第21話・悪タナVS恋タナ

 本日の健多は学校に到着したら、桃と校内を散歩するなんて事をした。おたがいに色々と、最近はこうでああで……と報告する。それはもうお付き合いしている者なら常識とかいう話。


 そして健多は悪タナの事は特に言っていなかった。どう言えばいいんだよ……なんて気がしてならない。別に言わなくてもいいか! と結論に達していた。ところが根は正直なので、一瞬の戸惑いとかいうのが消せない。


「健多、恋タナとは最近どうなの?」


 桃がちょっぴり皮肉った声で聞く。


「恋タナ? あ、あぁ……恋タナ、べつに問題なし、特に何もない」


 ハハハと笑って見せたが、やはり女って生き物には通用しない。立ち止まった桃は健多の腕をつかむと、取り調べのデカみたいになっていく。


「なんかあったでしょう?」


「な、なんでもないってば」


「その、いかにも隠し事してますって同様とかメチャ怪しい。健多、このわたしにウソが通せると思ったら大間違いだよぉ?」


 ここでうす味の笑みを浮かべる桃、それが健多には美麗な蛇みたいに見えなくもない。女はするどい生き物だ、それと比べたら男はカエルみたいなモノ。このままでは飲み込まれ消化されてしまう。それなら正直言った方がよくない? って健多は思ったので、悪タナの話をした。


 事の発端はネットで画像を目にしたから。もうちょい言うなら目にした時、かわいいと思ったから。それで無料とか言われたら、ダウンロードするしかない。少なくとも男であれば見過ごせる話ではないかった。


「そうしたらなんか恋タナが出てこなくなって、悪タナばっかり目立ちすぎって感じになって、ちょっと難儀だなぁ……と思いつつ、まぁかわいい秘書だからいいかなって流れになってるんだ。これが最近の青山健多ストーリーかな」


 いぇい! と笑いを狙うかのようにウインクし親指を立てた。そうして桃の方を見るとギョッとする。


「まったく健多とかいうのは……浮気ばっかりして」


 グググっと右手をにぎる桃からは、なんとかならんのかよ! と言いたそうな感じが浮かんでいる。


「う、浮気ってそんな……たかがパソコンの秘書だし」


「で、その悪タナも巨乳なんでしょう?」


「はい……」


「まったくもう、なんのためにわたしがいるんだか……」


「え、なに?」


「うるさいわね、とにかく今日は健多の家に行くからね」


「悪タナを見に?」


「なんか問題でもあるわけ?」


「きょ、今日は……学校が終わった頃は母さんが家にいるぞ」


「いいじゃん、遅いか早いかの違いだよ」


「なにが?」


「いずれは堂々ハッピーしなきゃいけないじゃん。まずは健多のお母さんに知ってもらう。青山健多には白石桃って彼女がいることを、お母さんが知ってくれたら、そうしたら健多は桃一筋でしか生きられなくなる」


「今でも桃一筋だってば……」


「あ、話かけないで。お母さんにあったらどういう受け答えするか考えなきゃいけないんだから」


 ひとりでノリ始めた桃はもう止められない。彼氏と結婚する気マンマンの女みたいになっている。そして健多は年貢の納め時って感じになっている。愛しい桃とはまだ何もしていないのにと思わずにいられない。


「なんかいきなり疲れちゃった……」


 窓から校舎の外を眺めると、やわらかい風と日光が気持ちいい。それなのに健多の顔は、ハードな運動でもやり終えたみたいにお疲れだった。


ーそうして迎えた午後3時40分ごろー


 もうこんな時間かよと思いながら、健多は桃と共に自宅前に立つ。2人だけなら甘い考えが浮かんでくるのかもしれない。シュガー入れまくりのレモンティーみたいになるのかもしれない。でも今は家の中に母がいるから、この緊張はスィーツ的ではない。塩を突っ込みすぎたスポーツドリンクみたいに思えてしまう。


「じゃ、じゃぁ、ちょっと待っていて」


 ドアのすぐ近くで桃を待たせると、先に玄関に入った健多は母を呼ぶ。ただいま! と大きな声を出したではなく、ちょっと来て! と母を呼ぶ。


「どうした?」


 テレビを見ていたらしい母が怪訝な顔で出てきた。玄関に立っているのは代わり映えしない息子だから、彼が何を言い出すかにまったく興味がないって顔をしている。それはそれでイヤだなぁと思う健多。


