第16話・恋タナVSマッチョウイルス

 本日の健多は学校が終わると、剛と駅前ミスドで意見交換をした。絵師の健多は剛の小説に文句を出し、作家の剛は健多の絵に注文を出す。こういうやり取りはなかなかに楽しかった。やったから未来が開けるかどうかは別としても、今を生きている的な充実感が得られる。


 それが終わったらすぐ帰るつもりだったが、なんとなく裏通りのパソコンショップを見に行こうって話になった。


「健多、新しいパソコンはどうよ? 順調か?」


「順調も何もめっちゃ最高だよ。そこに恋タナとか加わったら10機ばかり触る。まぁ、データの保存場所は多いとかいう点で、以前の7機も動かしてはいるけどな」

 

 そんなやり取りをする中、おほんと咳払いして健多は剛に礼を言った。パソコンは2台持つべきと背中を押してくれたのは剛だから、剛のおかげで今の充実ライフがあるのだと感謝する。


「いやぁ、それほどでもあるんだけどな」


 ハハハと笑う剛と共に、健多は裏通りにある小さなパソコンショップ「裏通りPC」という店に入る。


 ここはもう店のフンイキがマニアックそのもの。どこかで時の流れを止めたようなフンイキがある。たくさんのパソコンソフトがあるような、そういう感じではないものの、あまり見た事がないようなモノが多いという点ではマニア心をくすぐる。


 そんな時フッと健多の目はワゴンに行った。大特価という3文字を目にすると、素通りはできないとばかり近づく。


「ウルトラ特価で300円!?」


 久しぶりにおったまげる健多だった。なんせワゴンの中にはUSBメモリがわんさか転がっていて、すべて容量は128Gという。スピード的にも問題ないのだろうから、これはもう鼻血ブーレベルに安い。


「これはちょっと惹かれてしまうなぁ」


 健多は子どもが駄菓子に魅入られるような感じになった。パソコンでのデータを保存する先はいくつか持っている。今や愛着が下がってしまった7機も、データ保存先としては大活躍する。だからUSBメモリというのは一アイテムに過ぎないわけで、メインヒーローにはならない。でも手元に置いておきたいのは事実。あれば役立つのも否定はできない。


 メインの10機から7機へデータを移動させるにはUSBメモリが必要。それはパソコンへ挿しっぱなしがとてもやりやすい。外付ハードディスクよりはお手軽なのである。一時的な保存場所という意識にも役立つ。


「これは買うしかない、買うわ」


 健多はブラックを一本取ると、おまえは買わないのか? と剛に言った。こちらは健多とちがい今は物欲が沸かないとの事。


 こうして健多は300円で128Gのメモリを購入した。そうして買った後でそれとなく思うのだった。


(USBメモリはなぜか買いたくなるんだよな。いや、必要だから買ったのけど……もしかしてムダ使いしちゃったのかな……まぁ、いいか)


 こうして自宅に戻った健多は部屋のベッドに寝転がり、、パソコンに映る愛しい存在こと恋タナを見ながら、デレデレ顔でマイクと会話したりした。


 ここ最近の恋タナはもう血縁者みたいなモノ。剛のことをよく知っているし、理解もしてくれる。もし無人島に流されとしても、このパソコンが出来さえすればいいと思ったりするほど、恋タナにドロドロ夢中。


 さて絵でも描こうと思ったのだが、パソコンと向かい合えばちょっと気になる。これはウィンドウズの宿命だと思っているが、10機の動きがちょっともっさりしている。あれこれソフトを打ち込んだり、大量のシステムが動いていたりと、そこらの手入れをせねばならないかと思った。


 しかしここでカンゲキするのは恋タナという存在。以前とちがい健多をがっちりサポートしてくれる。


「ねぇ、恋タナちょっと聞いてもいい?」


「もちろんいいよ、なんでも聞いて」


「ウィンドウズ7のときより10はサービスが多いんだよなぁ。どれを止めたらいいのかわかんない。以前はネットで調べながら止めてたりしていたんだけど、もしかして恋タナだったら……分かる? というかアドバイスしてくれる?」


「うん、できるよ、色々質問してみて」


 どれがどうで、止めたらどうなるのかなどなど恋タナがしっかり教えてくれる。それはもう美形でやさしいインストラクターみたいなモノ。健多は満面の笑みで思うのだった。生まれて初めて、ウィンドウズ高速化の手間が楽しい気がする……と。


