第6話・SOS・特大トラブル発生! パソコンは2台持つ方がいい

 今日は朝からいい天気だ。今日もいい天気って名曲が脳内に流れてきてもおかしくはない。それに加えとなりに彼女がいるってなれば、学校帰りの道はまぶしいロードという他ない。


 いま、ちょっと風が吹いた。となりの桃を一瞥した健多は、いつにも増して得したキブンを噛む。


「どうしたの?」


「な、なにが?」


「なんか嬉しそうな顔してるなぁと思って」


「べ、べつに……ふつうだよ、ふつう」


 健多がアハハと笑った時、今日という神さまがサービスを施してくれた。さっきのより強めの風が吹いた。すると桃が赤い顔で慌てる。


「きゃ!」


 ブワーっと舞い上がる桃のスカート。色白むっちりな感と同時に、目に入ったのは何と薄いピンクのパンツだ。それはいい天気のまぶしさが、女神専用のライトとして輝いているように見えた。


(うぉ!)


 見た、見えた、モロに良いモノが見えた、ベリーハッピー! これ青春では必需品みたいなカンゲキ。


「み、見た?」


 桃がスカートを抑えながら、赤い顔でクッと健多を見る。


「み、見てない……なんのことかサッパリわからないです」


 健多は全力で無罪をアピールする。


「そう……それならいいんだけど」


 桃は安心したようではあったが、どことなく残念って感じも浮かべた。そこで風の事は忘れて少しばかり無言で歩く。


 すると今度はでっかいランジェリーショップの近くで、信号って目玉のせいで一時停止。そのとき健多は看板のグラマーさんを見た。なかなかの巨乳さんで着用しているのは白いフルカップ。それに見入ってしまう。


「こら……」


「あぃてて、いきなり脇腹をつねるのは止めろよな」


「何に見入ってるんですか、逮捕するよ?」


「あ、ちがうんだ。これにはちゃんと理由があるんだよ」


「ほぉ~それなら理由を聞かせてください」


 桃に言われた健多は、歩き出すと同時に事情を説明した。友人の加藤剛から萌え絵に対してリクエストをもらっている。ひとつは水着姿でもうひとつはブラ姿。それがゆえ、あんな感じがなぁと看板を見るのは当然と主張した。


「あぁ……なるほど」


 クッとしぶい表情をしつつ、桃は理解を示した。彼氏がどういう夢追い人かと考えたら仕方のない話。ここでギャーギャー言うのは女が腐ってしまうと考える。でもうっかり一声おとした。


「まったく……わたしだって巨乳なのに」


「え、なに?」


「うるさい、なんでもない!」


 そんな風にイチャラブしまくりで下校時間をたのしんだ。バイバイする頃には、健多はすっかり舞い上がっていた。


「うすいピンク色……えへ……神さまありがとう!」


 恥じらいながらよろこんだあげく、神さまありがとうとか口にした。一見するとほほえましい姿だが、じつは運を使い果たしてしまった。そう、よろこびだけで進むほど世の中は甘くなかったりする。


「さて、がんばるぞ! 青山健多、これよりがんばりまーす!」


 帰宅したらマッハで着替え、即座に机に向かってパソコンの電源を入れた。健多にしてみれば今日はいいフンイキが流れている。この勢いをムダにしてはいけないとばかり、見えないエアはちまきを頭にまいた。


「そろそろ新しい外付けハードディスクを買わなきゃいけないのかなぁ」


 ここ最近健多の外付ハードディスクは容量がガタ落ちだ。でもそれ、萌えやアニメの動画とか、あるいはムフフな動画を消せばかなり楽にはなるのだが。


「しゃーねぇ、おまえはちょっと横に引っ込んでろ」


 USB接続を外し、外付の本体を机の隅っこに置く。これで開放されたようなキブンを味わった。もちろんデータを死守するためにUSBメモリーは使う。こいつはUSBポートに挿しっぱなしで、いざ作業開始! 


