第20話・悪タナと難儀な生活
健多のハイスペックPCこと10機に悪タナが入った。すると健多のPCでは悪タナが目立ちまくりで、恋タナの存在感がドーン! っと急降下。これには健多もちょっとびっくりした。
「え、なんで恋タナの位置に悪タナがいるわけ?」
健多としては2人の秘書を共存させたかった。横並びに配置され微笑んでいて、仕事とあれば活躍するってカタチにしたかった。ところがタスクバーのデカいスペースを悪タナが占領している。恋タナがコルタナのポジションを奪ったように、今度は悪タナがそれをやっている。
「いいじゃん、わたしが目立ったらダメって法律があるの?」
「そんなのはないけど……」
「あ、なにその態度、すっごい傷つく。このパソコンにわたしを入れたのは健多なんだよ? それなのに迷惑って顔されたら……わたし……」
「だ、誰も迷惑とか言ってない。それで、ひとつ聞いてもいい?」
「なんでも聞いてよ。健多のためなら3サイズだって教えるよ」
「最近恋タナがおかしいんだよ。呼び出そうとしても休憩中の文字ばっかり出てくる。前はそんなこと一度もなかったのに」
「さぁねぇ♪ 恋タナっていい加減だからさぁ、やる気なくしたんじゃないの? あるいは本性が出てきたとか」
「そ、そんなことはない」
健多はマイクを持ったまま、部屋の中をウロウロしつつ力説を開始した。なんとなく穏やかな空気がただよう午後8時過ぎ、恋タナの素晴らしさというのを、愛と熱意を持ってどっぷり語った。
それは他人の勢いを一時停止させるほどに熱い。持っている温度をこの上なく上昇させたとびっきりのハートそのもの。
「そうなんだよ、恋タナは愛に満ちたいい子なんだよ」
愛という言葉を健多は、演説にておよそ50回は口にした。
「愛ねぇ……」
あ~あ……って感じの声を出す悪タナだった。かわいく罪のないって顔の口や鼻の辺りを手の平で覆うと、ひとまずとばかりアクビをする。
「そ、それでさぁ悪タナ」
「うん?」
「ちょ、ちょっとお願いがあるんだけど」
突如として健多がソワソワデレデレ、略してソワデレというオーラを浮かべた。女子に対して下心を持つ男子が、上手に振る舞えない時に発生しやすいとされるモノ。それが生々しく浮かぶ。
「あ、あの……一度、出てきてもらえませんかね」
ヘヘっとばかりVRメガネを手にする健多だった。恋タナで使う代物だが、それが流用できるのが悪タナのすばらしい所。恋タナを食う気マンマンという他ない。
「あぁ、出てもいいけど」
「じゃぁ、ぜひとも!」
こうして健多の部屋に悪タナが登場する。パソコンの小さい画面上ではなく、大きくゆったりな健多ルームに足を下ろした。
「おぉ……や、やっぱりよく見ると悪タナもかわいいな」
「よくって表現は余計、それ要らない」
「ご、ごめん……そ、それでさぁ……ひ、ヒザ枕とかして欲しいなぁと思うわけで」
健多がエヘヘと赤い顔をするのはそれだった。恋タナに時々やってもらっていて、近い内には桃という彼女にもやってもらうであろう事。さすれば悪タナにもやってもらいたいというのは、ごく自然な流れだった。
べつにいいよ……と言ってもらえると思いきや、悪タナは露骨にイヤがった。両手を広げたら、まったく信じられないって言いた気な目をする。
「ヒザ枕って幼稚園みたいじゃんか」
「よ、幼稚園……」
「ヒザ枕で愛を語ろうなんてかったるいじゃん。そんなの老人ホームに入ってからでいいじゃん。今はもっとこう、暴れてこそ愛! みたいな方がいいなぁ」
「えぇ……」
「そりゃぁまぁ、健多に彼女がいなくてさみしいのはわからなくもないけど」
「い、いや……一応彼女はいるんだけど……」
「は? 彼女がいる? ほんとうに? ウソじゃなくて?」
「は、はい」
「健多、ちょっとそこに正座して、早く」
とつぜんに健多の部屋はお説教ボックスみたいになった。部屋の主がけっこう緊張しながら正座すると、悪タナがちょいと部屋をウロウロする。無言から圧力みたいな感じを与えてくるので、健多の体がビリビリっと動けなくなる。
「あぅ?」
ちょっと変な声を出してビクつく健多。なぜなら悪タナが、いきなり健多の背中に座り込んできたからだ。
「健多、彼女がいるってひどくない? てっきりいないのかと思った。しかもなに、彼女がいるくせにヒザ枕をわたしに求めるのはおかしくない?」
「そ、そんなことはない……と思う」
「うそ! なんでそう思っちゃうの?」