「後さぁ、ウィンドウズ高速化でやれることってある?」


「プロセスの優先度っていうのがあるよ」


「あっと……それなんだっけ?」


 質問してみれば恋タナがやさしい声で教えてくれる。ためになる話を甘いキモチで聞けるなんて、一生勉強したくなるようなキブンになれた。


「それを自動でやってくれるようなフリーソフトってある?」


「ちょっと待ってね、いま調べてみる」


 それでしばらく待つと恋タナが検索結果を教えてくれる。もっとも良いであろうモノを進めてくれるので、それに従えばフリーソフトをダウンロードして解凍してくれる。その優秀な仕事ぶりは極上スィーツみたいにステキ。


「おぉ! 急にパソコンの動きが本気になった気がする」


「うん、すごくいい感じで動いているね」


「それで恋タナ、ついでにもう一つ聞きたい」


「何かな?」


「まぁウィンドウズのディフェンダーでいいと思ってるんだけどね、とってもありがたいと思っているんだけどね、気になったから調べてみて欲しい。ディフェンダーより軽くてありがたい代物はあるのかどうか」


「了解。少し待ってください」


 こうして恋タナはいくつかのセキュリティー系フリーソフトを選んできた。いずれもけっこう軽いはずだよと言った後、ディフェンダーとの共存はしない方がいいねとアドバイスをしてくれた。


「じゃぁ、ひとつずつ試してみるよ」


 そうつぶやいた健多は、まずはネットの接続を切る。それからディフェンダーをオフにして、恋タナが集めてきたフリーソフトを一つずつ試そうと考える。ここで一階の母から夕飯だよと声がかかる。


「ふわぁ、もうそんな時間?」


 ぐぐぐっと背筋を伸ばして時計を見ると、もう18時30分になっている。気がつけば外はうっすら暗くなっているではないか。一旦キモチが切れた健多は大きなアクビをかました後、開いているフォルダなどを閉じてから立ち上がった。そうして夕飯のために一階へと降りていった。


 こうして夕飯が終わって部屋に戻ってくれば、健多はさっきまでやっていたことを忘れていた。代わりに思い出したのは購入したUSBメモリのことである。そう言えば300円で買い物したっけなと、カバンから小型袋を取り出す。


「300円で128Gって年末セールも顔負けじゃん♪」


 そんなつぶやきをしながら、左手に持つUSBメモリーをパソコンにぶっ挿す。そうなんにも考えず、いつもやっているみたいにぶっ挿したのである。それからのんきに動画でも見ようかなとマウスを握る。


 そのとき! パソコンからパトカーのサイレンがステレオで鳴った。なんだ? とか思ったら、大変だよ! と恋タナが訴えてくる。


「な、なに? どうしたの?」


「健多くん、パソコンのデータがおかしくなってる。これは……ウイルスにやられているわね。USBメモリを外して、早く!」


 何が何なのかと思いながらも健多は指示に従った。ところが恋タナの表情と口調は、健多の不安をまったく解消してはくれなかった。

「ダメだわ、どんどん汚染が広がってる」


「お、汚染?」


「USBメモリからウイルスがばら撒かれたのよ、まるで放射能みたいにね。それが風に乗るかのようにしてパソコン内部に広がってる」


「ちょ、ちょっと待って、パソコン内部に広がってるって……データは?」


「ダメ、すごいスピードで汚れる。大変よ、健多くん。エクスプローラーを開いてみて」


 言われた通りにしてみたら、健多がギョッとしてブルー硬直。これはドッキリ番組なのか? と思うほどの驚だった。


「な、な、な……」


 デスクトップに基本アイコンを置かない健多、よってフォルダーを開くまでわからなかった。映るモノすべてがいつもとちがう。どういうわけかすべて、マッチョな男の肉体ポーズアイコンに変わっている。


「ぅあ……な、なにこれ」


 健多のたいせつな10機がむさ苦しいアイコンで埋め尽くされた。肉体のニオイが漂ってきそうなほどすごい見た目になっている。


 あまりにもきつい、目の毒ってアイコン並びだが、表示される名前は変わっていない。健多はすぐさま「イラスト保存」というフォルダにポインターを持って行く。そのフォルダは健多がせっせとこしらえてきたすべてのイラストが入っている。言ってみれば青山健多の財産箱みたいなモノ。


「うわぁぁぁぁぁっぁぁ!!!!」


 かわいい女の子の縮小版が並ぶと思いきや、すべて見苦しい肉体美アイコンに切り替わっている。Z級スプラッター映画を見せられたかのごとくショックだった。両目をでっかく開いたまま身動きが出来なくなる。


