06 誰がアンエスカを殺ったと

「そう怖い顔すんなよ。美青年が台無しだ」

 タイオスは唇を歪めた。取りなすつもりも、茶化す台詞にしか聞こえない。

「あー、とにかくな。俺はいろいろあって、王女様の護衛をしながらちょっとお話をさせていただいたりする訳よ」

 彼は無理矢理、話を進めた。

「で、王女様は、お前たちが生きてる証拠が欲しいんだと」

 実際のところ、エルレールはそうは言っていない。確かに、騎士たちが生きている保証はないとタイオスに不安を洩らしたが、そこまでだった。証拠云々は、騎士たちと顔を合わせるために彼が勝手に言ったことだ。

「証拠って」

 レヴシーが口を挟んだ。

「何を証拠にする気だよ。指でも切り取って持ってくのか?」

「あー、そういう手もあったな」

 ルー=フィンがそういうことを言い出す奴でなくてよかった、ヨアティアなら考えついたかもしれん、などとタイオスは思うのだが、どうにも騎士たちには、見知らぬ戦士が悪党であるようにしか聞こえないのである。

「違う違う」

 きつい目線に挟まれて、中年戦士は慌てて手を振った。

「そんな物騒なことはやらんよ。お前さんたち、文字くらい書けるんだろ。ほら、道具を一式用意してもらったから、殿下にお手紙を書け」

「手紙だと」

 クインダンは困惑した表情を浮かべた。レヴシーも同様だ。

「そんなもんより、殿下にお目にかからせろよ」

 少年騎士は格子越しに噛みついた。

「殿下にご足労いただくか、俺たちを連れてくか、どっちにしろその方が確かだろうが」

「この場所は教えられない。お前たちを出す訳にもいかない。少し考えれば判るだろう」

 淡々とルー=フィンが返した。

「手紙だ」

 彼はタイオスに合図した。戦士はうなずいて、紙と筆をまずクインダンに渡す。躊躇いがちに、青年騎士は受け取った。

「おっと、この手。気の毒に。ほどかなけりゃ、書けないだろ?」

 タイオスが手を伸ばすと、素早くルー=フィンから声がかかった。

「駄目だ。そのままでやらせろ」

「無茶を言うなよ。まあ、その辺の僧兵ならともかく、俺とあんたがいるんだ。暴れたって、どうとでもしようがあるだろう」

「駄目だ。よせ、タイオス」

「ケチ臭いことを。気にすんな、クインダン……だよな?」

 戦士は禁止の言葉を無視して格子越しに青年の縄を解こうとしたが、銀髪の若者に肩を掴まれた。

「調子に乗るな」

「何をびびってんだよ」

 判らない、という様子を作ってタイオスは顔をしかめた。

は何だ? 鉄格子だろ? いくら名高い騎士様だって、怪力の化け物じゃないんだ。縄を解いた途端、これをねじ曲げて出てくるなんて有り得ないだろうが。格子越しに俺が捕まる? あんたは俺が絞め殺されようと気にせずに、それどころか俺越しにこいつを刺すくらいするだろ。何を気にすることがあるんだ」

「――私はお前を信用していない」

「何だよ」

 タイオスはますます、しかめ面をする。

「お前は、何か? 俺が王女様の密命でも受けて、こいつらを助けにきたとでも思ってんのか? 何でそんな割に合わないことをしなけりゃならん。王女殿下は美人だが、俺に金はくれない。ヨアティアを主人と思ってる訳じゃないが、少なくとも金蔓だ。都合の悪いことなんかするもんか」

 ぺらぺらと中年男が舌を長くすれば、ルー=フィンは戸惑った。

「確かに……お前はカル・ディアできちんと仕事をしたが」

「だろ?」

 タイオスはにやりとした。ルー=フィンを振り返り、鉄格子にごく近い位置のまま、クインダンに背を向ける。

 賭けだ、と戦士は思った。

「――誰がアンエスカを殺ったと思ってんだ?」

「何を」

 クインダンははっとなった。

「お前か! お前が……アンエスカを」

 そのときであった。タイオスが緩めた縄は、クインダンの抵抗に完全に解けて落ちた。騎士は格子の間から左腕を伸ばして背後からタイオスの首に回し、剣の代わりに先の鋭い筆を握ると、右手のそれを彼の眼球の前に突きつけた。

「うがっ、うわっ、よせ!」

 中年戦士は演技と本気が混じった悲鳴を上げた。

「殺したのか。アンエスカを。本当に」

「よせ、なあ、落ち着けよ、クインダン」

「気安く名を呼ぶな!」

「だから言っただろう、タイオス」

 ルー=フィンは剣を抜いた。

「望み通り、お前ごとヘズオートを刺し貫けばいいか?」

「待て。まあ、待て。お前も落ち着け」

 タイオスはそろそろと、両掌をルー=フィンに向けて、とどめるような、降参するような仕草をした。

「言え。アンエスカを殺したか」

「殺っちまえ、クイン! 本当にそいつが、アンエスカを殺したってんなら」

 レヴシーも怒りの炎を瞳に燃やしている。

(何だ何だ)

(あのクソ眼鏡、意外な人望があるじゃないか)

