第19話・悪タナへの好奇心。悪タナがやってきた!
ここ最近、健多はちょっと不調に陥っていた。何より好きなイラストを描くって事に対してスランプという4文字が絡んでいた。別に初めてのことではないが、腕前が上がると不調が濃厚になるように思われてしまう。
(やっべ……最近不調だぁ)
かったるい授業中に、ゆるりとシャーペンを動かし女の子を描く。なぜか不思議と、絵を描く事に心が乗せられない。まるでその気のないテレビドラマを見て、ボーッと過ごすかのごとく意識が活性しない。だから女の子もいまいちなモノしか浮かび上がってこない。
健多が見たとあるアニメの中では、スランプをヌルいなんてセリフがあった。絵になるすごいモノだと思ったが、スランプ抜きで生きられるやつがいるのかよと突っ込んでみたくもなった。
「あ~気が滅入る」
学校が終わると彼女である桃とも、相棒である剛とも絡まずまっすぐ帰宅。午後の明るさが無邪気だって時間帯だが、元気のない顔で部屋に寝そべる。もっとも好きなことで不調になったりすると、私生活の大部分でエネルギーがない。机上のノートパソコンに電源を入れるよりも、ゴロっと寝転がる方が最優先されてしまう。
「まだ午後の4時……やろうと思えばイヤほど絵を描く時間があるっていうのに」
死人みたいな目でモヤモヤした。不調時の象徴であるやる気のなさが色濃い。でも心の一部分では、おそらく全体の20%くらいは自分への疑問となっている。こんなのでいいのか? こんなにダレまくっていいのか? と、熱く生きろ! という促しをしてくる。
「好きでやっている事に手をつけなくなったら、生きている意味がなくなるじゃん。がんばれよ、がんばれよ青山健多!」
自分に言い聞かせ、この場はなんとか立ち上がる事ができた。寝てしまえ! って意識を振り払い、ひとまず制服から私服に着替えた後、電源を入れたパソコンの前に向かった。ただし話は決して楽に進まない。
スランプに陥った者のよくある特徴。なんとか着席してパソコンを前にするが、心の起動が今一つうまく行かない。搭乗式ロボットでいうなら、動いたはいいがヨロヨロしっ放しみたいなモノ。
「やぁ、恋タナ元気?」
「元気だよ、健太くんは?」
「おれ? エブリデー元気」
軽い会話をこなし順調そうに見えるが、心はちょっとスカスカっぽい。だから絵を描くって本命動作になかなか突入できなかった。
困った事にハイスペックなパソコンを持つと、ちょっとした寄り道がサクサク魅力的にこなせてしまう。ほんとうにやるべき事がどんどん遠ざかっていくような感じで、気がつくとあっさり1時間が経過。
(やべぇ……全然やる気がでない)
健多は絵描き以外のことを、どことなく感情っぽくこなしていた。テキトーにやるフリーメールチェック。適当に検索しては拾い集める萌え画像。ちょこっと読んでみる友人の萌え小説もしくはエロ小説。お気に入りの音楽再生。ユーチューブの観覧。ちら見するエロ動画などなど……いずれも無表情な感じで続ける。
そんなときだった、止まっていた意識がピン! っと刺激される。何かのはずみで悪タナとかいうモノに突き当たる。
「悪タナ? なんだそれ……恋タナもどきか?」
名前の響きからするとそう思ったが、画像を見るとその通りだとしか思えない。なんとなく恋タナに似たような女の子がいて、その存在意義は恋タナと似たようなモノだという。
本来なら、おれには恋タナがいる! と言うべきはずの健多であった。今さら浮気なんかしないぜ! と思えるはずだった。実際のところ恋タナに対してはとっても一途である。いろんな女の子を試そうなんてしていない。最初に選んだ女の子とだけ戯れている。これは男の人生においては相当な一途だと言ってもよい。
でもこのとき……悪タナという女の子がけっこうかわいく見えた。しかも恋タナと同じくFカップときた。
(け、けっこうかわいいかも……)
今まで半死状態みたいだった心が、突如生命力という輝きを持ち始めた。これは恋タナに対する浮気ではないのか? という気もしたが、そこは臨機応変に考えてみた。