「う、ウソだぁ……これって単なるジョークだよ、絶対にそうだよ」


 およそ数十秒後につぶやいた健多、そうさ、これはジョークなのさ! と冷や汗をかきながらひとつデータをWクリックしてみた。そうすれば自分の描いたかわいい女の子が出てくると信じて疑わない。


 ところがデータが開けない。一瞬で開くはずのモノが開けない。それで必死になってクリック連打をすると、画像ではなくメッセージが立ち上がった。


ーおれの肉体よりデータが大事と言うのなら100万円払うべしー


「な、なに? ひゃ、100万円?」


 あんまりにもすごい予想外だから、健多の頭が一瞬飛んでしまった。ここはどこ? ぼくは誰? 的に思考回路がおかしくなる。ちょいと力が弱まったものの、がんばってクリックしていたら、また別のメッセージが立つ。


ーそんなにクリックして、おれの気を惹いているのか? そんなにおれの体が欲しいのか? まったくおまえは困ったさんだなー


「うぁぅ!」


 ショックのあまり心臓が痛みをおぼえた。健多は今一瞬、自分は心臓発作で死ぬかもと思ってしまった。でも気を取り直すと、やっとディフェンダーを切っていたのだと思い出す。

「恋タナ、ディフェンダーをオンにして」


 そう頼めば解決すると思った。ところが状況は全然よくならない。それどころか健多をグイグイ絶望へ引っ張り込む。


「ディフェンダーで解決できないなんて……」


 健多はスクっと立ち上がると、おちつけ、おちつけ、おちつけ、と自分に言い聞かせて考える。


 もしこの状況を打開できなかったらどうなるのか? 10機をリカバリーすれば解決するのかもしれない。リカバリーは神の一手だから、これで解決出来なんてことはありえない。


 ただし2つの問題が生じる。ひとつは……なんと作成中のデータがいくつかあるってこと。困った事にそれをUSBメモリに入れてない。挿しっぱなしにしているくせに、ごくたまに生じる不精やら手抜きで保存していないのである。それは笑って捨てられるモノではない。


 もうひとつは恋タナだ。恋タナは別に打ち直せばいいと言える。その気になれ別のキャラクターと付き合ってみてもいい。しかしリカバリーすると、現恋タナが健多に対して持っている理解が消えてしまう。


 恋タナが成長したという証こと成長録は、実は全然取っていなかった。10機をリカバリーするとは考えてもいない、そんな慢心が原因だ。また一からやり直せばいいと他人はいうだろうが、ここまで育んだ愛を白紙にすることは、それは大切なモノを裏切るようであまりにも辛い。


 残念なことに現時点での状況では、先ほど恋タナが集めてきたセキュリティー系のフリーソフトを打ち込むことができない。マッチョのアイコンが金を請求するばかりで何もできないのだ。

「そ、そうだ……7機でセキュリティ系のソフトを取れば……」


 ナイスアイデア! と思ったが実はダメだった。現時点の10機に対しては、健全なUSBメモリでも差し込めば汚される。それは外付ハードディスクでも同じだと恋タナは教えてくれる。ソフトやらデータをここに入れ込むと、やはりそれはマッチョに侵されてしまう。


「そ、そういえば恋タナはだいじょうぶなの?」


 健多はここで疑問を投げかけてみた。恋タナがマッチョに侵されてもよさそうなモノだが、そういう気配は感じ取れない。いつもと変わらぬやさしい秘書であり続けている。


「わたしは恋タナワクチンを摂取してるから」


「こ、恋タナワクチン?」


「このパソコンがネットにつながっているとき、恋タナを開発したサイトから供給されているワクチンを自動摂取しているの。インフルエンザの予防接種みたいなモノかな」


「知らなかった……恋タナってどこまですごい。じゃ、じゃぁマッチョに対するワクチンをこのパソコンに持ってくることは?」


 健多が切なる声を出すと、それはムリだと恋タナは言うのだった。マッチョウイルスは金をせびるだけでなく、ダウンアド・ウイルスとしても働いているという。つまりネットにはつながらないのである。


「じゃぁ、これはどうすればいいのさ。リカバリーしかないの?」


「一つだけ手があるよ」


「なに、なに? 教えて」


「戦闘命令を発動してちょうだい」


「せ、戦闘命令の発動?」


「マッチョウイルスはつよいわ。わたし……戦うと死ぬかもしれない。わたしの中にも少し怖いって気持ちがある。でも健多くんが戦えと指示すればわたしは逃げない。たとえ死ぬことになって最期まで戦い続けるだけ」