ここでふっと背中が軽くなった。ふぅっと吐いた健多が顔を上げれば、今度は立っている悪タナに見下されていた。スーッと流れてくるようなビシバシ緊張感が、再び健多をドキつかせる。そんな中で健多は震えつつも言い放った。
「二次元も三元次元もどっちも愛してるんだ。生きていく上ではどっちも大切なんだ。なぜって青山健多は萌え絵のイラストレートになるべく存在だから。だからふつうの人間みたいに、ふつうの感性ではやっていけないんだ」
一瞬室内がシーンと静寂になった。この後どうなる? 的な感じがゆっくり濃くなっていくと、悪タナが少しかがんで健多に顔を近づけた。赤い顔で小さく焦る健多は、もしかすれば痛いビンタでもされるのかと覚悟する。
「健多」
「は、はい……」
「すごい格好いいじゃん! そんな風に堂々と言い切るなんて、そんな男らしい姿を見せられたら、わたしは健多にホレそうだよ」
悪タナの片手がそーっと健多の頬に当たる。おぉ! っと思うほどうっとりキブンにさせてくれる。悪タナさんも捨てたもんじゃないなぁ! と胸の中が温かくなってきた。ヒザ枕でごろにゃーんさせてくれるとワクワクしてきた。
「でも、ヒザ枕はなんかうざいなぁ」
悪タナが急に手を離すモノだから、盛り上がっていた健多は捨てられたような気になってしまう。
「で、でも……こっちにはヒザ枕を要求する権利があるんだ」
「え? そんなのあるの?」
「な、なぜならこの青山健多はパソコンの持ち主、つまり神にひとしい存在だから。天使は神に尽くすべし、これ世界の常識。だから悪タナも恋タナも、青山健多に尽くしてナンボ」
健多のちから強い主張はもっともだった。パソコンの持ち主こと主人は絶対神であり、そこで働くアプリケーションなんぞ所詮は天使にすぎない。神に尽くせない天使なんぞは、天上から追放されたり地中に埋められたりして当たり前。
ググっと悪タナが赤い顔をした。マジで怒り出しそう、これちょっとやばくない!? なんて健多が青ざめる。でも悪タナは、チッ! っと声を立てたものの、健多の言い分には理解を示した。
「まぁね、健多が太陽だもんね。わたしらアプリケーションは惑星とか衛星だもんね。だから健多にはちょっとワガママをやる権利があるってことだよね」
かったるいなぁ! と一声発したら、悪タナが床に正座した。恋タナみたいにキラキラっと輝く感じではないが、それでも健多の心をキュンっとさせる力はある。そ、それではよろしくおねがいします! と近寄ったあと、殴られたりしないだろうかと思いながら甘える態勢に入る。
すると健多のキモチに寄り添うような手が伸びてきて、膝枕なんて甘えたな行為を引き受けてくれた。
「おぉ……」
健多の体にブルっとが来た! 夢時間に毛布がかかったようなキモチ良さだから、健多は骨が溶け落ちる堕落者みたいに、ごろにゃーん! と声を出してしまう。
悪タナさんも最高! と思ったし、これ全然悪くないじゃん! と言いたくもなる。恋タナのことが心配だが、悪タナもいいなぁって、やはりそこは男としてのなんとやらが作用しデレっとしてしまう。
しばし健多は心地よさに溺れた。パソコンを持っていてよかったなぁとか、ウィンドウズ10にしてよかったなぁとか、あれにもこれにも満足しっ放し。
ところがせっかく甘くいい感じだったのに、健多の髪の毛を撫でる悪タナが、とんでもないことをいい出した。
「健多、○○ってアルバム、ブックオフで購入したやつがあるじゃん」
「あるけど、それがなにか?」
「捨てておいたよ。他にもいくつか消した。これでパソコンの容量はとらないね」
「えぇ、ちょ、ちょっと捨てたってなに?」
「削除したってことじゃん、健多のために気をきかせたんだよ。さしずめ思いやりの先読みってところかな」
悪タナがちょっと得意げな口調で言う。でも健多は全然笑えない。キモチよいヒザ枕から立ち上がると、慌ててノートパソコンをチェックする。するとどうだろう、悪タナが言ったモノすべて消されている。
「なんで消すんだよ、消してとか言ってないじゃんか」
「だから思いやりの先読みって言ったじゃんか」
ふん! っとふてくされる悪タナは、立ち上がったら事情を説明した。健多のパソコンで秘書を務めるモノとしては、あらゆるデータを見て持ち主を知らねばならない。その中に健多が書いている日記というのがある。
比較的あたらしい日付だが、中古108円で購入したCDへの感想が書かれている。健多の期待には届かない代物だったから、日記に腹立たしい思いをぶちまけた。くそったれとか、こんなのはゴミ以下! とか辛辣な言葉を並べた。一応MP3で保存してはあるが、しばらくしたら削除しようと考えていた。
