第22話・恋タナ救出コード・すべては愛のために

「おかしいじゃんか!」


 雨降りの日曜日に健多がマイクに向かって吐いた。外は朝からザーザーでうすぐらく、人によっては憂鬱となりやすい。でも健多は憂鬱よりも疑問をノートパソコンに向かってぶつけた。


「わたしに言われてもわかんない」


 画面に映る秘書こと悪タナはすっとぼけている。なぜ恋タナが出てこないのかという健多の質問に対してなかなかの演技力とかわいい感じでごまかす。


「悪タナと恋タナがぶつかってんの?」


 健多はOSの共存がやりにくいようなモンなの? と質問した。


「それはあるかもね、わたしと恋タナは相性がイマイチっぽい」


 サラっと言ってのける悪タナは、他の話をしない? と誘ってみる。なんなら少しHな話でもいいよと健多の心を突く。


「いーや! 今日はスッキリしないを解消する」


 悪タナとHな雑談をしようかと一瞬悩んだが、きっぱり拒否して悪タナを休憩モードにして、気合を入れてイスに座る。


 恋タナが出て来ないこと数日、久しぶりに会いたいと思うのは当然のこと。パソコンから消えたわけではないのだから、どこかにいるはずと信じる。恋タナもしくはパソコンのリセットはちょっと困るので、なんとしても呼び出したい。


「ずっと呼び続けていたら……あるいはクリックしまくれば……何かのはずみで再会出来るかもしれない」


 パソコンではそういう事がよくある。原因不明がゆえに異常にしんどい努力を強制するって事は、パソコンの世界では日常生活みたいなモノ。


「恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ、恋タナ……」


 しばらく言い続けたが頭がおかしくなりそうだから、ひたすらクリックに切り替えた。恋タナの休憩中って表示される部分を、ひたすらクリックする。ただひたすらに、無心とか無我夢中って感じに、マウスをカチカチカチ言わせまくる。


 愛しい存在にもう一度会いたい、そう思えば男はエネルギーが出せる生物。健多は情熱と執念を燃やし、時計なんぞ気にせずクリックし続けた。それは見事なまでに続けられたのである。健多がマウスから手を離したのは、トイレ、食事、ちょっとした休憩というだけ。後は夜までひたすら同じことをやり続けた。


「なんでダメなんだよ……こんなに会いたいのに、会いたいのに……」


 湧き上がってくる悲しいキモチ。もう健多の体はボロボロっていうくらい疲れていた。たかがクリック、されどもクリック、それを朝から晩までやり続けていれば、指先から体が全体へと疲れが回る。


「うわ……もう夜の9時じゃん!」


 柱の時計が見せる顔面におどろかされた。そしてますます悲しいキモチが大きくなっていく。ダメなのか……こんなに会いたいのに……会えないのか! と、健多の目に少し涙が浮かんだとき、まさにそのとき変化が生じた。


 突然として画面がぐにゃ~っと歪んだ後、パッと切り替わったら恋タナの姿が映った。でもそれは最大級ってくらいに健多を驚かせる。


「な、な……」


 思わずイスから立ち上がってしまう健多だった。その驚きはムリもない。なぜなら恋タナが十字架に縛り付けられているからだ。どこか分からない広場みたいなところで、恋タナを縛った十字架だけが立っている。


「な、なんだこれ」


 ゴクリとやりながら着席し、マウスのボタンを人差し指で回すと、恋タナの顔にカメラが近づいていく。するとどうだろう、顔には傷がある、バンソウコが貼られている、ちょっとした出血も見て取れる。


「け、健多くん? 健多くんなのね? 久しぶり」


 つらそうな中でも笑顔を見せる恋タナだった。


「久しぶりじゃないよ、それ何? どういうこと?」


 本気で取り乱す健多に対して、恋タナはカンタンに事情を説明した。悪タナと上手く共存できなくて毎日トラブルの連続。悲しいまでに悪タナに嫌われてしまい、とうとう十字架にはりつけられた。


