11 夜襲
早計であったろうか、とルー=フィンは思った。
しかし、それはよい折衷案であると判断して、それでルー=フィンはタイオスとここにいるのだ。彼はそっと首を振って、懸念を振り払った。
「間違いないか」
「そりゃあもう、ない」
中年戦士は気軽に言った。
「ハルディールもアンエスカも、ここにいる」
タイオスは館を指し、ルー=フィンはうなずいた。
あの十分後、タイオスはキルヴン伯爵のことを「思い出して」話をした。魔術師は抜きで、と主張した。
彼の話はヨアティアを迷わせた。名もなき庶民の自宅などではなく、カル・ディアの伯爵の館。
ヨアティアは魔術師を通して父ヨアフォードに連絡を取り、カル・ディアを敵に回すべからずとの回答を得た。
つまり、ルー=フィンとイズランにしばらく館を見張らせ、動向を見極めてから次の行動を起こす。外出の隙を狙うなど、カル・ディアの貴族当人に類が及ばぬやり方を計画する。或いは王子がそのまま立てこもるならば、ハルディールは国を捨てた、王位継承者の資格なしと喧伝する。どちらにせよ、まずは様子を見ると言うのだ。
ヨアフォードの命令には従うつもりでいるルー=フィンだが、王子を生かしておく可能性もあるという答えは、若者を納得させるものではなかった。
ラウディールの息子は、その命を持って償うべきなのだ。――彼、ルー=フィンに。
そこにタイオスが、夜襲の話を持ちかけた。警護が強化されれば侵入は難しくなる、やる気があるならば今夜の内にやってしまった方がいい、と。
ルー=フィンはヨアフォードの言を無視する形になることに躊躇いを覚えたが、最悪、自分の独断であるとして彼自身が処刑されることになっても、ハルディールをこの手にかけたいと思った。
それは私怨と言えた。
だが、それだけではない。
重要なのは、いち早く王子ハルディールの息の根を止めること。それは必ずヨアフォードの、ひいてはシリンドルのためになると、彼はそう考えた。
「そいつらは、それで全員か?」
タイオスは僧兵にあごをしゃくった。
「いや、半分だ」
ルー=フィンは本当のことを答えた。
「彼らも一丸ではない。ヨアティア様に無断で動くことを嫌う者もいるから」
「成程ね」
戦士はしたり顔でうなずいた。
「つまりこいつらは、お前の手下か」
「必ずしもそうでもない」
若者は応じる。
「手柄を立てる機会を逃すまいとする者も」
成程ね、とタイオスはまた返した。
「館の護衛は、俺が見ただけで四人はいた。こっちは俺とお前を入れて六人。向こうはもう少しいるかもしれんが、大したことはないだろう。だが、ことは迅速にな」
「言われずとも判っている」
「まじか?」
年嵩の戦士はにやにやした。
「個人的技量は天才的でもな、ルー=フィン。踏んだ場数は俺の方が遥かに上だぞ」
「判っている」
ルー=フィンはまた言った。
「だからこそ、お前の意見を聞いているだろう」
「そうだな」
タイオスは満足気にうなずいた。
「よし。裏口はこっちだ」
俺が放り出された、と内心で呟いて、タイオスは先頭に立った。角からそっとのぞき込んで、しかし彼はすぐに顔を引っ込めた。
「見張りがいる。俺は顔を知られてるから、警戒される」
「ディオス」
「はい、わたくしが」
若い僧兵のひとりが誇り高く声を上げた。
「一撃でやれよ。騒ぎになって
言われるまでもない、と思うのか、僧兵は戦士の言葉に何も答えなかった。
「行け」
ルー=フィンが命じる。ディオスは猫か盗賊かという静かな足取りで角を折れ、少しするとかすかなうめき声が聞こえた。
「――殺ったな」
タイオスは、死者を冥界に導くとされる精霊ラファランを呼ぶ仕草をした。
ほかの誰もそれには倣わず、ルー=フィンの指示に従って、静かに裏口へと進む。ディオスは、喉を刺し貫いた門兵から鍵を奪ったところだった。
「手慣れてるねえ」
戦士は感心したような声を出した。
「行く末は盗賊ってか?」
「神の御為を思って成すことは、悪行ではない」
ディオスは彼をじろりと睨んでそう答えた。
