第15話・ハードディスク交換。健多と葉月

 パソコンでガシガシ遊びまくるのは快感。愛しのマイPCであれこれ楽しむと、時間がいくらあっても足りなくなる。そんなとき葉月はいつも次のように思うのだった。


ー大学生でこれなら、社会人になったら悲惨じゃんー


 そんなある日、ふとハードディスクの容量をというのをチェックした。なんせWindows10は半年に一回は大型アップデートがある。Cドライブの容量はだいじょうぶか? と思ってもおかしくはない。しかし問題ないのはCではなくDの方だったと判明する。


「おわっち! い、いつのまに……」


 葉月が思わず身を乗り出してしまった。彼女のパソコンはハードディスクを母艦としており、CとDってパーティションで成っている。もちろん比率は均等ではない。システム側にはちょっとこだけくれてやり、後はごっそりDドライブに回すのが賢者の営みとする。


「えぇ……あと5Gしか残ってないって、ありえないっしょ!」


 それはもうすごいショックって話だった。今どきDドライブの残量が5Gはギャグマンガみたいなモノ。DVD1枚でも4,7Gなのだから、葉月のハードディスクはデータの食い過ぎで死ぬ可能性があるって事。


「で、でも……Cドライブだって余裕はないんだ」


 見つめる現実はとてもきびしかった。なんせCドライブも余裕がない。つまりCの容量を削ってDに回すという、資源回しって戦法も取れない。


 では残された手段はなにか? 不要なデータをパソコンから追い出すもしくは消すこと。一見かんたんそうでそうでもないって話だ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 葉月お得意の大げさな声。両手で頭を抱え、ホラーアニメのように青ざめてしまう。もちろんそれは、しっかり者の妹を部屋に呼ぶことになる。


「お姉ちゃん、どうしたの?」


 心配してかけつける優良児たる妹。それを見ながら葉月は暗い声で説明した。ハードディスクの容量が足りないんだよぉと嘆く。


「足りないって容量がいっぱいってこと」


「そうなんだよ、こいつ……ものすごい大食いなんだよ」


「いや……データ食わせてるのはお姉ちゃんでしょう……」


「う……桃、どうしたらいいのかな?」


 女子大生の姉は女子高生の妹に甘えるみたいな声をぶつける。助けてよぉとか、かまってよぉと子犬のように甘える目をする。


「いらないデータを捨てればいいじゃん」


 桃はここで右の人差し指を立てて、それを葉月机に向けた。姉は外付けハードディスクを持っている。だったらそこにデータを入れてから、パソコン内部の方はごっそり消してしまえばいい。それでこの話は一件落着。


 ところが葉月はノンノンとか赤い顔の動揺を隠さない。彼女によると外付も容量がいっぱいらしい。それにもし容量があったとしても、外付に何かあったらデータは消える。そのときパソコン本体にデータがなかったら、丸ごと失うってことになる。パソコン生活においてデータを失うのは、恋人を失うより辛いことだと力説。


「で、でもさぁ……お姉ちゃん」


 桃はFカップの胸に腕組みを当てて、ちょっとばかり他人の台所を突くように言ってみた。


 たとえば日記なんてモノはとても大切。それについては同意する他ない。レンタルCDから保存した音楽だって大量だから、失ったらシャレにならないのは知っている。それらはパソコン生活ではジュークボックスの種でもあって大切なモノ。


 しかし姉がネットでせっせと集めた大量の画像、そのほとんどは萌え系のモノ。イケメン男子が二次元画像なんて、そんなモノは失っても痛くないはずと主張。さらに言えば、ユーチューブから落としまくったあれこれ動画にしても、失ったからといって嘆くものではないはずと主張した。