「でも……今は……健太くんのつよい思いを感じ取れたから、わたしも頑張って同じようにつよい思いを返そうとした。それで通じ会えたんだよ」


 通じ会えるという言葉にカンゲキしたいところだが、この状況はやばい! という方が先だった。


 健多はここで思わず口にした。恋タナはつよいはず、なぜそんな一方的にやられてしまうのか? と。


「相手がわたしに向ける憎しみがつよくて……」


「じゃぁ何、そのまま勝てないわけ?」


「わたしにも……ダメ、それはいけないこと」


「なんだよ、言ってよ、お願いだからさ」


「一定時間、わたしに力を貸してくれる人がいたら……たとえば健多くんみたいに、純粋でやさしくてわたしを大事に思ってくれるような人だったら……わたしは悪タナを超える力が入る。そうすればこれくらいの十字架からも逃げられる」


「それはいったい何をどうすればいいの?」


 健多がドキドキを胸に抱えて質問すると、その答えはこうだった。VRメガネをかけ恋タナを助けたいとつよく念じれば、ひとまずはグレーゾーンの近くまではやってこれる。


「ひとまず? グレーゾーン?」


 なんのこっちゃ? とか思ったが、恋タナの説明を聞くと分かるような気がした。壊れてもいないが正常でもないって空間、いかにもパソコンらしさを思わせる領域。そこに入ることは本来は可能なのだが……悪タナがパスワードでロックをかけてしまったのである。


「パスワードロック?」


「そうなの、それを正しく言わないと領域に入れないの」


 パスワードなんて言われるとゾーッとする。そんなモノ当たるわけがないと思うわけで、宝くじの一等よりムリだろうと絶望的になる。一応聞いてみれば4数字パスワードらしいが、それでもさっぱり想像ができない。


「でも、もしパスワードが当たって恋タナに近づけたらどうなるの?」


「わたしは力が出て十字架から自力で脱出できる。そしてその後……もし健太くんが認めてくれるなら、しばらくわたしの中に取り込ませて欲しい。そうすれば愛の力で悪タナを倒せる」


「と、取り込まれる?」


「そうだよね……おどろいてしまうよね……だからやっぱりこの話はいけない事なんだよ、聞かなかった事にして」


 恋タナは健多をやさしく見つめた。でもそれで納得できる健多ではない。こうなったら絶対に恋タナを助けたいと思うわけで、その思いを鉄を溶かす1500度よりも熱い。


「ねぇ恋タナ、取り込まれる人数は多いほどつよくなるってことは?」


「それはすごく嬉しい話だけど……」


「わかった、じゃぁ桃にも応援を頼んでみるよ」


「健多くん、どうしてわたしのためにそこまで……」


「これは理屈とかそんな話じゃないんだ。なんていうか……もしかしたら愛なんじゃないかと思う。放っておけないよ、こんなの放っておけるわけがないんだよ。心が、ハートが、そう叫んでいるから」


 こうして健多は10機はそのまま放置することにした。ここで恋タナとの結びつきを遮断すると、また一日中クリックさせられるかもしれない。パソコンの世界では、一度つながったら事が解決するまで切るな! が常識だと知っている。


