第17話・Fカップの水着姿・桃のかまってもらいたい症候群

 最近ちょっと不満溜まり。そんな風に思う桃がいた。その理由は彼氏の健多にあって、カンタンに言うとあまりかまってもらえないような気がするから。


「桃、青山とはうまくイってる?」


 お昼の食堂にて、向かい側に座った友人が聞いてきた。


「ふつうかな……まぁ、特に問題もなく進んでる」


 そのヌルい返しを聞くと、友人というのは突っ込んでみたくなるのだった。ずいぶんおとなしい恋愛だねぇと、斜にかまえて笑う


 ここ食堂の中はちょっと別かもしれないが、校舎内を歩けばカップルがよく出てくる。みんな高校生らしくイチャイチャラブラブしている。いつなんどき暴走しても、そんなの常識さ! と言わんばかりにイチャイチャしまくり。それと比較すれば桃と健多はタンパクだと指摘。


「ましてや桃はかわいくて巨乳だよ?」


「だから?」


「青山がおとなしいのは信じられないわ。もっとこう、野犬みたいにブチ切れてさ、白いベッドに桃を押し倒してさ、気がついたら新しいドラマが始まっているみたいな、そういう話は起こらないのかなぁと思って」


「起こるか……起こるもんか、わたしと健多はマジメに恋愛しているんだから」


「桃、今どきマジメなんて流行らない、流行らない」


 ケケっと笑う友人を見ると、桃はグッと赤い顔で息を飲む。その心の奥底ではなんとなく、友人の言うことが当たっているように思うからだった。


「青山って萌え絵を描くのが好きだって聞くよ。いいじゃん、わたしも夢を追いかけている男って好き。でもそれと比べると桃は冴えないよね」


「ぅ……」


「影から男子を応援するなんて少年マンガのマネージャーみたいじゃん」


「じゃ、じゃぁ……どうしろと?」


「応援するにしても、もっと特攻かけなきゃ」


「と、特攻!?」


「彼氏はかわいい女の子、しかも巨乳を描くのが好きなんだから、桃がモデルになればいいじゃん。ただ服を着てニッコリするだけじゃなく、水着とか下着姿で構えればいいんだよ」


「そ、そんなこと……」


「でもほら、それで青山健多の実力がアップするなら、2人で階段を上がっているって気がしない?」


「言い方がすごいね……」


「クールに進んでいると言って!」


「進みすぎてオバさんみたいに思えちゃうよ」


 そんな会話をやってみたら、友人の言った事が心臓にネバネバっとこびりつく。そんなことできるか! と思いながら、そんなことしてみたい……なんて風にも思う。つまり健多のために一肌脱ぐということ。


「健多、ちょっと」


 昼休みももうすぐ終わりそうだってとき、桃は彼氏を階段の辺りに引っ張り出した。なんだよとかいう健多に顔を近づけると、くぅーっと声量を落として質問した。


「い、今まで女の子の水着姿とか描いたことは……あるよね?」


「あ、ある」


「巨乳でビキニ姿とか好きなんだよね」


「ま、まぁ……で、でもそれで怒られるのはちがうと思うぞ」


「誰も怒ってないし、怒るとも言ってないでしょうが」


「じゃぁなに?」


「だ、だからその……」


 桃はちょっぴり赤い顔で腕組みをすると、練習には素材が必要だよねと切り出した。頭の中から取り出すって事もあれば、アニメなどの萌え画像を見て参考にすることもあると、それくらいは知っている。でも生きた素材で練習したことはないよね? と赤い顔を健多に向けた。