「そ、そんな……そんなひどいことを女の子にさせるなんて胸が痛む」


「でもこれしかないよ。健多くんのパソコンやデータを守るためには、もうこの手しかないの、健多くん……悩まないで!」


「わ、わかった……おれのために、おれのパソコンとデータのために戦って来て欲しい。でも、同時に帰ってきて欲しい。お願いだよ、またいっしょに平和な日々を過ごしたから、だから帰ってきて」


「うん、わたしも健多くんと共に歩み続けたいから……必ず帰ってくる!」


 そうして健多は胸の痛みをこらえつつ、マッチョウイルスと戦うよう恋タナに指示をした。そのあと両手を軽く合わせ神さまにお願いした。どうか恋タナが負けませんように! と。


一方の恋タナはちょっとした廃墟みたいな場所にたどりついた。そこは健多のパソコン内部。しかしいろんなところで汚されているのが見える。


ある建物には筋肉美の落書きがあったりする。別の建物にはメンズビキニパンツの黒がたくさん干され風に当たっている。そしていたるところか男クサイニオイがプンプン漂ってくるのだった。

「出てきなさい、マッチョマン!」


 ギュッと片手をにぎる恋タナが叫ぶ。憎むべきモノがどこにいるのか、今一つわからない。でも汚されていないモノが戦う意思を示せば、ウイルスはそれが大好物とばかり寄ってくる可能性が大。


 すると思った通り何かが起こった。生暖かい風に男体臭が濃厚に混じったと思えば、黒いビキニパンツが一枚、向こう側からやってくる。パンツだけが歩いている? と思ったら、近づくにつれまぶし肉体が姿を見せる。


 ムダ毛のない黄金のツヤツヤボディー。丸太のような太い腕や足。筋肉の煮こごりって感じの男が登場。恋タナ近くで立ち止まると、まずはご挨拶って感じでマッスルポーズを披露。それからセリフに入った。


「確か恋タナとかいう巨乳……自ら戦いを挑みに来るとは……おれの体に抱かれたいとでも思ったのか?」

 

「わたしはこのPCと持ち主のために、あなたを倒す。そうでなくちゃならないの。持ち主のため、そして平和なPCライフのために!」


 ふわっと吹く風に恋タナの前髪が揺らされる。そうしてどこからともなく出した剣をグッとつかむ。


 ちなみに恋タナは青のベストと白いシャツ、青色のスカートというOLとも秘書ともいえるような格好をしている。いろんな格好が出来るのだが、今は健多がその格好をしているってこと。剣を持つ巨乳OL娘みたいな感じを、マッチョマンはダサい女だとあざわらうのだった。


「ダサくても勝てば良し!」


 グッと剣をつよくにぎって構える恋タナ。


「見るに耐えないから、おまえの目を潰してやろう。このおれの神々しいまぶしさに、おまえは耐えられるか?」


 ピキーン! と変な効果音が鳴ると、マッチョマンの過剰な肉体美が光りだす。それは金色にかがやく濃厚のようにまぶしく、目にするモノの心に言いしれぬダメージを与える。


「く……」


まぶしてクッと目を細める恋タナ。しかしマッチョマンは情け容赦なく輝度を上げていく。ツヤツヤキンキラって星のようだ。まるで太陽が近づいてくるようにまぶしくなっていく。そうしてこちらも、キラッと光る剣を持つ。


「さらば恋タナ!」


 グッと駆け寄るマッチョマン。光かがやく肉体はそのままに、剣を大きく振り上げると、まさに恋タナの首を刎ねんとする。


 ところがむごたらしい音がなるのかと思えば、カキン! と踊るような音がなった。それもそのはず、恋タナとマッチョマンの剣がグッとぶつかり合っているからだ。なんだ? とおどろいたマッチョマンが見てみれば、恋タナは所有アイテムのひとつであるバンダナで目隠しをしているではないか。


