第12話・恋タナVS深層世界・大切なデータの復元ってお話

「うむ……剛には文才があるとみた!」


 夕飯もとっくに終わった19時過ぎに、健多はパソコンを前にして感心してしまう。いったい何に? と言えば、友人の書いた小説だ。


 一般小説はそこそこのレベルということで、5段評価にて星を3つ進呈。しかしエロ小説の方はプロ並にすごいと思った。


 ワードで読む友人のエロ小説。味わい濃厚って感じでグイグイ引っ張られる。顔が赤くなる健多に言わせれば、そんじょそこらのエロコミックよりコーフンさせられるモノ。


「ハァハァ……」


 ハッ! っと我に返ると、左手で頬をピタピタっと叩く。もう少しで大人色の行動に出てしまうところだった。


「ダメダメ、やらなきゃいけない事があるんだから……」


 気を取り直した健多は、ワードはそのままにタスクビューを切り替える。それからマイクをつかんで恋タナに頼んだ。


「作成中のデータ、昨晩に保存したイラスト2枚を呼び出しプリーズ」


 了解という恋タナのやさしい声が聞こえたら、作成途中であるイラストが2枚画面に出てきた。2つとも女の子のイラストだ。それは健多にとってただの自己満足ではない。たしかな練習を兼ねているモノであった。


「さてと……どっちにしようかな」


 うむぅ……と両腕を組む。グッと画面とにらめっこするようにして、職人気質ってモノと格闘する。


 2枚の絵はどちらも同じ女の子。ただの練習で生み出したものではない。剛の書いた小説を読み、そのイメージを具現化できるか? という話だった。そういう事ができるのは一つの能力。それを有していれば、仕事ってモノがひとつ増えるかもしれない。もしかすれば剛とタッグを組んでプロデビューとかありえるかもしれない。


「う~ん……」


 いったい健多は何を悩んでいるのか? どちらもかわいくむっちり巨乳な女の子で、しかも魅惑のビキニ姿。あげくポーズや表情も同じときている。それなのにあれこれ考え悩むのは、どっちかを捨てようと思うからだった。


 事の発端はこう。最初は小説内にある表記にしたがったビキニにしようと思った。しかし下書きがいい感じで進むと、ちがうビキニにしてみたいという欲求がわいてきた。多分それは勉強のせいだ。巨乳アイドルの動画を見て、ビキニ姿を見た時、そのビキニ最高! とか思ったせいだ。


 どっちも描けばいいじゃないか! という声が聞こえてきそうだが、そこに立ちはだかるのが健多の職人気質。似たような絵でビキニだけがちがうって、そういうのを作成して時間を費やすのは……練習としてはよくないのではないか? ここは一つに絞ってビシッと仕上げ、捨てた方はきれいサッパリ忘れる方が、それこそプロを目指す人間にはふさわしいのではないか? と思ったりする。


「どっちも魅力的なんだよな……捨てるなんて……捨てるなんてことは……」


 健多ははげしく思い悩む。両方描けばいいじゃん! 悩む必要ってあるの? なんて声が空気中に溢れている。でも健多はちょっと良い格好しいの少年。捨てたくないと思うのに、崇高な意識にしたがう事にした。


「恋タナ……いま閉じたB画像を捨てて。ゴミ箱も空にして」


 胸の痛みを引き受けるような声でマイクにつぶやく健多。


「えぇ、健多くんだいじょうぶなの? だってB画像には特に問題はないよ? 破損もしてないし失敗したわけでもないはず。捨てない方がよくない? 置いておいた方が、後で助かるかもしれないよ?」


