第4話・夢追い人な友人の登場。健多がウィンドウズ10にしないわけ

 高校の入学式はちょっと忌々しいモノだった。ところがその後、生まれて初めての彼女ができたりするから人生はおもしろい。


 青山健多は萌え絵を描くのが好きってヒソヒソされる一方、白石桃なんてハイクオリティーな彼女がいる! とうらやましがられている。これはもう生きていて良かったとしか言いようがない。色々つらかった中学生時代に向かって、ざまーみろ! なんて言いたくなる。


 本日、4時間目が始まる前に別のクラスから一人の男子がやってきた。初対面のくせに、たいせつな話がしたいとか言う。どうしようかなぁと思った。健多としてはかわいい彼女と会話する方がいい。でも男の友情も大事なんだろうな……と思う事で、仕方なく昼休みの誘いに乗った。


「やぁ健多、悪いなぁ」


 校内自販機の前で待っていたのは加藤剛とかいう。知り合ってからの時間はまったく少ないというのに、もう名前で呼ぶから調子のいいやつだ。


「で、たいせつな話ってなに?」


 健多は紙パックのジュースをひとつ買うと、中庭でもブラブラしようかって誘う。オーケーと言った剛はコーヒー牛乳を買ってから歩き出す。


「健多、おまえエロマンガ家を目指しているんだって?」


 いきなり剛が恥じらい抜きの声で言う。


「はぁ? エロマンガ家ってどこから出てくるんだよ」


 ジュースを飲みながら健多はゾッとした。事実なんてどこで捻じ曲げられるかわからない。萌え絵を描くのが好きだからエロマンガ家を目指しているなんて、うっかりすれば真実っぽいから性質の悪い情報だ。


「ちがうのか?」


「ちがう! おれはかわいい女の子を描くのが好きだ。萌え絵のイラストレーターになりたいとか思っているんだ」


「あ、そうか。そういうことか」


「ったく……なんでエロマンガ家にされるのやら……」


 あきれた健多に目線を向けられると、剛はグゥーっとコーヒーを吸って飲んでから、得意気に自分の話をした。なんでも物語を綴るのが好きらしく、文筆家とか小説家を目指すらしい。


「へぇ~いいじゃん。書くのが好きって格好いいじゃん。それでどんなの書くのが好きなんだ?」


「一般ジャンルで色々だけど、主に恋愛とかSFが好きかな。あとエロいのを書くも好き。エロ小説書くのはめっちゃ好きだぞ」


「そ、そうなんだ?」


「エロ小説で何人もの女とやりまくる。これってさぁ、生きているって実感なんだよなぁ。エロ動画見るより燃えるんだよなぁ。作者のおれがシコってしまうんだ」


 すげぇ! 健多はマジに衝撃を受けた。こんな赤裸々に自分をさらけ出すやつは初めてだった。エロ小説なんて言うのみならず、やりまくるとかシコるとか、そういう表現をなんら恐れずに言い放った。加藤剛はすごいと思う健多がいる。


「でも加藤、それとおれとどういう関係がある?」


 重要な事を尋ねずにはいられない。女の子の絵を描いてワクワクする事と、エロい小説を書いてドキドキするのは別の世界。なにが言いたい? と健多が思うのはムリもないこと。


「いやさぁ、一度やってみたいと思うことがあって」


「なに?」


「共作っていうか、共作もどきってこと」


「共作?」


「おれが小説を書いて、健多はイメージを描く。おれってさぁ、頭の中にイメージはあるけど絵にはできないんだわ。それが出来るやつと、いちど仕事してみたいとか思っていたんだ」


「仕事って……おれらド素人の高校生じゃん」


「でもほら、共作したのをネットにアップしてさ、注目されてチヤホヤされたら当たるかも。先生とか言われるかも! お金が転がり込んでくるかも!」


「あぁ……なるほど……そういう営みもあると言えばあるなぁ」


「そうだろう? 別に将来どうのってわけじゃなくても、そういう事を一回やってみたいんだよ。どう? 一度やってみない」


 剛のテンション高いって笑顔とフンイキに、健多はちょっと心がドキドキさせられた。都合のよい物語を想像すると、100億円手にして遊園地で遊ぶような、豪華絢爛なイメージばかり浮かんでくる。


