第2話・健多のオヤジはデータ保守の認識が甘い上にお人好し

 高校生になっても、中学生時代とあんまり変わらないのかなぁと健多がアクビをした。明日からはもう昼の授業が開始というから、憂鬱って味わいがジワジワ増してきたような気がする。


「明日から昼の授業開始か……」


 ただ今は20時40分。自室にて女の子の絵を作成する健多がいる。今はパソコンでもペンタブでもない、広げた大学ノートに描いている。こういうアナログ作業をやるにはちゃんと理由があった。

 

 まず絵描きの原点はアナログにある。ノートにせっせと女の子の絵を描くことは、パソコンゲットより前から始めていた。次にパソコンでもペンタブでもアナログでも、すべてにおいてうまく描けるようになろうと思っている。そして最後に、アナログで作成した時は、絵の出来がよければ軽いキスができる。熱い機械に口づけはできないが、紙にチュっとするくらいなら出来るという話。


 ちなみに紙に描いた絵は、自宅にあるデジカメで撮影してパソコンに入れる。今はスマホを持っているとか言っても、画質はデジカメの方がずっと上。たとえ面倒くさくても、自分の作品には情熱をかけたかった。


「最近ようやく髪の毛が上手に描けるようになってきた」


 ポロッと出る自画自賛。思えばそれは遠い道のりだった。最初の頃は線が髪の毛のカタチを気取っているにすぎなかった。ボリュームだの立体だのまったく無縁。賞味期限の切れた焼きそばで作ったカツラみたいだった。


「うむ……いい感じ……なんかこうドキドキしてきたなぁ」


 ホワッと赤い顔になる健多、それは萌え絵がうまく描けている証拠。


「出来た! 後は着色あるのみだ」


 よっぽどナイスな出来栄えらしく、健多はギュッと左手でガッツポーズ。色鉛筆で生命力を持たせたら、デジカメで撮影してパソコンに取り込む。それば終わったら、勢いに任せてまた別の絵を描こうと思う。


「健多、健多! ちょっと来てくれ! ヘルプ!」


 突如としてとなり部屋の書斎から声がした。すぐさまコンコンとノックする音も聞こえた。


「なに? どうしたのさ?」


 面倒くさいって感じの返事をする健多。


「助けてくれ、パソコンが一大事だ!」


 一大事なんて、これまたすごい表現だ。無視したら悪人ですって言われているようなモノ。ゆえに仕方なく健多は立ち上がるのだった。


「どうしたのさ」


 父の書斎に入ったと同時に、机上のノートパソコンを見た。父も比較的性能のよい代物でOSはウィンドウズ7。


 なぜこの親子は10に引き上げなかったのか? それには個々の理由があった。健多の場合は、ウィンドウズ7が好きだと思ったから。一生7で通すとか考えたから。10でなくてもいいだろうって意識があったから。ゆえに無料で引き上げられるって話も横に流した。健多はけっこう意地っ張りなところがあったわけで、10に引き上げるチャンスを捨てたって事でもある。


 一方の父はこう。10に引き上げるが面倒臭そうと思った。かったるい話は勘弁して欲しいと、拒絶反応がすごい人だから。健多よりパソコン歴が長い割には、感性は永久ビギナーって感じの人。


「あ、これはダメだわ、強制終了しかない」


 健多いわく、Ctrl+Alt+Deleteで解決出来ないフリーズは、電源ボタンを押す以外にない。他の選択肢なんぞ考えるだけムダなこと。


「ちょっとまってくれ、強制終了したらどうなる?」


 父がどえらい不安気な顔をする。


「どうって……どういうこと?」


 健多がクビをかしげると、父は切実な思いを説明した。塾の講師をやっている彼は、ワードでデータの作成をする。それをやっているときに固まったので、作成中の情報はどうなる? と心配する。


「Ctrl+Sはやっていた?」


 その質問をした息子は、父の反応がにぶいので心底呆れた。文字入力をやっていればキーボードを使うのが当たり前。ならばそこで「Ctrl+S」は常識。これはもう一般常識に匹敵すると言ってもよい。


 ところが父というやつは、その習慣が身につかない。何回言ってもおぼえないのだから、ちゃんと聞いていないのだろうと疑りたくなる。ワードを仕事で活用しているくせに、絶対ありえないと思う健多だった。


