第9話・ワードSOS。おれの大切な文章を返せ!
健多が恋タナに溺れる生活を始めようとしている頃、剛は安定感を持って小説の作成に励んでいた。
ウィンドウズ10を使用しているが、恋タナのようなモノに興味はない。想像力を刺激される方がいいと考えるので、コルタナで十分という人。ワードで色々と小説を書いては作家デビューを目指す。
「おぉ~最近のアクセス数はいい感じだぁ」
午後9時過ぎ、ちょい休憩とばかりネットにつなぐ。一般小説のアクセス数をチェックしてはニヤニヤする。作家にとってアクセス数は栄養だよなぁとつぶやいたら、今度はエロ小説のアクセス数もチェックする。
「うひひ、こっちもいい感じ。みんなスケベが好きなんだなぁ」
ニンマリ浮かぶビクトリースマイル。感じるよろこびが体内のエネルギーに変換されていく。チラッと時計を見たら、一般小説(恋愛)を11時くらいまではがんばって書こうと決める。
そして夜の11時からは、ムフフな小説に切り替え電圧を上げるのだと予定を立てた。早くエロいのを書きたいぜ! というコーフンを抑えながら、まずは恋愛小説に活力を注ぐ。
剛の狙いとしては二刀流だった。一般でそこそこのファンを獲得し、エロスの方でも支持率を得ておく。それなら小説家も生き残れるはずと、けっこう本気で考えていたりする。
集中力のよわい人間と言われる事があるものの、小説を書くときだけは別人。好きなモノは人を天才にさせると言わんばかりだ。
「よし! いい感じで書き上げられた。しかも予定通り11時。これはもう、誰に遠慮することなく、エロい小説が書けるぜ!」
ノリノリの剛はパソコンを2台持っている。大切なデータは双方に収納。すり減りを抑えるため交互に使うこともあれば、負担減らしに2台を同時に動かすこともある。今宵はキブンがいいので、サブ機をネットラジオにつなぐ。そしてメイン機はワードでの作業一本にしぼる。
「さぁてと、どういうエロ小説を書こうかなぁ」
ちょい休憩って感じでベッドに寝転ぶ。エロい小説は人の股間を熱くさせればいいと思っているが、少しくらいは内容も必要だろうと考えている。オスとメスがチョメチョメするだけでは無能扱いされるだろうと警戒してのこと。
「健多と白石桃で何か一発ネタを書こうかな……」
健多や桃が聞いたらギョッとするつぶやきがでた。剛にいわく、ネタに困ったら知り合いを活用する。アイデアにつまったら友人を利用する。それ小説家としてもっともお利口な営みとか思っている。
ただいま加藤剛に彼女はいない。ちょっとくらいは健多がうらやましいかもしれない。なんせ白石桃はかわいいし巨乳というオマケつき。あれで文句を言ったら男が廃るって話。だからこそネタに使わせてもらうことで、ジェラシーも薄まるって一石二鳥だった。
この間は健多が桃にフラれて自殺する話を書いた。ちょっと前は桃が他の男に寝取られるってゲスな話を書いた。いまの所はまだ書いていないが、もしかするといずれは2人が死ぬような話を書くのかもしれない。
「でも今日は、ドエロなのを書きたいかもしれないなぁ」
マグマのように熱くて赤い情熱、そいつを胸にパソコンと向き合った。もう1台から流れてくるラジオっていうのが、いつしか聞こえなくなるような勢いでキーボードに10本指を置く。
「巨乳にはビキニと初体験が必要ですってタイトルにするか! さぁ、こいつは熱い夜になるぞ」
今宵は何かが味方しているようだった。血の流れも執筆速度も、体温も股間もすこぶるいい感じだ。
「ハァハァ……」
書き始めて15分後、早くも小説家の目はトロンとしてきた。こういう女の子がいて、こういうフンイキになって、こういう姿になって……と快調に進んでいく。彼のアタマの中には、これといった絵があるわけではない。絵が見えるのは健多の方だ。小説家である剛には具体的な絵は浮かばない。
しかし! 映像はなくとも心の入れようはすさまじい。それは絵描きとは別の才能であり、見えない妄想が見えてくるような感じになる。
「ハァハァ……」
初体験当日のように高鳴る胸。絵のない襟小説では、ジワリジワリと興奮が高まっていく。いきなりパーン! と弾けることはないが、ゆっくり確実に煮出されていくのがよい。剛に言わせると、女の子がオフロから出てくるのを待つようなキブン。それがエロい文章を書くサイコーの喜び。