「た、頼む。やめてくれ」

 かなり本気も入って、彼は言った。

「俺には、遠くの町に妻と子供が。あいつらのために稼がなくちゃならないんだ」

 もちろん彼には妻子などいないが、ティエのことを思い出して妻の役割を当てはめ、架空の子供を想像すると、迫真の演技をした。

「子供は、まだちっちゃくて。ようやく、俺のことをパパライって呼ぶようになってきたんだ。こ、こんなところで死ねない」

 〈嘘つき妖怪シャック・ハック〉のような出鱈目は、功を奏した。クインダンの右手が引かれ、腕がわずかに緩んだのだ。

 と、タイオスはクインダンから逃げ出した。はあはあと息を荒くしてみせる。少しは実際、荒くなった。

「王女殿下には気の毒だが、計画は中止だ。もう一度、手を結わえる。筆を捨て、手首を揃えて差し出せ、ヘズオート」

 ルー=フィンは剣を鞘に収め、そう言いながらクインダンの牢に向かった。

(――好機)

 タイオスは呼吸を整えた。そのまま思い切り床を蹴ると、一気に背後からルー=フィンを襲った。

「な」

 これは予測していなかったと見え、若者は無防備に、鉄格子に押しつけられた。

「タ……タイオス、貴様!」

「こうなっちゃ天才剣士も形無しだわな。まあ、すまんが少し眠っててくれ」

 彼は片手で若者の両手を後ろ手に押さえつけると、先ほど彼自身がやられたように、もう片方をルー=フィンの首に回した。

「殺しはせんよ。言ったように、ガキを殺すのは寝覚めが悪い」

 ぎゅ、と戦士は捕らえた男の首を絞めた。やりすぎると本当に殺してしまうが、瞬間を見誤らなければ、意識を失わせるだけで済む。

 ルー=フィンは全身の力を振り絞って抵抗したものの、体格はタイオスの方がずっと勝るし、完全に後ろを取られている。十トーアほど暴れたあと、冗談のように若者はぐったりした。

「……と、演技じゃないな。幸か不幸か死んでもいない。よし、これで大丈夫、と」

 タイオスはそのままルー=フィンを床に転がし、格子の内側に落ちたクインダンの縄を拾い上げると、それで剣士の両腕を縛った。

「……お前は」

 クインダンは呆然としている。

「ちょっと待て。ほら、レヴシーだな。そっちも手を出せ」

 戦士は片手を上げて少年騎士の牢に向かい、やはり呆然としながら手を差し出すレヴシーの縄を解くと、それをルー=フィンの足を縛るのに使った。

 それから、地下牢へ入るために使った鍵束を銀髪の若者の腰から奪うと、合うものを探してふたつの牢を開け、彼らの足枷も外した。

「どっちか、ルー=フィンの剣を持て。クインダンの方がいいか」

「お前は……何者だ」

 クインダンは牢から出ると、しかし警戒を解けず、中年戦士に尋ねた。

「だから。王女様の密命を受けた……訳じゃないが」

 彼は頭をかいた。

「言いたかないが、どうしても言わなけりゃならんなら、アンエスカのクソ野郎の密命を受けた、流れ戦士だよ」

 タイオスとしては、あの男の命令に従ったなど言いたくないのであったが、ここは仕方がなかった。

「アンエスカの」

「それじゃ」

 彼らは目をみはった。タイオスは軽くうなずく。

「ここだけの話。に、する必要があるのかどうか、判らんが」

 「アンエスカを殺した男」は肩をすくめた。

「奴は生きてる。死んだことになってるが……殺したはずの俺がこんな真似したんじゃあ、偽装だったともうばれるかな。ま、奴さんを死なせたのは、カル・ディアからここまで追っ手なしに帰すためだ。ほかに何か計画を考えているとしても、お前さんたちを救出するより重要ってこともないだろう」

 タイオスはそう決めつけると、立ち尽くしたままのクインダンに代わってルー=フィンの細剣を抜き、彼に差し出した。

「飲み込めたか? 騎士様ってのは、頭が悪くはないだろう?」

「おおよそのところは」

 クインダンはうなずいて、剣を受け取った。

「よし。レヴシーは、とりあえずこれでも持て」

 戦士は自分の短剣を引き抜くと、少年に渡した。

「表にいるのはたかだか三人だ。不意は突けるし、ひとりがひとりを受け持てば余裕だが……余裕だよな?」

 彼はふたりの騎士を見た。彼らは手首をさすり、得物を軽く振って均衡と自身の握力を確認すると、うなずいた。

「頼もしいね。幸いにしてと言うのか、見張りはシリンドル人じゃない。他国からかき集められた似非僧兵だ。斬るのに躊躇いはなかろ」

 シリンドルの民同士で争いたくない、と言っていた王女を思い出してタイオスは告げた。戦士としては、殺られなければ殺られる状況で同郷人も何もないと思うが、それはあくまでも彼の考え。ここでは異質なものだ。

(僧兵連中にはいろいろだが)

(ヨアフォードがシリンドル人じゃない奴らを騎士の見張りにおいてるってのは、要点かもしれんな)

 〈シリンディンの騎士〉監禁に反対――とまではいかずとも、うしろめたい気持ちを覚える人間はいるのかもしれない。

 推測と言うより希望だが、有り得ることだとタイオスは心にとめておくことにした。

「それじゃ騒ぎにならないように見張りを素早く殺って、隠せたら死体を隠そう。それから、できれば一緒に、無理ならそれぞれ、町の北東にある〈古柳の根っこ〉亭を目指す。追われたら、行き先を気づかれないように追っ手を振り切ってから、向かえ。そこにはハルディールもいる。判るな」

 アンエスカの生存はともかくとして、王子の居場所を知られる訳にはいかない。理解した騎士たちは真剣な表情でうなずいた。

「一ティムやる。少し身体をほぐせ。それから」

 行くぞ、と指揮官のごとくタイオスは言い、〈シリンディンの騎士〉たちはその命令に従った。

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