「成程ね」
ディオスは鍵をルー=フィンに投げ、緑眼の剣士はそれを受け取ると門を開ける。指示を受けた僧兵が、死体を裏庭の見えにくい位置に放り出した。
錠が下りていたのは門ではなく、館の裏口だ。
彼らは静かに、館内へと侵入を果たした。
「使用人を脅して、客人の部屋を聞き出すんだ」
声をひそめてタイオスは言った。
「俺はアンエスカ、お前はハルディール、残りには部屋の前を警戒させろ」
いつしか指揮を執りながらタイオスは告げた。
「台所の隣に、仮眠室らしきものがあった。誰かいるだろう」
ルー=フィンは別の兵に指示した。兵はうなずき、タイオスの言った部屋に素早く入り込む。押し殺したような悲鳴が聞こえた。ルー=フィンが続く。
「ハルディールとアンエスカはどこにいる」
見る間に剣士は細剣を抜き、哀れな年寄りを脅しつけていた。
「今日ここへやってきた南方人たちだ。言えば、命は助けてやる」
その台詞にタイオスは片眉を上げる。どうだか、と思ったのである。
老人は信じたか、はたまた信じるしかなかったというところか、震えながらうなずいて、客人の部屋を洩らした。
ルー=フィンは前言通り、老人を切り殺すことはしなかった。ただ、殴って昏倒させるなどという乱暴は働いたから、老人が二度と目覚めない可能性もあった。
「二階だ」
ルー=フィンは僧兵らに部屋の場所を告げた。王子は二階の突き当たりにある奥の間、従者はひと部屋置いて、向かって左の部屋に眠っているとのことだった。
「お前たちは階段の下を見張れ。残りは私とこい。異常があればすぐに知らせること」
少し躊躇ったあと、剣士はこう続けた。
「――タイオスから指示が出れば、従え」
「おいおい」
戦士は苦笑する。
「俺を信頼しちまっていいのかい」
「信頼などしていない。一時のこと」
ルー=フィンは首を振った。
「近距離とは言え、二手に分かれる。いちいち私の決定を待つのでは無駄だ」
「成程ね」
それが口癖になったかのように、タイオスはまた言った。
「ことは速やかに」
ルー=フィンが言う。
「了解。同意だ」
速やかに、とタイオスも繰り返すと、ルー=フィンに先頭を譲った。うなずいて、若い剣士は階段へ向かう。
護衛はおそらく、王子の部屋のすぐ近くにいるだろう。部屋の前か、隣室か。前であれば厄介だ。すぐさま戦いになる。
戦い自体は厄介ではない。しかし騒ぎになれば、町憲兵隊が駆けつける。僧兵の誰かが捕まり、また自害をするようなことになっては厄介だ、と思うのである。
コミンでは、裏の顔を持つ酒場の騒動として、片づけられただろう。
だがここは首都カル・ディアの、王に仕える伯爵の館だ。「不気味な事件」として噂にもなるだろうし、「シリンドル」という国の名が胡乱なものとして伝わってしまうかもしれない。それは誰も望まない事態だ。
彼らはそっと階段を昇った。ルー=フィンは呼吸を整え、一気に飛び出す。護衛がいれば、一
だが幸いにして、深夜の廊下には誰の姿もなかった。ルー=フィンは少し拍子抜けしたが、そのときだった。
え?――というかすかな声とともに、ガタン、ドスン、バタン、というような大音響が続いた。
はっとなって若者が振り返ると、中年男が目を見開いて、階段の下を見ていた。
「おいおい」
タイオスは呆れ声を出した。
「いくら暗いからって、階段踏み外すか? お前ら、隠密行動の訓練とか受けてるんじゃないのか?」
僧兵のひとりが、階段の下でうめいていた。
ルー=フィンは呆然とする。
「いったい、何ご……侵入者だ!」
背後で、ばたんと扉の開く音と、続いて大声がした。
無論、護衛兵士たちは寝台で熟睡していた訳ではない。装備を身につけたまま、何かあれば即座に対応できるよう、交替で起きている者がいたのである。
「全員、出会え!」
張りのある声が叫んだ。
「全員、昇れ!」
やむなく、ルー=フィンも叫んだ。
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