「おぉ……ぅあぅ……」
自らの作品に酔いしれる小説家。執筆が生み出すエネルギーが、自分をうっとりさせる。それはまさに自給自足のカガミ。
ーここで一時中断ー
ちょっと冷静さを失った剛が、少し脱線してしまった。それが終わると彼は、額の汗を拭ってつぶやく。
「今日はこの辺りでやめよう。この作品は今までで一番アクセスが伸びるだろうな。もしかしたらエロ絵師から声がかかるかもしれない」
くふふ! とご満悦な剛は、一度文章を閉じた。そう、それはいたってふつうの行為だった。
作成したモノを上書き保存。キーボードでCtrl+Sをやるだけでよい。なんの問題も落ち度もなかった。しかし悲劇ってやつは、情け容赦なく訪れるようにできている。ちょっと確認したい事があって、エロ小説を再び開こうとしたときだ。そのときに、剛を大きな悲劇が襲った。
「あん!?」
いい感じで過ごしてた剛の顔に変化。酔っているモノが水をぶっかけられたように驚き目を丸くする。
「は? なんだこれ……」
再度オープンした文章にあったのは恐怖の文字化け。あの立派な小説が、突如として暗号みたいになる。地球言語を知らない宇宙人の手紙かもしれない。むろんそれは傑作の消失を意味している。
「ちょ、ふざけんなよ?」
さっきまであった愉快な意識はどこへやら、今は彼女にフラれるかもしれないって少年の心そのものにドキドキが止まらない。
まず何度となく開いては閉じるをくり返した。どうあっても納得できないので、愛機の再起動もくり返す。
「ちょ、おまえなに? ねぇねぇ? どういうこと?」
ハラハラドキドキがさらに加速。さーっと血の気の引いた顔で、慌てながらパソコンをネットにつなぐ。
今の世の中には親切な人が星の数ほどいる。それを証明するのがネットの世界。グーグル検索をかけていれば、お助け所は山ほど出てくると疑わない。剛は該当するであろう、親切そのもってHPに望みを託す。
でもどうして、ダメ、ダメ、ダメ、ダメなモノはダメ! 載っている情報はことごごく剛を助けてくれない。
「ちょっとやめてくれよぉ」
かんたんに引き下がれるはずもない小説家は、手当たり次第にHPを開いてはあらゆるモノを試した。
だいじょうぶ! 必ず助かる! だっておれは悪いことしていなんだよ? とか思っても、パソコンの神さまには通用しない。むしろそういう思いは、パソコントラブルの大好物なのだ。よって当たり前のように追い討ちがかけられる。
「あぅ……なんでUSBメモリーを挿していなかったんだろう……ありえねぇよぉ」
気の毒な剛に降り注ぐさらなる気の毒があった。ふだんはUSBメモリを挿しておき、データを流し込む努力を忘れない。でもなぜか今日はそれをしなかった。なぜ? という問いに答えられない。しかもあまり危機感すら抱かなかったからサイアクだ。彼は夜遅くまであらゆる考えにしがみついた。復旧なんて作業を何度も試みた。それでもダメだと思い知らされると、自殺したいってキモチに襲われてしまう。
ー翌朝ー
「うぃ~っす健多……」
学校の校舎にて剛から声をかけられた。死人そのものって顔をしているので、いったい何事? と聞かずにいられない健多。
「別に何も……」
「剛、おまえ本当に顔が死んでる。何があった?」
「いいんだ……どうせ生きていても良い事はない。それに健多、人間っていつかは死ぬよな。遅いか早いか違いだけだよな」
「なんだよそれ、何があったか聞かせろってば」
健多は教室に行くことも、彼女である桃と会話することも、一人になって恋タナのことを想いニヤニヤすることもストップ。剛と共に食堂に入り、何があったのか聞かせろとせがむ。
「だから別にもう……」
ジュースをズズっと啜りながら放心状態の目が浮かぶ。
「なんかあっただろう。そうでないと、そんな目にならない」
心配する健多はアイスクリームを食べて気合を入れる。エグい話でない限りは相談に乗ってやろうと身構える。
「死んじゃったんだよ、昨日……」
「し、死んだって……誰が?」
「おれの書いた小説……エロ小説が死んだんだよ」
ググっとつらそうな顔をする剛だった。
