第5話・桃の姉はネトゲーやPCトラブルがお好き
健多の彼女である白石桃には3つ上の姉がいる。見た目はおっとりぽいがおチャラ気度が高く、それでいてごくたまにしっかり者になったりする。その名前は葉月とかいう。
「ただいま!」
雨降りの中を学校から帰ってきた桃、びしょ濡れのモノをカサ立てに突っ込む。それから返事がないので、もう一度ただいま! を言おうとした。
「ヘヘヘ、ざまー!」
二階から姉の声が聞こえてきた。勝ち誇ったような感と、ちょっと幼稚でない? みたいな感が混じっている。
「お姉ちゃん、ただいま」
白いドアをノックすると、内側から元気一杯な声が聞こえた。フリータイムに満ち溢れた大学生の姉が、カムヒア! とか言う。
「わたしは犬か……」
そう突っ込んで葉月部屋に入った桃、いったい何を叫んでいるのかと問うた。
「うるさいやつを言い負かしてやったの」
えっへん! と中学生みたいに誇る葉月。何事かといえばネトゲーの話だった。彼女の愛用する机の上には、女子力に満ちたピンク色のノートパソコンがある。一見するとキュートだが、ゲーム三昧も可能なハイスペックだ。
「また珍獣狩り?」
桃が言えばそのとおりだった。葉月がやっていたのは、異世界に入って珍獣を狩るというゲーム。一人でやってもいいしチームに入ってもいい。金と経験値を稼ぐと、出世だの結婚だの生活が有利になるという仕組み。
「人が要領よくやっていたら、ズルいとかほざきやがるんだよ。卑怯者とか罵られたらだまっていられないよ。だからメッセージを送り返してやったたんだよ。ファックとか、ゴートゥヘルとか」
自慢するように語る姉だが、妹は疑るような目で指摘した。
「要領よくっていうのは横殴りじゃないの?」
「まぁ、そうとも言うけどね」
「お姉ちゃん、ネトゲーはマナー守らないと」
「えぇ……要領よく生きて悪人扱いされんの?」
葉月は絶対に納得しないって様子。横殴りとかいうのは、他者とか他チームが珍獣と戦っている時、横からチャチャ入れして経験値を稼ぐ。うまく行けば獲物を横取りする。てっとり早く金持ちとか勇者になる手段。
「横取りってドロボーと一緒じゃん」
「ちがうよ桃、これはさ、例えるならゴール前で入り組んでいるサッカーだよ。そこで頭ひとつヒョイっと出してシュートを決めるの。それって英雄でしょう? わたしもそれと同じ事をやっているんだよ」
「それはちがうと思うけどな……絶対に」
やれやれとあきれながら、イスに座っている姉の後ろに立つ。すると姉がくふふとイヤらしい笑いを浮かべる。
「な、なに?」
「いやぁ、桃はいい匂いがするなぁと思って」
「お姉ちゃん……」
ほんとうに姉ですか? と言いた気な目で、ノートパソコンの画面を見た。そこには文字のやり取りというケンカが記録されている。
荒々しい言葉。下品な言葉。暴力的な言葉。上品と無縁なゲスな応酬。どっちも子どもみたいとしか言いようがない。
「お姉ちゃん大学生でしょう? ちょっと幼稚じゃない?」
「え、だって悪いのは向こうなんだよ桃」
「どんな風に?」
妹に聞かれたので姉は成り行きを説明した。通称「横殴り」 葉月に言わせれば賢者の営みをやったとき、誰かがブーブー文句を垂れた。そのとき相手が書いてはいけない事を書いたのである。
ー桃娘なんて名前は女だろう? いい加減にしろよババアー
それを見て葉月がぶっ飛んだ。仮にもピチピチ女子大生に向かってババアとか言った。これは黙認不可能だから、メッセージを返した。
ーうるさい。おまえこそ中学生くらいだろう。仮性包茎は消え失せろー
そんなやり取りをやったら止まるわけがない。2人はギャーギャーならぬ、チャカチャカを暴力的なキモチでやり続けた。
「ね、ね、悪いのは向こうだよね? わたしは無罪だよね」
「お姉ちゃん、女とかババアとか言われても無視すればいいじゃんか」
「ムリだよ、乙女が黙っていられないよ」
「うんぅ……桃娘なんて名前で吠える方が恥ずかしいでしょうが」
「え、桃……わたしの味方してくれないの?」
「お姉ちゃんの方が悪いような気がするので味方しません!」
「がーん!」
かわいそう過ぎる姉を見せつけるように両手で頭を抱える。そんな葉月は外にただよう雨音を聞き、部屋の時計で午後3時半だとか見て、心を鎮めようと決意した。ユーチューブで音楽鑑賞でもするよとつぶやく。