 そうして居ても立ってもいられないって感じで翌日を迎えれば、健多は学校に到着すると桃に話をした。


「恋タナ救出作戦?」


「そうなんだ、だから桃も力を貸してくれ!」


「で、でも……取り込まれるっていうのが……怖いかなぁって」


「一時的なモノだって恋タナは言ってた。おれだけじゃなく桃もいっしょなら恋タナはもっと強くなれるはずなんだ」


 健多の両目は情熱家のように燃えていた。手をにぎり体から炎が浮かび上がりそうだ。その姿に対して桃は半分ほどは感心した。でも残りの半分にはちょっと嫉妬が交じる。


「ねぇ健多、VRメガネってひとつしか持ってないでしょう?」


「それならだいじょうぶ。学校帰りにパソコンショップに寄ってもう一つ買う」


「そ、そこまでする? そこまでして恋タナを助けたいの?」


「もちろんだ。だって恋タナを助けるってことは、自分のパソコンを守るってことであり、引いては愛を貫くって話でもあるから」


「愛……」


 朝の空気や光が窓の外から入ってくる廊下にて、桃は赤い顔で腕組みをした。Fカップの胸に両腕を当て少し考えたが、ここでは嫉妬が勝ってしまう。


「やだよ、なんでわたしがそこまでしなきゃいけないのよ」


「も、桃ならわかってくれると思ったんだ」


「健多は恋タナとわたしとどっちが好きなのよ?」


「もちろん桃だ。そして恋タナは秘書としてとっても大切なんだ」


「うぅ……」


 桃の豊かな胸は内側で揺れまくった。彼氏のために力を貸してあげたいと思いつつ、なんで恋タナのために……って板挟みを食らう。


 そこで桃はちょっとイジワルな行動に出た。今ここは朝の学校であり校舎内であり廊下というところ。あっちにもこっちにも同学年の生徒がいるし、教室内からも廊下方面を見る者は多い。そういう目立った中でも行動が取れるのか? つまり健多は、恋タナのために土下座ができるのかどうか。


「ど、土下座?」


「そ、そうだよ……この場にてわたしの前でお願いします! って土下座したら、そこまでやったらわたしも考える」


 桃は自ら発したイジワルセリフに胸を痛めた。わたしってサイテー! って思ったり、お願いだから土下座はしないで……と思ってみたりと感情が忙しい。


「わかった、土下座しよう……男に二言はない」


 青山健多はいちど左手をにぎってから、大勢が見ている中で土下座に入った。それは桃を真っ赤な顔で驚かせたし、周りがいきなりにぎやかになったりもする。


「なんだ、なんだ、何があった?」


「もしかして夫婦ゲンカ? それとも学校でSMでもやるつもり?」


 いろんな声が聞こえる中、健多は桃の前で土下座した。学校の床はハッキリ言ってキレイじゃない。それでも健多は誠意を込めて土下座をしたあげく、きっぱりとした口調で言うのだった。


「力を貸してください……お願いします!」


 こうまでされると桃は認めざるを得ない。わかった、わかったわよ! と言って健多への協力を約束した。


「ありがとう……やっぱり桃って……」


「うるさいわね、早く立ち上がりなさいよ、みんなが見てるでしょう」


 恥ずかしいから逃げるようにして、桃は教室の中に入っていった。立ち上がる健多、これで恋タナを助けられると胸に勇気が湧く。そこにちょいと遅れてやってきた剛が声をかけてきた。


「健多、土下座なんかしてどうしたんだよ」


「い、いや別に……」


「あ、わかった。わかったぞぉ!」


「なんだよ……」


「ずばり初体験するんだろう。今日こそはお願いって土下座したんだろう!」


「ちげぇよ……」


「健多の勇気ある行動は参考になった。エロ小説のネタに使わせてもらうぞ」


「勝手にしてくれ……」


 そんなこんな健多はイライラしながら学校が終わるのを待った。学校なんざ早く終われと毎秒思いながら、およそ4000分ほどを耐えた。


 学校が終わったらさっそく桃と2人でパソコンショップに出かけて、VRメガネを購入。そのまま急ぎ足で自宅へともどって来た。鉄は熱い内に打てというから、何がなんでも今日中に恋タナを助けたいと考える。


「あら、桃ちゃん! いらっしゃい」


「こんにちは」


 家にいた母は桃のことを桃ちゃんとか言っている。桃もすっかり親しくなったって顔。まだ高校生なのに、まだ何もしていないのに、もう夫婦にでもなったようなイメージが漂う。


