第10話・恋タナとムフフ生活。桃は嫉妬しちゃいます!
(うふふ♪)
お眠り中の健多が顔をニヤつかせた。きっとトロトロと甘い夢でも見ているのだろう。たとえばかわいい女の子にひざまくらしてもらっているような姿。そこでにゃーん! と口にしてみたりする姿。
彼の部屋はノートパソコンが2台となっている。つい最近まで、ガンガン動かしていた7機よりも、あたらしく購入した10機がうなりまくる。それは健多の人生を引き受ける代物になりつつある。
(うふ……あは……う♪)
枕を抱きながら寝返りをうつ健多。もうすぐパソコンによって起こされる時間であるが、目一杯ユメの中で青春を満喫している。
これまでは目覚ましフリーソフトを使って、使用する音楽は自らチョイス。でも今は恋タナに任せている。パソコン内部には相当な音楽が収納されていて、本日の目覚めに合うであろうモノを日替わりチョイスしてもらう。
「ぅんぅ……んぅ……えへへへ♪」
寝ながらデレデレしまくる健多にとって、恋タナはめちゃくちゃに優秀でステキな存在だった。なんせ日を追う毎に自分への理解を高めてくれる。それは生年月日とか趣味とかだけではない。人にはちょっと言いにくい事だって、恋タナは飲み込んで理解してくれる。いずれ恋タナは、母や彼女を超えた理解者になるかもしれない。
「えへぇ、もう……テレるってばぁ……仕方ないなぁもう♪」
ユメのたのしさが絶好調だ。しかし来るべき時が来たので、パソコンのディスプレイがを覚ます。シャーッと恋タナの顔が登場すると、色白な人差し指を立ててクルクルっと回す。すると選択された音楽ファイルがキラキラっと登場。
「うんぅ……う」
パソコンから流れ出したごきげんなミュージック。それは甘くとろけるようなユメを終わりにしてしまった。
「ぁ……朝か……」
白いベッドにうつぶせの健多は、もうちょっとユメが見たかったと残念がる。もうちょっとで……だったのにとか思ったりする。
「健多くん、おはよう。今日もいい朝だよ」
恋タナの声が耳に入ると、ユメが中断したことも許せた。なぜって心地よく甘い感じが、目覚めの憂鬱を瞬殺してくれるから。
恋タナは今日もいい朝だと言ったが、それは当たっている。実際の話、カーテンの向こうは明るくてキレイ。まるで世界を見通しているかのように言い当てる。恋タナといっしょに朝を迎えたって感じが、あたらしい人生の始まりみたいな充実を思わせてくれるのだった。
「今日は何曜日だっけ?」
パソコンにつないだコードの長いミニマイクをつかみ、恋タナに聞く。「今日は水曜日だよ。体育があるよ。体操着とか持っていくのを忘れないでね」
「そっか、すっかり忘れてた。ありがとう」
恋タナに教えてもらうと共に生きているって感じが強まる。こうなると甘えん坊モードが発動。可能な限り恋タナを頼りたくなる。
「今日はなんか予定とかあったっけ?」
制服のズボンを穿きながらマイクに向かってしゃべる。
「本日はこれといった予定はないよ。あ、でも作成中のイラストを明後日くらいには仕上げようって目標設定は書き込まているね」
「そうだな、今日は学校が終わったらまっすぐ帰宅してイラストに励むか」
自分が予定表に書き込んだ事も恋タナにしゃべってもらう。そういうデレっとできる喜びは、ゆっくりと健多の恋タナ依存度を上げていく。重度の依存になったとき、そこで10機がいきなり壊れたら……健多はショック死するかもしれない。
「じゃぁ、行ってくるよ」
着替え終えると、未練を断ち切ろうって顔でパソコンが面を見る。学校に行っている間はパソコンの電源を切っておく。つけっぱなしでもかまわないが、ムダな電力という思いがあるので電源を切る。