これで少しは静かになるでしょうと期待して、自部屋に入る桃。やれやれとか言いながら、ベッドにカバンを置いたらブレザーを脱ぐ。
次に白いシャツのボタンをゆっくり始める。2つか3つって辺りで、ふっくらやわらかそうな谷間が出現。姉の葉月に言わせれば女神の持ち物。さらにボタンを外すと、白いフルカップが誕生。姉の葉月にいわせれば豊満安楽所。
「ふむ……」
上半身は白ブラ姿のままスタンドミラーの前に立つ。
「高1でFだから……もうちょっと育つかもしれない」
そんな乙女なつぶやきをして、色白な片手をやわらかい谷間に当てた。ほんとうはこのくらいで止まってもいいと思っていた。でも彼氏の健多は、まちがいなく巨乳好きなので、それならもうちょっとくらい成長してもいいかなぁって思う桃だった。
「二次元の女子に負けていられないよ、わたし!」
気合を入れてTシャツを着た。それからスカートを履き替えた。そのとき、静かだと思っていた隣室からにぎやかな声が発生。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
また姉が何やら絶叫している。雨降りの静かなフンイキが台無し。今度なに? と桃が葉月の部屋に入る。
「お姉ちゃん、どうした?」
「や、やられた……」
ガクガクっと震えながら、右手の人差し指をPCに向ける葉月。その画面には卑猥な絵画像がべったり貼り付いている。
「お姉ちゃん、何を見ているのよ」
「ち、ちがう……これエロウイルス……貼り付いたまま取れないの」
葉月はちょっと涙目を思わせるような感じで説明した。あの胸糞悪い珍獣狩りを終えてしばらく後、ふとメールが来た。ちょっと怪しげで添付ファイルまであれば、ふつうは捨てるところかもしれない。しかし件名と本文が挑発的だったので、とっても無視できなかった。
「挑発的ってどんな?」
「件名には受け取れクソババア! って書いてあって、本文には根暗で引きこもりのババアに挑戦する、根性があったら添付ファイルを開きやがれ! って書いてあった」
「それで開いたと?」
「開くしかないじゃん。女のプライドがかかってるじゃん」
「どういうプライドなのよ、いったい何と戦ってるのよ」
桃はあきれてマウスを手に取る。くそったれな画面を見ないようにしながら、動かしてみたりクリックするが画面はかわらない。キーボードでチャカチャカっとやってみたが同じこと。
「どうすんのこれ?」
桃は姉を叱るような目で見た。もし葉月が落ち込んだりしたら、一度は本気で叱ろうかなと思った。
でも葉月は急に表情を立て直す。これくらいじゃぁめげません! とかいう感じで、意味不明にエラそうな親指立てをする。
「こんなの痛くも痒くもない。リカバーすれば解決するし」
「あぁ……なるほどね」
「リカバリーディスクがある限り、わたしは無敵の女って感じだよ」
ハハハと笑う葉月、シアワセにして豪快な姿勢に桃は面食らった。ちょっとは悩めよなと言いたくてたまらない。
「でもお姉ちゃん、リカバーしまくっていたらPCの寿命が縮まない?」
「大丈夫、大丈夫、わたしは神さまに愛されているから」
どこにどのような根拠があるのかわからないが、葉月は自信に満ちている。ウイルスメールを開くなんてマヌケな事をやっておきながら、パソコンの神に愛されているとかいう。
この人は長生きするだろうなぁと思い、疲れた顔でマイルームに戻る。少しだけ、およし20分くらい横になろうとベッドに倒れる。
「おぉ……気持ちいい……」
やわらかいベッドに疲れが吸収されていく。そのときの気持ち良さっていうのは、いかなるオーガズムも敵わないほどステキ。桃の目がうっとりした後、スーッと眠りに入っていきそうになった。
そのとき、これまたにぎやかな叫び声が聞こえた。今度は自室を出て桃の所にやってくる音がする。
「桃、桃、すごく大変、めっちゃ大変!」
「うるさいなぁ……いったいなに?」
「リカバリーしてるんだけどさ、せっかく集めたアニメの巨乳画像を保存していなかった。どうしよう」
「知るか……バカ!」
勝手にやってろ! とばかり、桃はイライラしてしまった。せっかく入れそうだった眠りへの入り口が、ふっと消えてしまった。
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