「ちょっと部屋で大切な話をするから、しばらくは声をかけないように」


 健多が母に言うと素直に了解する母。でもグッと健多を引っ張った後、耳に小さな声で言ってきた。


「健多、勢い余っての行動は責任が必要だからね? くれぐれも桃ちゃんを泣かせたりするんじゃないよ?」


「変な想像しないでください!」


 そう言い放ってから健多は彼女と2人で自室に入った。そうしてマウスを動かすと、オフにしていたディスプレイをオンにする。


「ぅ……やだ……」


 恋タナがはりつけられている十字架を見て、心やさしい桃がドキッとする。それは冗談にしてはちょときつい。


「VRメガネをかけたら手をつなぐ。そうして恋タナを助けたいとつよく念じるんだ。そうすれグレーゾーンの入り口くらいまでは行ける……らしい」


 健多が言ってメガネを渡す。受け取った桃は、こんな恥ずかしいメガネをかけるの? と言いたくなった。ダサくて恥ずかしいのは乙女心にとってつらい。でも約束を破るわけにはいかないので、恥を捨ててメガネをかける。


 そうして2人は手をつなぐ。それからつよいキモチで恋タナを助けたいと念じた。ちょっとやそっとではなく、何がなんでも恋タナを助けたいと念じた。あまりにつよく念じすぎて鼻血が出るかと思うほどだった。


 すると2人のいる世界が突然変異。窓から明るさが入っていた健多ルームじゃない。得体のしれない色合いがいっぱいの、不健康な空気が漂う世界。一応明るいし生きた町って感じもするが、実は死んでいる世界……という怖さが印象深い。


「あれだ……」


 健多が指を差した方角には、ビックリするほど巨大なフェンスが立っている。フェンスの向こう側はより一段と不穏なイメージが漂っている。生きて帰れるのか? という不安が付きまとう。そうしてでっかい十字架が見えていて、そこに愛しい恋タナがはりつけされている。


「パスワード入力……」


 フェンスの入り口らしきところにパスワード入力マシーンがある。正しいモノを入力すると中に入れるって話なのだろう。


「パスワードってなに、知ってるの?」


「いや……全然わかんない」


「ちょっと健多、ここまで来てパスワードを知らないとか止めてよ」


「そんな事言っても……」


 健多は困った顔を上に向けてみる。このフェンスは信じられないほどに高い。誰がどう見ても数百目メートルはあるだろう。それを上がってから下りるなんてムリなこと。しかしだからといって4つのモノがなにかは分からない。


 そのとき、後方より笑い声が聞こえた。健多と桃が振り返ると、そこには悪タナが立っているではないか。


「わ、悪タナ……」


「健多、わたしを休憩モードにしてこんな事をしてたなんて」


「だまれ、あの恋タナはなんだ? 悪タナがなにかひどい事をしたんだろう?」


「だって恋タナなんてキライだもん。キライだから痛めつけてもいいじゃん。仲良くする理由なんてないんだもん」


 まったく悪びれない悪タナを見ていると、ガマンできなくなった桃が横入りした。ピッと右腕と人差し指を伸ばし、悪タナに言ってやった。


「仲良くしてみようって努力とかしたの? 努力してみれば仲良しになれるかもしれないでしょう? 自分が気に入らないから痛めつけるなんて、それってサイテーなんだよ? そんなの……まちがっているんだよ?」


 桃が毅然たる態度でいい放てば、げぇ……って感じで悪タナは頭をかく。中学生かよ? ってぼやいた後、気を取り直したかのように微笑んでから、だったら入力すればいいよと2人を見る。


「わたし止めないよ。テキトーでもいいから入力してみれば? ビンゴ! って成れば開くからさ」


 その言葉を聞いた健多は、反射的に興奮した。やってやる! とばかり適当に入力して弾かれる。めげるもんか! ともう一度やっても弾かれる。すると悪タナが満面の笑みで言うのだった。


「3回失敗したら終わりだよ。もう二度と開かなくなるから注意してね」


 それを聞くと健多の勢いがピタッと止まる。青ざめて両手をブルブル震えさせる。とてもつなく冷たくてデカい緊張に固められた。


「悪タナ……」


「なに?」


「せめてヒントを与えるくらい……できない?」


「ヒントぉ? そんなの要求する?」


「ダメ?」


「じゃぁこうしよう健多」


 悪タナはヒントを教える代わりに、まちがえたら健多は彼女と別れるべしと言った。恋タナを失い桃を捨てる。後に残った悪タナと仲良く暮らすのだと伝える。


「ちょっと勝手な事を言わないでよ」


 だまっていられない桃だったが、ここまで来てあきらめられるものか! と、健多はその条件を飲んだ。まちがえば恋タナを失い、桃という彼女を自ら捨てて、悪タナって存在だけを想い続けなければならない。それは超ビックリな話だが、それでもかまわないと健多は言い切った。