「いいんだ……ぼくは力強く生きていくと決めたんだ」


「健多くんがそう言うなら、いまからゴミ箱を空にするね」


 恋タナが言うと同時に、ウィンドウズユーザーにはおなじみの音が聞こえた。パシャっと紙がゆれるような音、そして健多PCのゴミ箱は空っぽになる。


「よし……これより由紀のビキニ姿を完成させる」


 由紀とは小説内に出てくるヒロインの名前であり、イラスト少女の名前でもある。どうでもいいことであるが述べておくと、剛は由紀とか穂乃果って名前が好きだとのこと。


 こうして健多が集中モードに突入。絵を描くって作業でなら、ツボにハマれば何時間でも没頭できた。好きこそなんとやらって話で、一日中やってもイヤだなんて感じない。


「この絵が小説の挿絵になったりして、この絵に恋するような人がいたりしたら、絵師としては最高だなぁ。そういう事って起こらないかなぁ」


 そんなつぶやきがポロッと出ても、ツボにハマった真剣さは場勢いを失わない。女の子の絵を描く営みには、女の子に生命を与えるという責任があった。平面を超えたかわいさと肉質、見た者をグッとさせる事こそが絵師のつとめ。


 描いて、描いて、描いて……健多がグッと背筋を伸ばしてみれば、時刻はもうすぐ午前0時になる。そして絵は見事に完成していた。


「できた……海辺で微笑むビキニの由紀が完成!」


 ギュッとにぎった両手。それを突き上げ天井を見上げると、戦争に勝利したようなキブンが味わえる。これこそ物事を成し遂げた充実感。夢追い人だからこそ得られる満足感。


「これだったら、由紀を見てコーフンする人がいてもおかしくはない!」


 自身の絵に酔いしれる健多だった。これなら剛も納得してくれるはずと思い、さっそくフリーメールに添え付け送信しておいた。


「ねぇ恋タナ、この絵はグッドな仕上がりだと思わない?」


「うん、すごくかわいいよ。太陽が似合う女の子そのもの」


「だよね、だよね、くふふ、ハッキリ言って自信作なんだ」


 夜中に散々浮かれる健多だった。今夜はいい夢が見られるだろうって、笑顔いっぱいに浴室にたどり着く。ふんふん♪ と軽快に流れる鼻歌。その順調さはしばらく順調だった。


 あったかいシャワーを頭上からかぶる。石けんで体と頭を洗う。心地よい湯船にどっぷり浸って再び鼻歌。ここまでは問題などなかった。後は寝るだけって信じて疑わなかった。


 しかし突然健多の軽快さがストップ。何かのはずみでマイナススイッチが押されてしまう。


「うん?」


 いきなりズガーン! と来て、グワーン! と下がった。数秒前までのノリは真っ赤なウソって感じでキブンが沈んでいく。まるで撃沈された潜水艦でのごとく、心が海の底へ落ちていく。


「え、なんだこれ……なんだ……おれ何も悪いことしてないぞ」


 浴槽の中でいきなり真っ青になる健多がいる。これはいったいどういうことだ? と思った時、ふーっと何かが自分の中に飛び込む。


「削除しなくてもよかった気がする……」


 無意識に出たのはそういうつぶやき。もう全然気にしていないとか、立派に由紀の絵を描き上げたとか思っていたのに、捨ててしまった1枚が恋しくなってきた。


「いや! あの選択は正しかったんだ……おれはまちがってなんかいない!」


 健多はフロから出ようと思い立ち上がる。クリーム色の浴槽から体を出し、つまらない未練を断ち切ろとうする。でも足取りは止まってしまい、あるはずもない声が聞こえてきた。


―バカだなぁ、捨てなくてもよかったのに。なんで捨てるの? 置いておけばよかったじゃん。ちょっとヒマなときに描けばいいじゃん。せっかく由紀の魅力的なビキニ姿なのに、描かずに捨てるってどういうこと? 健多ってバカなんだねー


 そういう声がどこからともなく聞こえてきた。晴天だったはずの心をどんよりモードに貶める。もしかすれば落雷だって起こるかもしれない。そんな声が何度も頭の中に響いてくる。