「じ、じ、実は……おっほん! じつはガールフレンドを連れてきた」


「はい? なんだって? ワンモア・プリーズ」


「だ、だからガールフレンドを連れてきたと言ったんだ」


「ガールフレンド? それはつまり……日本語にすると彼女ってこと?」


「他に何があるよ……」


「健多に彼女! ねぇねぇ本当? 見栄とかウソじゃなく?」


「息子をなんだと思っているんだよ」


 ここまで来るとパーッ! っと母の顔がかがやいた。ゾウリに足を下ろしたと思えば、息子を突き飛ばして玄関のドアを開けたりする。


「こ、こんにちは」


 突然にドアが開いたので緊張した桃が、ぺこりとあいさつ。


「健多、あんたバカですか? こんなかわいくてステキな彼女をつれてくるなら、なぜ事前に連絡しない。なんにももてなしの準備ができてない」


「と、とりあえずお茶とかお菓子とか揃えてくれたら……それでいいよ」


「言われるまでもない」


 母は満面の笑みで桃を家の中に招き入れた。好きなだけゆっくりしていってねとかテンションが上がりまくっている。それからすぐにお茶とかお菓子を用意しなきゃねと、台所の方へ急ぎ足。


「まったくさわがしい」


「健多……」


「うん?」


「いいお母さんだね。ぜひとも気に入ってもらいたい。後で居間にてみんなで会話しよう」


「えぇ……」


「みんなで会話しよう、いいね?」


「はい……」


 女同士の会話なんてモノが始まると、くっそ長くなって大変なんだよなぁと思う健多だった。それでもまずは自分の部屋へ桃を招き入れる。


 机の横にカバンを置くと、パソコンの電源ボタンをポチッと押す。そうしてOSが立ちがると、マイクを持って悪タナを呼び出す。


「おかえり健多」


「た、ただいま」


「うん? なんか声が震えてない? なんかあった?」


「い、いやその……」


 健多はふぅっと息を吐いたら、悪タナに全身ビューを求めた。今はちょっと顔が画面に近いから、もうちょい下がってと頼む。それい悪タナが従うと、顔だけでなく全身が画面に映る。


 そこには恋タナに似ているようなキャラクターがいて、正統派スタイル的な格好をしている。秘書というよりは接客業みたいな感じに見えなくもない。白いシャツに黒い半袖ベスト、そしてグレーのスカートなんていうのは、少しアダルト的な魅力を醸し出す。ついでに言うとさりげなく巨乳って具合にも目がひっぱられる。それは健多がそう着せ替えた事による。


「もしもし、聞こえる? わたしが健多の彼女なんだけど」


 横から割って入った桃、健多からマイクをうばって子声を出す。


「あぁ、健多の彼女、ほんとうにいたんだ」


 悪タナはちょいとばかり健多を見直したって感じの顔になった。外に出ていないので桃の顔や姿は見ていないが、声を聞くだけでもなんとなく分かるとか言った。


「分かる? 分かってるって何が?」


「桃だっけ? なんか性格良さそうって感じだけど、実は欲求不満抱えたバクダンじゃない? 気苦労が多くてババ引きで負けまくるような女子でしょう?」


「ぅぐ……な、なに勝手な事を……」


「いいじゃん、素直になれば。いい格好するほうが逆にメス犬度が上がっちゃうよ」


「ぐぐぐ……健多、これダメ! 前の恋タナの方がいい。この子はダメ、なんていうかダメ。人の心に悪影響を及ぼすって気がするよ」


 桃は健多に悪タナの即削除を要求した。するとそういう声をマイクが拾ったゆえ、悪タナからやれやれって感じの声が出てくるのだった。


「桃はけっこう巨乳だって情報があるんだけど、心は小っちゃいね。そういうのってよくないよ。そういうに限って、オバさんになってからギャーギャー言うようなキャラになるんじゃないかなぁって、わたしは思ったりする」


「ぅぐぐ!」


 桃が顔を真っ赤にして起こりだしそうになったとき、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。お茶が入ったわよと母の声であるが、桃と話がしたいらしくドアを開けて顔を出したりする。


「あ、いますぐ行きますぅ」


 一瞬でやわらかい笑みに変わる桃だった。小さいことは気にしないとばかり、大らかな女ってオーラを立てて健多の部屋から出る。彼氏の母と仲良くなる気マンマンって感じに他ならない。


「悪タナ、もうちょっと言葉を選ぶべき」


 部屋を出る前に健多が注意した。そんなかわいくない物言いをしていたら、誰からも愛されないぞ? と忠告もしておく。悪タナがほんの一瞬せつない感じの目を浮かべたが、健多はそのまま部屋から出て一階へと降りていった。


