第13話・男のアダルト観覧とトラブルはパソコン世界の華
「健多、健多! たすけてくれミー」
午後の8時過ぎ、どうやら父がトラブったらしい。
「なに……またデータの保存とか言うんじゃ……」
やれやれという感じで、イラスト作成の手を止める健多だった。イスから腰を上げたら、ふわぁっとあくびしながら書斎に入る。そして毎度のように机上のノートPCへ目をやる。すると健多のうすい眠気がパリッと割れ飛ぶ。
「な、なんだこれ……」
そこには画面いっぱいの警告画面が表示されている。15.6インチのディスプレイを余すところなくって感じで文字が埋まっている。
「とあるサイトを見ていたら急に……」
身の潔白を訴える父がいる。でもまぁ、警告画面の一部を見れば大体の事情はつかめる。父は男らしくアダルトを見ていたのだ。その結果としてお約束のごとく害虫にまとわりつかれてしまったという事。
まぁ、それに関しては不問にせざるを得ない。男たるものパソコンを持てば一度はアダルトを観覧する。そういう風に神が作ったのだから、文句があるなら神さまに持っていけって話だ。
「ここ見てくれよ、ここ……」
すっかり焦り怯える父の右手が動く。人差し指ってモノが、画面の一部に向かった後、該当する部分を上から下へなぞるように動かす。
「都道府県名が出ているんだけど……」
「それくらいふつうさぁ」
「で、でもなぁ健多……このIPアドレスっていうのはヤバいんだろう?」
縮こまってオドオド状態の父がいる。IPアドレスなんて言葉しか聞いた事がないくせに、その割にはしっかりヤバイと思う。まさにネットをやる男の本能という感じだろうか。
「別にIPアドレスがバレたところで意味ない。こんなので個人は特定されない」
「う~ん……しかし……」
「こんなくそったれな画面は消せばいいんだよ」
健多は実にクールに振る舞った。こんなかったるい話とは早くおさらばしたいぜと、マウスをにぎってブラウザを閉じようとした。するとどうだろう、なかなかホラーチックな事が起こった。
突如として男の声がパソコンから聞こえてきた。それは警告画面の脅しと合わせればすごいWパンチと化す。
―パソコンを消しても支払い義務は消せない。そんな姑息な手で逃げようとしても、支払いを済ませるまでは追いかけ続けるー
男の声を聞かされたら健多は久しぶりにデカくおどろいた。それはパソコンがどチンピラに擬人化されたように思えた。高利貸しの借金取りとか、黒いスーツのヤクザとか、ネバネバな緊張が胸に張り付く。
「な……」
ブラウザを閉じてもデッカイ請求画面が貼り付いている。いかがわしい画像、赤い文字、でっかい脅迫文句、それはもう場末で悪い女を抱いて地獄に落とされる男の恐怖に近い。
「うっそなにこれ……」
健多はすっかり困ってしまい、ひとまずは再起動しようと提案。こんな低レベルなトラブルは再起動で解決するはずだと思い、父の7機に再起動を命じた。
「ちょっとトイレに行ってくる」
ただ待っているだけではヒマすぎるので、その間に用足しと階段を下りていく。そうしてトイレに入ろうとしたら、どうしたの? と母が声をかけてきた。どうやら先ほどの、なんだこれ……とか言った声が大きかったらしい。下にいる母に聞こえてしまったらしい。
「なんでもないよ」
ハハっと笑ってごまかすしかなかった。パソコントラブルなんだといえば、その場はしのげるだろうが後が困る。母は必ず父にパソコンは直った? みたいに聞くだろう。まさかそんな、エロいのを見ていたなんてバレてはいけない。爆乳アイラブユーなんて場所に出向いていたなんて言えない。そんな事を認めたら、家の中で皿の割れる音が響いたりするだろう。
「チッ……でも……男ならこういう話は避けて通れないよな」
やれやれと思いながら手を洗って、再び階段を上がっていく。再起動したら解決していると思い書斎に戻った。
どうだった? と言いながらドアを開けると、先ほどと同じ画面が表示されている。早くたすけてくれ! って顔の父もいる。