「Ctrl+Sをやっていなかったらどうなる?」


 父の質問に健多はためいきがでかける。何回同じ質問をするんだと思いつつ、冷静な声で教えてやる。


「Ctrl+Sをやっていなかったのなら、ワードが自動保存した所までしか残っていない。ワードの自動保存はいい加減だからさ、こっちが思っているのとちがうと思う必要あり。だからCtrl+Sなんだよ」


 そう言うと父はそうかぁ……なんて言う。その反応は何回目だ? と言いたくなるが、ガマンして健多は言った。電源ボタンを押すしかない。それ以外に道はない。潔く腹をくくるべし! と。


「もしこっちが思うところまで保存されていなかったらどうなる?」


「それはまぁ……作業をやりなおし」


「そんな殺生な話があるか」


「いや、だからCtrl+Sをやれと言ってるんだよ」


 イライラさせられながら、健多の右人差し指が電源ボタンを押した。するとパソコン本体が。シューッと終息音を吐く。それから少しだけ間を置いてから、ふたたびボタンを押すと、ウィーンと目覚めの音を上げる。


 しばらくの間緊張感がただよう。健多にすればとばっちりみたいなモノだが、ウィンドウズ7が始まるまでは気が抜けない。


 まぶしさと色っぽさに満ちたウィンドウズ7のデスクトップが登場。父というのは困った人で、データはDドライブに置けと言っているのに聞かない。おかげでデスクトップがワードのアイコンでまみれている。それは事故死の可能性がとんでもなく高いって事。


 完全に立ち上がったウィンドウズ7。気が気でないって感じの父は、スタートダッシュってばかりポインターを動かす。そうして作成中であったアイコンをクリックする。


 ピャっと開くワード画面。座っている父の後ろに立つ息子は、多分ダメだろうと思った。父が泣きついてきたら、知るか! と言ってやるつもりだった。


 ところがパソコンの神さまというのは気まぐれだ。データ保守にうとい人に優しかったりする。ここでの父がそれで、彼の顔に満面の笑みが戻る。パーッと垢抜けしない感じになって、よしよし! と言う。


「よかったね」


 妙なキブンになりつつ父の喜びに添う息子。


「心配かけて悪かった」


 無邪気によろこぶ父の顔は平和の象徴かもしれない。でも健多は書斎を出る前に一言注意しておく。


「Ctrl+Sをやるように!」


 これで話は終了! とお思いきや、あ、そうそう! と父が手招き。まだなにかあるのか? と健多がげんなりするとメールがどうって話が飛び出した。


「メール?」


「そうなんだ、すごく大変なメールが来たんだ」


「大変って……どんな?」


 この流れではメールを見るしかない。健多は辛抱強く父がメールをメール受信ボックスを開くまで待つ。


「これだ、これ!」


 父が伸ばした右の人差し指は、たすけてください! なんて件名に向いている。なんじゃそれは? と一瞬健多は焦った。父が親戚だの友人だのって、そういうところでトラブっているのか? と心配になった。でも中身を見てみたら一発で理解した。バカらしくてため息すら出てしまう。


「これ出会い系とかのクソメールじゃんか」


「いや健多、家出して行く場所がないとか、お腹が減って死にそうとか、これやばくないか? 人として無視していいのかどうかって不安になる」


「相手にした方がやばくなるんだよ」


 健多はイライラしながらも腕組みをして、そんなメールはこの宇宙から消し去るべしと言ってのけた。すると父はいいのか? なんて言うからたまらない。そこで息子はお人好しの父に親切な解説ってモノを施してやった。


「これテンプレートなんだよ。いかにも汚物臭が漂ってるじゃん。家出した女の子みたいなのを狙っているんだよ」


「返信したらどうなるんだ?」


「ゴキブリがわんさか寄ってくるよ」


「そうか……健多に聞いてよかった。もう少しで放っておけない! と返事しそうだったもんな」


 なんなら一回返事してみれば? と言いたくなったが、そこはグッとこらえる健多だった。疎い、あまりにも疎い、そしてお人好しすぎる。そう思えてならない父であるが、なぜか助かったり平穏を保つ事が多い。