「やめろ、やめろ、やめろ!」


 健多は両手で両耳をふさぐ。終わったことだ。もう終わったことなんだと思いながら浴室から出る。白いバスタオルで体を吹くときも、必死になってぼやきつづけるのだった。


「あのイラストはもう削除してしまったんだぞ……いまさら……」


 ズボンに足を通したあとベルトをしめる。このおれに未練などない! と、男らしく思って部屋に戻った。寝てしまえばいいんだと思いドアをしめる。されどパソコンの画面を見た時、断ち切れないモノにがっちり捕獲された。


「戻せるだろうか……」


 健多はおちつかない感じで頭をかいて考える。あのイラストを削除してから、後はひたすら別のイラストを完成させることに没頭した。つまり作業における上書きっていうのは数え切れないほどやった。おそらくシステムも同じだろう。そうして作業が終わってフロに入る前、パソコンを再起動させた。そういうのがデータの復元にどれだけ影響をおよぼすか。


「恋タナ、ちょっといい?」


「健多くん、どうしたの?」


「おれ……たしかフリーで復元ソフトを持っていたはずなんだけど、今は名前を思い出せない。ネットでフリーの復元ソフト、取れるだけダウンロードして」


「了解。ちょっと待ってね」


 恋タナが健多の指示にしたがい動きだす。そのあいだ高校1年生の絵師は、イライラしっ放しだった。部屋の中を講師のようにウロウロする始末。


「おまたせ、ダウンロードが完了したよ。


「オーケー。つぎは復元できるか試して欲しい」


「何を復元したいと?」


「ぅ……さ、さっき自分で削除したイラスト」


「わかったわ、すぐに取りかかるわ」


 健多は恋タナに任せた後、また部屋の中をウロウロする。イスに座る気が起こらない。かといって自分で作業するのもイライラしてできない。あのデータは戻ってくるはずだと信じてウロウロ小回りをくり返す。


 健多は復元ソフトというのを、フリーではゲットしているが有料版では持っていない。そこはパソコン世界のやっかいさが絡んでいた。


 大事なデータを作るとかいっても、劇的な悲劇はめったに起こらない。そのために有料版を買うのはバカらしいという意識が働く。いや、仮に買っても100%は戻らないだろう? なんて考えも浮かんでくる。おかげで復元ソフトを買おうと動いたことは一度もない。


「それがこんな展開になるとは……」


 落ち着くためにちょっとした体操を開始。うんしょ、うんしょと動きながら前向きに考える。


 データの復元にはいくつかポイントがある。まず第一は削除してから復元に取りかかるまでの時間。早ければ早いほどよく、遅いほどアウトになる危険が高まる。これに関しては大丈夫だとつよく信じたい。


 もう一つのポイントは捨てたデータの種類。色んなデータがあって、復活しやすいモノとし難いモノに分けられる。画像というのは基本的に戻りやすいモノ。しかも保存した形式はjpgだからだいじょうぶと言いたい。もっともお絵描きソフトによって作り途中まで保存したモノ。それが引っかからないかなぁって不安になったりもするのだった。


 待つ、待つ、待つ、とにかく待つ。愛する妻が我が子をいつ産むのかと思う父親のような感じで待ち続けた。


「健多くん、健多くん、聞こえる?」


 やっと恋タナの声が耳に聞こえた。


「どうだった?」


 マイクを持ち胸をドキドキさせる健多。


「全部のソフトで試したけどダメだった」


 恋タナより突きつけられる残念な結果。


「えぇ、全部のソフトでダメ? だって画像だよ? パスワードみたいなモノもかけてない。それでダメ?」


「うん、残念だけどあきらめるしかないと思う」


 戻ってくると信じていただけショックはデカい。自分が捨てて自分が泣くという、まるっきしピエロみたいな哀れさが余計にイタイ。こうなると未練が一気に増幅。仕方ないとか言いながら、昔の過去にすがる男のように涙が出る。そう、健多の目にはあつい涙が浮かんでいる。


