第10話 宇宙船

 フレッドは椅子を滑らせて船のほうに向かい、ルーカスとともにクロウ達もそれに続いていった。

 格納庫に入った時は無かったはずの無数のコードが、船の出入り口から奥へと伸びている。もう片方の先は部屋の壁や、近くの机の上にあるモニターと接続されていた。

 おそらくクロウがルーカスと話している短時間で、船のコンピューターに侵入したのだろう。安物のプロテクトしか用意していなかったとはいえ、あまりにも速すぎる。

 唖然としているクロウの心を読み取ったのか、フレッドの眼鏡の奥で鋭く眼光が煌めいた。

「ま、僕の卓越したスキルと、研究所の地下にあるスパコンのパワーを持ってすればこんな防壁はティッシュ同然だね」

 得意げに眼鏡をくいと上げたフレッドの肩を、キースが掴んで強く揺さぶった。

「御託はいいから、何が分かったのか教えろ」

「はいはい、分かったから、その手を離してくれ」

 フレッドが一通り喚いた後、クロウにしか聞こえない程度の小声で「これだから体育会系は」と呟いているのが聞き取れた。

 リズムよくキーボードが叩かれると、モニターに様々な項目が羅列された。『姿勢制御システム』『武装統合管理システム』『識別レーダーシステム』『機体情報処理判断システム』……。

 クロウの知る限り、そのようなタグ付けや整理は行われていなかったので、これもフレッドが自分でやったらしい。

「僕から言わせれば、かなり小汚くて雑なシステムだね。扱いにくくてたまったもんじゃない」

 フレッドがそう愚痴るのも無理はなかった。

 クロウの船は元々廃船寸前だった輸送船に、軍から払い下げられた汎用偵察機の武装ユニットと兵装制御システムを無理矢理移植して、船内環境維持システムには盗んできた小型客船のものを採用している。さらに、これらの作業は全て宇宙海賊所属の胡散臭い技術者にやらせたのだから、まともな船が出来上がるはずがない。

「で、ちょっと僕にも理解できないプログラムがいくつかあるんだけど、見てくれない? この部分、反重力機構制御システムに内包されてるんだけど」

「反重力機構について知っているのか?」

 クロウはフレッドの言葉を遮って突っ込む。非常に意外というか不可解だったのだ。反重力機構が存在するのならば、人工衛星を落とすのにわざわざレールガンを作る必要などない。宇宙船を飛ばして至近距離から壊してしまえばいいのだ。

 勢い込んだクロウに、ルーカスが代わりに答えた。

「反重力機構については知っているし、作ることだってできる。フォレストシティの電力源だって、ほとんどが反重力機構によって賄われている。ただ、エンジンにする技術を持っていないんだ。同様ににワープテクノロジーもね」

 半永久的にエネルギーを生成する反重力機構は、人類の宇宙進出には不可欠なものであるが、未だに謎の多い代物だ。机上に片足を残しているようなテクノロジーで、多くの可能性と同時に、底の見えない落とし穴が隠れていると推測されていた。

「で、ここの反重力関連の一部なんだけど、文字通り意味不明なロジックなんだよね。何かが間違っているというよりは、意図的にぐちゃぐちゃにしているような……」

 フレッドは脂の浮いた額に皺を寄せる。その隣からクロウはモニターを覗き込んだ。

「……ああ、これはワープ用の座標計算シミュレーターだ」

「座標計算? これのどこが?」

 フレッドの必死な抗議を受けたが、クロウとて仕組みを完全に理解しているわけではない。ただ、教科書を読んで概要を知っているだけだ。


 クロウは説明のため、宙を見つめながら記憶の糸を辿った。

「えーとだな、ワープっていうのは高次元空間を通過することで移動距離を短縮するというものなのは知ってるだろ? で、ワープの際には、高次元空間のどこが自分の目的地と符合する位置なのかを調べなきゃいけない。そこで問題が発生する。俺達はあくまで三次元の生物だという問題がな」

 セナとキースはぽかんと口を開けながらこちらを見つめ、ルーカスとフレッドは頷きながら熱心に耳を傾けている。

「三次元の俺達は、高次元空間のことも三次元空間としか認識できない。つまり、真の姿を見ることができないんだ。これはコンピューターにとっても同じことだった。本来の姿が分からなければ、二つの空間のどことどこが繋がるか、なんて突き止められるわけがない」

 話しているうちにだいぶ記憶が鮮明に浮かび上がってきた。ほとんど一字一句まで思い出せる気がする。

「で、第一の解決策は『数撃ちゃ当たる戦法』だ。正解を引くまで、膨大な回数のシミュレーションを積み重ねるのさ」

 クロウの記憶では、地球からの脱出が行われた当時はこの方法を採っていたはずだ。最初の一回に時間がかかるが、同じ場所に向かうのは簡単なので問題なかったのだろう。

「しかし、毎度毎度そんなことをやっていたらジジイになっちまう。そこで件のプログラムの登場さ。ヤロスラフ関数によって高次元空間を仮定し、可能性の絞り込みに成功した。これにより座標計算に要する時間は従来の数百分に一に……」

 技術者二人は興味深そうにクロウの話を聞いているが、もはや残りの二人の姿は見えなくなっていた。

目だけを動かして二人を探してみると、キースは離れた場所でコーヒーをすすっており、セナは宇宙船の装甲をこつこつと叩いていた。

何だかセナとの距離が遠くなってしまいそうな予感がしたので、さっさと技術的な話題は打ち切ることに決めた。

「と、まあこんなカンジだ。で、次の質問は?」

 二人はワープについての講義をまだ聞きたかったらしく、不服そうな態度を見せている、だが、クロウにとっては人間関係の危機だ。セナのフレッドを見る冷めた目が、こちらに向けられるのだけは絶対に避けたい。

 フレッドはまたモニターに向かい、何度かキーボードを叩くと画面をクロウに見せてきた。

「このデータ、機体の各パーツについての説明らしいけど、やたら派生データが多くて気になった」

「ああ、これは設計図だ。文字通り一から船を造るための」

 なるべく、短く、簡潔に。さっさとオタクな会話は終わらせよう。

「設計図? こんなにデカいデータが?」

「それこそ、部品の原材料の入手方法や精製手順まで書いてある」

 もちろん、本気で原材料から作ったという話は聞いたことがない。この設計図の役割は、無人の惑星に墜落してしまった船の乗組員達が、救助が来るまで前向きな思考を保っていられるように、という面が大きい。

「反重力エンジンについても?」

「当たり前だろ……あっ」

 クロウにとってはお守り以上の意味を持っていなかったが、今は違う。ルーカスとフレッドも目を輝かせていた。

 これさえあれば、クロウの船を修理するだけに留まらず、地球上で宇宙船を建造することが可能になるはずだ。

「クロウ君、そのデータをコピーさせてもらっても」

「ああ、もちろん!」

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