「ユーチューブから落とした動画なんて、そんなのユーチューブで見ればいいでしょう? 動画は容量が大きいんだから、捨てれば容量がいっぱい戻ってくる」


 大人の発言的に言ってから、桃がキリ! っとした顔をしてみせる。ところが葉月はこらこらと大慌てな顔をするのだった。


「桃、全然わかってない。ユーチューブの動画なんていつ消されるかわからない。それにだよ、もし他の場所に行ってネットができない時はどうする? 動画がパソコンにあればいいけど、なかったらどうするの? 何を楽しみに生きればいいの?」


 なんとなく乞食根性みたいな感じだが、理に適っているという気もした。それなら仕方あるまいということで、ハードディスクを交換すれば? と言ってみた。


 ハードディスク交換をやってくれる業者は探せばいっぱいあるはず。大切なモノを守るためなら、依頼も支払いもいたし方がないって話。それは引き受けなきゃいけない痛みだと桃は主張した。


「えぇ……依頼なんかできないよ。けっこうお金がかかるんだよ。なんとなく調べてみたことはあるけど、見積もりで1万5000円か2万は必要なんだよ? それって別の中古パソコン購入した方がよくない?」


「じゃぁもう一台中古を買えば?」


「桃、事ある度に買ってたら部屋がパソコンで埋まるじゃんか」


「じゃぁどうするって言うのよ!」


 毎度の事ながら桃はイライラさせられた。思いきって不要データを捨てろとくり返しても、ウジウジネチネチする姉だった。どうして姉妹でこうも差があるのだろうかと桃が言いたくなったとき、ふと葉月がひらめいた。


「そうだ、ハードディスク交換は自分でやればいいんだ。それなら安くつくって聞くもんね」


「お姉ちゃん、自分で交換とかできるの? 失敗したらやばくない?」


「う……」


 ここで葉月はCカップの胸に腕組みを当てた。桃のセリフはもっともであり、失敗という2文字に感じる恐怖はハンパない。


 ハードディスクの交換をやるためには、背面のネジを外しフタを開かねばならない。さらには内側に固定されているモノだって、ネジを緩めて取り出さねばならない。もし何かしくじったら、あるいはネジを無くすようなボケをかましたら、大切なパソコンが死んでしまうような気がする。


「で、でも……依頼はお金がかかるし……」


 少しばかり考え込んだ葉月は、ここで突然にピン! と閃いた。エヘヘとニヤニヤ顔が浮かんだので、桃がちょっと警戒してしまう。


「なに、そのイヤらしい感じの顔は……」


「桃の彼氏、健多くんだけ? パソコンに詳しいとか聞いたけど?」


「詳しいというか、わたしよりは知ってるみたいな感じかな」


「ハードディスク交換が出来るかどうか聞いてよ」


「えぇ、健多にやってもらうつもりなの?」


「いい機会だよ。姉として妹の彼氏は見てみたい。いいでしょう? 桃ぉ」


「その猫みたいに甘えた声はやめて」


 健多にハードディスク交換を頼むというのは、それなりに悪くはない考えだと思う。しかし自分のためではなく、姉のためという点がいくぶん愉快ではない。自分の家族と健多は会わせなきゃいけないと思っていたが、姉という女に合わせて健多がデレデレしないか心配してしまう。


「桃ぉ、早くぅ、愛しのダーリンに電話してよぉ、確認してよぉ」


「うるさいな、部屋で電話してくるから待っていて」


 桃は姉の部屋から出てマイルームに戻ったら、さっそく健多に電話をした。最近あまりかまってもらえなくてプチイラしている。それなのに姉のために電話するというのは、深く考えるとストレスになりそうだった。