「生きた素材ってなんだ?」


「だ、だからそれは……目の前にモデルがいるってこと」


「モデル? パソコンの画面には二次元がいっぱいいるけど?」


「ちがうわよバカ、三次元のモデルって言ってるのよ」


「三次元?」


「ニブイなぁもう! わ、わ、わたしがモデルになろうかって言っているの!」


 ここまで言えばやっと健多がドキっとした。え、え、え……と動揺しながらも、一方では何それ? めちゃうれしいんだけど! みたいな顔になっている。


「生きた素材なら健多の上達も早いと思って」


「そ、そりゃぁそうかもしれないけど、で、でも急にどうしたんだよ」


 ここで今度は桃がちょっと詰まった。この展開は一見すると健気な彼女だが、ちょっとうすっぺらい気がして不安を覚えた。


 自分もちょっといい格好をしてみたい、そう思う桃は少し間を置いてから健多に伝える。


「セクシーアイドルを目指してみようかなぁと思って」


「せ、セクシーアイドル? マジで?」


「せっかく素材がいいんだから、どうせなら輝いてみようかなと思うわけで、見られる練習イコール健多の役に立てば、持ちつ持たれつかと思うわけで」


「桃がセクシーアイドル?」


 青山健多はちょっと複雑なキモチになってしまった。自分の彼女はかわいいし優しいし巨乳と揃いまくったバッチグーガール。神さまが地上に下ろした存在だと本気で思っている。いっしょに歩いているときの優越感はすばらしいわけで、他人の目線というのは勝ち組が得られる栄養と言える。


 しかしそこまで魅力的であるからこそ、セクシーアイドルなんぞになったら、他の男子がいっぱい目にするだろう。それはうれしいことなのか? それをよろこんでもいいのか? と悩め香しい。


 そんな彼氏の反応を見た桃は手応えを感じた。あぁ、そうだ、自分はセクシーアイドルを目指せばいいのだと思った。そうすれば持って生まれたモノを活用でき、彼氏の心を落ち着かせられなくできるのだろうからと思った。


「健多、健多の家はいつ空いている?」


「えぇ、お、おれの家に来て水着とかやるの?」


「仕方ないでしょう。家にはお姉ちゃんのいることが多いんだし」


「で、でも家っていうのは……」


 健多は心臓バコバコ言わせながら想像してみる。水のまったくない室内、しかも自分の部屋なんてテリトリーで、桃みたいな彼女の水着姿を見たら……いくらマジメな青少年でも心が虫歯みたいになる可能性大。


「家はダメだ。温水プールにでも行こう」


「お、温水プール?」


「おれは桃を見ているだけでいい。桃はマーメイドみたいに泳いでいればいい」


「わかった、じゃぁ明日」


「あ、明日? ずいぶんと急だな」


「善は急げだよ、ちがう?」


「わ、わかった」


 とんとん拍子に進んだ話を抱えたら、健多は午後の授業には集中できなかった。桃の水着姿って、そればっかり考えてしまった頭がグラグラしっ放し。あれこれ熱心にしゃべる先生の声はどうでもよいサウンド。静かな教室はどうでもよい異世界。ただひたすら彼女の水着姿ばかり想像していた。


 しかし……桃がセクシーアイドルとかいうのは、どうなんだろうと思った。もしデビューなんかしたら大人気はまちがいない。世の多くの男がだまっていないだろう。それ彼氏としては悩め香しい感じになる。


(でも桃の水着姿が見れるのはうれしいな!)


 なんだかんだ言っても、やっぱり男は素直によろこぶのが一番って結論だった。ニヤニヤしたくなるのをこらえるのが大変だった。


ーそして迎えた翌日ー


 寝起きから学校終了まで、健多にとっては長かった。どのくらいと言えば1曲で6時間の音楽を聞かされたようなモノ。


「ほ、ほんとうに水着?」


 学校を出て2人で歩くとき、ドキドキしながら彼女をちら見する健多。


「昨日駅前モールで買った。も、もちろん……ビキニで」


 とってもぎこちない感じの2人は、お二人さんどこに行くの? とからかわれてもおかしくないフンイキだった。いつもとちがうバスに乗って、いつも全然ちがうところで下車したら、地味すぎる温水プールに到着した。


