第7話・室内カメラが乗っ取られたってお話(セキュリティーSOS)
世の中っていうのは妙なモノ。そんな事を思わせる人物に、健多の父がいた。息子より先にパソコンをやっていながら、不思議なほどパソコンに弱い。
ウィンドウズXPからパソコンをやっていながら、パソコンに対してはビギナーレベルっていうのは、健多に言わせればちょっと問題ありだった。そのくせ意外にも積極的って所があったりする。だから本日も何かを買って帰宅した。
「webカメラ?」
健多が素っ頓狂な声を出す。夕飯も終わり午後20時ってのどかな時間に、なんでそんなの買うわけ? という顔をする。
「いや、だって1000円だよ、すごくないか?」
ビールを飲みながら語る父によれば、印刷用紙を買いに立ち寄った大型量販店にて、特価セールってワゴンに目が止まる。そうして室内カメラが1000円とか見えたら、とっても無視できないって事だったらしい。
「別にこんなのいらないじゃん、何に使うのさ」
健多が素朴な疑問を持ち出す。青山家は別に金持ちではないはず。ドロボーさんが狙うような価値があるとは思い難い。それなのに室内が見渡せるってカメラを買う理由はなんだ? と思う。
「だってさぁ健多、スマホで確認できるんだよ? すごくない?」
「まぁすごいと言えばすごいとは思うけど」
「うちも少しは未来的な生活をしようってわけさ」
取り憑かれるのが遅い人みたいに笑う父がいる。テレビを見る母はさっぱり興味がないようだ。そして健多も同じくらい関心がない。
「まぁ、テキトーにがんばってよ」
健多はそれだけ言うと部屋に戻った。1000円なんてお安いカメラは、どこぞに置くだけでよろしい。内蔵マイクに向かって喋れば、スマホでの確認者に伝えられる。逆に内蔵スピーカーからは向こうの声が聞こえるって代物。興味がない健多は、自分はノータッチと決めた。
「多分あんなのはすぐ壊れる、あるいは全然使わないはず」
そう思いながら女の子のイラストを描き始める。ついこの間すごい悲劇に見舞われてしまった。そのダメージによって自殺しようかと思ったが、彼女のやさしい心使いによって救われた。
「ブラジャー姿っていうけど、剛が言ったのはフルカップだったな。巨乳でそれは魅力的だなぁと思うけど、それを絵にするのはムズカシイなぁ……」
つぶやく健多にとって、かんたんそうでムズカシイって絵はジリジリする。それが魅力的なモノだったりすると、早く上手にしあげてニヤニヤしたい! とうずく。それは明らかにやりがいというモノで、もうちょっと言えば情熱の世界。
「谷間が大事なんだよな……こう……ふっくらやわらかそうって谷間の具合を上手に描かないと……」
真剣に描きながらも、最初のうちはどうしてもコーフンしてしまう。自分の描く絵に左胸が熱くなって、ちょっとおちつかなくなってしまって、両足とか太ももがザワザワして、まるっきり純情な小学生みたいになる。
「ハァハァ……」
だんだんと体がヒートアップ! ペンタブで描いてよかったと一瞬思った。これがノートだったら、作成中に口づけとかやりたくなったかもしれないから。
「いい感じ……ノレてる……いまのおれは熱意って言葉にノレてる!」
ここでスマホがブルブルって振動を起こした。なんだよぉと目を向ければ桃から電話だ。仕方なく左手で本体を持って耳に当てる。
「もしも~し」
「あ、健多……う~ん、別に用事はないんだけど、どうしてるかなぁと思って」
「今は絵を描いている」
「そっか、がんばってるね」
「いやぁ、当然」
「それでどんな絵を描いているの?」
「萌え絵、下着姿……を描いてる」
「下着? あぁ、そっか!」
「そ、そうだ。こういうのだって必要なんだ。描けなければいけないんだ」
なんか言われるかと健多はハラハラした。でも桃は特に突っ込んだりはしなかった。それどころか、確かにそういうのも描けないとダメだよねと理解を示してくれる。まことにありがたいなぁと嬉しくなる健多だった。
「でもブラ姿って意外とムズカシイでしょう?」
「ま、まぁな……」
「上手く描けそう?」
「要練習って感じかな。がんばって魅力的なのを描いちゃうつもり」
「そう……なんならわたしがモデルにでも……」
「え、なに?」
「な、なんでもないわよ」
健多としては今のはちゃんと聞かせて欲しいと思った。でも電話の向こうにいる桃は、なんか赤い顔しているようなボイスで突っ込まないでと怒っている。残念だと思いながら仕方なく話題を変えた。
「じゃぁそろそろ、絵を描きたいのでこの辺りで」
およそ20分ほど会話してから健多が言う。カップルとしては短い会話時間だ。桃から伝わってくるのは、もうちょいおしゃべりしたいなって感じの空気。でも桃は電話を切る前にこう言ってくれる。
「わたし、がんばっている健多が好きだから、応援してるから」
「あ、ありがとう……桃に応援してもらったら、死んでも頑張れると思う」
「死んだら意味ない」
「あ、そっか」
そんな微笑ましい電話を終えたら、健多は再び絵描きに取りかかる。魅力的な女の子を描けるようになろうと思って心を入れすぎたのだろうか、興奮度も上がりすぎてしまった。ちょっと横道にそれたくなってしまう。