「あ、桃、どうした?」


 電話の向こうから健多の声が聞こえる。ただいまは女の子のイラストを描いている最中だから、早く要件を言ってくれと素っ気ない。


「健多、ハードディスクの交換ってやった事ある?」


「は、なんだ急に……交換って、パソコン内部のモノを取り替えた事があるか? ってことか?」


「そうそう。依頼とかじゃなく自分の力でやったことがあるかどうかって話」


「7機で一度やった事がある。ハッキリ言って楽勝だったな」


「ほんとう?」


 桃の声が尊敬って感じになると、スマホを持ちながらデレた顔になる健多だった。あんなの楽勝だぜと、天にものぼるようなキモチで誇ったりする。


「じゃ、じゃぁさ……うちのお姉ちゃんのパソコン、それのディスク交換をお願いできないかな?」


「はい? お姉ちゃんのパソコン?」


 デレていた健多が急にマジメになった。ハードディスクの交換というのはカンタンではあるが、他人のパソコンとなればプレッシャーがかかる。何かあったらどうするんだよ的な緊張がつきまとう。


 でも……愛しの彼女から、ダメかな? とか、ダメならべつにいいよとか、そんな風に言われると男がウズウズする。やはり男っていうのは、女のために生きる生物だから、彼女の頼みを断るなんて事は胸が痛くなる。


「も、桃のお姉ちゃんはどのウィンドウズなんだ?」


「7から10に引き上げた人だよ」


「あぁ……」

 

 健多はスマホを左耳に当てながら天上を見上げた。7から10に引き上げたってことは、リカバリーすれば7から開始。それはけっこう面倒な話だ。そんな時に桃から、ハードディスクの中身を丸ごと移動させたいなんて言われたら、必然的にクローンディスクなんて言葉が出る。


「お姉ちゃんに言っておいてくれない? 新しい内蔵ハードディスクだけじゃなく、USBのハードディスクケースも買ってと。それで○○ってフリーソフトでクローンディスクを作って欲しい。そうしたら入れ替えるだけで済む。クローンディスクの作成ってすぐには終わらないからさぁ、それはそっちでやっておいて欲しいかなって」


「わかった。何かあったらまた電話かメールするよ」


 桃は左手にはスマホを持ち、右手のボールペンでメモに書き留める。電話を切ったらメモを持って姉の部屋に戻った。


「クローンディスク? 聞いた事あるなぁ、さすが桃の彼氏って感じ」


「で、でもさお姉ちゃん……わたし、思うんだけど……」


「なに?」


「そこまでやったら最後のディスク交換は自分でやったら?」


「怖いこと言わないでよ。パソコンの分解なんて恐怖だよ。そこはほらベテランの健多くんにお任せ。もしなんかあったら弁償を請求するだけで済むじゃん? 人生常に自分は気楽に生きるが鉄則だよ」


「ドス黒いねぇ……お姉ちゃんは」


「まぁまぁ、そう言いなさるな。わたしは桃の彼氏を見てみたいんだよ。それでさ、健多くんてどんな感じ? かわいい? かっこういい?」


「ふつうかな」


「ふつうかぁ、ふつうが一番かな、デヘヘ」


「そのデヘヘっていうの、おっさんくさいからやめてください」


「んもう、桃って純情で照れ屋さん!」


「うるさいよもう……」


 こうして葉月はネットでの買い物を始めた。購入スべきは2,5インチの内蔵ハードディスク。健多のアドバイスによりミリサイズもちゃんと確認しておいた。先にセットされていたのが9.5mmなので、同じく9,5mmのモノを購入。それと同時にUSBのハードディスクケースを1000円で購入。その合計は7800円。


「ハードディスクケースの購入がなかったら6800円で済むのか。1Tの新品ディスクを買って、それだけで済むなら絶対自分でやった方がいいね」


 後は健多が言っていたフリーソフトをあらかじめダウンロードしておく。こうして後は、ハードディスクとハードディスクケースが来るのを待てばよろしい。来たらすぐにクローンディスクを作って、いよいよ健多を家に招く。


