第3話・桃って彼女が出来た日

 本日より学校は昼からも授業を続けるときた。ふわふわした感じが吹き飛ばされるような気がしてしまう。そんな風に思う健多は、昼になったら食堂に足を運ぶ。学校の食堂ってやつを経験してみたかったからだ。あたらしくできた友人と一緒に来れば、食事しながら人間関係への努力もこなせる。


「ラーメンっていうのは旨いのかなぁ」


 健多は興味と空腹を持ってつぶやく。


「まずは無難なカレーとかでしょう」


 ニューフレンドことクラスメートが言う。無難ってセリフに手堅さがあるように思われた。


「無難って冒険心を失った年寄りの言うことだ」


 ちょっといい格好してみせる健多はラーメンを注文。そうして思ったよりもずっと早く品物を受け取り白いテーブルに座った。


「うぉ、これはうれしい不意打ち!」


 予想外の美味によろこぶ健多。ついこの間まで中学生だったって感じの、屈託のない笑顔でラーメンを食う。


「で、青山に聞いてみたい事があるんだけどいいか?」


 向かいでカレーを食べる友人は、味の感想よりも先に会話を切り出す。いいよ! と健多が許可すれば、さっそくとばかり夢って話を出してきた。青山は萌え絵を描くのが好きなんだって? という質問から始まった。


「まぁ……ね」


 忌々しい入学式の出来事を思い出しつつ、健多は冷静に答える。


「かわいい女の子の絵を描くのが好きなんだ?」


 無難味のカレーを食べながら友人がニヤついた。ちょっぴりからかってみたいって意識が空気の中でユラユラしている。


「大好き! めっちゃ好き! かわいい女の子を描くことは生きがい。それができなくなったら生きている意味なんかない」


 健多が赤い顔をしつつも言い切った。なかなか男らしい姿だったので、クラスメートは感心した。少なくとも入学式の日に笑ったやつみたいな態度はとらなかった。むしろちょっとうらやましそうな表情になる。


「じゃぁ将来はイラストレーターになりたいと?」


「なりたいっす」


「ちょっと意地悪な質問してもいい?」


「どうぞ」


「女の子の絵ばかり描いて恥ずかしくないの?」


「別に……だって……おまえのためにやっているわけじゃないし」


 旨いラーメンを食べながら表面上は冷静を装った。健多は内心ドキドキしながら、こんな返しでいいのかなぁと思ったりする。絵を描くのが好きなことは事実だから、ズバ! っと格好よく決めてみたかった。


「おぉ……言うなぁ。ほんとうに夢を追っかけているんだ?」


  相手の見せる感心度が上昇。それはわずかながら、他の生徒にチラホラをさせる威力を持ち始める。


 もうちょっと意地悪な質問をしてみるかと思ったクラスメート、ジュースを購入してからテーブルに戻ってくる。そうしてわざとテレくさそうな顔をし、声量も少し上げて健多に言う。


「女の子の水着姿とかも描くわけ?」


「描く。そういうのめっちゃ大好き!」


「谷間とかユッサユッサとか描いてうれしい?」


「それはうれしいじゃなく生きがい」


 ちょっとした勝負みたいな事をやっていた。何を言われても負けない! って健多の姿勢は、神々しいホワイトオーラを纏わせるにいたる。そうしてラーメンを食べ終えると、向かいの友人も素直にホメるだけと変わる。


「パソコンとかタブレットで描くのか?」


 質問の内容が意地悪から普通に移行している。


「シャーペンでノートに描いて、色えんぴつで着色って事もやってる。アナログとデジタルの両方をやっておかないと、ヘタになるような気がするから」


 描く心を語らせれば健多のモノ。ちょっとはできる男ってモノがテーブルに広がっていき、周囲の注目をさらに引き寄せていく。小学校のときから、描き溜めたモノがおよそ4000枚っていえば、おぉ~って声が周りから聞こえた。


「で、ここまで話をしたら絵を見せてくれるかな?」


「もちろん」


 ジュースのコップをテーブルに置き、スマホを取り出し一応説明した。数のみならず容量もけっこうなモノだから全部は入れていない。お気に入りのモノだけを入れているんだと言ってから手渡す。


「おぉ、けっこうかわいいじゃん!」


「ふ、まあな♪」


「しかもけっこう巨乳でいい感じ。これはグッと来るねぇ」


「いやぁ、そんなことはあるんだけどさぁ♪」


 久しぶりに得意気を見せつける健多だった。ここでうれしいと思うのは自分がホメられていることが半分、残りは自作キャラが魅力的と言われたこと。それはもうアーティスト意識にとっては喜びハッピー大バンザイというところ。