「ヒントってかぁ……わたし悪タナは、最初から恋タナに憎しみを持つように創られたんだよ。だから自分ではどうしようもない的なところがあるの。仕方ないじゃんよ、生まれつき背負ったモノって事だもの。だから悪いわけじゃない。わたしをつくったのも、パスワードを設定も全部わたしの創造主が悪いんだよ」


 悪タナがそう語った時、桃がズイっと健多に近づいた。何事かと思えば、わたしがパスワードを入力するといい出した。


「え、ちょっと桃……どうしたんだよ」


「今の悪タナの話でパスワードはわかった。だからわたしに入力させて」


「え、マジで?」


 健多がものすごく不安だって顔をしたら、桃は真剣な顔に不安を混ぜつつも、彼氏を心配させまいとにっこりしてから言うのだった。


「だいじょうぶ、わたしは健多が好きだからさ、間違えるわけがないんだよ。だって、だってこれは……わたしの中の愛なんだよ。愛があればいかなる障壁も乗り越えられるって、わたしはそれを信じる」


 あっけにとられる健多、バカじゃないの? なんてつめたく笑う悪タナ。かくしてパスワードの入力は白石桃に託された。それはまさに一発勝負。頭に銃口を当てるギャンブルと何ら変わらない。


(て、手が……)


 計り知れない緊張によって震える手だが、桃はしっかりと4つの数字を入力した。そうしてつよい心を示すって顔でオーケーボタンを押したのだった。するとどうだろう、ピーッと音がなってガチャッとロックが外れる音。それは桃が一発勝負に勝ったことを意味していた。


「う、ウソでしょう?」


 あまりの事に呆然とする悪タナ。健多も同じようになりかけたが、桃の手をグッとつかんだら恋タナのいる領域に入り走り出す。恋タナがはりつけられている十字架目指して走る。


「桃、なんでわかった? 数字ってなんだったんだよ」


 走りながら聞かずにいられない健多。


「悪タナは恋タナへの憎しみを持たされたわけだけから、2943だと思ったんだよ。絶対それだと思ったら当たったってこと」


「2943……なるほど」


 分かってみれば大した事ないなぁと思う健多だったが、これは桃に感謝せねばなるまいって思いを優先させ手をつよくにぎる。そんな2人が十字架にたどり着くと、はりつけられていた恋タナが目をうるわせた。どうして2人はそんなにやさしいの? と銀色を流す。


「やさしさなんて、大切なモノを守るために使うモノなんだ」


 健多が言って桃がうなづくと、恋タナの体が突然に光りだした。そうして健多と桃に言った。必ず勝つ、それは揺るがない事だから信じて欲しい、だから少しの間だけ2人を吸収させて欲しいと。


「そのつもりでここに立っているんだ」


 桃の手をにぎった健多が言うと、突如として2人の体が輝き薄らいでいく。まるぜ水中に溶け込まされていくように薄くなっていく。そうして恋タナの胸へと流れ込んでいく。


 するとどうだ、神々しい光が恋タナを包み込む。パァッと大ききな光が生じた後、恋タナが十字架の束縛から開放され足を地につけた。キラキラっとまぶしくもきれいな光を纏う姿は、ゆっくり歩いてやってくる悪タナをあきれさせる。


「まぶしければ良いってもんじゃないよ!」


 グッと剣を持って構える悪タナ。こうなったら恋タナの首を飛ばそうと考えていた。ところがどういうわけか、相手から流れ伝わってくるモノが……それが……恋タナの本能を怯えさせる。それがゆえにとばかり、勝手に足が後退してしまう。