 こうして数日が流れた。厳密に言えばおよそ8日間ほどが流れた。変わらない日常を送っていた健多は、学校に到着すると桃に言われた。


「健多、今日空いてるよね?」


「空いてるけど? あ、あれか? お姉ちゃんのディスク交換」


「そう、だから家に来て欲しいの」


「え、も、桃の家に? マジで……マジで白石家に行くの?」


「大丈夫だよ、いるのはわたしとお姉ちゃんの2人だけ。すごいタイミングなんだけど、両親は用事で帰りが遅いんだ」


「おぉ……」


「そ、それでね、来てもらってやってもらうだけでは悪いと思うから……せ、せっかくだからわたしが夕飯作ってあげようかと思うんだ」


「う、うそ……ほんとう?」


「い、イヤならべつにいいんだよ?」


「イヤなんかじゃないよ。食べたいです!」


「じゃ、じゃぁ……今日はそういう予定だから、もう決まったからね!」


 ついさっきまで眠たいなぁとか思っていたけど、スワーっと目が覚めた健多。ついで胸がドキドキしてきた。


 2人っきりになるわけではないが、それでも彼女の家に行くっていうのはたまらない。人類は宇宙を目指したがるが、男は彼女の家を目指す生き物。年齢が上がるにつれて忘れていく無邪気で甘いキモチ、それを思い出してしまいそうだった。一見冷静な顔で廊下に出ても、人目を盗んでクフフとやってしまった。うれしくてテレくさくてたまらない。


 さて時間は飛んで早くも午後2時になった。たのしむ事が生きがいの女子大生こと白石葉月は、家の中でちょっと考えていた。


「桃の彼氏かぁ、健多くんかぁ、楽しみだわぁってわけで、地味な服装なんかやってられないっすよぉ。やっぱりこれでしょう!」


 デーン! とスタンドミラーの前に突き出したのはパステルカラーの服。これは女子にとって一石二鳥のアイテムに他ならない。なぜならこれは女子力というイメージを上げるのみならず、バストを巨乳に見えさせるというステキな魔法を持っているからだ。


 女子大生の自分がCカップで女子高生の妹はFカップ。これはもう逆転させられないと諦めを受け入れている。でもCカップが巨乳に見えるということなら、若さがあればいくらでも魔法を発動できると信じたい。


「もしかして健多くんがわたしにホレて、こっそり密会とかになって、姉妹でドロドロの奪い合いになって、最後は桃が死んでわたしがハッピーエンドになったりとか、そんな事になったらどうしょう」


 そんな事を考えていたらすごく興奮してしまい、きゃー! なんて叫んでしまう始末だった。もうほんとうに中学生みたいなノリだった。


 そんなこんなで迎えた健多の到来。白石家はドキドキしまくりの青山健多を迎え入れた。甘味の緊張を顔面に描く健多がいる。


「ここが桃のお家かぁ」


「そんなに緊張しなくてもヘーキだって」


 制服姿ではあるが、手には買い物袋を持つ桃がいる。帰りにスーパーへ立ち寄り晩ごはんの材料を買ったのだ。だからカバンは健多にもってもらっている。そういう姿はなんとなく高校聖夫婦のよう。


「さてと、お姉ちゃんは何しているか」


 そうつぶやき桃が手をドアノブに向けたときだった、勢いよくドアが開いたので顔面を打ってしまう。あぎ! なんて変な声と、ゴン! って痛そうなニブイ音がする。


「あ、桃、そんな所にいたの?」


「お、お姉ちゃん! ったくもう……」


 プンプン怒る妹にはテキトーに謝ったあと、初めて目にする存在にはちょっと子猫のように接するのだった。


「あらーん、桃の彼氏だぁ、たしか青山健多くんだぁ」


「よ、よろしくお願いします」


「いーえこちらこそ、いつも妹が迷惑ばっかりかけちゃってぇ」


「い、いえそんな……」


 変に色っぽくクネクネ振る舞う葉月と、テレながら軽くデレる健多。そういうのは横で見ているとなんかこうイラつくなぁと思う桃。同時に姉の言い方が気に入らなない。健多に迷惑をかけた覚えなんかひとつもないぞ! と言い返したくなる。だからおっほんと咳払いしたら、早くおいで! と無愛想気味に健多を招く。