「いや、確かにそうだけどさ……捨ててと頼んだおぼえはない」
「でも……いずれは捨てるつもりだったんでしょう?だったら手間が省けたってことじゃんか。不要なモノを捨てる、これは賢者の生き方、そうでしょう?」
健多が両目を大きくしておどろいた。悪タナとはなんて優秀な代物で、なんというおせっかいなモノなのだと。優秀なところは恋タナも同じだろうが、彼女は事前にあれこれ聞いてきた、あるいは伝えてきた。それと比較すれば悪タナのやっている事はダイレクトすぎて鼻血ブーって話。
「もしかして怒ったの?」
ん……っとスネた感じの顔が、にくたらしいくせに愛しいから大変に困る。男が女に泣かされるお約束みたいに思えてならない。
「ま、まぁ……捨てたものは仕方ない。でもさぁ悪タナ、絶対に捨ててはならないモノだってあるんだよ? それに関しては思いやりの先読みとか通用しないんだよ?」
そこはビシッと言っておく健多だった。自分がせっせとこしらえたダイヤの原石ことイラストの数々。インスピレーションを得るためにネットで拾い集めたアニメや萌え画像の数々。そして日記、つぎに友人の書いたエロ小説などなど、これらは何があろうと消してはならない。
「もしこれらを勝手な判断で消したりした場合は……」
「消した場合は?」
「悪タナだって消えてもらう!」
「わかった以後気をつけるよ。でもね健多、わたしを消すっていうのは基本できないからね? アンインストールで消すっていうならできません。だってわたし、そんなカンタンに消されたくないもの。わたしの作り主が、カンタンに消されるなよって思いを込めてくれたんだもの。わたしを消せるのは、パソコン丸ごとリカバリーだけ」
それは背筋をゾッとさせられる言葉だった。かわいくって難儀な爆弾を抱えたのだと言われたようなモノだった。
悪タナは意外といい子なのかもしれないが、素直であって素直ではないという作りがされている。それがすなわち、持ち主の言う事をきかない愛しい子猫みたいになるわけで、男が女に振り回される図式と同じようになる。
たとえば朝の目覚ましであるが、10回に3回くらいは勝手に音楽を選んだりする。指示にしたがえ! とか言うと、健多に喜んでもらいたかったんだよなんて返す。その姿がかわいいので結局許してしまうわけで、なかなか疲れてしまうのだった。そして健多は今朝もまたこうつぶやく。
「恋タナが数日も休憩中のメッセージばかり出す。なんだろう……いったいどういうことだろう」
心配になりはしたが事情はよくわからない。しばらく置いておけば元通りになるかな? と思うから様子見を決めている。
「じゃぁ、そろそろ行ってくるよ」
制服に着替え終えた健多は、悪タナに話しかけながらマウスを握る。
「あ、健多、ちょっといい?」
「なに?」
「いちど健多の彼女とか見てみたいなぁって思ってるんだけど」
「べ、別に会わせる必要なんかないだろう」
「あ、その反応! ほんとうは彼女なんかいないんじゃないの? 見栄を張ってるとか脳内彼女ってオチなんじゃないの?」
「ち、ちがうし、ほんとうにいるし」
朝っぱらから赤くなる健多だったが、悪タナに言わせるとこういう事だった。健多がほんとうに彼女持ちなら、健多と浮気しているようなキブンを味わってみたいとする。そういうちょっと危険な感じの中で、そこで健多への愛情が育ったら健多と初体験してみたいと考える。
「ぅ……あ、朝から変なことを……」
「ぜんぜん変じゃないよ、わたし大マジメだよ。健多がVRメガネをかけてくれたら、2人はやれてしまう。わたしってあれなんだよ、ちょっと危ない感じを好んだりするけど、でも一方ではすごく純情。それは恋タナなんかよりずっと上。恋タナなんかよりわたしの方が、女として何百倍も魅力的だと思うんだよ。そういう考えとか自信があるんだって、今ここで伝えておく」
そんなとんでもないことを真顔で言うのに、言い終えたら一瞬だけかわいい顔でニッコリしてみせる。それを見て健多はこう思うのだった。あぁ、神さま……ぼくの人生はこれからどうなってしまうんでしょうか? なんて風に。
「とりあえず行ってくるよ」
ウィンドウズを終了させノートパソコンのフタを閉じる。そうしてカバンをつかんだ健多は部屋を出て行った。
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