「青山、描きながらコーフンしたりしたことは?」


「よくある。自分の彼女を作るようなもんだから」


 ヘヘヘと調子に乗った健多の笑顔は輝いていた。入学式の苦々しい記憶は、この場のやりとりによって記憶から消すことがスムーズに進行。何を言われても気にしなければいいんだ! という自信を得るにいたった。


「かわいい女の子を描くのは青春のお約束~♪」


 ランラン気分で食後の散歩を始める健多がいる。


「あの、ちょっと」


 不意に後ろから聞こえたのは女子の声。


「へ?」


 立ち止まって振り返ると、そこには一人の女子が立っている。一年生かな? って思うより重要なのは、とにかく相手がズキュンと来るような存在だってこと。


 ショートレイヤーカットが似合う美人型。それだけでも、おぉ~いぇ~! とか叫びたくなる感じ。パッと見の印象は性格良さそう。制服の上からでもわかる、けっこう豊かでやわらかそうなふくらみ具合。それらを総合すると、なんのためらいもなくこう言える。


ーモバゲーの萌えカードならSSRってレベル―


「え、えっと……なにか御用で?」


 キンチョーして口調が江戸っ子みたいになってしまう。少女が一歩ほど前進すると、健多のドキドキは5400回転ほどになる。


「青山くんだっけ?」


「そ、そうだけど……」


「わたしは隣クラスの白石桃。さっき食堂で会話が聞こえていたんだ」


 それを聞いた健多が焦りだす。先ほど食堂では大変によいキブンを味わった。でも人によっては、へぇ~って呆れるようなモノだったかもしれないと思う。萌え絵? そんなのやっているわけ? 的なツッコミを受けるのか? もしそうならおれはどうしたらいいの? と健多のドキドキが7200回転ほどに速度アップ。


「すごく格好良かったよ」


 にっこりやわらかいスマイル。ほんのりすももみたいに赤らんだ頬。豊かな胸の前に浮かべる尖塔のポーズ。まったくもってビックリする他ない。健多にしてみれば、突然現れたエンジェルに告白されたようなモノだから。


「え、え?」


 思わず周囲を見渡してしまった。それから桃という少女に顔を戻してから、なんと言っていいかわからず左手で頭をかいてしまう。そんな健多に桃がおちついた声で言ってくれる。


「夢を持っているって格好いいじゃない? それにさ、堂々と言えるのは大事だと思うんだ。いいじゃん、女の子の絵を描くのだってさ。わたしはさっきの話を聞いていて、青山くんを見直したっていうか……そんな感じ」


 特大の衝撃! まさかそんな、女の子にホメられるなんて思いもしなかった。絶対にありえない事だとさえ思っていた。つめたい目を向けられた事しかない健多にとってみれば、その驚きは南国ビーチに降った雪に匹敵する。

 

「わ、わざわざホメてくれるんだ?」


 甘い夢ならもっと見たいぞ! と思いながら聞いた。


「うん。それでついでって言ったらおかしいけど……お付き合いしてみたいとか思ったんだ。だから声をかけたんだ」


 再び訪れた衝撃。先ほどの何十倍、何百倍、何千倍、何万倍、何十万倍、何百万倍、何千万倍、何億倍もガツンと来る。お付き合いと聞こえたが、まちがっていたら困るので聞き返してしまう。


「お、お付き合い?」


 健多の胸の中では純情って名前のスポーツカーが、発狂ドリフトをキメまくっているようなモノ。冷静を装うのがとっても大変だ。


「ダメかな?」


「だ、ダメってそんな……いや、むしろこっちの方が聞きたい。なんで? え、だっておれ……萌え絵描くのが大好きで、他に趣味とかなくて、女の子にモテた事なんかなくて、特にかっこうわけでもないショボいやつだし……」


 これはもう心臓パンクの寸前だった。もし何かのまちがいだったらメチャクチャ残酷だと思う。そんな健多は手をニギニギしたり、右を見たり左を見たりして落ち着けない。落ち着け! っていうがムリな話。


「そんな事はないよ。ふつうに格好いいよ。夢を持っていてさ、それを堂々と言える男の子ってグーだと思うんだ。わ、わたしはそういうのが好みなわけで、なんていうのかな、ほら、マネージャーみたいな感じ? 応援するのが生きがいです! みたいなところ」


 ちょっと桃の声が震えている。健多はそれとなく左手で左の頬をつねってみた。ちょっと痛いのは現実の証。


「で、でもさぁ……ちょっと言ってもいいかな?」


 青山健多は恋の面接でもやっているようにドギマギしながらも、たいせつな事を言わずにいられなかった。


 ぜいたく、身分不相応、そうと分かっていても言うべきはイラストの作成ってこと。これは……これだけは、健多にとっては絶対に譲れないモノだった。仮にやめろとか言われてもやめられないこと。


