04 面倒ごとを背負い込む気はない

 沈黙が降りた。

 タイオスは何も聞こえなかったと言うように微動だにせず、アンエスカは苦虫をかみつぶしたような顔をし、ハルディールは居心地悪そうに身体を動かした。

「……タイオス。僕と一緒に」

「耳は悪くない」

 仏頂面で中年戦士は呟いた。

「阿呆か! 何を考えてるんだ!」

「無礼なことを言うなと何度言ったら」

 立ち上がるアンエスカに、タイオスは唾を飛ばす。

「お前も阿呆だ! 何で黙って、こんな馬鹿げたことを言わせてる!」

 ハルディールの言葉は、いくつかの事実をタイオスに知らせた。

 つまり、彼らは〈シリンディンの白鷲〉を探している。

 つまり、〈白鷲〉がどこにいるのか判らない。

 つまり――本物の〈白鷲〉が見つかるまで、タイオスは誤解を受け続ける。

 誤解を解くためには本物が必要。ハルディールはそう言っていた。

 理屈は判る。理屈は。だが、彼に協力をしろと言うのか。

 何の落ち度もない。見知らぬガキに飯をやっただけ。それだけのために、場所もよく判らない国の騒動に引き続き巻き込まれろと。

「俺にそんなことをする義理はない。身を隠すだけの資金をくれ。そしてさっさと本物を見つけ、奴らに知らしめろ」

「彼らはあなたを探しますよ」

「お前が見つかれば、俺を探す必要なんかないだろう。そうだ、それがいい」

 ぽん、とタイオスは手を叩いた。

「奴らに手がかりを喋ってやろう。王子は髪を染め、顔にも墨を塗って、下町のガキのようなふりをしてうろついてるとな」

「……判りますか」

 ハルディールは黒い髪に手を当てた。

「そりゃ、判る。それだけきれいな碧眼だ。絶対とは言えんが、肌の色は薄いだろうと思うし、濃い色の髪は似合わない」

 濃い茶の髪に碧眼という者もいるが、真っ黒の髪と青い目は珍しい。よくよく観察すれば、タイオスが気づいたように、労働を知らない手を持っていることも判るだろう。汚れた外見に不似合いな、きれいな発音も。

 ちぐはぐさは隠せない。

「本気で変装をするなら魔術師リートでも雇って、全体像から変えてもらえよ。高くつくがね」

 タイオスは知り合いに、何人かの魔術師がいる。外見を違うように見せる〈幻惑〉の術などがあることを知っていた。

「一見したところの印象が違えばいいかと思っていました」

 王子は肩をすくめた。

「連中に利するつもりであるならば、この場で斬る」

 アンエスカが腰の剣に手をかけた。よせよ、とタイオスは首を振る。

「剣は不得意という話じゃないか。俺は玄人、これで食ってる人間だ。馬鹿な真似はやめときな」

「どうであろうと、殿下に害を与える話を放っておく訳にはいかない」

「奴らとあんたらの利害なんてどうでもいい。俺は俺の利を追う、いや、不利を避ける、いやいや、分を守るだけだ。それの何が悪い」

「己のことのみか」

「当たり前だ」

 タイオスは鼻を鳴らした。

「他人を気遣う余裕なんざ、無い」

「ありますよ」

 青い瞳でまっすぐに彼を見ながら、ハルディールは言った。

「僕に、食事をご馳走してくれた」

「ご馳走なんて立派なもんじゃなかったろ」

「空腹を知らなかった僕ですから、ああした状態で食べるものがあんなに美味であるとは知りませんでした。故郷の料理長テイレルには聞かせられませんが、僕の人生で最も感動的な食事だった」

「大げさだ」

「本当です」

「麺麭屋の女将に伝えておくさ。涙を流して喜ぶだろうよ」

「あなたが、してくれたことです」

「ちょっと気分がよかっただけだ。気紛れ。施しだとお前も言っただろう。自分より不遇な人間を見つけて自分の幸運を噛みしめる偽善的行為、或いは子供を助けてやる自分は何ていい奴なんだろうとうっとりする、自己満足に過ぎない」

「どうであろうと」

 ハルディールは首を振った。

「助けてくれました」

「気紛れだ」

 タイオスは繰り返した。

「俺は善人じゃない。悪人でもないつもりだが、ちょっと顔と名前を知っただけの相手のために面倒ごとを背負い込む気はない」

「既に背負っているようですが」

 冷静な指摘に、タイオスはどんと卓を叩いた。

「誰のせいだ!」

「判っています。僕のせいです」

 王子は挙手をした。

「僕はあなたを助けたい。そのためには、〈白鷲〉を見つけなくては」

「だから、とっとと見つけろと言ってる」

「その間、あなたは?」

「隠れる」

「見つかります」

「お前の捜索に協力すると言ってやる」

「その前に斬る」

 三者は同じ言い分を繰り返した。ハルディールは息を吐く。

「アンエスカ」

「はい、殿下」

「タイオスに説明してくれ」

「……判りました」

 実に嫌そうに、いちばん年上の男は返事をした。

「仮に私がお前を見逃し、お前が身を隠すとする。しかし、殿下のお言葉の通り、連中はお前を追うだろう。そして、見つかったお前が卑しくも保身のために殿下の情報を売る。そこで、お前は助かると思うか?」

 馬鹿にする口調でアンエスカは言い、タイオスは黙った。

「判っているようだな。連中はお前から話を聞き出したら、お前を殺す。生かしておく利点などはなく、逆に自分たちの情報を殿下側に持っていかれてもたまらないと思うだろう」

 タイオスは、やはり黙っていた。

 悔しいが、アンエスカの言うことはもっともだった。あのヨアティアやルー=フィンが、教えてくれて有難うなどと言うはずもない。見つからなければいい、とは思うものの、自信はない。

「殿下。こうなったらこの男は斬るべきです」

「何をう」

 タイオスは眉間にしわを寄せて凄んだ。アンエスカは戦士から視線を逸らし、王子を見ていた。

「どうか、ご許可を」

「いいや、駄目だ。許可は出さない」

「殿下」

「出さない、アンエスカ。三度は言わない」

 ハルディールはきっぱりと言い、従者は唇を噛んだ。

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