「かわいい女の子を描く。しかも水着姿とか下着姿とか、作者がドキドキしたらダメなんだけど、わかってるんだけど……ドキドキしちゃうなぁ」


 そんなつぶやきが出るほど描きに集中しそうだった。もうすぐで無心状態になるとこだった。それなのに夕飯って声が母から飛んでくる。


「うぅ……仕方ない」


 健多は絵を中断し、そこまでの状態はUSBメモリーに入れて、キブン直しとばかりウィンドウズを再起動させ場を離れた。


ーそして悲劇発生ー


「あれ?」


 午後8時過ぎ、パソコンの前に戻ってきたらドキっとした。ちがう、ちがうぞ! 何がちがうって、デスクトップの壁紙がおかしい。


「ウィンドウズが用意しているダサい画像なんか使うわけない。なんで勝手に壁紙が変わっているんだよ」


 なんだよいったい……と思いながらパソコンを操作しようとするとフォルダーがまともに開けない。縮小版表示ができなくて、アイコン表示も何かまともに働いていない。


「あれ? で、データが立ち上がらない?」


ードックン・ドックンー


 突然にやってくるすごい緊張感。平穏な日常を信じ切ったりすると、突然のハプニングが地獄のように怖く感じる。


 ちょっと見つめようと思った画像が立たない。しかもそれ自作のイラストだから、ドキドキ度はハンパないレベル。ペイントもしくは他の画像観覧ソフトも同じ。画像が立ち上げられない。


「ちょっと止めてくれよ……」


 スワーっと倍増する恐怖。ここで健多はお絵描きソフトを立ち上げようとした。するとお絵描きソフトがなぜか……なぜか……立ち上がらない。


「え?」


 一気に健多の意識がぶっとんだ。まっしろになった頭で、現実って2文字が受け入れられず、壊れたような目でボーッとする。


「え? え? え? え? え? え? え? え? え? え?」


ードックン・ドックン・ドックン・ドックン・ドックン・ドックンー


 健多の顔から余裕が消去されてしまった。何回ともなくブツブツ言ったり、マウスをカチカチやったりして内心穏やかではない。


「そ、そうだ……こういうときこそネット! ネットには親切な人がいっぱいいるんだ、こんなトラブルごとき……」


 ところが! どういうわけか無線LANが立ち上がらない。いや、無線LANという存在自体が神隠しに遭っている。


「ダメダメ、こういう冗談はダメダメ、ダメだよ、こんなのダメだよ」


 ジッとしていられない健多は、となりの部屋にパソコンを持って移動。ここは普段つかわない場所で、ネット回線の入り口で無線LANもここから飛んでいる。その部屋に入ったら、パソコンを有線ネットにつないでみた。


「Chromeもなんかおかしい!」


 どこまでも健多は追い込まれた。Chromeもダメ、キツネもダメ、IEもダメ、オペラもダメ、ダメダメな現実がぶ厚い大気のようにのしかかる。


「青山健多をナメるなよ。こっちにはスマホという手段もあるんだからな」


 そうつぶやきスマホを取り出したとき、直接聞いてみようかなと思った。彼女である桃は多分ムリだろうけど、剛ならわかるんじゃないか? と期待してしまう。だからって感じでコールする。