「えぇ、なんだこれ……どうするんだよ」
落ち着きかけていた健多の心臓が、不健康なムラサキ色になってしまう。父のパソコンはウィンドウズ7だ。セキュリティーに関してはディフェンダーを使っている。それでもこういう状況になると、かったるいなぁ……って話に他ならない。
「データ作成とかしていた?」
「いや、ネットをやっていただけだ」
「じゃぁさ、リカバリーすればオーケーだよ」
健多は手っ取り早くこの場から去りたかった。いかな問題もリカバリーすれば解決するのが常識。リカバリーで終わらないのは物理的な破損に他ならない。だからリカバリーすればいいと言う。
健多自身はウィンドウズ7と10の2つを持っているが、長いこと7だったからよく知っている。リカバリー後の環境再構築が実に面倒くさいと。自分のパソコンだったらリカバリーなんぞ積極的にはやりたくないと思う。でもこれは父の話だから、リカバリーしちゃえと思うのだった。
「いや、ダメだ」
「なんで?」
「また最初からワードの打ち直しとかだろう? 面倒でやってられない」
「う~ん……だけど……」
「健多、おまえだけが頼りなんだ。頼む!」
結局はそういう流れに持っていかれる。この話において健多はウルトラマンのような扱いを受ける。
―ウルトラマーンたすけてー
―ショワ!―
そんな感じの事を父が求めているのだ。パソコンで困った時は息子だと信じている。それどころか、早急に解決出来ないと困るのだと息子に訴えてもいる。
「じゃぁ、ちょっとパソコン借りていくよ」
ふぅっとためいきをしながら、父のノートパソコンを持って自室に戻る。ここは健多のお城であり、電源のついたパソコンは作成中のイラストが映っている。タスクバーでは恋タナがにっこり微笑んでいる。
さぁ作業再開! とやりたいのにできない。余計な任務遂行が先になってしまったから。心も体も不健康に疲れてくる。
「なんだこれ……ディフェンダーで解決しないとか……どういうこと?」
いきなりイライラさせられる健多だった。しかしまずはおちついてみようとがんばる。あぐらをかき腕組みをし、床に置いたパソコンとにらめっこ。そうしてちょいと考えてみた。
「電源を入れて勝手に立ち上がるってことは……スタートアップだよな? それはつまりスタートアップから締め出せば解決するってことだよな」
なんだ、それって楽勝じゃん! と思った。そこで健多はファイル名を指定して実行に取りかかる。そこにmsconfigと入力すべしって事くらいは知っている。
「スタートアップ……どれだ……どれが犯人だ?」
順調に進むかと思えた作業だが、スタートアップを開いたら勢いが原則。ズラッと並ぶ一覧から、犯人を見つけなければならない。もしまちがって違うのを止めたりするとパソコンが困るかもしれない。まさに誤認逮捕が許されないデカにでもなったようなキブン。
「分かるのもあるんだけど、わかんないのが多い……こうなったら止めては再起動で確認するしかないのか」
あ~あとがっくりさせられる健多だった。一見すると地味でやさしい作業だ。これが仕事だったら楽ちんワークって部類だ。しかし事ある度に再起動させねばならない。その度に立ち上がるのを待たねばならない。
「あ~しんど……」
つめたい床に全力で寝転がる健多だった。いかにもパソコンって感じの生疲れがきつい。日当たりの悪い場所で運動するゴキブリになったようなキブンだった。そうして何度めかのトライにおいて、ついに成功というモノを手に入れる。
「やっとかよ……うれしいよぉ……」
グデグデになってしまった健多は、枕を抱くようにしてうつ伏せ。すっかり熱くなっている父のパソコンを操作しながら、確認のためにと再起動をさせた。
もしほんとうに解決したのであれば、この再起動でも結果は同じになるはず。男の純情さを食い物にするような請求画面は出て来ないだろう。健多は8割ほどは安心し、2割ほどは緊張。そうしてウィンドウズ7が立ちがったのだが、気の毒なことに健多の顔色は不愉快ブルーに染まる。
