第9話 フォレストシティ
「私の曽祖父は移住用の輸送船開発に携わっていた。おそらく地球の文明維持が困難になることを予想していたのだろう、ありとあらゆる技術を記録したこの研究所を一〇〇年前に設立した。それがフォレストシティの発端だ」
シリアルから自動車まで、さらにはそれらを作るための機械、さらにその機械を作るための……、と最終的に素人でも産業革命からの道のりをスキップできるような記録が蓄積されているらしい。
身振り手振りを交えながら学生へ講義するように説明をするルーカスに、クロウもそのスタイルに乗っ取り挙手してから質問する。
「その曽祖父が色々と知っている可能性は高かったんじゃないのか。何か伝わってないのか?」
「それは十分あり得る話だが……、曽祖父は第五回の移民船団で地球を去った。『やるべきことがある』と言い残して」
「『やるべきこと』ねぇ。子孫のあんたがここにいるってことは家族を置いて行ってまで何をしようとしたのか」
クロウの知っている限り、地球に関する大きな事件があったという記録はない。ここ地球でも何らかの変化が起きていないとしたら、彼の曽祖父の試みは失敗したと考えるのが妥当だろう。報われない話ではあるが、現実とは往々にしてそのようなものだ。自身の全てを犠牲にしたところで、願いが叶うとは限らない。
「今となっては知る術はないが、期待するつもりは無いよ。同じ不確定なら過去よりも未来を向く方がマシだ」
それからルーカスは、研究所によるこれまでの活動を詳細に語り始めた。
「曽祖父に代わって彼の友人が研究所を引き継ぎ、二〇年間かけてフォレストシティを完成させた。技術の保存や教育を担う研究所、フォレストシティの防衛を担当する警備局。そしてこれらを管理するのは、フォレストシティの各地から選出された代表からなる市議会だ。この三つの機関による統治というのは、以来ずっと続いている」
「そこにいるキースは何者なんだ? 研究所所属と言っていたが、とても学者には見えない」
クロウが隣に座るキースを指差すと、彼は得意げに答え始めた。
「俺は研究所所属の調査員なんだ。各地を巡って記録を取ったり、生存しているコミュニティを探したり」
その先をルーカスが補足する。
「他コミュニティの発見と接触は研究所の仕事だ。危険がないと判断されたコミュニティとは有線の通信回線を敷設する」
話の最中、キースの表情が曇ったように感じられた。そして、その視線は一瞬セナに向けられていたのをクロウは見逃さない。
セナは先ほどまで退屈そうにあくびしたりしていたが、今は退屈そうなフリだ。聞きたくない話を聞いていないフリを装っている。
何か触れるべきではないことに触れてしまったのか、とクロウは焦る。ルーカスもそれに気付いたらしく話題を変えた。
「まあ、そんな研究所も現状を打破しようと色々と試行錯誤してきた。例えば、外にある大きな鉄塔みたいなものは見たか?」
「ああ、一体何のためにあるのか分からなかったが」
「あれはレールガンさ、周回軌道上にある人工衛星を撃ち落とすために建設された」
レールガンとは電磁誘導によって物体を加速、射出する兵器だ。
必要な電力量が凄まじく、砲身もほとんど使い捨てにならざるを得ないため、コストが馬鹿にならず、宇宙ではほとんど利用されていない。宇宙空間ではレーザーに勝っている点は無く、地上では同コストで大量のミサイルを用意する方が戦略的だ。
しかし、無線による発射後の誘導が不可能な地球ではミサイルによる人工衛星の撃墜など夢物語だろう。それをレールガンの圧倒的弾速で押し切るというのは当然の結論と言える。
「何のために人工衛星を落とすんだ?」
「電波が使えないのは局地的な事象ではなく、調査した限り、地球全体で同様の事態が発生している。だが、地下深くに作った部屋の中では使用できたんだ。これらの状況から、電波不通の原因は宇宙からの通信妨害ジャミングだと、我々は推測した」
「今までどのくらい撃墜した?」
「三〇二基……周回軌道上にはまだ一〇倍以上の数が飛び回ってる」
それにしても、よくレールガンで人工衛星など落とせるものだ、とクロウは勝手に感心していたが、なぜかルーカスは口をあんぐりと開けて宇宙船の方を見ていた。
クロウもその視線を追ってみたが、特に機体に変わった様子はなく、相変わらず太った男が船の周りをうろついているだけだ。