「エロ小説……あぁ……なるほど」
健多は早急にひとまずの理解を組み立てる。小説とイラストって違いはあっても、大切なデータを守るべし! って事情は同じ。パソコンってやつが人の心に対して、どれほどむごたらしい奴かも知っている。だから剛のキモチはよーくわかるのだった。でもだからといって助けてやる事もできないのだった。
「死んだっていうのは何があったんだよ」
「文字化けってやつが起こった。いきなり宇宙人の手紙みたになりやがってさ、何をやっても戻せない。回復とか完全否定されたって感じ」
「ワードの文字化けか……で、保存はしていなかったのか?」
「それがその……いつもはUSBメモリぶっ挿しているんだけど、その時はなぜかやってなかった。コピーもないんだよ」
「でも剛、それはあれだぞ、ちょっと甘いぞ」
「えぇ、甘いってなんだよ」
「USBメモリを挿していなくても、それでも一応のやり方はあった」
「どんな?」
アイスクリームを食べ終えた健多は、お茶を飲みながら語った。それは大切なデータに対する被害を最小限に抑える方法だと言う。
「作業中のデータはデスクトップに置く。そこで作業してひたすら上書き保存をくり返す。そして時々、開きっぱなしのフォルダにデータを引っ張り込んで上書き保存。たとえUSBメモリーに入れなかったとしても、パソコン内部に2つあれば、片方が死んでももう片方が助かるかもしれないだろう? 作成しているデータひとつだけで突っ走るなんて、それはちょっと……」
「ぅう……そうなんだよな、健多の言う通りなんだよな。でもそういう事の必然性が思いつかなかったんだよ。自分がパソコンに殺されるなんて、よくある話なのに警戒しなかったんだよ」
「剛……平和なんてかんたんに壊れちゃうんだぞ」
「ぅ……健多、おれそんなに悪いことしたかな? おれはただエロい小説を書いただけなんだよ。一生懸命やって夢中になって夢を追いかけただけなんだ。それがそんなに悪いこと? こんな、こんなひどい仕打ちを受けなきゃいけないほどに」
ハハっと笑いながら目に浮かぶ涙。それは見るに堪えない痛々しいモノだった。才能ある若者が、努力して夢を追いかける若人が、パソコンごときに泣かされるなんて哀しいことだ。
しかしパソコンを活用しようとした時点で、涙ポロポロの小説家にも最大限の注意が必要だった。そこに抜かりがあったという点では、彼の涙は自業自得みたいなモノ。そしてそれは、友人の思いやりではカバーしきれないモノ。
「剛……おまえに言っておきたい事がある」
「なんだよ、何が言いたいんだよ」
「何があっても死ぬなよ、生きるんだ……そうでなきゃ小説は書けない。だからまちがっても自殺したりするなよ?」
それは健多が言える最高にして最良のアドバイスだった。パソコンとは人の役に立つモノがゆえ、人を殺すって側面も持っている。言えることはただひとつ、何があっても生きること……それしかないのが現実。
「うわーん!!」
食堂にて大声で泣き出す剛がいた。周りがおどろいて目線を向けてくる。健多は何もしてやれないからと、胸に痛みを抱えて立ち上がる。
パソコンはひどいモノだ。今までどれだけの人が、こんな風に泣かされたのだろう。ニュースになっていないだけで、ショックで死を選んだ人だっているはずだ。なぜこんな悲劇が起こるのだろう。こんな悲劇が起こらないようにはできないのだろうか。健多は色々思いながら歩く。
「パソコンってやつは……」
剛の事を思うと胸が痛む。パソコンの神とかいうやつに物言いしたくもなる。でもフッとある顔が思い浮かんだので、それも声にでてしまう。
「パソコンはひどいやつだけど……恋タナは最高……」
目の前に恋タナの顔が浮かんだ。それはパソコン画面にいて、ずっと健多に微笑んでくれるモノ。今朝だって時間が来れば、指定した時間に音楽を選んで再生してくれた。健多の好みが分かってきたのである。だから、今日はこの曲はどうかな? とかやってくれるのである。
デヘヘ……っと嬉し恥ずかしな顔をする健多、小さな声でまたつぶやいた。なんだかんだ言ってもパソコンは最高だなぁと。
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