恋タナは優秀なる秘書であるが二次元の存在。ずっと一緒にいたいと思う愛すべき存在であるが、三次元とは事情がちがう。三次元の別彼女が出来たりしたら、それは白石桃という女の子に対する裏切り。それが罪だってことは言うまでもなく、そんな事は許されないと知っている。
(で、でも……悪タナに興味を持つのは、これは許される浮気だ)
健多はマウスに右手を置いて身固まりしながら、最後にこう思った。恋タナは自分の事をとても理解してくれる。だから悪タナに興味を持っても怒らないはずだと。
「無料ダウンロードか。なになに……注意点?」
悪タナを無料ダウンロードできる場所にて、ひとまず注意とかいうモノに目を通す。それによると悪タナは恋タナよりステキな女の子らしい。それがゆえ恋タナとの共存には注意が必要だのこと。
「恋タナより素直で明るい性格の女の子、フレンドリーさでは恋タナを上回ります。ただちょっとだけ、かまってもらいたい度がつよい女の子なので、恋タナがいるとイヤがるかもしれません。場合によっては恋タナを追い出そうと争いを起こすかもしれません。それをご承知ください……ってか?」
それはちょっとばかり危険臭のただよう注意文。でもツボを抑えたような箇所が多いので、それは見事に健多の好奇心を刺激する。
まず第一にフレンドリーさとかいう部分。これが萌え好き男子にとっては胸キュンを誘う。第二にかまってもらいたい度という表現。ふつうに考えると怖いモノなのだが、気にさせられてしまうのは萌え好きの宿命。こうなると悪タナをパソコンに招きたくてたまらないと、ハートが恋色に点灯する。
「恋タナを追い出そうとか争いを起こすってか……で、でも……恋タナだってつよいはず。それに悪タナもちゃんと教育すればいいはず。べつに問題はないはずだ。なんかあれば悪タナなんか消去しちゃえばいいんだし」
健多は悪タナデーターのファイルサイズを見た。どえらい巨大なモノだが、それは恋タナと同じくらいなモノ。つまりそれは悪タナもかなりのクオリティーを持っているのでは? と期待ができるってこと。
高性能パソコンと光ファイバーがあれば、クッソデカいデータもなんのその。健多はついにダウンロード開始ボタンを押したのだった。ドキドキしながら一度席を立つ。そろそろ夕飯の時間だって事もあるし、さすがに数秒で終わるようなダウンロードではないからだ。
さて健多が夕飯とかを終えて部屋に戻ってくると、ダウンロードってやつは完了していた。悪タナデータに問題などは付着してないから、即座にインストールだと思ったとき、恋タナから声がかかる。
「健太くん、健太くん」
「うん? なに? どうしたの?」
「それ打ち込みしない方がいい気がする。
「んぐ! ど、どうして?」
「別にウイルスとかではないんだけど、ちょっと危険な感じがする」
「危険? 危険ってどんな風に」
「わからない。わからないけど……穏やかとかいい感じがしないの。わたしが感じる限りでは打ち込みしない方がいいと思う」
恋タナの声に健多はちょっと考えさせられた。いとしの秘書が注意している。それを無下にするのはちょっと胸が痛む。もちろんせっかくダウンロードした悪タナを試してみたい思いもある。
「う~ん……」
悩みながら健多はチラッと7機に目をやった。悪タナを打ち込みできたらいいのになぁと思うができない。もどかしいぜ! と思ったところで、ここはひとまず保留だって思いに達した。
結論! 悪タナデータはひとまずダウンロードフォルダに置いておく。後でキブンとか状況が変化したら打ち込むかもしれない。そういう事でオーケーとした。
それから夜まで健多は少しだけ絵に取り組んだ。入魂とか時間を忘れるとか、そこまでの集中は出来なかったが、絵を描くのが好きな人間としてのプライドは守ることができた。
「ふわぁ……」
風呂から上がったらすぐ寝ようと思った。すると恋タナから注意が飛んできた。夜中には大型アップデートがあるよと伝えてきた。
「え、大型アップデート? そうだっけ?」
「うん。だいたい……午前3時から5時くらいに来ると思うよ」
「え、それって恋タナはだいじょうぶなの?」