「どうかしたのか?」
「いや、レールガンの話で思い出したんだが、もしかしたら我々は君に謝らなければいけないかもしれない」
クロウは首をかしげる。確かに乾きたてのジャケットをびしょ濡れにされたり、少女に抱っこされることを強要されたりしたが、そんなのは今更だ。
「どういうことなのか、さっぱり分からないんだが」
いつの間にか普段通りに戻ったセナとキースの二人も加わってルーカスを問い詰める。
「私は別に酷いことなんてしてないわよ。クロウが目を覚まさない間、わしゃわしゃ触ってたけれど」
「所長、俺にも特に心当たりは……」
聞き捨てならないことが聞こえた気がしたが、一旦無視することにしよう。
ルーカスは右手で顔を覆い、俯きながら答えた。
「クロウ君の船を見る限り、小規模の爆発による損傷だと思うのだが、それで合っているかな?」
「ああ、ただの衝突ではないな。間違いなく爆発物だと思う」
ルーカスはもう片方の左手も使って顔を覆う。苦笑しているのが指の隙間から覗き見えた。
「我々のレールガンはただの砲弾を飛ばしているわけではない。そんなもので人工衛星を撃ち落とすなど、それこそ銃弾に銃弾を命中させるようなものだからな」
「で、それがどうしたんだ?」
「砲弾の代わりに一種のクラスター爆弾のようなものを飛ばすんだ。時差式で子爆弾を衛星の通り道にばら撒く設計になっている」
「……」
ずっと不思議だとは思っていた。ただのデブリが爆発することはないし、対艦機雷だとしたら船もろともクロウは四散しているだろう。
「まあ……いいよ。どちらにせよ着陸する予定だった」
墜落したおかげで結果的には非常に助かっていた。
どこか別の場所に降り立っていたら、不用意に動き回って野犬の胃に収まっていたかもしれないし、得体の知れない宇宙人として捕縛されるか射殺されていたかもしれない。
だが、何よりも幸運なのは、セナに、彼らに出会えたことだ。クロウのことを救い、そして対等に接してくれる人間達など、そう多くはない。
「そう言ってくれると助かる。本当に申し訳ない」
「いいんだよ、別に。おかげであんたらに会えた」
クロウがぽんぽんとルーカスの肩を叩くと、彼は申し訳なさそうに顔を上げた。
「地球を救うのに手を貸すぜ。猫の手だけどな」
言ってみた後になって、我ながら随分クサいセリフを吐いたものだと思う。
三人と一匹でニヤニヤと互いに顔を見合わせていると、キャスターの転がる音が徐々に近づいてきた。
「みんな僕抜きで楽しそうにしてるね。いい加減、混ぜてくれてもいい頃合いだと思うんだけどな~」
振り向くと、先ほどまで船を観察していた太った男が座っていた。わざとらしく眼鏡の位置を直している。船からクロウ達の所までそれなりの距離があったが、この男は横着して椅子に座ったまま移動してきたようだ。
ルーカスは立ち上がって、男の隣に行くと紹介を始めた。
「彼はフレッド、我が研究所の誇る優秀な技術者だ。現在はフォレストシティ全体のネットワークの管理を担当して貰っている」
「街中に蜘蛛の巣のように張り巡らされたネットワーク、それを司る僕はこう呼ばれているのさ。スパイダー、と!」
フレッドと紹介された男は両手を高く掲げ、大仰なポーズで叫んだ。
黒地のシャツの上にプリントされたロボットのイラスト、白を基調としたヒロイックなカラーリングで頭身の高いデザインから推測するに、アニメか漫画のキャラクターだろう。そんなシャツを肥満体に張り付けるように身に着けて、オフィスチェアに窮屈そうに収まっている姿は典型的なギークそのもの。コーラとスナックが付属していないのがもったいないくらいだ。
ルーカスはフレッドの発言とアクションには無反応で、
「まあ、こんな奴だが腕は確かなんだ。信用してくれ」
彼の座る椅子を押して数十センチ脇にずらした。が、フレッドはしつこく元の位置に戻ってくる。
「僕はねえ、君達が楽しくお喋りしている間、一人寂しくあのボロ船の調査をしてたんだよ」
「悪かったな、ボロ船で」
「ま、おかげで船の制御システムは解析し終わったよ。その他の保管データにもいつでもアクセスできるようにしといたし。ちょっと所長、こっちに来てみて」
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