「ウソだろう……さっきは消えたじゃんよ……ゾンビかおまえは……」
ガクっとうなだれてしまった。そこで健多はマイクを掴むと、寝転がったまま恋タナに声をかけた。
「恋タナ、ちょっと教えて」
「健多くん、どうしたの? 声がしんどそうだよ?」
「うん……いまちょっと試練の最中って感じだから」
細く疲れた声で健多は成り行きを説明。スタートアップがダメなら、何が原因か教えてくれと恋タナに頼んだ。
「分かったわ、ちょっと待ってね」
健多の愛しいパートナーである恋タナは、せっせとネットから情報を習得。もちろんそれだけではない。習得するということは、恋タナはどんどんお利口さんになっていくって事。もし30年くらい使い倒したら、ネットに繋げなくても、ネット顔負けの情報を提供をしてくれるかもしれない。
「健多くん、レジストリの削除はした?」
「レジストリ……あぁ……レジストリかぁ」
虚ろな目をしながらも、すっかり忘れていたぜと軽く手をにぎる健多だった。レジストリーとはウィンドウズの設計図みたいなモノ。そこがウィンドウズの動きを決めている。よって改変だのされたら、当たり前のようにシステムはトチ狂う。
「よし、やってみるか」
健多はファイル名を指定して実行にregeditと入力。そうしてレジストリエディターと見つめ合う。
「ここか……Run……それで恋タナ、mshtaを見つけて消せばいいんだな?」
「.htaとか、mshta http~なんかを探してみて」
「あぁ、あった、ありましたよ」
「うん、じゃぁ削除して」
「了解! と」
こうして健多はパートナーの力を借りて問題を解決した。パソコンの問題は健康によくない。解決しない間は本気で疲弊させられる。それがゆえ解決した時の安堵はサイコーだ。生きていてよかったと思う他ない。
「パソコン直したよ」
健多が言うと、居間でテレビを見ていた父は満面の笑み。さすが健多だなぁとべた褒めを展開。その屈託のないよろこびは平和の象徴。テレビを見ながら元気いっぱいって感じが、健多の内心に言わせればちょっと腹が立つ。
「母さんは?」
「いまフロに入ってるよ」
それを聞いた健多はこの場で言っておいた。アダルトを見るのはいいけど、警戒心を育てなきゃダメだよと。
「健多、おれは今しみじみと思ったぞ」
「なにを?」
「息子がいてよかった。おまえはおれの誇りだ」
そう言った父が左の親指を立てる。いぇい! とウインクまでする。息子がいてよかったとか、誇りだとか言われたら、ふつうはめっちゃうれしい! と叫ぶところだろう。でもなぜか複雑な心境だった。
「ま、次からは気をつけよう」
それだけ言って健多は階段を上がる。さぁ、イラストの作成を始めるぞ! と思ってみたものの、すっかり体力が無くなっていた。もう出がらしのティーパックみたいにクタクタだ。
「恋タナ、イラスト閉じておいて」
マイクに向かってしゃべったら、母がフロから上がるまで休憩しようとベッドに寝転がる。しかしそれがあんまりにも気持ちよかったので、あろうことか朝まで寝入ってしまった。しかも寝ている間にムフフなユメを5本も見てしまう。そのうちの4本は目覚めと同時に忘れてしまったが、一本だけは内容を覚えている。
夢の中でパソコンをやっていて、息抜きにとエロいのを見る。するといきなり桃が出てきて言った。わたしとエロ動画のどっちが大切なのかと問うてきた。もちろん桃だよと言ったら、ちょっと甘い展開になった。ムフフと寝ながらドキドキ出来る内容だった。
午前6時50分に目覚めた健多は、頭をかきながらカーテンを開ける。そして思わず一言つぶやいてしまうのだった。
「まったく……男ってやつは……」
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