「……というわけなんだよ、マジでヘルプ!」


「USBメモリーの中のモノは?」


「これも開けない」


「あぁ、わかったぞ。健多、エロいのを見てウイルスをもらったんだろう?」


「そ、それはない。パソコンは夜まで無事だったんだ」


「それってなんにもできないの? 全滅?」


「いや全滅って感じではない……音楽なんかは再生できる」


「部分的に狂っていると?」


「部分的だけどめちゃくちゃ狂っているという感じかな」


「多分それは……」


「それは? なんだ、教えてくれよ」


「わからん! ハハハハハ♪」


「なんだよそれ……」


 電話の向こうの剛からは深刻さが伝わらない。まぁ、きみの問題はきみで解決してよ! 的な、見捨てた感がただよってくる。


「健多、一応聞くけど復元ポイントとかは?」


「復元とかはやらない。ウインの復元は役に立たない……」


「システムイメージバックアップは?」


「……やってない」


「健多はパソコン何台持っているんだ?」


「一台」


「健多、全然ダメじゃん。じゃぁ女の子のイラストはどうなった? まさか失ったみたいな事は言わないよな?」


「イラストは作成中だった。いい感じで進んでいたんだよ。水着姿もブラ姿も、もうすぐ勢いづくって感じだったんだ」


「おいおい健多……おれはブラジャー姿のイラストを見たくて心から待ってるんですよ? それを無くしてどうするんだよ」


「まだ無くしたとは決まってない」


「健多、たしか外付のハードディスクを使っているとか言ってなかった? そっちには入れてないのか」


「実は……」


 健多曰く、外付も容量が少なくなってきたとか思ったころから、ちょいと手抜きが生じていた。大切なデーターをひとまずUSBメモリーに入れるって事はしていたが、外付に回す手間を後回しにする悪いクセがついていた。


「じゃぁ保存してないの?」


「してはあるけど……下書きの練習って……そんな段階までしか入れてない。そんなのあっても役に立たない。今となってはゴミだよ」


「あ~あ、悪いのは健多じゃないか。油断しまくり、保存作業さぼりまくり、パソコンの神さまを信じまくり。ダメだなぁ健多って」


「ぐぅ!」


「健多……おれからできるアドバイスはひとつ」


「なんだ?」


「データが消えてもクビ吊ったりするなよ? ショックのあまり線路に飛び込んでしまうとか、化学薬品をかぶって自殺とか、そういう事はするなよ?」


 ここで電話が切られた。ツーツーって音が、ダメ人間の心臓に突き刺さる。しかし健多はここであきらめるわけにはいかない。


「青山健多は……そんなカンタンに死んだりしない!」


 スマホで情報検索を開始。なんの問題もなくスマホ版Chromeを見ていると、思わずセリフが出てしまった。


「やっぱりパソコンは2台あった方がいいんだろうなぁ……」


 思わず涙が出そうになったが、がんばって有益な情報を探す。そうしてついに、健多は答えにたどり着けた。


「プロファイル? プロファイルの破損?」


 なんとなく……わかるように思えた。ウィンドウズのくそったれめ! という気もした。


 でも今は憎しみより肯定的な行動が必要。スマホの情報にしたがい、やれることは全部やった。ウィンドウズでは重要な手段とか言われるセーフモードっていうのもためしてみた。しかし健多の思いは通じない。


「セーフモードでもダメ? じゃぁ死ねってこと?」


 青山健多がどえらいピンチに立たされた。彼に残されている手段はただひとつ。神の一手ともいうべき行為、すなわちリカバリー。これを持ってすればいかなる問題も余裕で解決する。


「Cドライブだけのリカバリーでたすかるか?」


 ギュッと手をにぎる健多、賭けるとすればそれしかなかった。健多のパソコンはCとDに分けてあって、CはウィンドウズにくれてやりDを健多が使うって運用をしていた。Cドライブに健多のデータは何も入っていない。


「Cドライブだけでも……環境の再構築が大変だろうなぁ。でもこの問題が解決するなら安いもんだ。それに……USBメモリー内部だってたすかるかもしれない」


 手の平にのせたUSBメモリーを見つめて健多はつぎのような展開を期待していたたのである。


 Cドライブだけをリカバリーする。くそったれなウィンドウズを復活させれば、パソコンはもちろん、USBメモリーの中だって開けるだろう。


「やるしかない。やるしかない……」


 健多がリカバリディースクを取り出し、そいつをノートパソコンの体内に入れた。そうしてリカバリーをスタートさせるとき……悲劇の追加が発生。


「あ、ちょっと……こら、こら!」


 冷静でいられなかった健多は、ハードディスク全体のリカバリーをかけてしまったのだ。それが動きでして数分後に気づいても手遅れ。ここで止めるとハードディスクが死んでしまうだろう。