 健多が上がらせてもらうと、そこは白石家という世界。ここは4人家族だが、そのうち3人が女。そういう比率のせいなのか、宅内はおだやかな愛ってオーラが漂っている。いたるところからいいニオイがフワフワ浮かんでいる。


(うちと違うなぁ……)


 健多が来ると、桃はあらかじめ用意しておいたモノをお盆に乗せた。あったかい紅茶とクッキーなど2人分。それを健多に階段を上がるよう促す。


「なんで2人分? わたしの分は?」


 桃が言うと葉月は、へ? って顔をした。今回の話は桃に無関係。パソコンを見てもらうって話なのだから、横にいても意味がない。それに桃は夕飯の支度をせねばならない。つまり今からせっせと仕事をせねばならない身。


「ぅ……そ、それはそうだけど」


「あ、桃……もしかして嫉妬しちゃってるの?」


「そ、そんな事ない」


「あぁ、やだぁ桃。おっぱいは大きくても心が小っちゃい! そういうのは彼氏に対しても失礼になるんだよ?」


 わざと年下っぽい声を出しながら、言うことはなかなかの正論という葉月。そういうった悪辣さを見せられると、ワナワナプルプル震えて手をにぎり、それを冷蔵庫に向かって右ストレートしたくなる。


「さ、行こうか健多くん」


「は、はい……」


 2人は階段を上がっていき、そうして右側にあるドアを開いて中に入った。そこはうすい毒気があるようで、でも女子力もバランスよく混じっていて、機能的であったり乙女チックであったりと感じさせる空間。


(こ、これが女子部屋か)


 なんか空気が全然ちがうなぁとか思っていたら、葉月はミニテーブルの上にお盆を置いた。ささ、色々話をしようとノリノリ。されど健多としては先に役目を終わらせたい。


「おぉ、健多くんはマジメだねぇ」


「いやぁそんなぁ」


「これがわたしのパソコン。言われたとおり電源コードやバッテリーは抜いてあるよ」


 そうつぶやく葉月から渡されたのはピンク色のノートパソコン。持ち主の分身みたいなオーラが漂っている。


「じゃ、じゃぁ新聞紙とドライバを貸してもらえます? あとネジ入れに使う箱みたいなモノもいっしょに」


 健多が言うとすでに用意していたモノをわたす葉月。そうして健多はけっこうドキドキして分解作業に入る。


 ノートパソコンのハードディスク部分のネジはずし。そんなに言うほど大した事ではないと知っている。でもネジをなくしたりしたら大変だ。あるいはネジの穴を潰すような事も同じ。それはやっちまったら罪深い事になる。


 健多に出来ることはゆっくりやること。ドライバをまっすぐ当てると、外す方向にクイクイっとやさしく回す。乱暴にグイグイやるのは危険だから、ほんとうにやさしく、彼女を気遣うかのようにゆっくり回す。


「ふぅ……」


 外した小さいネジは箱に入れる。それは手の届く距離ではあるが、すぐ近くに置いてはいけない。うっかりひっくり返せば、新聞紙を敷いてあっても大変だからだ。

「おぉ、内蔵ハードディスクが出てきた!」


 健多のすぐ真横にこしかける葉月。意図してピッタリ体を寄せると、女体の温もりとニオイが漂うわけで、健多の顔をほわーっと赤くさせる。


(く……)


 チラッと目を向けるとなかなか巨乳っぽいとかも目に入る。バカ、おれは何を考えているんだ! と男らしく集中せんとする。男はいつだって戦わなきゃいけないんだと思いながら作業を続ける。


