12 言い残すことは?

「ひとりは階段を守れ、あとは私たちについてこい」

「俺には要らんよ」

 戦士は若者の横をすり抜けながら言った。

「護衛がついてるのは王子だろ。俺はひとりでいい」

 ルー=フィンが応とも否とも言わぬ内、タイオスは素早く走ると、目指す客室に入り込んだ。

 銀髪の若者は舌打ちする。タイオスの台詞はもっともなようでもあるが、勝手な言い分でもあるからだ。

「戦え! 神は我らを守ってくださる!」

 だがタイオスを引き戻す暇はない。若者は僧兵たちに向かって叫ぶと、自身は自身の使命を果たすべく、奥へと走った。

 予想通り、ハルディールの部屋の隣から剣を抜いた護衛が現れる。二撃とかからぬ間に、天才剣士は護衛をひとり下し、怯んだふたり目にも斬りつけた。

「――ハルディール!」

 彼は、不遜なる王の息子の名を呼んだ。騒ぎに怖れをなして寝台に潜り込まれれば、この場を片づけてからでなければ王子に向かうことができない。

 退かねばならない事態になれば、次は難しい。即刻の夜襲だからこそ、容易に侵入ができたのだ。

 次回はない。

 そう、ハルディールが、いったい何ごとかと扉から姿を見せれば。

(必ず、仕留めてやる)

(たとえ、命に換えても)

 まるで騎士のように、ルー=フィンはそう誓った。


 緊張に満ちた怒鳴り声が、王子の眠りを乱した。

「ハルディール!」

 びくりとする。

(いまの声は)

「ルー=フィン」

 さっと血の気が引いた。こんなに早く場所を特定して、躊躇なく襲撃してくるなんて。

 護衛兵士は十人いると聞いた。追跡してきた僧兵全員とルー=フィンでも九人だが、ルー=フィンはひとりで何人分もの働きをする。

 護衛は明日になればもう五人増えるという話だったが、間に合わなかったのか。慎重なアンエスカでも、まだ大丈夫だと考えていたのに。

「――アンエスカ」

 王子ははっとして寝台から飛び降りた。

 護衛たちは、ハルディールを守ろうとする。そういう命令だからだ。そしてその護衛対象に、王子の連れは入っていない。

(一緒の部屋にするんだった)

 朝に発つための準備をするからと、従者は王子の別の部屋を使った。ハルディールもそれを認めた。

 まさかこんなことのあろうかと、油断を。

「タイオス」

 ハルディールは呟いた。

「タイオスが、いてくれたら」

 その望みは儚かった。

 黒髪の戦士は王子の傍らにはおらず――。

「そうきたか」

 シャーリス・アンエスカは言った。

「思った以上に、愚かな男だ」

「何とでも言え」

 抜き身の剣を片手に、ヴォース・タイオスは返した。

「野郎の、それもお前みたいな禿げ親父の寝込みを襲うなんて趣味じゃないがなあ、空手形より、本物の金貨は魅力的だ」

 その言葉はアンエスカに、タイオスの選んだことを知らせた。

「幾らで私の殺害を請け負ったと?」

「金貨二百五十。立派なもんだろ」

「安く見積もられたものだ」

 ふん、と眼鏡を外した男は鼻を鳴らした。

「言い残すことは?」

 タイオスは剣を突きつけた。

「俺に謝りたいと言うなら、聞いてやってもいい。俺が満足行ったら、そうだな」

 彼は笑った。

「せめて、苦しませないようにしてやるよ」

「謝罪の必要など、あるはずもない」

 そう答えた男は、剣をちらりと見た。

「新品だな。ヨアティアの金で買ったか」

その通りアレイス。ついでにこれもだ」

 戦士は左手で胸当てをとんと叩いた。

「それでもまだ、ほとんど減っていないくらいだ。金貨ってのはすごいもんだな。そう思うだろ」

「ヨアティアの金は、ヨアフォードから出ている。彼個人のものもあろうが、多くは神殿の、いまでは王家の、つまりは国のものも好きにしていることだろう。民とて、お前のような思想なき戦士のために、自らの税が使われたとは思っておらんだろうな」

「誰かが汗水垂らして、誰かが何もせずにその結果を得られるなら、俺ぁ後者がいいね」

 ふふん、とタイオスは笑った。

「クソ野郎が。言いたいことはそれだけか? 人の金を勝手に使いやがってと。お前自身の命乞いは、なしか」

 戦士は切っ先を持ち上げた。

「それじゃつまらんなあ、アンエスカ。ひざまずけよ。泣いて、申し訳ありませんでしたタイオス様、とでも言ってみな」

「愚か者めが」

 アンエスカは一蹴した。

「私がひざまずくのは、〈峠〉の神とシリンドル王家の人物にだけだ」

「は。ご立派だよ」

 乾いた笑いを浮かべて、戦士は剣を持ち直した。

「残念だが、俺の見たい光景は見られないという訳だ。それじゃ、遊びはここまでにしよう」

 タイオスは笑みを消した。

「――アンエスカ。この、クソ眼鏡野郎」

 彼はまっすぐ、剣をかまえた。

「俺の金貨二百枚のために、死んでもらおうじゃないか」

 バン、と大きな音がして、タイオスの剣が振り下ろされた。

 死者の魂を導くという精霊ラファランが男を迎えにきたのかどうか、常人たるタイオスには判らなかった。

 掛け布の向こうから、かすかにヴィリア・ルーの光が差し込む。

 月の女神は何も言わず、静かに、飛び散った鮮血を照らしていた。

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