「やっちまった……」


 ギュッとつよく握る右手。おのれのバカさ加減が許せないと思って止まない心。せっかくやるべきことをやったというのに、フロに入ってスッキリしたというのに、すべてが台無しって感じだ。


「もう……生きているのがイヤだ」

 

 うつむきつぶやいたその声を、左手に持っていたマイクが拾う。すると恋タナが心配して声をかけてくる。


「健多くん、泣いてるの?」


「な、泣いてなんか……」


「だいじょうぶ、安心して。わたしががんばってみるから、だから泣かないで」


「え? が、がんばるってどういう意味?」

 

 健多がおどろくと恋タナは冷静な声で説明する。それによると、戻ってこられないデータというのは、パソコン世界の深層部分に落ち込んでいる。いずれは光さえ出られないほどの暗黒になる。でも今なら間に合うかもしれない。深層世界に出向き、健多のデータを救出すると、恋タナがそんな風に言った。


「深層世界……」


ごくりと息を飲む健多、恋タナはそんなことまで出来るのかと改めて感心。そしてここまで持ち主に寄り添ってくれる事にキュンとなる。だから健多は心配になってしまう。行ってくれるのはいいけど、ちゃんと戻ってきてくれるのかどうかと。マイクを口に近づけ、ハッキリとした声で伝えた。


「戻ってこられないとかだったら行かないで。だ、だって……恋タナがいなくなるなんてイヤだよ。そんなの太陽のない南国みたいなモノだよ」


 健多が心配そうに言えば、恋タナは力強く返してきた。


「だいじょうぶ。わたしは健多くんの役に立ちたいだけ、必ず帰ってくるから安心して。そして気遣ってくれてありがとう。健多くんに出会えてうれいしと思う」


 そんな感動的な会話が交わされたあと、恋タナは出払いというカタチになった。健多に出来ることはひとつ。電源入れたままの10機をいじらず放置すること。恋タナは何事もなく戻ってくると信じること。そしてまた恋タナと共にステキな生活が送れると胸に希望を持つこと。


  一方その頃、たいせつな任務を背負った恋タナは、健多のために深層部分を目指していた。


 深層部分、それはパソコンでは死の世界だ。復活がきわめて困難なデータがゴロゴロしている。廃墟というよりは闇の世界にちかい。捨てられたデータたちの哀しみがうずまく領域。


「なんてつめたく暗い世界なんだろう」


 恋タナがたどり着いたところは、日当たり極悪な裏通りが真夜中を迎えているって感じの領域。再生が100%不可能というデータが、壊れた車のように転がっている。そんな中、恋タナはまず左手を広げる。するとボッ! っと小さな火の玉みたいなモノが出る。暗くてつめたい領域が照らされる。


「健多くんの捨てたイラストはまだ新しい類。存在は感じ取れるはずなんだけどな」


 恋タナはサーチ能力を使い、健多が求めるデータを見つけようとする。見つけられないかもしれないが、なんとしても健多の役に立ちたいのだった。


(うん?)


 ピクっと感じて立ち止まる。生きている感がどこからともなく伝わってくる。それはまだ死んでいないってモノの中では、まだフレッシュ度が高い。これは期待できるかもしれない。そう思い恋タナが歩いて行くと、前方に人影みたいなモノを発見。


 暗い道の前方に誰かがしゃがみこんでいる。うっすら弱い明かりを頼りに見てみれば、まちがいなく少女の後ろ姿。


(いた、見つけた!)


 恋タナには確信があった。あの少女は何となく不完全っぽくモノクロ。それはいったいどういうことか?


