクビが飛ぶのは間違いない」

 それだけはごめんだ。本来、研究所が例の設計図を手に入れた時点でクロウを生かしておくメリットなどあまりない。ルーカスはクロウを信用し、パイロットとして協力させる方針でいるが、次の所長がそうだとは限らない。

 重苦しい沈黙が漂い始めたその時、キースが何か思い当たったように手を叩いた。


「所長、不確実ですが一応アテがあります」

「本当か?」

 キースは「ええ」と首を上下に振りながら、腰のポーチから折りたたまれた紙を取り出し、机の上に広げた。ペンで文字や線の刻まれている、かなり使い込まれた地図だ。

 地球の地理に関する知識が皆無なクロウにキースが一つ一つ丁寧に説明する。

「この赤点がフォレストシティの位置だ。トラブルの元になるから、あまり国名は出さないんだが、旧ドイツ領内だな。で、この南に数十キロ下った先にある二つの青点が、シティと交流のあるコミュニティだ。この二つは自前で電子機器を生産できていないから、行っても無駄だな」

 国名を言われたところであまりピンと来なかったが、フォレストシティの規模がとても小さいということはよく分かった。

 かつては地上に掃いて捨てるほど蠢いていた人類も、今では孤島のように点在するだけにまで縮小していた。

 地球を離れた人間達がいくつもの惑星に降り立ち、根を下ろしているのと見かけだけは似ていて皮肉が効いている。

 ここからはルーカスに向けての説明になり、キースは敬語に切り替える。

「で、ここから北東に約四〇〇キロ、半年前、この地点に『ヴァルタ』と名乗るコミュニティを発見しました。以前報告した通り、三ヶ月前に一応の接触もしてあります。ヴァルタは規模こそ小さいですが、シティにも引けを取らない発展の具合です。ここなら必要なものが手に入るかもしれません」

「なるほど、それならどうにかなるかもしれん」

 よく分からないが、上手くいきそうな流れになっていた。

 ただ、世話になりっぱなしというのもクロウのポリシーに反する。

「俺にキースを手伝わせてもらえないか? 邪魔にはならないようにするから」

 すると、夢中で地図を眺めていたセナがそれを聞き逃さなかった。


「クロウが行くなら私も連れてって、お願い!」


 ぐいと身を乗り出してキースを輝いた瞳で見つめるセナ。キースはというと硬い表情でルーカスの方を窺っている。

 ルーカスはしばしの逡巡の後、結論を出した。

「連れて行ってやれ、良い経験になる。それに、クロウ君には地球の姿を見てもらういい機会だろう」

「……了解」

「本当ね? 絶対だからね!」

 事の成り行きを見守っていたセナは、大きく飛んだり跳ねたりはしゃぎだした。時折近くの椅子にぶつかって弾き飛ばしている。

 その様子を微笑ましく感じながら見つめるクロウだったが、少々疑問に思うこともあった。

 キースの遠征に付いていけるだけのことが、あそこまで嬉しいのだろうか。そんなクロウの内心を、またもや見透かしたかのようにフレッドが隣で呟いた。

「彼女、シティの外に出るの初めてだからね。というか、今のご時世シティの外を見ることなく一生を終える人がほとんどだよ。かくいう僕もね」

 一つの惑星、さらにその地図に打たれた一点の内側だけが、彼女の世界だった。

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