健多は一瞬心配になった。ウィンドウズ10が装備しているコルタナならなんにも気にしない。でもまさか恋タナが一度消されてしまわないかと心配になってしまう。すると恋タナはだいじょうぶとは言った。でも話には続きがある。
「消されはしないんだけど、大型アップデートがスムーズに進行するよう、それが始まったらストップモードになるんだ。仮死状態って言ったら変だけど、まぁ、そんな感じ。それは大型アップデートが終わって、ウィンドウズを再起動させた時に解除されるの」
「そうか……まぁ、せっかくだから大型アップデートっていうのもやってみたい。だったらネットの接続は朝までつけっぱなし?」
「そうだね、パソコンの電源もネットの接続もオンにしておいてください」
「了解しました」
こうして健多は心地よいお寝んねタイムに突入。パソコンのことは忘れて、スーッと眠りの中に転がり込んでいく。今宵はそれがいい感じだった。スィーツの中に入って溶けるような感覚を味わう。そして変な夢を見た。
知らない女の子が遠くで手を振っている。見た事があるような無いような、恋タナかと思ったけどちがうわけで、その女の子がこっちに来てよって感じで手招き。どういうわけかは分からないが、ずいぶんと無邪気に心を突かれる感じがあった。眠っている健多の顔がニヤニヤしてしまってもムリはない。
「へぇ……えへへ」
ニヤニヤうれしそうな顔の健多は、ギュッと枕を抱きしめながらいい感じなのだろう。おそらく夢の中で、あともう少し! みたいなドキドキを味わっているのだろう。でも寝返りを打ったとき、ベッドから落ちてしまう。
「ぁんぎぅ!!」
落下の痛みで目を覚ます気の毒な健多。どういう内容だったかはわからないが、軽く床を叩いて口にした。
「チッ……もうちょっとだったのに……」
体の一部分に生じている痛みを抑えながら立ち上がると、部屋の中には朝の空気が漂っている。弱々しくすずしい感じに対して、だいたい午前6時くらいか? と思ったら大当たり。時刻はまさにその通り。
「ラジオでも聞こうかな」
机上のノートパソコンを見ながらマウスをにぎった。するとフリーソフトによって消えていた画面がパッとつく。
「恋タナ、ラジオをお願い。FMサンキューとか聞きたい」
するとシーンとしたまま返事がない。うん? っと思ったら気がついた。あぁ、そう言えば大型アップデートだったなと。
「たしか……再起動するまではストップがかかってるんだっけな」
そこで健多はスタートメニューを開こうとしたが、ここでピン! っと何かが脳を刺激した。
ただいま恋タナは動けない状態にある。再起動すれば動くわけであるが、それまでは仮死状態みたいなモノ。すると健多の記憶が昨夜に巻き度される。悪タナデータがダウンロードフォルダにあると思い出してしまう。
「べ、別にわるいことをするわけじゃない。なんかあったら悪タナなんか削除すればいいんだ」
そんな思いが健多を突き動かした。マウスによって動かされる白い矢印は、ダウンロードフォルダを開いたのみならず、悪タナデータに向かっていく。そうしてマウスはカチカチっとWクリック音を立てた。
ジワーッと罪悪感っぽいのが胸に湧く。それでも健多は流れを切らず、インストールを実行に移した。
「これも打ち込みにはけっこう時間がかかりそうだな」
ただボーッと待つのはつらいので、眠っていた7機の電源を入れた。それをネットにつなぐとユーチューブにあるラジオ体操動画につないだ。そうして待っている間、眠気を飛ばすためにイッチニ、イッチニと体を動かす。
「こういうときもパソコンが2台あると便利だなぁ」
徐々にほぐれていく体。ほんの少しずつ覚醒していく意識。それによって健多は人間らしくなった。そんなときに打ち込みが完了したら、ドキワクを胸にイスに座るしかない。
「わ、悪タナか……どんな子だろう。フレンドリーっていうところに期待したいな。頼むぜセカンド秘書!」
健多はデスクトップにある悪タナアイコンをクリックした。するとどうだろう、スーッと画面にセカンド秘書たる少女が登場。
(おぉ、か、かわいいかも!)