「だからその……女の子の絵を描くのに夢中っていうのは、認めて欲しい」


「わたし、そういうのは理解できるつもり。女の子の絵を描くくらいいいじゃん。その絵と結婚できるわけじゃないし」


「う~ん……それでもう一つあるんだけど……」


「なに? 先に全部言ってよ。後で言われるのはちょっと困るから」


 顔面を赤くする健多にとって、萌え絵を描くにはエネルギーが必要。つまりモノを動かすためには燃料がいるって事。そのためには萌えアニメとか萌え画像ってモノが必要不可欠。それもまた生き様のひとつだって事を、できれば認めて欲しい。もし封印したりすると絵が描けなくなってしまうと……健多は訴えた。


「萌えアニメに萌え画像かぁ……まぁ、それくらいは別に」


 桃は豊かな胸に腕組みして、萌えを描くのだから萌えが必要なのは仕方ないと理解を示した。それは人が生きるための食事みたいなモノかなぁと、ちょっと恥ずかしそうにつぶやいたりもする。


 そういう桃を見て健多はちょっと気が大きくなった。スマホを取り出すと、こういうキャラクターも好きなんだと壁紙を見せる。


「誰これ? なんか見た事あるような気もする……」


「まなみちゃん。ウィンドウズ7のイメキャラ」


「ウィンドウズ7? 古いじゃん……」


「いや、古いけど……ウィンドウズ7は好きだ。そしてまなみちゃんも好きだ!」


 健多が少し意地っ張りな声を出した。小学生の男子が女子に反抗するような声に聞こえなくもない。それは一途な人であると同時に、執着する性格ってことでもある。生まれて初めて男子に歩み寄った桃にしてみると、青山健多は当たりかハズれかどっちだ? と思ってしまう。


「ねぇ、青山くん」


「はい」


「まなみとわたしとどっちがかわいい?」


「そ、そんな……どっちもかわいいよ。いや、そりゃぁ白石さんの方がかわいいけど、でも片方は地球で片方は金星って感じで、比較するほうがまちがっているって話みたいなわけで……どっちも魅力的と感じるわけで」


 赤唐辛子のように真っ赤な顔をする健多。動揺がすさまじく声が震えるだけではすまない。ぐにゃーっと絵がねじ曲がるかのように焦っている。


 青山健多は大丈夫かな? と桃はちょっぴり心配になった。でも逆に言えば、女子に迫られても己を通そうって姿には感心する。それに桃には大きな自信がある。どう考えたって自分が平面に負けるわけがないというモノ。


 腕組みすれば、やわらかく豊かな弾力を思う。それはブラのサイズで言えばFカップというモノで、バストサイズでいうなら94cmとかいうモノ。これが二次元に負けるなんてありえない。そう思うから心を大きく持とうと決心。


「いいよ。人には譲れない思いがあるものね」


 桃が言うと健多はジュワーッと溶けるような気がした。なんてステキな展開だろう。すぐには信じられないほど甘くてふわふわ。萌え絵を描くのが好きで一生懸命やってきたが、それで彼女ができるとはあまりにもありがたいと胸が震える。


「それで青山くんは、どんな感じの絵を描くのか見せて欲しい」


「もちろん、喜んで見せるよ」


 自信に満ちた健多の顔は、おれはもう小学生時代とちがうって思いに満ちていた。実を言うと数年前、絵を見せたらゲラゲラ笑われて傷ついた。ある奴にいたっては、健多の絵をこう表現した。


ー作画崩壊の女子キャラきめぇー


 そう言われたときは自殺しようかと思ったが、グッとこらえてがんばった。今となっては人に見せられるほどに成長した。


「あ、思いのほかかわいいじゃん」


 桃は健多に向かって、見直したって目で伝える。それと同時に安心感がつよまった。それというのも健多描く女子キャラは、少し自分と似ている。しかも巨乳ときているから、桃と健多はすでに結婚しているようにさえ思われた。


 これなら心配しなくても大丈夫と桃は確信した。青山健多は夢を追いかけ、もしかしたら成功するかもしれない。そして必ず自分の胸にやってくる。だから心配などセず、健多を応援していれば自分もシアワセになれると信じられる。


「これからよろしくね」


 スマホを返す時に桃から出る言葉。


「う、うん……こ、こちらこそ」


 この日、青山健多に白石桃って彼女ができた。それがどれほどうれしい出来事だったかは、健多の日記に詰め込まれた綴りが証明している。

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