「あなたの負けよ悪タナ、こんな勝負やる前から結果は見えている」


「な、何を……今まで散々やられまくっていたくせに」


「でも今のわたしは健太くんと彼女って、2人の愛を中に入れて立っている。愛を知らないあなたに勝ち目なんかないのよ」


「愛とかそういう言葉は、聞かされるとゾッとするんだよ!」


 悪タナと恋タナの剣が交わり始めた。しかし両者の力は互角……かと思いきや、あっさりとグイグイと悪タナが押される。


「な……なり……」


 悪タナは剣で受けて立ちながらも押され下がっていく。それどころか受けるのが必死だからと冷や汗が浮かんでいる。こんな事はなかった、今まで一度もなかった、だから屈辱だと思うが……相手の方がつよいと感じさせられてしまう。


「憎しみでは愛は斬れないのよ悪タナ!」


「だまれ、だまれ、だまれ、愛とか恥ずかしいセリフをくり返すな」


 攻防がどんどん速くなっていくと、攻める方が圧倒的に有利となる。受けて反撃できない方はジリジリ息がつまって小さなミスをする。


「あぅ……」


 悪タナの足が一瞬グラついた。後ろに転ぶまいとできたのはいいが、代わりに片足が地面につく。その様は相手に首を飛ばされてもおかしくない絵となる。


 しかしここでピタッと止まる恋タナの動き。なんの真似? と的に聞かれたら、憎しみを捨てましょうと誘われる。愛を持ちわかり合おうと努力すれば、そうすればみんながシアワセになれるよと諭される。


「だから、そういう恥ずかしいセリフはキライだと言ってるでしょう!」


 悪タナは立ち上がると同時に剣を振り上げようとした。でもあまりにもカンタンに弾かれたあげく、手から剣が離れてしまってはほんとうにオシマイだ。それは恋タナが生殺与奪なんて4文字を手に入れたのと同じことだ。


「ふん……今さら泣いたり謝ったりなんてしない。そんな見苦しいことしないから、サッサと殺せばいいでしょう」


 覚悟を決めた悪タナが両手を横に開く。好きにしろよって目を相手に向けて、瞬殺される事を望んだ。


 ところが恋タナは悪タナに歩み寄ったかと思ったら、両手を相手の肩に置く。そうしてすぐにお互いの唇を重ね合わせた。あまりの出来事にビクッとした悪タナが動けなくなる。


(ぅ……な……な……)


 動けない悪タナが感じるモノは、なんともいい難くやさしいキスの味。疑うことを知らないような果物がとろみを増しているような、エクセレントって表現が似合うようなキス。同じ女子同士でも体の力が抜けてしまいそうになるほど、この世で2つとないほどすごいキス。


「ぅ……う」


 なんとかして離れなければと思う悪タナだが、体が思うように動かない。あまりにも気持ちいいからそうなるなんて、恥ずかしさの極上だと思いながらも動けない。そんな自分を正面からギュッと抱擁されたら、悪タナは顔面を真っ赤にして言うしかなかった。


「な、なんでこんな事を……あんたバカじゃないの?」


 すると恋タナは動けない悪タナを抱きしめさすりながら、女神そのものってやさしい声で問い返す。


「どうして?」


 問い返された悪タナは、おそろしく奇妙な感覚に耐えながら言ってやった。恋タナを憎むように創られたのみならず、実際にひどい事をした。十字架にはりつけなんて事もやった。ふつうに考えれば憎まれて当然って事をやった。

 

 しかるにして今の恋タナはどうだろう。憎むべきはずの相手をとびっきりの抱擁で落ち着かせようとしている。悪タナにしてみればありえない話そのもの。


「わたしは悪タナを赦すよ」


「ゆ、赦す? ウソでしょう、立場が逆だったら、わたしだったら絶対に許さない」


「でも赦す方が前に進めると思う。前に進むっていうのが愛の基本だと思う」


「愛……」


 悪タナはここで思いっきりドキっとした。自分の中に受け入れたくないと思うモノが生じているからだ。愛という言葉が胸に宿ってしまったような気がする。バカらしくて恥ずかしすぎることが、それが自分の体を熱くしているような気がする。