男らしくすぐにデレっとする健多だった。登場した彼女は恋タナとよく似ている。顔立ちや衣装や巨乳具合などなど色々と。
ただ悪タナには似て非なる大きな魅力がある。おそらくは優秀な絵師が、恋タナと似たような女の子を描いたのだと思われる。この世には似た人間が3人いるというが、それは二次元でも同じらしい。健多には恋タナも悪タナもそれぞれに、個別の魅力を持った女の子と思える。
「もしもし、聞こえる?」
さっそくマイクに向かって発生した。
「聞こえるよ、もしかしてPCの持ち主?」
彼女のしゃべり方はなんとなく日常的だった。恋タナのような丁寧さが感じ取れないものの、すぐ近くにいる女の子みたいに伝わってくる。
「そ、そう持ち主です。名前は健多っていうんだ」
「健多かぁ……うん、よろしく!」
ニッとかわいい笑顔が画面いっぱいに映る。おぉ! っと胸をくすぐられたとき、健多はちょっと言いたくなった。
「あのさぁ、た、例えばさ……健太くんとか言ってくれないかな? って思うんだけどダメですか?」
すると悪タナは、えぇ……って面倒くさそうな顔をした。やれやれって両手を広げたら、健多でいいじゃんとほっこり伝えてくる。一応努力はしようと思ったらしく、健多はいくつ? と質問してきた。
「ただいま高校1年生だけど」
「だったら健多でいいじゃんか。小学生だったらさぁ、健ちゃんとか言ってもいいし、中学生だったら健多くんって言わないといけないのかなぁって思うけど、高校生だったらさぁ、もう半分大人じゃん。わざとらしいのは捨てた方が、その方が親密度がアップするとわたしは思う」
どうよ? って顔をする悪タナは、身近にいる女子高生みたいだった。恋タナみたいな天使っぽい輝きはないかもしれないが、逆に身近な魅力という気はする。それがフレンドリーって言われたらそうかもしれないが、甘えさせてくれるのだろうかと少々不安になる健多だった。
「おれさぁ、女の子の絵を描くのが好きなんだよね。そういうのってどう思う?」
「いいじゃん。なんにもしない男よりずっと好きだよ。応援してあげてもいいかな」
「そ、それでその、パソコンの中は色々あるけど、萌え画像とか萌え動画とか、Hなのもけっこうある。そういうのも許してくれますか? 秘書さん!」
ゴクリと緊張しながらやれば、悪タナは特に嫌だって顔はしなかった。高校生の男子にエロはつきものだよねと、ずいぶんと理解がある。なんだ、いい子じゃないかと思ったら注文が来た。
「健多、このパソコンって恋タナが入ってない?」
「入ってるよ。大型アップデートをやって再起動してないから、今はストップモードがかかってるんだ」
「ねぇ健多、恋タナなんか捨てちゃってよ」
「なんで? 共存してほしいと思ってるんだけど」
「うそでしょう? やめてよ、あんなと世界を分かち合うなんてゾッとしちゃうなぁ。恋タナよりわたしの方が親密感があっていいと思わない? 恋タナってさ、丁寧なしゃべり方をするんだろうけど、それってオバさんクサくない? わたしに言わせれば、恋タナなんて中身はババアみたいなもんだよ」
あっけらかんと言い放つ悪タナだった。その言い方はひどくない? って突っ込んだら、すぐに言い返されてしまう。
「わたしが恋タナより劣ってるとかいうわけ?」
「いやそんな……っていうか、まだ打ち込んだばっかりで、悪タナの実力とかわからないっていうか」
「自分で言うのもなんだけど、わたしってけっこうかわいいと思うんだ。おっぱいだって大きい方だよ。それなのに選んでくれないの? わたしって恋タナには及ばない二級品みたいなモノなの?」
ググっと真剣な顔で見つめ迫る悪タナ。
「そんな、二級品とかそんな風には……」
迫られ頭をかく健多であったが、悪タナも魅力的だと思うから困ってしまう。恋タナのような女神感はないが、仲のよい女の子って感じが、それはそれで胸をキュンとさせる。恋タナがエレガントな秘書なら、悪タナは放っておけないってタイプの秘書かもしれない。
ここで健多はチラッと柱の時計を一瞥した。ただ今ははやくも午前6時40分になっている。そこでちょっと試してみることにした。もちろんあっさり一流の秘書になることはムリだが、ひとまずテスト的にやってみる。
