第3話 騎士と戦士

第1章

01 同じ河岸

 ニーヴィスはどうした、というアンエスカの問いに、タイオスは彼がルー=フィンから王子を守るために残ったことを話した。

「情を抜きにして言えば、最上で相討ち」

 腰に包帯を巻いた戦士が冷徹に言えば、アンエスカもうなずいた。

「――そうだな」

「ま、待てよ、アンエスカ。『そうだな』じゃないだろう、俺、行ってくる」

 慌てたのはレヴシーだったが、アンエスカは首を振った。

「いまから行っても遅い。決着はもうついてる」

「ニーヴィスが勝ったなら追いついてくる。それだけだ」

 タイオスが続けたが、年若い騎士は納得などしなかった。

「クインみたいに、怪我をしてるかも。それなら迎えに行ってやらないと」

「ルー=フィンがとどめを刺さないと思うか?」

 息を吐いてタイオスは言った。

「んな……そんなの」

 少年騎士は泣きそうな顔をした。王子も唇を噛んだ。

「もっとも、ルー=フィンも追いついてきていない。けっこうなことだが」

 アンエスカは両腕を組んだ。

「それじゃ、相討ち……?」

 不安と期待の入り交じった声で、レヴシーが言った。タイオスとアンエスカは揃って首を振った。

「『最上で』と言ったろ。その可能性はごく低い。まあ、傷くらいは、負わせたのかもな。治療に戻りでもしたのかも」

 何の根拠もないことだが、タイオスは思いついたことを口にした。騎士たちは何も言わなかった。

「それより俺ぁ、魔術師が気になるね」

 タイオスは言った。

「ルー=フィンは凄腕だが、剣士だ。俺でも最悪、盾くらいにはなる」

「盾などと」

 ハルディールは顔をしかめた。たとえ話だよ、とタイオスは手を振った。

「だが、魔術師相手となると」

「問題ない」

 言ったのは、アンエスカだった。

「何だって?」

 戦士は顔をしかめた。

「問題は、ありまくりだろうが」

「魔術師は、やろうと思えばどの段階でも殿下を暗殺できた。しかし彼はカル・ディアでも、ルー=フィンを連れ戻すだけだった。これは何を意味する?」

「何って。あー、ヨアフォードの手下じゃないというようなことか」

そうだアレイス。聞くところによると、彼ら魔術師の協会というのは、政治に魔力で介入しないよう、教え込むらしい。要人の暗殺などはもってのほかだ」

「詳しいんだな」

「聞きかじりだ」

「聞きかじりでそんなに自信満々なのか。……まあ、俺もそのようなことは聞いたことがあるが、シリンドルに魔術師協会なんてあったのか」

「ない」

 答えたのはハルディールだった。

「僕はお前に感心する、アンエスカ。いったいどこで、シリンドルでは判らないことを学んでくるのか」

「ごく若い頃、数年ですがアル・フェイルの街で暮らしたことがあります。余所を知ることで見えるものもあると、息子にそうさせるのがアンエスカ家の家訓で」

「そうだったのか」

 やはり王子は感心した。

「協会のことなども、そのときに?」

「ええ」

 聞きかじりでしたが、と男は繰り返した。

「……何だ、その目は」

「いや、別に」

 タイオスは肩をすくめた。

「以前から知ってたにしちゃ、さっきは慌てていたなあと」

「生憎、私も完璧ではない。忘れることも思い出すこともある」

 苦々しげにアンエスカは言った。

「ともあれ、ニーヴィスだな。信頼できそうな僧兵がいれば様子を見に行かせてもいいが、裏切りが知られて斬られることもあろうし、怖れてまた寝返ることもあろう。難しいところだ」

 アンエスカが言えば、王子や騎士たちは真剣にうなずいた。

「なあ、ハル」

 ちょっといいか、とタイオスは小声でハルディールに話しかけた。

「何だ?」

「あの野郎は、何であんなに偉そうなんだ? 王様の側近とは聞いているが、騎士ってのは王様には仕えても、その家来同士なんだから、地位身分としてはそれほど差がある訳じゃないだろう」

「ああ」

 ハルディールは苦笑した。

「すまない。アンエスカが黙っていたから、僕もはっきりとは告げなかったんだが」

「ん?」

「彼は、彼らの長なんだ」

「は?」

「騎士団長」

 その言葉にタイオスは吹き出した。

「に、似合わねえ」

 思わず出たのはそんな台詞だった。ハルディールはまた笑った。

「何か、面白いお話ですか」

 騎士団長が聞き咎めた。何でもないと手を振ったのはタイオスだった。

「はいはいはい、判りましたよ、アンエスカ殿。騎士団長

 そう言ってタイオスは、ゆっくりと腰を上げた。

(団長、ねえ)

 少なからず驚いたが、言われてみれば納得もした。強い忠誠心と、長の責任感。アンエスカは常にそれを見せていた。〈シリンディンの騎士〉が若者ふたりと老人ひとりである、と彼自身が言ったのはほかでもない、自嘲だったのだろう。

 タイオスは、しかし態度を改めるつもりはなかった。

 彼にとっては、相変わらず、どうにも腹の立つ野郎で――それでも同じ河岸にいる人物であることは、ずっと前から判っている。

「約束通りハルはここまで守ったし、民たちは大方こっち側、僧兵も転がせられそうだ。状況はいい方に変わりつつある」

 ハルディールはレヴシーやアンエスカに守られ、最も警戒すべき相手はルー=フィン。ここで様子見なり先手なり、臨機応変に動ける人間はタイオスだけだ。彼はそう言って、片手を上げた。

「俺が様子を見てくる」

「だが、あなたも怪我をしているのに」

 心配そうにハルディールが言った。タイオスは首を振る。

「しかし、俺がいちばんだ。レヴシーはハルを守り、クインダンは文字通り動けんのだからな」

 医師に治療を受けた若き騎士は、これしきの傷など何でもないと言い張って起き上がろうとするのをとどめるために、薬を飲まされて眠っていた。その傍らでは、王女が彼を見守っている。

「すまない、タイオス。頼む」

 ハルディールは言葉の通りにすまなさそうな顔をし、タイオスは笑った。

「最後までつき合うって言ったろ? それは、見物してるって意味じゃないんだ」

 必要な働きをしてこそである。戦士はそう言って上着と胸当てを身につけ、剣帯を締め直すと、手を振って彼らに背を向けた。

(ニーヴィス、か)

(――つらい報せを持ち帰ることに、なるんだろうな)

 ほんのわずかな邂逅と言えども、かの騎士が国と王家に抱いている忠誠はタイオスにもよく判った。

 ハルディールやレヴシーは、ニーヴィス生存の報を期待している。だが、それは成らないであろうと考えながら、タイオスは館を出た。

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