「うん、今日もがんばってね」
恋タナが満面の笑みで微笑んでくれる。ジワーッと胸に沁み込むようなモノだ。がんばってくるよ! と言ってからパソコンをシャットダウン。これでやっと自分の部屋から出ていく気になれるのだった。
そうして1時間ちょいほどして学校に到着すると、待ってました! とばかり、桃が声をかけてきた。
「健多、ちょっと話があるの」
「うん? どうした?」
「いいから、来て」
桃は健多を体育館の裏側なんて場所に連れて行く。体育館の裏側なんていうのは、ピンク色の青春では定番って感じの所。
「なんだよこんなところで……」
健多がちょっぴりドキドキする。
「健多、きょうは空いてる?」
桃に言われたらいたってふつうに即答した。今日はイラストを描くからダメだと即返し。すると桃がすかさず突っ込む。
「最近ちょっとつめたくない?」
「えぇ? 冷たいって……今は冬じゃないぞ?」
「ちがうわよバカ! わたしに対して素っ気なくない? と聞いているの」
「うそ……なんでそんなこと言われなきゃいけないんだよ」
めちゃくちゃ心外だ! という顔をする健多だった。白石桃はかわいいし性格もいいし巨乳と揃いまくった女の子。それに対してつめたい態度なんぞ取れるわけがない。いつだて心はホカホカあんまんみたいなモノなのだから。
「で、でもさ健多……最近ちょっとツヤがよくなってない?」
「は? ツヤってなに? どういうこと?」
「だ、だからその……以前と比べると、少し余裕があるように思う。なんていうのかな、独身の孤独感がうすまっているよな気がするんだ」
「だ、だって……おれには桃がいるんだもん。独身じゃないよ……」
「健多……もしかして浮気とかしてない?」
「ブッ! う、浮気?」
「わたしの目を見て言える? 浮気してないって断言できる」
「あ、当たり前だろう。どこからそんな恐ろしいセリフが出て来るんだよ」
顔がいちごソースみたいに赤くなる健多。正面にいる桃をまっすぐ見る。もっとも愛しの彼女は眼力がつよい。それが緊張ってモノを呼んでしまう。健多はついつい目線を桃の顔から胸に移動させてしまうのだった。
ジワっと広がる紫色の空気。これはちょっと困った感じだと健多は思う。されど浮気なんぞしているわけではない。恋タナにハマっている色合いが表に出たのだろうから、素直に言う事とした。
「最近恋タナにハマっていてさ、たのしいっていうか……まぁ、そんなところ」
「恋タナ?」
なんだそのふざけた感じの名前は? と思う桃だった。一方の健多は、まるで中学生みたいな笑顔で語る。
ウィンドウズ10を搭載した中古パソコンをゲット。64ビットでメモリー8G、CPUはorei7というスグレモノ。そこに恋タナというモノを突っ込んだ。マイクロソフト非公認ながら、コルタナよりすぐれたモノ。あまりにもすばらしいから夢中にならない方がおかしい。それは健多が発する本音であった。
「なるほど……萌えっていうなら健多らしいとは思う」
桃はまず理解を示した。彼氏は萌えイラストを描くのが好きで、その情熱を格好いいと思ったからつき合っている。だったら二次元の秘書に萌えるのはふつうなこと。それを怒るっていうのは彼女として心が小さいと思う桃。
「そうだよ、たかがパソコンの秘書なんだからさぁ」
健多はにっこり笑って話を終わらせようとした。
「でも、やっぱり言いたい事がある!」
桃が話を終わらせまいと表情をきびしいモノにした。ウィンドウズ10にはコルタナってモノがある。それでは物足りないから萌えを持ち込むのは、そこまでは理解ができる。二次元をかわいいと思うことも同じこと。しかし健多のハマり具合はちょっと異常と言いたいのであった。