「おれ、桃を見て描く事しかしないけど……それでもいいのか?」


「そのために来たんだよ。泳ぐのが第一の目的ではないよ」


「わかった。ではプールサイドで」


 昼間からうすいピンク色の夢でも見ているような気がした。そんな健多はひとまず服を脱ぐ。上はTシャツで下はトランクス型の海水パンツ。後は手さげ袋にノートだのシャーペンだの消しゴムだの色えんぴつだのを入れる。ちなみにペンタブというのは、壊しそうな気がするので持ってこなかった。


「よし……行くか」


 昨日はノンストップニヤニヤだったのに、今はドッキン・ドッキンと心臓をキンチョーさせている。


 今までたくさん女の子の絵を描いた。これからも心臓がストップするまで描き続けるだろう。それが青山健多の生き様と信じてうたがわない。でも実際の彼女を見ながら、それを萌えイラスに変換するなんて事は初めてだ。


 なぜか……なぜか……悪いことをするような気がした。なぜだろうか、悪人になっているような気がした。


「桃はまだか……まぁ、そうだよな」


 たどり着いてみると地味な温水プールは貸し切り状態だ。ここは遊べるような場所ではないから、ちらほらお年寄りが活用するだけ。でも本日はそれがとってもありがたいことになっている。白石桃の水着姿を貸し切り状態のプールで見続ける。それがシアワセでなくてなんだろうという話だった。


「健多、おまたせ」


 後方より天使の声が聞こえた。ドキドキしながらもハッ! っと振り返ってみれば、そこには見た事のない白石桃が立っている。


「あぅぉう!!」


 あまりにベリーナイスな衝撃だった。健多はごくりと飲んでマジに固まってしまう。目の前にいる彼女は、甘い夢から飛び出してきた魅惑の人そのもの。


「ど、どうかな?」


 赤い顔で健多の感想を持つ桃は、それはそれはまぶしいビキニ姿だった。色白ムッチリでうつくしい女神は、豊満なふくらみを二色のビキニで包んでいる。片方はスプリングノートで、もう片方はプラム。それはもう桃の神々しさとか、やわらかそうな谷間をギュワ! っと映えさせる。上と同じく下も二色でオーケー! という話だった。


「す、すごい……」


 まだ衝撃にグワングワン揺らされている健多の目は虚ろ。桃の谷間を見ながら、別の世界にお出かけ中みたいなフンイキが続く。


「も、もうちょっと詳しく言ってよ。どこがどうすごいのか、そういうのが聞きたくて待ってるんだけど」


「お、思ったよりずっと魅力的な巨乳ですごいなぁ……と思ったの」


 健多はまだ夢から戻ってこれない様子。今だって感想を言うとき、声が震えてしまったり、最後の方が少し裏返りかけたりした。


「まぁ……健多の目を見ていれば色々伝わるからよしとするか」


 ひとまず納得した様子の桃、おいっちに・おいっちにと準備体操を始める。健多もとりあえずは準備体操をした。泳ごうとは思っていないが、いっちに・いっちにと体を動かす。でも目だけは桃の谷間から一瞬足りとも離せなかった。


 それから健多はプールサイドで、開けたノートとシャーペンを持ってかがんだ。水の中にいる桃はなんて魅力的なんだろうと思うわけで、ずっとずっと見続けたい姿でしかない。


「うむ……」


 心を落ち着かせたらシャーペンを動かし始める。桃の絵を、いわゆる美術の授業みたいに描くのではない。それをやっても萌え絵では役に立たない。美術とは似て非なる芸術、そういうモノにしなければいけない。


「健多、描けてる?」


 ひょっこり水から顔を出す桃。水着姿に加え髪の毛がたっぷり濡れていると、それはもう愛さずにいられない人魚そのもの。ああいう姿も今まで描いた事がないので、ここぞとばかり描く。ちょいとていねいさを欠くように早いスピードだが、ていねいに描くほど時間がないのだから仕方がない。