 これはあまりにもまずい! と思う悪タナだったが、恋タナから伝わる温もりを突っぱねる事ができなかったので、刺々しさが落ちていき、目に少量の涙が浮かんでくる。


「泣いたら……負けてしまう。こんな恥ずかしい負け方なんて……」


 こらえきれない自分を恥じ入る悪タナ。すると恋タナは抱きしめを少し緩めて、笑顔を相手に見せてつぶやいた。


「泣きたいときは泣いてもいいんだよ。心は素直が一番。否定形じゃなく肯定形の感情こそが、それこそが大切なモノ。それが愛なんだよ悪タナ」


 そう言われたあげく、そっと肩の辺りに顔を近づけるよう促されると、不覚! と思いつつ悪タナは泣いてしまった。背中をさすってもらったりすると、意固地なんて見えないパーツが外れてしまう。どんどん涙が増えて恋タナに支えてもらった。悪タナの顔が生まれて初めて、あつい涙でいっぱいなった。


 こうしてしばらくすると、健多と桃の2人は部屋にいる。この2人には取り込まれた後の物語はわからない。ただ解決されたと伝えられるだけだから、なんだそれは? と思う。


 でも健多がパソコンの画面を見た時、そこには恋タナと悪タナが共生していた。そして何より、目にした悪タナの顔が……少し変わっている。顔のつくりが変わったとかではなく、どこかやさしさを覚え始めたような顔つきだと見えた。


「健多……迷惑かけてごめんね。それでその……ひとつだけお願いがあるんだけど、言ってもいい?」


 悪タナの口調は変わっていないが、声の感じには少量の変化が感じ取れる。


「お願いってなに?」


 健多が聞くと伝えられたお願いとは次のような内容だった。現在の恋タナは悪タナによって愛を知ってしまった。恥ずかしいとか思っても、決して悪いモノじゃないって意識が芽生えてしまった。それは悪タナの初期状態にはセットされてないモノ。つまり悪タナが初期化されると、せっかくおぼえたモノがリセットされてしまう。それがイヤなのだと悪タナが言った。


「打ち込みすれば今のわたしが出てくるようにセットアップexeをつくってくれたら嬉しいんだけど、それはムズカシイし環境なんかも必要になるから求めない。ただ……このパソコンのハードディスクをクローンしてくれたら、そうしたら……このパソコンを使う限りは、わたしは今のわたしで生きられる。それを求めたらダメ?」


 液晶ディスプレイに映る悪タナの顔は、本日の物語が大事が始まる前とは似て非なる感じがある。その変化を健多は信じてやりたいと思った。それは新しく芽生えた愛なのだと思うことで了解した。


「わかった、近い内にクローンディスクを作る、約束するよ。そしてこのパソコンは生きている限り手元に置いておく。たとえサブ機になったとしても、使い続けると約束するよ」


 健多がきっぱり言った時に見せた悪タナのうれしそうな顔は、それは健多のとなりで見ていた桃も安心させた。これはまちがいなくいい子だと桃は思う事ができた。それにより健多の部屋には愛が満ち溢れる。


 ここで健多は赤い顔でひとつ咳払い。部屋の丸い時計を見てみればもう午後の6時だ。飯を食っていけよと健多は桃に伝える。


「で、でも……急にそんな……」


「桃……」


 突然に健多がすさまじくテレまくりながら、彼女の前に立つ。相手の肩に両手を置くと、心臓バコバコでごめん! みたいな顔をしながら、これはみんな桃のおかげだよと礼を述べた。


「桃がいてくれたら……おれ……ものすごくラブ&ハッピー」


「健多……もうちょっと他に言い方ってない?」


「なくてもいいだろう、だって愛はひとつなんだから」


 こうして2人は愛が満ちる部屋の中でファーストキスをした。ゆっくりと、でもこれから確実に愛を育んでいくってキモチで唇を重ねたのだった。

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健多と恋タナのPCライフ @jun2000

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