「まぁ、たまにはそういう事をやってもいいかな」


 健多はそうつぶやくと、自分の中に浮かんだ妄想を消すかのように咳払。それから剛に、おまえの小説を一度見せてくれと伝える。


「大体はネットに出してある。エロいのも出してる」


「どこに出してる?」


「小説家を超えてみようって場所に出してる。tuyosiと裏tuyosiがおれの名前」


「わかった、後で見せてもらおう」


「それで、おまえのイラストっていうのを見せてほしいなぁ」


「もちろん見せよう」


 フフっと不敵な笑みを浮かべ、冷静な自慢って目でスマホを渡した。それを見て剛はけっこう喜ぶ。


「おぉ、けっこう上手いなぁ。しかもかわいいし巨乳! これって……健多の彼女がモデル?」


「ち、ちがう。桃と知り合うずっと前に描いたモノだ」


「けっこう好みだ。この子でビキニ姿とブラ姿を描いてくれよ。それに合わせて萌え小説を書くからさ」


「お、おれの描く女の子に合わせて加藤が萌え小説を描く?」


「健多の絵は健多の娘、それをおれが脳内で好き放題するってわけ」


 なんかイヤな言い方をするなぁ……と思いつつ、健多は応じることにした。自分がイラストを描く練習を兼ねればいいのだと考えた。そうすれば時間をムダにしたって思わなくて済む。


「わかった。水着姿と下着姿を描くよ」


「あ、水着姿は水色の三角な、ブラは白いフルカップだぞ?」


「えぇ、こだわりがあるのか?」


「それが創作ってものだろう?」


「あぁ……たしかに。わかった、注文承りました」


 そんなやり取りをした後、剛は健多のスマホを待受画面に戻した。そうして目に入ったキャラクターにおどろく。


「あれ、これってまなみじゃん」


 剛いわくウイン7のまなみは過去の産物。いまだに好きなのか? って事で、確認するかのように聞いた。


「まさかパソコンはウイン7か?」


「うん、一生7で押し通すつもりだ」


「えぇ、マジか? なんで10にしないんだよ」


 剛から放たれるメタクソ呆れるって声。彼に言わせると7はもう古い、そしてダサい。見た目は地味でも10の方がいいのは明らか。仮にまなみを愛しているのだとしても、それとOSは別だと考えればいいと主張した。


「いや……7は思い出深いんだよ。それにちょっとトラウマがあるんだ」


「トラウマ?」


 ここで健多はちょっとばかり過去を語って聞かせる。7は最高によい! と思っていたので、8がどうとか別に考えていなかった。


 しかし! ある日にUSBメモリーを買いに出かけたときの事だ。近所の大型電化センターに入った時、今のパソコンはどんなモノ? と思ったのである。そうして目にしたのがウィンドウズ8の並び。


 げ、なんだこれ! ウィンドウズが異世界ワールドになっている! と思った事はよーく覚えている。ハッキリ言えば思いっきり不気味に見えた。そのデザインは宇宙人のデザインみたいに思えてならなかった。


「キモチ悪いと思ったわけで、7への愛情が深まったってわけさ」


「でも健多、10は8と違うぞ?」


「え、そうなのか?」


「ちょっと似たような感じだけどちがう。それに7よりいいぞ」


「具体的にどこがいいんだ?」


「メモリーの消費がおだやか。だからゆるーく優しく快適に動くって感じ」


 剛は10の利点をさっくり並べてみた。ところが健多はさほど興味を示さない。いや、もうちょっと正確に言うと、7へのこだわりから抜けることを拒絶している。一度好きになったらとことん突っ走るタイプだ。そう言えば聞こえはいいが、直線しか身につかない人って事でもある。


「健多ってあれだろう……」


「な、なんだよ」


「ショートケーキが旨い! と思ったら、1000日ショートケーキだけ食べるようなやつだろう?」


「ぐ……そ、そんなことは……」


「萌え絵を描くのに柔軟性がないのは良くないぞ」


「じゃぁ加藤はどうなんだよ」


「おれ柔軟性バツグンだよ? 1000日ちがうケーキを食べられる人だよ」


 ハハハハと勝ち誇ったような剛。なぜか敗北したようなキブンにさせられる健多。ひとまず両者は共作をやってみようかって結論づけた。おれの事は剛と呼んでくれ! と言って剛が立ち去る。にぎやかな奴だったので、立ち去られると場がさみしい感じになってしまう。


「剛の小説か。確か小説家を超えようだったな。tuyosiと裏tuyosiだったな」


 気になるので小説を見てみることにした。一般……と思ったが、やはりエロい方に好奇心を引っ張られるので、そちらから拝んでみることにした。


「なになに、ぼくが欲しいのは彼女の谷間とハチミツ?」


 なんつータイトルだとあきれながらも、当たり前のようにクリックしていた。そうして読み始めると、これがどうしてそそる、そそる!


