健多と恋タナのPCライフ

@jun2000

第1話・健多はウィンドウズ7が好きな夢追い人

 チュンチュンって声が聞こえた。バッチグーのタイミングとして、何やら起動する音が続く。部屋の机にはノートパソコンが置かれているが、そこから発せられる声がつないでいるスピーカーより飛び出す。


「健多くん、おはよう! もう朝の7時だよ」


 愛しのラブリーボイスによって、部屋の主がのっそりと起き上がる。ふわぁっと大きなアクビをした後、とっても眠そうな顔面を持ってパソコンの前に立つ。右手でマウスを動かすと、それに合わせて消していたディスプレイがつく。そこには愛さずにいられないキャラの微笑みがある。


「おはようまなみちゃん」

 

 眠たそうな顔に交じる色ボケな感じ。やっぱりまなみはいいなぁとか思いながら、カーテンを開けてつぶやいた。


「今日から高校生かぁ」


 んぐ! っと背伸びをして、本日よりスタートする新生活にあれこれ思いを寄せてみる。


 楽しいのだろうか、友だちはどれくらいできるだろうか、夢に向かってのエンジンは加速させられるだろうか、もし運がよければ彼女ができたりするかも! などなど温かい心で考えてみる。


「まなみちゃん、応援してくださいまし!」


 そんな事を言ってマイPCの電源を切った。きみ、新入生だよね? とすぐにわかるほど馴染んでいない制服姿で部屋を出る。


 青山健多、本日より高校1年生。見た目はすべてが平均というかふつう。黙っているとどういう人かわかりにくいが、内側には夢なんてモノを抱いていた。


 何が好き? と言われたら、萌え絵を描くこと。だから将来は萌え絵のイラストレーターになりたいとか欲する少年。かわいい女の子を描いて、それが他人の心にヒットして、あげく金ってモノを呼ぶなら人生最高だ! と考える。つまり健多にとって萌え絵描きはライフワークに近い。


 部屋の中にはノートパソコンが一台置かれている。これは小6のとき、親戚からもらったウィンドウズ7機である。もちろん今となっては古いのだが、ありがたい事にスペックはとってもよろしい。


 CPUの性能、メモリーの数、それらのおかげで現在でも気持ちよく活用できる。そこにペンタブをつないだりしてかわいい女の子を描く。ノートにシャーペンで描くような場合もあって、色鉛筆で着色したらパソコンに取り込んだりもする。おかげでパソコンの中は大切な画像データが膨大。万が一にも全滅したら、健多は生きていけないだろう。


「じゃぁ、行ってきます」


 レッツゴーとばかり家を出た。クッと顔を上げれば晴天だ。サワサワっとやさしい女の子みたいな風が気持ちいい。


「高校生活って楽しめるモノなのかなぁ」


 なかなかにキンチョーさせられていた。馴染みの顔もあろうが、9割はお初揃いだ。萌え絵を描きまくる事しか頭にないとはいえ、生活の大部分を奪う学校は重要だ。面倒な問題など抱えたら、夢を追ったりが出来なくなる。


「同士とかに出会ってみたいんだけどなぁ……」 


 信号で足を止めたとき、同校の制服をチラホラ目にしながら思った。自分と同じような人間が見つからないものかなぁと、夢追い人の胸がちょっと切なくなる。


 中学時代、周りには同士なんぞいなかった。いても良さそうなモノだがいなかった。それどころか偏見に満ちあふれていた。


ー萌え絵なんか描いてやがるー


ーどうせ女の子のエロい絵を描いたりするんでしょうー


ー青山って性格が暗いねぇー


 そんなひどい声が四方八方から向けられた。おまえら小学生かよ! と思いはしたが、あまり事を荒立てないようガマンして3年間を過ごした。だから健多としては、高校時代は理解者が欲しいとか思うのだった。


 再び歩き出す健多、色々思っていたらさっくり学校に到着。新人さんいらしゃい! なんて空気が満載だ。


(キンチョーするなぁ)

 

 軽くドキドキして自分のクラスを確認。何組なんて数字はどうでもよい。知っている人間がどのくらいいる? って事を意識した。でも一人もいなかった。すなわちクラスメート全員が新参者。


 ゆっくりとデカい体育館の中に入る。そして座るべき場所に腰をおろしたら、暇だからとスマホを取り出した。


「へぇ~萌えとか壁紙にしてるんだ?」


 突如としてとなりの誰かがスマホを覗き込む。


「い、いいだろう別に」


 健多は堂々と振る舞うべく、おれは動じたりしない! って顔をする。


「あれ、それって……古いキャラじゃない?」


 となりの奴は壁紙のまなみにツッコミを始めた。それはウィン7の萌キャラであるが、今となっては過去の産物。今どきそんなモノを壁紙にするなんて、古いなