第18話・悪タナ誕生秘話

 あるところに住んでいる名も無き青年が、世間寝静まる午前4時頃に両手をグッとにぎってガッツポーズ。部屋の天上を見上げ、勝ち誇るように体を震わせ口にするのだった。


「よっしゃぁ!」


 一応は理性があるのでマジの大声は出せない。でもささやくような声としては、破破格の音量。18歳の青年はいったい何をよろこんでいるのか。いったい何に対してスゲーコーフンをしているのか。


「できた、悪タナの完成だ」


 机の上にあるノートパソコンの顔面には、たとえば青山健多が目にすれば「あれ?」っと思うような女子キャラクターがいる。それの外見はなんとなく恋タナに似ているっぽい。この部屋の主が叫んだのが名前だとすれば悪タナとか言うらしい。


「いやぁ、苦労しちゃったな。でもこれで世の中に復讐ができる」


 なにやら穏やかではないことをつぶやく彼。大満足と同寺にめちゃ疲れたという顔になり、白いベッドにゴロっと横になった。いったいこれはどういう話なのか? それはおよそ半年ほど前に発生した物語から始まる。


ーおよそ半年ほど前ー


 ある所に住んでいるひとりの男子高校生がいた。彼は萌え絵のイラストを描くのが三度の飯より好きで、将来はイラストレーターになるのだと本気で思っていた。小学生のときから抱いていたその思いは、高校も3年生になると必死度が上がる。


「もっとこう、熱い行動をしなきゃいけないよなぁ……」


 要するに活躍してみたい願望がうずく。ネットでイラストを公開し、感想やらご意見をもらうだけでは物足りなくなっていたのだ。彼の描く女の子はかわいくて魅力的な巨乳女子と、感想をくれる仲間内からは人気があった。そういう人たちがホメればホメるほど、ジッとしていられなくなっていく。


 そんなときにふと彼は目にした。とある会社がモバゲーにて絵師を募集という。かわいい女の子を描けると自信がある人は名乗りを上げるべし! という風に書いてあった。


「こ、これは……やるしかない!」


 実をいうと彼は、こういう事にチャレンジした経験がない。自分はちょいといくじなしだと思っていたので、ついに! という感じで名乗りを上げた。


 そうすると物語ってモノが動きだす。認めてもらえるのかなぁ、どうせダメなんだろうなぁ、そんなことを毎日思って過ごしていたら……どこか知らないところから電話がかかってきた。


「も、もしもし……」


 ドックン・ドックンと緊張しながら応対してみれば、彼の絵を気に入ったというご報告。電話しながらカベに右ストレートをやりたくなるほど舞い上がった。こんなにスムーズに行っていいのか? いいんだよ! とかいう感じで大興奮。


「それできみは高校を卒業したらどうするの? 進学するの?」


 先方にそう質問された時、進学の予定がないことを恥ずかしいと思わなかった。むしろ自慢するかのように返した。進学の予定はなくフリーターに直行であると。アルバイトなどをしながら夢を追いかけるのだときっぱり言い切った。


「じゃぁさ、ひとつ引き受けてくれないかな」


 先方が言うには新しいモバゲーの制作が予定されているとのこと。ゲームはオセロって単純なモノだが、イメージキャラクターとして少女キャラを設置したいという。オセロと直接的な関係がなくても、萌えキャラが微笑んでいればホイホイ力が増すそうだ。


「実はさ、きみともう一人の絵師が候補になっているんだよ。でも、ぼくとしてはきみの絵をプッシュしたい。なんていうか万人受けしそうに素朴でかわいいし、けっこういい感じの巨乳で魅力的でもあるからね」


 先方の話は聞けば、聞くほど上質の麻薬みたいだった。期限付きで何枚という条件がついているが、全然怖いと感じない。採用されなくても寸志的な報酬はもらえるそうだし、高校卒業後に入社するって話も考えてくれるらしい。


「それでね、3ヶ月で24枚描いて欲しいんだけど」


 先方がそういった時、彼はいっさい迷うことなく即答した。


「もちろんです!」


 こうして彼は高校生って立場でありながら、夢に向かってのチャレンジをスタートさせた。


 3ヶ月で24枚なんて楽勝! そう思っていたのである。学校は卒業さえできればいいのだから、イラストの作成にどっぷり浸ればよい。中古ながらもそこそこ性能のノートPCを1台持っている。両親も友人も彼の夢を理解してくれている。これだけ揃っていれば恐れるに足らずと思っていた。


 ところがどっこい! やってみるとこれがすさまじく大変。ちょいちょいと描いて終わりってわけではない。キモチとたましいを込めて描くと、時間が彼を置いてけぼりにする。


「きっつ、これマジでやばい……」


 彼は日を追う毎に焦りが増した。日曜日なんぞは朝から晩まで引きこもり。休日だから家族とどこかに行こうなんて考えはすべて捨てた。


「くっそ、負けるもんか」


 熱い頭がパンクしそう。沸騰する心臓が破裂しそう。インフルエンザみたいに体温が下げられなくなりそう。何がなんでもやり遂げるのだと思えば、日増しに不健康さを増していった。それでも夢のためにと、描いて描いて描きまくりパソコンにしっかり保存した。


「やれば出来るもんだなぁ……すげぇよ……おれ」


 開始から25日後が過ぎたとき、彼は勝利を確信していた。病人みたいにやつれはしたものの、ノルマ達成は確実な展開。後2日あれば最後の一枚が完了。そうすれば胸を張って先方に送ることができる。


 しかしまさにそんなときに悲劇が生じた。彼はイラストを描きながら、ちょっと息抜きしようとネットにつないだ。そのよくある話がよろしくない。


 ツイッターで何気なくつぶやく。メールチェックをする。寄り道としてユーチューブを見る。ここまではよかった。ここで止めておけば神さまに見捨てられる事もなかった。


「でへへ……」


 ニヤニヤ顔でアダルト観覧。これが神さまの怒りを買う。かわいそうな彼は報いを受けることとなった。突然として大切なPC画面が切り替えられる。


「ん? なに……なに……どうしたの?」


 ぷつ! っと真っ暗になったディスプレイ。その後急に怖いモノが表示される。画面いっぱいに女の生首が映った。それは血だらけでむごいモノだ。キブンよく楽しんでいた彼は卒倒しそうになる。


 そうして画面にメッセージが表示された。あと5分でパソコンのデータをすべて消去しますというカウントダウンだ。


「ちょ、ちょ、ちょっと待て……」


 彼は可能な限り両目をほそめると、できるだけ下を見るようにしながらパソコンへ手を伸ばす。あんまりにもおぞましい画面を見るわけにはいかない。かといって野放しにもできない。こんなときに出来ることは強制終了だけ。


「ポチッとな!」


 右手の人差し指で電源ボタンを押した。さすればプシューって感じの音がして、内部のハードディスクがストップ。スーッと引き込まれるような感じで室内が静かになる。


「ハァハァ……」


 ベッドに倒れた彼は10分ほど立てなかった。俺がいったい何をしたって言うんだよぉと、バコバコな心臓がおちつくまでうつ伏せを保つ。


「男がアダルトを見て何が悪いつーんだよ」


 やっと気を取り直した彼、ブツブツ言いながらパソコンの電源ボタンを押す。何がどうと考えるわけもなく、いつもどおりいつものようにボタンを押した。ところがパソコンの方はいつもと異なるモノを画面に表示する。


ーoperating system not foundー


「え、え、え?」


 すさまじいショック受けた彼、目をぱちくりやるだけでは飽き足らない。大げさなアクションみたいな感じで目をゴシゴシこすった。


「こ、これは……これは……これは……」


 あまりの出来事にすぐに頭は直らない。一度強制終了したら、少ししてまた電源ボタンを押す。そうして何回やっても同じだと見せられたら、今度は絶叫レベルの焦りがこみ上げてくる。


「ちょっと待ってくれよ、おれ何にも悪いことしてねぇじゃん」


 必死の彼は色々と試そうとした。でもノートパソコンにぶっ挿していたUSBメモリーを外すくらいしかできない。頭も心もひっくり返って冷静なんか取り戻せない。そこで涙目で友人に電話をかける。


「頼む、一生のお願い! 助けてくれよ」


「そう言われてももなぁ……not foundはほぼ死亡遊戯なんだよなぁ」


「イヤな言い方しないでくれ」


「残ってるのはBIOSの初期化くらいかな」


「それで復活できるのか?」


「いや……確証はない」


 残念なことに彼の淡い期待感は打ち砕かれた。残された手はパソコンのリカバリーとなる。今にも死にそうなフラフラ声なので、心配した友人が励ます。


「USBメモリーに作業中のデータを小まめに入れていたんだろう?」


「もちろん、できうる限り」


「以前に作成したイラストも全部入れてあるんだろう?」


「当然!」


「だったら大丈夫だって。パソコンが初期化されてもUSBメモリがある」


「そうかな……ほんとうに大丈夫かな」


「わからんけどさ……俺としてはそれしか言いようがない」


「そ、そうだな……」


 彼はUSBメモリに期待して、パソコンのリカバリーを始めた。それが終わるまでの間、どれほどジリジリさせられただろう。ウインドウズ画面が再び表示されるまで、およそ40分は居ても立ってもいられなかった。


 カベに額を押し当て神さまに祈る。その姿はタバコを吸えない喫煙者、一滴を欲しがるアル中、やばい段階の麻薬中毒者、そんな感じでイライラしまくった。


「よしウインドウズが立ったぞ!」


 初体験を待ちわびていたかのように、USBメモリを差し込んで確認。彼としては何事もなくイラストフォルダが表示されると思っていたのである。


 ところが……


「はぁ? 真っ白ってなに……真っ白ってなに!?」


 信じられない悲劇がそこにあった。USBメモリの中身は見事に空っぽ。彼がたましいを削りながら描いたイラストは全部消滅。こんなにも酷い話を、あ、仕方ないですね! とあきらめられるわけがない。


 悲惨な少年は何度何度も確認した。死にたくない! と祈りながら、ムダな努力を果てしなくくり返した。おれの人生はどうなるんだよと、大量の涙が両目を埋め尽くしている。そうして午前0時すぎ、力尽きた彼はベッドに倒れ込んだ。


「ひでぇ……なにこれ……なんだっていうんだよ」


 ポロポロって熱い涙がこぼれていた。いきなりすべてを失った者の悲しみは、どれほどの言葉を並べても語り尽くせぬ。


「パソコンが2台あれば助かったのかなぁ……くそぉ!!!」


 ありとあらゆる事が憎らしかった。パソコンを1台しか持っていない事実に対しても、許しがたい怒りをおぼえてしまう。


 そうしていよいよ締め切りの日。彼は自ら会社に電話をかけて、大切な話があると言った。先方が心地よく応じてくれたとき、おれの人生は終わったなぁって思わずにいられなかった。


 その日の夕刻18時にて、駅前の喫茶店。そこで初顔合わせとなった2人は対象的だ。片一方はおちついているニコニコ顔の中年男性。もう一方はやつれ死人みたいな顔をした高校生男子。


「どうしたの? 病人みたいに見えるよ?」


「あっとその……やってみたらイラスト作成は大変で……」


「そうだろう、楽な事は何もないんだよ」


 男はそう言った後、少年にUSBメモリか何かで渡してくれるのかな? と聞いた。すなわち引き受けた仕事ってモノを、ここで渡すのだよね? としか思っていない。それ以外の展開なんぞ頭にないという顔。


「そ、それがその……」


「うん?」


「実はそのパソコントラブルが起こって……」


「それで?」


「24枚のイラスト……ぜ、全部……失いました」


「はい? いまなんて言った?」


「作ったもの全部失いました!」


 くぅ……と顔をしかめ両手で頭を抱える。その哀しく痛々しい姿は、同情するには十分なモノだ。しかし少年と向き合う男の態度は全然ちがう。


「イラスト全部失った? じゃぁなに、今のきみは手ぶらなのか?」


「ぅ……」


「何も持っていないんだな?」


「は、はい」


 両者間にただよう虚しい風。やれやれとあきれた顔の男はタバコを取り出すと、フゥーっと煙を吐いてから、ひどく傷ついている少年に吐き捨てた。


「君さぁ、仕事とかナメまくってるでしょう?」


「そ、そんな……」


「パソコントラブル? それで? かわいそう……って言ってほしいわけ?」


「やり直しさせてください……お願いします!」


「いやいいよ、きみみたいな無責任な人間はいらない」


 とてもつめたい態度は、明らかに少年を見放していた。男に言わせると少年はパソコンを甘く見ている。いかな悲劇もパソコンの世界では自己責任。それからすると同情はできないと言った。


「だってそうだろう? パソコンが1台しかないのなら、バックアップの場所を3つくらい持っておくべきだ。USBメモリーだって2本備えておけばよかったんだ。大切な作業をやっていますって、その状態でネットのアダルトを見るのは信じられないね。そうだろう? 考えがファックすぎるんだよ。それすなわち世の中を舐め腐っているのと同じだ」


「ぅ……く……」


「入社の件も白紙だ。きみのような人は要らない。他のどこかに行けばいい。あるいは最初から一人でやればいい」


 こうして少年に再起の手は差し伸べられなかった。涙をボロボロ落としても、そのままクビを言い渡されておしまい。一瞬花開いたように思えた物語は、虚しく散ってしまった。


「くそぉ……くそぉ!」


 帰り道、どうにも収まらない怒りに震えていた。憎い、この世のすべてが憎い。見知らぬ人間をぶっ殺したいほどに憎い。


「くそぉ、何が萌え絵だ、何がイラストレーターだ、何がモバゲーだ。どいつもこいつもみんな死んでしまえ」


 大荒れで歩いていたら、とある小さなパソコンショップの前にさしかかる。このとき、切ない思いが胸に湧く。パソコンを2台持っていれば助かったのかなぁ、そうすれば今頃は笑顔だったのかなぁと。


「うん?」


 ふっとパソコンショップの窓に貼ってあるポスターを見た。それはマイクロソフトに認められてはいないながらも、人気沸騰中の恋タナとかいうモノだ。バリエーションは色々あるが、いわゆる萌キャラの秘書。本家のコルタナを食ってしまおうってモノ。


「何が恋タナだ……何が萌えだ……」


 このとき彼の中に悪い電流が流れる! どうにも収められない怒りによって、ある考えが芽生えた。


 今は萌え絵ですら憎い。ポスターの恋タナも憎らしくてたまらない。人気上昇中らしい恋タナにちょっかいを出そうと考えた。それは萌えおよび萌好き、ひいてはこのムカつく世の中への復讐になるはずだと。


「表が恋タナなら……裏の悪タナとかがいてもいいはず。そういうのをつくればいいかな。萌えが好きでニヤニヤしているやつらを困らせてやりたい。恋タナとかいうものを突いてやりたい。そんなことをしても失ったモノは戻せないけど、でもこれは世間がうけるべき罰なんだ。このまま世間を許してたまるもんかよ!」


 そうして彼は思いきった行動に出る。イラストへの取り組みを中断し、朝から晩までパソコンの勉強に励んだ。本人もびっくりするほど一心不乱に打ち込んだせいで、ありえないスピードで知識が脳に刻まれていく。


 すべては悪タナという良からぬ存在をつくるためだ。人様のパソコンに害を与え、人様のデータを勝手に消去しようとする存在。そういうモノを作るため、魔物のような速度でパソコン知識を吸収。


なんと数年はかかるであろう流れを、およそ3ヶ月ほどで駆け抜けてしまった。それはもう天才という表現を用いても足りないほどの凄まじさ。


 いま、ベッドでぐっすり眠る彼は悪タナを完成させた人。あの悲劇からここにたどり着くまで、ずっと持ち続けていたマイナスエネルギーが切れた。もうほんとうにクタクタで眠りこけている。数年かかるほどの事を約3ヶ月でやり遂げてしまった彼は、24時間死んだように眠りこけてしまうのだった。

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