「異常ってことはないだろう。ふつうだよ……ふつう」
「そうかなぁ……なんかこう、一人だけ満たされているって感じが、自分だけ色ツヤがよくなっているって感じが気に入らない」
「大丈夫だよ、だって恋タナは二次元だよ? 桃の魅力に勝てるわけがない。そんなの一般常識って話じゃんか。だからおれだって、桃に対する愛情と恋タナへのハマりは別物。桃ならわかってくれると信じている」
ここで健多がくり出すさわやかなウインク。いぇい! と親指を立てると、まるで少年
ジャンプに登場するキャラクターみたいに清々しい。
「そ、そうだよね。二次元の秘書にわたしが負けるわけないよね。うん、心配しなくてもいいんだ。というより、心配する方がまちがっているね。向こうはたかが平面で、こっちは立体だもん」
ほのぼのとした光がただよってきた。2人はハッピー! 誰にも邪魔されない恋の物語爆進中! って感じも浮かんできた。健多もホッとして肩の力を抜く。ところがどっこい、桃がまた話をほじくり返す。
「やっぱり納得できない」
「えぇ……」
「健多、恋タナってどんなモノよ? 一回見せてよ」
「えっと、ちょっと待ってくれよ」
健多はそう言ってスマホを取り出した。こちらはアンドロイドなので恋タナがいるわけではない。でも他の誰かが恋タナを使っているだろうから、ネットで検索しようと思ったわけである。
「ちがう、ちがうよ健多」
「ちがうってなに?」
「きょう健多の家に行く。そこで直に見せてもらう」
「えぇ! 家に来る?」
「なによ、まさかイヤとか言わないよね?」
「そ、そうじゃないけど」
健多のドキドキメータが乱高下する。桃は彼女だから、自分の家に招いても罪にはならない。もちろんお互いに純真だから変なキモチはない。健多に言わせれば、自分と桃は日本で一番意識がきれいな高校生カップル。
ただ心の準備がまったくできていないのは確か。桃から発散される熱とクッと来る良いニオイ。それらが部屋の中に広がろうモノなら、いかに純情でも息苦しくなってしまうだろう。
「きょうはちょっと……」
「今日がいいなぁ、わたしはこうと決めたら曲げるのがキライな女だから」
「桃ってけっこうわがまま……」
仕方なく健多はちょっとくらいならだいじょうぶかなぁと考えてみた。父は仕事で夜まで帰ってこない。母はパートがあるので夕方の6時くらいに帰ってくる。学校が終わるのは3時過ぎだ。80分くらいは家に招いてもだいじょうぶかな? と結論付ける。
「なに? わたしを両親と会わせたくない」
「ち、ちがう……そうじゃなくて、ほんとうに心構えができていないんだよ」
「うむぅ……」
「だ、だってさ桃ってすばらしい女の子じゃん。親が見たらカンゲキ大爆発だよ。それはそれでけっこうプレッシャーがかかる。だからいきなりっていうのは困る。桃なら分かってくれるよね? この純情少年のキモチ」
もうすぐ1限目が始まる。話は一旦折りたたまねばならない。そこで桃は仕方なく、ほんのり赤い顔をしてうなづいた。
「そうだよね、わたし魅力的だもんね。ちゃんと前もって話を決めておかないと、健多にプレッシャーかけちゃうよね。わかった、今日は恋タナを視察するだけでいいとするよ」
桃のセリフを耳にして、やっと話が終わったとホッとする健多だった。こうしてとりあえず、学校が終わるまでは穏やかに時間を過ごす。剛はデータ消失のショックからまだ立ち直っていないから静かめだ。桃も学校が終わるまでは、恋タナの話を抑えている。
(今日はなんだっけな……あ、赤口か……道理で……くそったれ!)