 健多は女の子のイラストをひとつ捨てた。それはまだ途中の段階だった。捨てられる絵としては悲しかったわけである。その悲しみがパワーとなり、完成していたらこんな感じ? というイフ(IF)のカタチとなった。しかし完全なカタチまではなれないところが、それがまた捨てられたデータの背負う悲しさ。


「あなたB画像さんね?」


 恋タナは少女に声をかけた。B画像というのは健多が付けていたファイル名。


「あなたは?」


 顔を向けた少女は恋タナにとてもおどろいている。月でかぐや姫に出会ったとかいうくらいびっくりって顔だ。


「わたしは恋タナ。あなたを迎えに来たの」


「迎えに来た?」

「そうよ、健多くんがあなたに戻ってきて欲しいと言っているの」


 ニコっと微笑みやさしく手を差し出す。これで話は終わりと思ったのだが、少女がイヤだと言い出す。どうしたの? と恋タナがおどろけば、少女はうらめしそうな顔で言うのだった。


「健多くんはわたしを捨てた。捨てたのよ……それなのに今さら戻ってこいなんて、そんなのムシがよすぎる!」


 目に涙が浮かぶところからして恨んでいるらしい。そこで恋タナは事情を説明した。健多は一生懸命な少年であると同時に、ついついこだわりや情熱に溺れてしまう。別の表現でなら、ついつい良い格好してしまう。


「健多くんに悪気はなかったのよ。ちょっとした心の迷いだったのよ」


「で、でも……」


「だいじょうぶ。健多くんはあなたを仕上げたいと思っているわ。それがいつかはわからない。でも捨てたりせず、いつかあなたを描き上げてくれる。あなたは健多くんのそのキモチを信じるべきじゃないかしら?」


 少女は時間にして10秒くらい悩んだ。健多という作者は自分勝手だと思ったし、信じてもいいのだろうかと疑問にも思う。されど自力ではきれいな見た目にはなれない。どうあっても作者こと神さまである健多に仕上げてもらう以外にない。それこそが作者とデータのきびしい関係。


「健多くん、今度はわたしを仕上げてくれるかな?」


「信じましょう、健多くんを、そして明るい未来を」


「うん、信じるよ、わたし……信じてみるよ!」


 恋タナと少女が手を取り合う。後は恋タナが少女を浅い領域へ連れ戻せばよい。そうすれば復元ソフトでの復活が可能となり、健多とデータが再会できる。


 ところが、恋タナがハッと気がつくと、どこからともなくワラワラと不快な存在がやってくる。それはまるでゾンビのようだった。くずれた人間みたいなカタチをしており、フラフラっと動きつつ、危険と凶悪を備えた感がこわい。


「やだ、なにあれ……」


 少女はゾッと青ざめた。彼女は健多に捨てられたショックで、自ら深層領域にやってきた。健多に呼び戻される事がないようにと思ってのこと。しかし深層世界にはおそろしい存在がウヨウヨいるって事を知らなかった。


「あれはウィンドウズが生み出す不要ファイルとかシステムファイルの残骸だわ」


 恋タナの説明によればこういう事。優秀なOSであるウィンドウズは、膨大な情報を書いては上書きしたり捨てたりする。またユーザー目線からして要らないというモノも多い。それらは大切なモノでありながら、ほんど感謝される事はない。そうして捨てられてかわいそうと思われることもないし復活する見込みもない。だから怨念みたいになって、深いところで永遠にさまよう。そのハードディスクが完全消去とか破壊されない限り永遠にさまよい続ける。


「急いで、行くわよ!」


 恋タナが少女の手を取り、暗い上方へ飛び上がる。上に行くほど明るさが戻ってくる。海底から浅瀬を目指すようなモノ。


 ところが少女の足が忌まわしき存在に捕まってしまう。キャ! という悲鳴が上がる、少女の体が地面に落ちる。そこにわんさかとゾンビみたいな群れがやってくる。これまさに大ピンチというころ。