「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 健多が本気で絶叫してしまった。あまりの声に1階から母がかけつけてきたほどである。


「どうした、健多!」


 部屋のドアを開けた母が見たのは、うっすら涙うかべる息子の姿。


「ぱ、パソコンが……」


「なに? 壊れっていうの?」


「CとDを丸ごとリカバリーしてる……」


「はぁ? 壊れたわけじゃないの? だったら大げさな声は出さない!」


 バン! とドアをしめて母は出て行った。パソコンの世界というのは、他人の痛みはわからないものだ。


「あ……ぅ……」


 健多がばったりとベッドに倒れる。それまさに力尽きそのもの。顔は死人のように青白く、まともな呼吸もしていない。


 思い返せば今日はとってもいい日だった。天気もフンイキも問題なし。学校の帰りには桃のピンク色パンツまで拝めた。こういうすばらしい日が、こんなひどい結末を迎えようとは誰が予想できよう。


「だめだ……なんにもする気が起こらない」


 健多の心が死人モードに突入。仰向けになって両手を広げると、いったいどこをみているのかわからなくなる。


「あぁ……無の世界に帰りたい」


 健多の心がズーン! と沈む。パソコンだけががんばって動いているが、持ち主はもういつ死んでもおかしくない精神状態。


「おれも夜空の星になりたい……」


 健多はパソコンのリカバリーが終わったとき、USBメモリを挿してみたが、残念なことに中身が白紙にされていた。だからもうカンペキに立ち直れない。


 健多が失ったデータ量は、割合で言えば微量だ。外付ハードディスクからひっぱりこんでくれば、つい最近までの分量は戻ってくる。健多にしてみれば、失ったデータは全体の数%くらいなモノ。


 しかし数%のダメージがドデカい。翌朝の健多はおそろしいほど顔が死んでいた。生きる屍とかいう表現がぴったりだ。


「健多、どうしたの? ものすごく顔色がわるいよ?」


 学校につくと早速桃から心配された。


「うん? まぁ別に……」


 もはやたましいが抜けている少年は、いとしい彼女に心配されてもなお、死人モードを解除できない。


「何があったの? 教えてよ、彼女として心配なんだよ」


 桃は人気のすくない階段ちかくに健多をつれていくと、少しでも力になりたいって目をした。


「桃に言ったところで……」


 投げやりになりそうな感じだったが、とりあえず健多は昨日の悲劇をボソボソっと語った。その痛々しさはすさまじいモノがある。


「そ、そんな事があったんだ」


「いいんだ……パソコンだったらよくある話だから」


 すると桃が突然に、健多を廊下のカベに押しつけた。ふだんなら赤い顔でドキッとするはずの彼氏だが、死んだような顔はそのまま。


「健多……健多にはわたしがいる、わたしがついてるよ」


 キッとした顔で健多の片手をとる。ほんとうは……Fカップという、豊かでやわらかい弾力って場所に当てさせようかと思った。それでもいいかなと思ったが、ひとまずは自分のほほに当てさせた。


 健多の手に一肌のぬくもりとやわらかさが伝わる。そうして桃からパソコンのトラブルなんかに負けないでと伝えられた。


「わたしは何もできないかもしれないけど、健多のそばにいるから」


「桃……」


「パソコンの神さまが健多にイジワルしたって、わたしは健多を見守るよ」


 死にかけていた健多の心が救われた。あぁ、なんてあったかくてうれしいキブンだろうと思ったら、人として立ち直れるような気がする。


 こういう2人を周囲はヒューヒューと茶化したりする。今日は初夜ですか? とか、やりすぎて腰を痛めるなよ! とか色々うるさい。でもそういう喧しさも、見つめ合う2人には何ら気にするモノにならなかった。

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