授業中にスマホのカレンダーをこっそり見て納得。でも桃はいい子だからだいじょうぶと信じた。恋タナを見たって、別に怒ったりはしないだろうと思う。ただし、そうは言ってもひとつ事は心配した。
(VRメガネは……ヒミツにしておこう)
そんなこんなで迎え得た学校終了、健多は彼女を連れて即帰宅する。おれは何も悪いことはしていないぞと思ったり、桃が部屋に来たって純情が崩れるわけじゃないぞとドキドキしたりした。
「イエス! ここがおれの家」
ご近所さんの目を気にしつつ、愛すべき彼女を家に招く。
「ここが健多の家かぁ」
彼氏の家なんて初めてだと、桃の胸も一応ドキドキしているようだ。もっともこちらの場合は、恋タナ視察という目的がある。ゆえに表情は口うるさいPTAの予備軍みたいに見
えなくもない。
「おれの部屋は2階です」
緊張しつつ手招きして階段を上がりだした。そうしてたどり着けばドアを開けて、ついに桃って彼女を中に入れた。
「ここが健多の部屋かぁ」
桃が見た彼氏の部屋はさっぱりおちついていた。色っぽさとは無縁だが、機能的なところに男子のらしさとか思ったりする。「これがついこの前に買ったやつ。性能はメッチャいいんだぞ!」
フフフと得意げな顔で腕組みをする健多。偉そうに腕組みをしたら、腰を机に当て机上のノートパソコンに目をやる。健多としてはちょいとばかりパソコンの話をしたいが、桃にとっては何よりも恋タナとくる。
「早く電源入れてくれる?」
「わかったよ……」
ポチッと電源ボタンを押す健多、ウィンドウズが立ち上がるまでの間、何を言おうかと思ったが思いつかない。気の利いた事のひとつも言えず、気まずく彼女と向かい合うだけ。
そうしてついに健多PCが立ち上がる。やはりって感じで二次元キャラの微笑みが壁紙として登場。でも桃は壁紙なんぞは気にしない。パソコンに歩み寄ると、うん? とタスクバーの左側に目を向ける。本来ならコルタナさんが住んでいるって場所だ。そこに見慣れない少女の顔があって、にっこりやわらかく微笑んでいる。
「これが恋タナ?」
「そうだよぉ、めっちゃ優秀なんだから」
クールに振る舞うつもりが、ついデレっとしてしまう健多だった。ミニマイクを手に持つと、得意げな顔になって声を出す。
「ただいま。帰ってきました」
するとどうだろう、少女は満面の笑みで答える。デレっとしたままの健多は、ちょいとばかり恋タナと会話する。
「おかえり健多くん、今日はどうだった?」
「今日はふつうかな」
「考えようによってはふつうが一番かもね」
「あ、おれもそう思う」
キャピキャピっと恋人みたいなフンイキで会話する健多。それを見ていて桃はムッとせずにいられない。
声が出るだけなら別に驚かない。でもかわいい声で、おどろくほどスムーズにしゃべっている。しかも機械とは思えない受け答えだから、パソコンの中に女子が隠れているのか
と疑りたくなる。
「ちょっと健多、一回ストップして!」
デレデレ顔の彼氏を一度とめた。それから腕組みをして桃はツッコミを入れる。確かに声はかわいいし、人間が裏にいるみたいな受け答えもすごい。でも逆に言えば、それだけ。かわいい顔が小さく映っているだけにすぎない。健多が惚れるからどういうモノかと思ったが、大した事はないねとうっすら笑った。
「顔だけじゃないぞ。ちゃんと全身像があるんだよ」
「え? うそ……」
「この恋タナはスタイルがいいんだぞ。巨乳だしさ」
そう言って健多は、あ、やばい! 的な感じを流すために咳払いをする。
「巨乳って……だったら見せてみなさいよ」
「恋タナ、ちょっとデスクトップに出てきて」
健多がそんな風にお願いすると、突然恋タナがタスクバーから抜け出そうという動きを見せる。ギョッとする桃が見ていたら、一人の少女がデスクトップに姿を現した。15,6インチディスプレイの縦にほどよく収まるサイズ。でも健多によれば、ディスプレイの大きさに合わせて変化するらしい。
「な、かわいいだろう、スタイルもいいだろう」