「パソコンの神に愛されているのかなぁ?」


 自室に戻った健多はそんな事をつぶやいた後、自分の営みをがんばろうと気を取り直すのだった。


「よし、まなみちゃんに元気づけてもらおう」


 ノートパソコンのマウスを操作。愛しいキャラクターである、天ノ川まなみのキャラクターソングを再生。それを耳にしながら、ノートの萌え絵に色という名の生命を与える。


 色えんぴつのなぞりにより、絵が血の気を感じさせる。色白な頬、ちょっと濃いめ紫のヘアー、ややうすい紫の目、白いTシャツには巨乳具合がしっかり施されていて、内側の谷間や白いブラが透けてみえるという職人気質がついている。


「おぉ……今日はめっちゃいい感じ」


 健多のたましいがノレてきた。夜にサングラスしてもへっちゃらって一流ドライバーみたいになってきた。


 小学生のときはドロまんじゅうみたいなレベルだった。でもいま現在はちがう。健多自身がハッキリ断言できる。今は1個100円くらいする和菓子って、そのくらいのレベルには達しつつあると。


 イケる! 今宵はすさまじくいい感じに流れていく。そう思うと健多の体は興奮へと発展。ちょっとウズウズすうので、左右の太ももがソワソワし始める。


「出来た! 今まで最高の一品!」


 ノートを両手で持ち誇らしげに掲げる健多。やったぜ! とか、将来はイラストレーター確実だなとか、あれこれつぶやく。そうして急に顔を赤くして、ノートの絵を見つめる。


「か、かわいいな……」


 ちょいうっとりした目で、ドキドキしながらノートに顔を近づける。


「んぅ!」


 紙面でほほえむ女の子にチュっとやった。これによって達成感は100%となる。後はおちついて撮影すればいい。


 ノートとか紙のまま永久保存はできない。やったとしても生活空間が圧迫される。そこでパソコンに取り込まねばならない。健多にとってみれば、作った作品をパソコンに保存しないなんて考えられなかった。


「まさに会心の出来だな」


 家族兼用のデジカメを応接間から持ってきた。スマホでイラストを撮影しても、やはりちょっと弱い。デジカメでがっちり撮影することデータいせつなデータは生々しくきれいに残る。画像一枚のデータサイズがデカいなど、そんなケチくさい事をきにしたりはしない。


「はい、チーズ!」


 そう言い終えると同時にカシャって音も鳴る。こうして撮影が終了すると、SDHCカード16Gを抜き出す。そのカードは白いカードリーダーに差し込まれ、カードリーダーはパソコンのUSBポートにつながれる。


「我ながら……ほんと情熱だぁ」


 マイPCの内側を見ながら健多は自画自賛した。小学校の時から描いていた絵は、アナログであれペンタブであれすべて保存。その数実に4000枚と来た。つまり健多のPCには4000枚という自作イラストが保存されている。


 でもだからといって全然満足できない。もっともっと描きたいって思う。だからこそ情熱だと、時々自分でも感心してしまう。


「こういう情熱のデータを無くしたら……マジで生きていけない」


 健多はまず取り込んだイラストを2箇所に保存する。パソコンは一台だが、もしものために保存場所は2箇所としている。でもそれだけではまったく不十分。パソコンに何かがあったら元も子もない。


「たいせつなデータは死守せねばならない」


 ちょっと格好良い事を口にして、パソコンにつないでいる外付ハードディスクを動かす。これにたいせつな画像データを入れて……ここまでしてやっと完了! という風に決めていた。


 健多の父はデータ保守の意識がなぜか低い。彼はパソコンにはデータを保存しているが、それをセカンドバックアップしていない。デスクトップにデータを散らかしたままだ。コピーもしていないし、外に流し込んだりもしていない。よくあれで生きてこられたと変な感心を持たされてしまう。


「よし、もう1枚描こう!」


 健多は机に向かうと、再びノートを広げてシャーペンをにぎる。この時ふっと思った。こんな風に情熱を傾けても、わかってくれるような人間がいないとさみしい気がするなぁと。


「えぇい! 知った事か。周りにホメてもらうために絵を描いているわけじゃない」


 気を取り直した健多がいて、あたらしい女の子の絵を描いていく。パソコンから愛しいキャラクターのキャラソンがひたすら流れっぱなしであった。

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