「すげぇ……本気で胸の左側が熱くなってきた」


 絵描きの健多にとってはかなりのビックリだった。文字だけの世界なのに、脳内にラズベリージャムが混じってきたようなに感じる。剛に文章力があるのかどうかはわからないが、強引に読み手を引っ張る勢いはある。


「ハァハァ……」


 気がついたら健多は体が熱くなっていた。ちょい読みで終わるつもりだったのに、止められるわけないだろう! って顔が真っ赤に溶けている。


「こら!」


 いきなりビシッと来た現実ボイス。


「な、桃」


 死ぬほどおどろいた健多は、彼女の名前を口にした。おたがい名前で呼びあうようにしようって決めていたので、桃の方は青山くんではなく健多と呼ぶ。


「いつまで経っても戻ってこないから様子を見に来たんだよ」


「だからって急に声をかけるなよ。ショック死したらどうするんだよ」


「健多、スマホで何を見てんの?」


「何って別に……」


「ねぇ、顔が真っ赤だよ? 鼻の下がびろーんって伸びまくりだよ? エロいのを見ていたんでしょう?」


「ち、ちがう。み、見てたんじゃなくて読んでいたんだ」


「ったく、学校でエロコミックなんか読んで……」


「ちがう! エロコミックじゃなくエロ小説だ」


「エロ小説? 健多が小説なんか読むの?」


 桃がちょっと目を丸くした。萌え絵描きの健多は文章と無縁だと思っていたらしい。つき合い始めて日は浅いものの、観察力はなかなかに鋭い。


「小説……小説かぁ……小説ならいいかな」


「あれ? 理解してくれるんだ?」


「まぁ小説くらいわね……わたしもたまには、エロい小説を読んだりしてるし」


「え、桃がエロ小説を? マジで?」


「うるさい。わたしの事はいいの。健多がどんなのを読んでいたのか教えなさい!」


「お、俺はその……」


「やだ何これ……すごい直球表現が並んでるじゃん」


「か、勝手に見るなよ……」


 健多はスマホをポケットに入れると、おほん! とやってから、一連の流れを説明した。


 桃は話を聞いたら理解した後にためいきを吐く。やれやれって感じではあるものの、そういう事なら応援するよと続けた。がんばる健多を応援したいと思うので、イチイチ目くじらは立てないとか健気なセリフを出す。


「それにまぁ、健多はモテそうにないから浮気する心配もない。わたしがいなかったら一人ぼっちだよ。だから健多もわたしに応援されてうれしいよね? これっていいカップルだよね?」


 ズイっと接近された健多。これはどうするべきかと考えてしまう。マジメに答えるべきなのか、それとも茶化して笑いを取るシーンなのか。マジメに答えるべきと思う。でも笑いを取りに行く方が、ほのぼのって空気につながるかもしれない。そうして健多は後者を選んだ。


「いやぁ、別にモテなくても彼女はいっぱいいるもーん」


「どこにいるのよ」


「おれの脳内にいっぱいいるもん。それを絵にしたらさ、その気になったらキスのひとつくらい楽勝さ!」


 そう言って健多は片目でウインク。いぇい! と右の親指を立てたりした。それは笑いを取れるって確信あっての愚行だった。


 シーン! と静まり返るこの場。明らかに外したという痛々しさが漂う。これはやばいかなと身動きすらできない健多だった。


「健多……」


「は、はい……」


「バーカ!」


 かわいい彼女に言われるきついお言葉。ちょっとまってくれよって言えば、知らない! と返されてしまう。ひとり残された健多は青空を見上げた後、頭をかきながらつぶやいた。生きるっていうのはむずかしいなぁ……と。

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