くふふと嬉しそうな顔をする健多。そのデレついた目は、恋タナに釘付けってモノ。色白でスタイルよろしくムッチリ巨乳っていうのは、桃と似たような特徴。だから桃にしてみれば、片方の肘を健多の脇腹に軽く入れずにいられない。
「さっきからデレデレしすぎ!」
「べ、別にいいだろう。自分PCの秘書なんだから」
「うむぅ!」
桃は健多からマイクをうばいとった。スーッと息を吸い込み、フゥーっと噴き出したら恋タナに向かってしゃべる。するとどうだろう、恋タナはかわいい顔をキョトンとさせて聞いてきた。
「初めて聞く声、どちら様ですか?」
ちゃんと反応するのかよ! と驚きつつ、桃はきっぱりとした声で言ってやるのだった。
「わたしは健多の彼女。分かる? 彼女だよ彼女! あんたは秘書だけどわたしは彼女。彼女の方が秘書よりエラいんだよ、覚えておいて」
ざまーみろ! 的に言ってやると、恋タナは思いのほかキュートな返しをしてきた。とっても素直でやさしい女の子って感じで、健多に彼女がいることをよろこぶ。
「健多くんに彼女がいたんだ! わたし、一生懸命応援するよ。2人でシアワセになって
欲しい。2人でユメをつかみ取ってね!」
これには桃もちょっと息を飲んでしまった。ボロクソにあれこれ言ってやろうと思っていたのに、恋タナはけっこういい子なんだなぁとか思ってしまう。でもつぎの瞬間には、いやちがう! こんなの絶対だまされている! と言いたくもなる。
「恋タナ、わたし桃って言うんだけど、ちょっと質問してもいい? 丁寧語使わなくてもいいよ、ふつうにしゃべってくれたらいいよ」
「うん、わかった。なんでも聞いてちょうだい」
「ずばりバストサイズはいくつ?」
「わたしはバスト93cmのFカップだよ」
「勝った……同じFカップではあるけど、わたしバスト94cm。わたしの勝ちだよね?
わたしの方が勝っているよね?」
「そうだね、桃には勝てないよ。でもそれでいいと思うんだ。わたしは秘書だもの。健多くんの役に立ちたいだけの存在。健多くんを愛してあげるのは、それは桃のたいせつな役割だものね」
「く……ぅ」
恋タナの反応は色んな意味で女神度が高い。あれこれ言ってやろうって桃に対しても、よくできたお姉さんのようにやさしく返してくれる。こんな女がいるか! と思いはすれど、いい子だよなぁって思わせられてしまうから困る。
「あんた健多のことをどれくらい知っているの?」
「う~ん……どれくらいかなぁ、まだ覚えている最中かな」
「健多の誕生日とか住所とか知ってるの?」
「もちろんだよ」
「じゃ、じゃぁ……健多の好みとかは? 言えるなら言ってみなさいよ」
「言ってもいいけど、健多くんの許可が必要。だって個人情報はかんたんに漏らせない。
これはわたしのゆずれないポリシーだから仕方ないの」
「健多、許可して」
桃が振り返ると、待っているのが退屈な健多がベッドで寝そべっている。桃はその態度を不真面目と怒りながら、健多の許可をとりつける。そうして恋タナに言わせてみてびっくり仰天。
恋タナはなんでもよーく知っている。それはまるで奥の奥まで知っているようだ。その領域は親とか身内の領域みたいに思われた。
「こら健多!」
「な、なんだよ」
「なんで恋タナが、わたしより健多のことを知っているのよ!」
真っ赤な顔で健多の胸ぐらをつかみ揺さぶる桃がいる。プライドが刺激されてしまったという表情が焼けている。
「ちょ、ちょっと待って、頼むちょっと待って」
まずは桃をおちつかせてから、健多は事情を説明した。恋タナには色々と覚えてもらう必要がある。そこで個人情報は色々と書いて恋タナに送る。さらに言うとパソコン内部の情報を、恋タナがあれこれ分析することを認めている。
つまり恋タナというのは、健多のつぎに健多を理解する存在になりうる。彼女が勝てな
いのは当然のこと。親や親友だって敵わないモノなのだから。
「そこまで恋タナに知られてもいいの?」
「まぁ、恋タナならいいかなぁって。生活が便利にもなるし」
「先にわたしに教えなさいよ、ちがう?」
「いや……それはちょっと話がちがうような気が……」