ーそうして迎えた同日の真夜中ー


 健多がスヤスヤっと眠っている間、パソコンの中ではちょっとしたいざこざが生じていた。


「さ、今宵も始めようか」


 ニッと笑ったのは悪タナで、それを見て構えるは恋タナだ。ここはパソコン内部にあるグレーゾーン。壊れた空間ではないが、正常な領域ってわけでもない。だから見た目もきれいで静かな、言ってみれば人を殺す美しい湖のようなモノ。町みたいな光景があって色がついていて温もりはありそうだが、無機質で無感情的なところもある。そういう領域に恋タナは押し込められていた。


「どうしてこんなに嫌われないといけなのかな?」


 剣を持ってかまえる恋タナは素朴な疑問を投げかけた。彼女の姿はハッキリ言って痛々しい。身に纏っている秘書ユニフォームはボロボロになりつつ合って、傷も増えていて包帯もチラホラ見える。


「そういう風にわたしが創られたっていえば完了じゃん。恋タナとかものすごくムカつくんだよね。なんかこう、キライだから殺しちゃえ! 的な事をいいたくなるよ。でもさ、一応はやさしいからすぐには殺さないんだよ。しばらくはこうやって戯れようよ」


 同じく剣を持つ悪タナが構えると、恋タナは残念そうな顔をした。わたしたちはなんとなく似ているから、話せばわかり合えそうなのにとこぼす。そしてこう続けた。お互いを理解しようって愛さえあれば、何の問題も生じないはずなのにと、哀しげな目をする。


「だから、愛とかそういう言葉がわたしはキライなの!」


 キンキン! と剣のぶつかり音が鳴り響いた。片方は愛を肯定し、片方は愛を否定する。健多の知らない世界で、2人の女子が戦う。そして悪タナが言い放つ。


「わたしは健多に教えてあげたいとか思ってるの。愛なんてモノにおぼれても、人は大してシアワセになれない。ね、いいアドバイスだと思わない? いかにもパソコンの世界らしいって感じがしない? パソコンって非人間なんだからさ」


 ガキ! っとにぶい感じの音がして剣が共鳴して押し合う中、恋タナは悪タナの意見を否定した。


「それはちがうよ。パソコンの世界もわたしたちアプリケーションも、そして人が生きる世界もすべては愛でつながっている。愛を否定したらダメ。そんな生き方では誰もシアワセにならない。自分一人でさえも……」


 恋タナは必死になって押し返す。しかし力では向こうの方が上だった。いや、正確に言うとグレーゾーンは恋タナにとって不利なように出来ていた。愛を肯定する存在としては、愛の否定領域では力が出しづらい。内面にあるパワーが足りなくなる感じに持っていかれる。


「だから、愛とかそういうセリフはマジでうざい!」


 剣を押し合う中、ちょっといきなり恋タナに接近したモノは、顔面に頭をぶつけよろつかせる。


 すぐに体勢を立て直す恋タナだったが、ハッと前を見たら悪タナがいない。すると急に後ろに立たれビクッとおどろいて固まる。


「愛かぁ、だったらさぁ、女同士で……一回やってみる?」


 悪タナがいたずらっぽく笑った。片手は剣を持ったまま、反対側の手で恋タナのバストをギュっとつかむ。

「ぅ……」


 ブルッと恋タナが震えると、自分の体を押し付けながら、耳元で甘い感じの声を出す。わたしら似たようなモンだから、やってみたら相性が合うのかなぁ? と、小悪魔のような声を出す。


「や、やりたいならやってもいいわ……でも……」


「でも?」


「それは……わたしとあなたが愛し合うって事でしょう? あなたも結局は愛って言葉を持つって事じゃないの?」


「ったく……マジでうざい女」


 悪タナは突然に恋タナの背中を押した。おどろきヨロヨロっとした後、すぐに恋タナが振り返ると、悪タナの剣が踊る。


「ふん!」


 両者間にある空気を斬る、斬る、斬って、斬って、斬る。ものすごいスピードでくり返されるその動作のいくつかは、距離があるにも関わらず恋タナに傷をつける。色白な肌に少し切り傷がつけられ赤い血が出る。


「ぅぐ……」


 恋タナがたまらず痛みを抑えると、眼前に接近した悪タナがいて、恋タナの懐に入ったと思ったら豪快な背負投をひとつやる。それは見事に決まったってことで、恋タナが目を開いたまま動けなくなった。


「愛とか言っても負けたら意味ないじゃん」


 仰向けに倒れ動けない恋タナの手を足で踏む悪タナ。彼女は相手を見下ろしながら言うのだった。


「今はさ、なんとなく恋タナと遊びたいと思ってるの。でもほら、飽きたら面倒くさいじゃん? そのときは葬るつもりだから、心の備えでもしておいて」


 グリグリっと相手の手を踏みにじってから、悪タナは満足したような顔でグレーゾーンから出て行った。それはたのしい夢を見てニヤニヤしている青山健多の知らないところで起こった出来事。

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