ーただいま横道にそれまくり中ー
「よし今日はこのくらいで終わろう」
満足気にひたいの汗を拭ったあと、キモチよくフロに入った。こうして今日も無事に一日が終わると思い就寝。
(今日は快眠できそう)
そう思って寝たのだが、フッと真夜中に目が覚めてしまう。うっすらと目に入る部屋の時計を見たら午前3時ときた。
「ふぁあ……イヤな時間に覚めちゃった」
のっそりベッドから体を起こすと、いさぎよく運命を受け入れようとトイレに向かった。朝までガマンできるとは思えないほど尿意が踊っているから仕方ない。
「夜中の3時ってけっこうホラーだよなぁ」
そんな事をつぶやきながら、やる事をやって手を洗う。そしてまた部屋に戻ろうとしたとき、あ? と思い出した。あのガラクタにしか見えない1000円カメラってやつの姿が脳に浮かんだ。
「そういえばカメラは?」
なんとなく見てみたくなったので、居間に入り電気をつける。どこにあるんだ? とキョロキョロした後、テレビに乗っけられるようにしてセットされていると発見。やや上向きのカメラは、安っぽい見た目をしている。それが何も動かずジッと黙っている。
「まぁ、すぐにこわれるでしょう」
そう思いカメラに向かってテレビにVサインをやったりした。それから部屋の電気を消そうと思ったときだ。突然にカメラが動きです。
ーうぃーんと小さな音と動きが発生ー
え? と一瞬にドキっとした健多だが、それは見間違いでもなければ誤認でもない。明らかにカメラが動いた。意思があるようかのごとく勝手に動いた! と心臓がビックリした時、ふとこんな風に思ってみる。
「気のせい、気のせい、ゴーストバスバターズじゃないんだからさ」
冗談っぽい口調とは裏腹な緊張感。
「もしかして……」
父が夜中に目を覚まし寝つけないからスマホで遊んでいるのかな? と考えてみる健多だった。でもそれはちがう可能性が高いだろう。なぜって居間のとなりにある畳部屋が両親の寝室だ。シーンとしていて人の起きている気配も音もない。
「なんだ……タイマーで勝手に動いたりとか……そういうモノ?」
ドックン・ドックンと怯える心臓。部屋の電気はついても時刻は午前3時10分だ。世の中のひっそり感が自宅をも覆っている。
「意外と高性能なモノなのかな……」
健多がおそるおそる手を伸ばそうとした時、突如として何か音が聞こえた。それはシャーッという音だがシャワーとかそういうモノではない。ラジオを連想するようなシャー音だ。カメラが勝手に部屋を見渡し始めている。
それからつぎ、突如として人の声が出てきた。これには健多もマジでびっくり。もう少しで心臓発作を起こしそうだった。
「な……」
何やら人の声。しかも日本語ではない。女性の声で外国語、メチャクチャ怪しさが満ち溢れている。これは問答無用に怖いわけで、並のサスペンス映画よりも背筋がさむくなってしまう。
「うわ……なんだよこれ……」
やばい! と思ったのですぐカメラを掴んだ。それから電池を引っこ抜き動きを止める。それからドッと疲れ今のテーブルにうつ伏せする。
「マジでビビった……」
ぐったりした健多は寝る前にこう考えた。カメラが家に来たのは昨晩だ。そして動きでしたのをすぐに止めた。だいじょうぶ、絶対にだいじょうぶだと思いたい。何も問題などないと信じたい。そう思わないと安心して眠れなかった。
そして迎えた朝。健多は何食わぬ顔で朝食を食べている父に夜の事を報告した。すると父は実感が湧かないらしい。微塵もヤバイと思っていないような顔をしている。そこで健多は質問してやった。
「パスワードはちゃんとやった?」
「おぉ、もちろんだ。父を甘く見てもらっては困る」
なかなか得意気に言う父がいる。それならどんなパスワードにしたのか? と追加で聞いた。
「どんなって、説明書に書いてあったやつだ」
「説明書に書いてあったやつ? 初期パスワードってやつ?」
「言い方は知らないが、0123456789って10個を入力したぞ」
「あぁ……」
それはダメなんだよと健多は説明しようとした。初期パスワードでwebカメラを使うなんて自殺への入り口。しかも0から9まで素直に並ぶという単純さ。そんなのまったくのクソだと話そうとした。
「それってさぁ、自分の仕掛けた地雷で死ぬようなもんだよ? もうちょっとこう危機意識を持って……」
健多がひとまずお説教しようとしてみた。ところが父ってやつは、大事な話になると拒絶反応を示す。あぁ、そうか……と一見ちゃんと聞いているようで明らかに流している。そしてお決まりの一言で話を切り上げた。
「じゃぁ健多がパスワードをやっておいてくれ」
そう言って父はテレビのニュースを見ながら朝食を食う。朝から面倒な話はこれ以上やるなよとオーラで伝える。
「ったく……危うく世界の晒し者にされるところだったじゃんかよ」
ブツブツ言いながら顔を洗う健多だった。ヒャッとつめたい水が顔にあたったとき、夜中に聞いた音声が再生されゾッとした。だいじょうぶか? ほんとうにだいじょうぶなのか? と、その心配が収まるまで数日が必要だった。
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