 内蔵ハードディスクの固定を解除したら、クッと物体を外してやる。それを葉月に渡すと、代わりに新品の2.5インチを受け取る。


「すごいねぇ健多くんは、こんなムズカシイことわたしにはできないよ」


「い、いやぁこのくらい……その気になれば小学生でもできますよ」


 ハハっと笑いつつ作業がスムーズに進んでホッとした。何より一番うれしかったのは、クローンディスクの作成に問題が無かったことである。葉月によればクローン作成はカンタンだけど時間がかかったという。やり始めてから終わるまでに9時間もかったと聞かされた。


 しかしクローンをセットしてから、バッテリーや電源コードを差し直し、緊張しながら電源ボタンを押すと、なんの問題もなく立ち上がった。ウィンドウズ10が起動してしばらくすれば、アニメのイケメンキャラが壁紙として登場。それはまちがいなく葉月の世界だった。


「後は、未割り当てを調整したら出来上りです」


「あぁん、素晴らしいわぁ、健多くんはスーパーマンだよ」


 無事に成すべきが終わると、健多はホッと肩の力を抜く。部屋の床に置かれたミニテーブルを前に座ると、さりげなく旨いクッキーを食べてほっこりする。そんな健多を向かいから見つめる葉月は、これからテンションアゲアゲだよ! と言いた気な目で健多に質問を開始。


「ねぇ、健多くん桃とはうまくイってる?」


「んぅ! ごほごほ、は、はい……い、イッてると思います」


「姉としては色々聞きたいんだよねぇ。ぶっちゃけ桃ってどう? 身内の贔屓目っぽいけど、あれはなかなか良い女子だと思っているんだけど」


「そ、それはもう……贅沢なんか言ったらバチが当たると思っています」


「どの辺りがいい? この際だから聞かせてよぉ」


 そう言われたら真心を込めて語るしかない。健多は軽い咳払をした後、彼女というモノに対して色々と、テレたりしつつも想いを言い並べた。かわいいしやさしいし理解もしてくれる。人間にとって必要なビタミンみたいな彼女なんですと、桃へのキモチを語った。


「くぅ、たまらない!」


 両手をギュッとにぎって感じる葉月だった。わたしもそんな風にベタボメされたいと全身を震わせる。


「まぁ、でもわたしは桃とちがって魅力的な女じゃないからねぇ」


「そ、そんな事はない……と思いますけど」


「え、ほんとうに? どういうところが? 聞かせて、聞かせて!」


 同じ高校生みたいなテンションで葉月が興奮し始めた。健多はレモンティーでノドを潤した後、葉月の事をたのしそうな人と語った。いっしょにいて退屈することはないだろうって言い方は止めておいたが、いっしょにいたら盛り上げてくれそうな人だからいいと思いますって述べておく。


「まぁね、テンションの高さはわたしの特徴かもしれない」


 健多にホメられ顔を赤らめる葉月。ますます勢いづいたと同時に、ちょっといたずらっぽい感覚も動いた様子。とつぜん四つん這いになったら、ニヤニヤっとしながら健多に近づき質問する。


「それでぇ、健多くんと桃はどれくらい進んでるのですか?」


「ど、どのくらいって……どういう意味ですか?」


「トボけちゃって……たとえばほっぺにチュっとか、唇のコミュニケーションとか、感情的な手の動きとか、連動するビリビリ感とか、男と女の一蓮托生とか、そういうことを聞いているんだよ」


 ニヤニヤっとする葉月、ドキドキっとする健多、両者の間には微笑ましさと同時に、見る人が見たら突っ込みたくなるような感が浮かんでいる。


 健多くんってかわいいねぇとか言って、だいぶ健多に近づいた葉月。それは体のデカいメス猫のように思えてきて、健多の背中に鳥肌が立つ。そういう緊張を見取ったので、葉月が冗談のつもりで声にした。


「にゃーん♪」


 そのときだった、マジメって名前の神さまが機嫌を損ねたのかもしれない。急に部屋がグラグラっと揺れた。いきなりグイグイっと空間が揺さぶられたことで、2人はギョっとして硬直する。