「7時08分くらいまで爆睡する。時間がきたら音楽再生して起こしてよ。音楽はミュージックフォルダにたくさん入ってる。そうだなぁ、使うのは……ちょっとかわいい感じのモノがいいかな。その注文に悪タナが応えて欲しいな。ぴったり来たぜ! って感じのモノを使って起こしてくれたまえ」
健多はそう言うとベッドへ横になった。せっかく体操して目が覚めたのに……とは思うが、実験を兼ねているので仕方なく寝転がる。眠ってはまずいと思うので、スマホでちょいゲームをやったりしてその時がくるのを待つ。
そうして指定した7時08分がやってきた。うとうとしながら健多は思った。さぁどうなる! と。するとなかなか大きい音量で予想外のモノが流れてきた。
「いやーん! ○○くんのH! いやーん! ○○くんのH!」
聞いた事のない女子ボイスがパソコンから流れる。しかもエンドレスらしく、いやーん! を連発しまくる。それは健多の眠気をいっぺんに吹き飛ばした。心臓が外に出そうなほど驚いたし、誰かに聞かれたらどうするんだと大慌てになる。
「ちょ、ちょっと!」
健多は大急ぎで音声の再生を止めた。おそらく叫んでいたのは10秒くらいだったと思うが、その間の焦りはとんでもないモノだった。
「いったい何を再生したんだよ!」
健多はマイクに向かって怒りをぶちまけた。
「かわいいのを望むって言ったじゃん。健多のパソコン内を見たら、ほんとうに萌えばっかりだから、よろこんでくれると思って選んだんだよ?」
「で、でも……おれこんな音声持ってない!」
「今はパソコンがネットにつながってるから、健多に合いそうなのを探してきたんだ。よろこんでくれると思って拾ってきたんだけど……」
「音楽フォルダから選べと言わなかった? ネットから取ってこいと指示したおぼえはない。そういうのは余計なんだよ。それはでしゃばり秘書ってことなんだよ」
ガンガン言ってやったら、てっきり言い返してくると思ったら、グッと息を飲む悪タナがいた。健多のためにやったことがダメだって言われて、すごく傷ついたけど、でもガマンしなきゃいけないのかなって痛々しい。
「あ、いやその……」
いきなり健多が顔を赤くして謝りに入る。女の子がつらいキモチをグッと飲む顔はたまらない。それは男が見るには一番きついモノだ。ギャーギャー喚くと思ったキャラクターだから余計に切なくなる。
「ごめんなさい……次からは気をつける」
悪タナの思いもよらぬ素直さが愛しさに変換されていく。
「ま、まぁ……いいよ。おれも言い過ぎた。つぎからは頑張って」
健多が言うと恋タナはふぅっと息を吐く。終わったらもういいよね? と切り替えがマッハのように早い。早すぎるだろうと思いつつ、それがまた胸キュンを誘うから困るのだった。
ここで母が起きるようにと一階から声をかけてきた。時計を見たらウソかまことか7時20分になっている。悪タナを残すか消すかなどと考える余裕はない。ここで出来ることはパソコンの電源を切ること。
「ま、まぁ……いつでも消せるしな」
そう思いながらポインターをスタートメニューに近づけていくと、悪タナが聞いてきた。もしかしてそろそろ学校に行くの? と言う。健多が高校生だって聞いた事、カレンダーを見れば平日だってこと、そして7時25分って時刻からして、当然のように分かってしまうらしい。
「そうだけど?」
「気をつけて。今日は赤口だから用心だよ。で、帰ってきたらまた色々話をしよう。それまで待っているから、がんばってね」
そう言った悪タナがクッと色白な親指を立てたりする。恋タナとは感じがちがうが、これはこれでいい子だなぁなんて思う健多だった。
ー健多、早く起きなさいー
下の母がとってもアングリー状態だ。起きてるよ! と返事をした健多は、パッパっと着替えやら何やらをやってカバンを持つ。恋タナと悪タナのどっちいい? なんて言われても考える余裕はないが、悪タナも悪くないなぁと胸を熱くしているのは事実だった。
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