 それからしばらくすると桃が水から上がった。ビキニ巨乳が全身水浸しっていうのは、まさに100万ドルの絵姿という感じだ。


「健多、ちょっと見せてよ」


 健多のすぐ近くにかがむ桃。フルっと揺れる谷間がすごいから、冷静に振る舞うのがとっても大変な健多だった。


「ほ、ほら……」


「では拝見!」


 桃はタオルで拭いた手によってノートを受け取る。濡らさないようにしながら、描かれたモノを見るとなかなかいねとホメ始めた。


「健多の絵ってきらいじゃないんだよ。けっこうかわいいよね。うん、少しわたしに似て魅力的だと思う。で、健多……わたしの水着姿を見て、どこが参考になった? そういうのも聞かせて欲しい」


 そこで健多は右の人差し指で頬をかきながら、美巨乳がすごく参考になったと打ち明けた。


 水着姿の女子、それも巨乳を描くとき色々気を使っていたつもりだが……桃のビキニ姿を見て思い知らされた。ふっくらやわらかい谷間の魅力が、今まではちゃんと描けていなかったと。


「そ、そう言われてみればこの絵の谷間は魔法がかかったみたいに魅力的だね」


「それは桃のおかげ……いや、ほんとうに」


 ハハっと笑ってから健多は表情を引き締めた。もう少し声量を下げて、桃はほんとうにセクシーアイドルやる気か? と質問する。


「ぅ……ま、まだわかんない。やるかもしれないし、やらないかも」


 桃の声はちょっと悩んでいるっぽい感じだった。やりたいような、やりたくないような、たんなる気迷いで言ってしまったような、それを後悔しているような、でも言ったからにはやらなければいけないような……と、心に曇りが見えるように感じられた。


 そこで健多は赤い顔で咳払いすると、言おうと思っていたことを変更した。セクシーアイドルなんかやめとけよ! と言うつもりだったが、予定変更でつぎのようなセリフを口にした。


「ま、まぁ……桃がやりたいならやればいいよ」


「でも健多、わたしがセクシーアイドルになったら売れちゃうかもよ? 人気が出たら健多とつき合えなくなるかもよ?」


 彼女の声を聞くと健多は思わず左手で頭をかいた。なんせ桃はステキな女子だから、セクシーアイドルになったら大当たりする可能性大。もしそうなったら、彼氏・彼女って関係が終わってしまうかもしれない。お昼のドラマみたいな、主婦が喜びそうな物語が生じるかもしれない。


「で、でも……」


 ここでグッと手をにぎる健多。ちょいとばかりいい格好だと思っても、これは言わねばなるまいと奮い立つ。


「仮に桃がセクシーアイドルになってもだいじょうぶ。だ、だっておれは……萌え絵の絵師で成功するつもりだから。彼女が人気者になっても、冷静に見つめられるような立場になるからへっちゃらさ! 桃がセクシーアイドルをやろうとやるまいと、青山健多は全然気にしないのさ」


 思いっきりテレながらも、いぇい! とウインクして左の親指を立てる。


「健多……」


 そこにはうっとりした目の桃がいる。


「な、なに……」


「今の健多って……なんか……こう……」


 彼女がゆっくり顔を近づけてくる。2人しかいない温水プールで甘い口づけが発生するのか、青山健多と白石桃の唇がコミュニケーションしてしまうのか! 


 すると、急にククっと笑った桃がいる。健多の頬を両手でクッと抑えたら、赤い顔で笑いながら言った。


「健多ってかわいい」


「く……」


 立ち上がった桃は赤い顔を見られたくないと背を向けると、再び水に入っていく。せっかく掴まえた人魚が逃げていくように見える。


「健多、少しは泳がない?」


 水の中にいる桃が笑顔で手を振っている。ほんとうは泳がないつもりだったとか思いつつ、息抜きも必要だなと思う健多だった。ノートやらを手さげに戻し、タオルなんかと一緒に濡れないところへ置いておく。それからTシャツを脱ぐと、この世で一番の人魚がいるプールに自分も入っていくのだった。

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