 さらにグラグラ揺れの度合いが増した。これは本棚が倒れるんじゃないか? 的なイメージになると、思わず葉月が健多に抱きつこうとする。


「あぅ……」


 ビックリした健多、葉月に抱きつかれたのみならずひっくり返った。そしたらゴン! って鈍い音が発生。健多が後頭部を床で打っちまった! ってサウンドである。少しばかり打ちどころが悪かったらしく、健多の目が一瞬ボーッとなる。


「え? ちょっと、健多くん?」


 胸ぐらをつかんでユッサユッサやってみたが、健多の目はうつろで危なっかしい。それを見た葉月は思いっきり焦る。


「こら、ちょっと健多、こんなところで死んだらわたしが桃に恨まれるでしょう。死ぬなら彼女の部屋で死ななきゃダメでしょう」


 ビシバシ! っとビンタをかましてみたが、健多の意識はちょっと戻りが悪い。そうすると葉月は最後の手段と顔を赤くした。


「男と女の気付けっていえば、やっぱりこれしかない」


 葉月は健多の頬を両手でつかむ。え? っと赤らむ健多の顔に、自分の顔をゆっくりと近づけていく。引き合うように距離を縮める2人の顔。もうすぐ両者の唇は無邪気に重なり合う。


 ところがこのとき、下から上がってきた者がいる。さっきの地震はちょっとヤバかった。2人はだいじょうぶ? なんて思う桃だった。


「お姉ちゃん、健多、さっきの揺れはだいじょうぶだった?」


 いきなりドアが開けられたらたまらない。ビク! っと固まる2人は、まるでメイクラブの入り口って絵姿で動けない。


「な、な、な……」


 真っ赤なトマトもびっくりなほど顔を赤らめ震える桃。


「あ、ちがうよ、桃、これは人助け」


 焦った葉月が手を離すから、また健多は後頭部を打ってしまった。でもマイナスとマイナスをかけたらプラス! って感じで意識がハッキリと戻る。


「あ、あの……」


 ジンジンと痛い頭を抑えながら、健多は怒りで震えている桃を見る。これはどう考えても無罪。これを有罪にされたら、人の世は成り立たない。そんな風に述べようと思うが焦りすぎて声が出ないのだった。


「健多、ちょっと来て、カバンも忘れないで」


 クイクイっと手を動かした桃は、困った顔の健多を玄関にまで連れてくると、クツを履かせてから言った。


「じゃぁね、気をつけて帰ってね」


「え、ば、晩ごはんは?」


「べつに要らないでしょう?」


「ダメだよ、それすごく困るんだよ」


 健多は必死になっ事情を訴えた。今日は友だちと外で晩ごはんをやるって、朝の内にメールで母に伝えた。するとどうだ、母は父と2人で夜の映画に行くとか返信してきた。つまりそれ、家に帰っても食べるものがないということ。


「帰り道に外で食べたらいいじゃん」


「えっとその、今はその金欠で」


「健多、ごきぶりは水だけで1ヶ月は生きるっていうよ。だから健多も1日くらいは水で生き延びたらいいじゃん。出来るでしょう? 男の子なんだから」


「そ、それはひどくない?」


「うるさい、わたしは忙しいんだよ」


 すっかり不機嫌になってしまった桃は、サンダルを穿くと健多の背中を押しながらドアを開ける。そうして背後からつめたい一言を放った。


「健多……」


「な、なに?」


「バーカ!」


 そうして白石家のドアがしまった。健多が振り返ると同時に、ガチャっとカギをかける音が内側から響いた。つまり健多は追い出されてしまったのである。晩ごはんというモノを食えなくなってしまったのである。

 

 夕方の世界にさみしいキモチの少年が1人。サイフの中には25円しかなくて、ジュース一本も買えない。トボトボっと重たい足取りで我が家を目指す健多。カレンダーには大安と書いてあったが、仏滅のまちがいだろう! と言いたくなった。

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