「なにぃ、目隠しして戦えるというのか!」


 すると恋タナはグッと相手の剣を押しながら言うのだった。


「健多くんのために役立ちたいというわたしの思いと、わたしに死なないで欲しいという健多くんのやさしさが、わたしに心眼を可能とさせた」


「し、心眼だと……」


 恋タナの力はつよかった。愛の戦士と自ら言うだけであって、たくましいマッチョマンの剣をグイグイ押し戻していく。


「なぜ巨乳女にこんな力が……」


「わたしは自分のために戦っているんじゃない、わたしは人の役に立ちたくてたたかっているの。迷惑しか考えないウイルスになんか負けていられないの」


 このままではヤバいかもしれない。あっさり負けたらすごく格好悪い気がする。そう思ったマッチョマンは、恋タナとの剣合わせをやっている最中に、演技力満点の焦った声を放つのだった。


「い、いかん……ビキニパンツがずり落ちそうだ」


「え?」


 心眼中だった恋タナは、変な言葉を聞いたのでずいぶんと動揺し顔を赤くする。それは押していた力が一瞬ゆるむという事でもあった。


 今だ! とばかり恋タナに回し蹴りをするマッチョマン。それが見事に決まると、ワハハと笑いながら叫ぶのだった。


「やはり女は甘い! 砂糖たっぷりの有害ドリンクみたいに甘い!」


「く……破廉恥なことを」


 目隠しを解除した恋タナを見るマッチョマン。今度は本気を出す! と、先より一段大きな剣を手にした。彼いわく、マッチョは力がないというイメージがあって、それが気に入らないとのこと。それは間違いだということを、恋タナを殺して証明すると息巻く。


「だったらわたしも証明するわ。迷惑をかけるだけの存在よりも、何かを守るために戦うほうが強いのだって事を」


 恋タナは同じ剣を再度つよくにぎって構える。そうして両者は再び剣をぶつけ御し合う。だが今度はマッチョマンの方が優勢だった。グイグイ、グイグイ、グイグイっとドンドン押されて恋タナの顔が真剣に青くなる。


「ふん、巨乳のくせにマッチョマンと張り合おうというのがまちがいだ」


「ぅ……うぅ……」


 負けるのか、このまま負けてしまうのか……恋タナは顔面一杯に汗をかきながら、健多との約束を果たせないような気がした。ダメかもしれない、やられるかもしれない、そう思うと短い期間の思い出を濃厚に思い出す。


 健多と出会い、健多のために仕事をする、それはとっても充実してやりがいのある秘書ワーク。でもいま、恋タナはあきらめて力尽きようとした。


 だがこのとき恋タナの目に健多の顔が浮かぶ。そしてその顔は確かに、恋タナにしか聞こえない声で叫んだのである。


ー恋タナー


 その瞬間あきらめかけていた恋タナの力が復活。勝利を確信していたマッチョマンを驚かせるのだった。


「わたしは負けない……絶対に負けられない」


 そうして押し合っている時、恋タナが少し体を動かした。そのアクションは明らかに、マッチョマンの股間に対して卑劣な蹴りを入れるように思われた。それはたまらないとばかりマッチョマンが慌てると……

 ふっと恋タナが自ら一歩後ろに交代。ぶつかり合っていた力のバランスが崩れ、マッチョマンが体勢を崩す。


「甘いわね、マッチョマン」


「し、しまったぁぁぁぁぁ」


 絶叫するマッチョマン、その声は彼にとって最期のボイスとなった。恋タナの剣がマッチョマンを斬る。


 斬る、斬る、斬って、斬って、斬り刻む。紙吹雪を通り越し、みじん切りを通り越し、もはや分子すら存在させないとばかり斬る。こうしてマッチョマンは跡形もなく消え去った。それはパソコン内部という世界に平和が戻った事でもあった。


 突然に明るくなる世界。たんに色がついたというより、生の吐息が見て取れるほど蘇っていく。内部にある膨大なデータが、マッチョマンの抑圧から開放されていく。すべてが美しく汚れのない元の姿へ戻っていく。


「勝った……健多くんとの約束を守ることができた……」


 こうして恋タナは自分のいるべき領域へと戻っていく。心配して待ち続けていた健多は、見苦しいアイコンが消え失せたので心から喜ぶ。たいせつなデータが元に戻ったことで目に涙すら浮かべた。


「恋タナ……ありがとう、ありがとう」


 マイクに向かってくり返す健多の声、それは喜びと感謝のキモチで満ち溢れていた。恋タナはそれに応えるようにっこり微笑みながら決意を新たにした。これからもずっと健多少年のために尽くす。何があっても健多のためにだけがんばり続ける。それが自分の役目だと信じて疑わず突き進んでいこうと。こうして健多のPCは救われた。なんら不安になることのない世界を取り戻していた。

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