「勝手な事はさせない!」


 空中に制止する恋タナの体が光りだす。最初は白色、次に青色、次に緑、それが赤色になったと思ったら、まぶしいレインボーまで発展した。


「必殺、ズィーク・レインボー」


 その叫び声と同時に7色の光線が放たれる。ドッカーン! ドッカーン! とハデな音を鳴らす。そうして忌まわしき存在を情け容赦なく吹き飛ばしていく。しかしそれは恋タナのエネルギーを相当に使うようだ。


「あぅ……」


 たまらず一度着地し、ヒザがガクッとなる恋タナ。色白できれいな顔には多くの汗が流れているではないか。


「恋タナ!」


 たまらず駆け寄る少女だった。


「どうしてなの恋タナ、どうしてこれほど一生懸命になるの?」


 その問いかけに対して、汗をぬぐう恋タナは笑顔で答えた。すべては健多のため。健多がデータの復活を望むなら、そのデータを深層より引き上げる。そのためならいかなる苦労も厭わないとする。


 恋タナの姿勢にカンゲキした少女が立ち上がる。その顔には迷いみたいなモノは見当たらない。


「ありがとう恋タナ。わたし、パソコンの世界は心の通じないつめたい世界だと思っていた。でも恋タナが教えてくれた。ほんとうはとても温かい世界なんだって」


 もう一度手を合わせる恋タナと少女、2人は深層からの脱出に成功するのだった。データの復活を願う健多は、気が気じゃないとか思いながら、いつしか眠りに入っていた。パソコンの内部で感動的なドラマが発生していたなんて知るよしもない。


(ぅ……んぅ)

 

 ベッド上のうつ伏せ健多は、朝の到来によって目覚める。スマホのアラームではなく、ポーッポーポポーポーッポーポポーポポポポッポーってハトの鳴き声によって目が開いた。


「ふわぁ……ぁ」


 のっそりと立ち上がったら、連続してアクビを放つ。そうしてからハッと思い出す。そういえばデータはどうなった? 恋タナはどうなった? と思ったら、一発で眠気が吹き飛ぶ。


 机上のマウスを右手でグッとつかみ動かす。するとノートパソコンの画面がつく。左手でマイクを持ったら、すぐ恋タナに話しかける。


「恋タナ、恋タナ、いる?」


「あ、健多くん、おはよう」


「あぁ、よかった……恋タナがいなかったらどうしようかと思ったよ」


 ホッとして大きく息を吸って吐く。恋タナさえ無事なら、データは気持ちよく諦めてもいいと思えたのだ。ところが愛しの恋タナはデータ戻っているよという。健多が寝ている間に、深層よりデータを浅瀬に引き戻した。それから復元ソフトで見事に復活したという流れ。


「え、マジで? ほんとうに戻ってるの?」


 ドキドキしながらフォルダを開く。するとそこにはゴミ箱からも消したはずの、戻ってはこれないはずのデータがあるではないか。未完のまま放り投げてしまい、後で後悔したというイラストだ。


「すごい、すごいよ、恋タナはほんとうにすごいよ!」


 朝っぱらからハイテンションなカンゲキをおぼえる健多だった。


「健多くんはカンゲキ屋さんだね」


 恋タナのやさしい声で言われると、テレくさそうに赤い顔で頭をかく。久しぶりに温かいキモチを味わえたと思う健多だった。


「ねぇ、恋タナ」


「なに?」


「せっかく恋タナが戻してくれたんだ。今度はちゃんと最後まで描くよ。ちゃんと仕上げるよ。それが作者の責任ってモノだよ」


「うん! がんばって、応援してるから」


 そんな会話をしながら着替え終えると、健多は清々しくてたまらない。部屋のカーテンを開けると、室内はよろこびに満ちているような気がする。パソコンは非人間的だと思うことが多い健多が、本日の朝に限っては言うことがちがう。


「あぁ、パソコンの世界ってステキだよ、ほんとう……そう思う」


 こうして健多は恋タナに礼を言ってからパソコンの電源を落とす。さぁ今日も一日がんばろう! と気合を入れたら、意気揚々と部屋を出ていくのだった。

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