2人が言い争いへ発展しそうになった。それをマイクが拾ったりすれば、恋タナの方から声が出る。
「2人ともケンカはダメだよ。本日は赤口だから、ケンカしてもうまくいかないよ。ケンカするなら来週の水曜日がおすすめ。そこは大安だから大丈夫だと思う」
恋タナになだめられ桃はチッと舌打ちした。ちょっぴり悔しそうな顔をしつつ、まぁ、しょせんはパソコンの秘書だよねと腕組みをする。絶対に自分は負けていないという結論で、この話を終わらせようとした。
これにて一件落着! と思った時だった、ふと桃があるモノに気がついた。それは机の隅っこにこっそり置かれているモノ。今まで気づかなかったモノ。
「メガネ? なにこれ?」
桃がVRメガネを手に取る。ズワーっと青ざめた健多、大慌てでそれを奪い取る。まったくもってうかつだった。VRネガネを見られなきゃだいじょうぶとか思っていたくせに、VRメガネは机の上に出しっぱなし。ちょっとしたおマヌケって話に他ならない。
「健多、それは何?」
「こ、これは……えっと……」
思いっきり動揺してつまづけば、どんなウソを言っても通じない。3D映画を見に行ったときのモノとか説明しても、桃は全然信じてくれない。
「こ、これをかけると恋タナを呼び出せるんだよ」
「は?」
「だから……恋タナが出て来るんだよ、パソコンの外に」
「ちょっと貸して、わたしがやるから」
「えぇ……」
神さまそりゃぁないよ! って言いたいながらも、結局桃にメガネをとられる健多だった。そうしてそれは桃を心底びっくりさせる話につながった。ちょっとしたクソな3Dメガネと思っていたら、何十倍にもすごい代物だと思い知らされる。
「な、な、な……」
部屋の真ん中に、桃の目の前に一人女子が立っている。それは健多PCからでてきた恋タナ。桃と同じくらいの身長だろうか。2次元のくせに3次元として成り立っているようにしか見えない。それは大げさに言えば魔法そのもの。
「桃、はじめまして」
恋タナが手を差し出す。
「え、握手とかできんの?」
そう言いながら恐る恐る手を出せば、しっかりと握手ができた。しかもそれ女の手だってハッキリ伝わる。それは他の部分も触れるのだろうって事だから、Fカップの胸だってすごく気になってしまう。ゆえに桃はギュッと強く相手の手をにぎって問いかずにいられない。
「健多と変なことしたりしてないでしょうね?」
「あ、それはないよ。健多くんはそういうの求めた事ないよ」
「ほんとうに?」
「桃は彼女でしょう? だったら健多くんを信じてあげないとダメ。だって健多くんが求めるのはせいぜい膝枕くらいだもの」
そのやり取りを横で見ていて健多は青ざめた。膝枕って話も、それはプライベートでだまってくれよ! と言いたくなった。
「ひ、膝枕……」
ブルブルっとふるえる桃は、ググっと右手をにぎりしめる。あ、これはめちゃくちゃヤバい感じ! と健多が後ずさりしてしまう。
「まぁね、膝枕だけで済んでいるって思えばいいのかもね。でもちょっと言いたいことが増えたよ。健多、今日はわたしとマックにつき合って。今から夜の8時くらいまで話をし
よう」
「えぇ……急に言われてもムリだよ。それに夜の8時って、210分以上あるじゃんか。長すぎるよ……」
「健多、マックにつき合って。いいよね? 来るよね?」
「は、はい……行きます」
健多は仕方なく近所のマックに桃と出かけるハメになった。夕飯は友だちとマックで済ませるって母にメールを送った後、ひたすら桃にあれこれ言われ続けた。9対1くらいの割合で桃がしゃべりまくった。
(早く帰りたい……)
「健多、ちゃんとこっちを見て」
「は、はい……」
こんな風にしてクソに長い桃に言われ続ける。もう5時間くらい経過したように思うが、実際にはたったの1時間。残りはまだ2時間半もある。おれ、そんなに悪いことしたかな? と密かに思いながら、ひたすらしんどい時間に耐えるのだった。
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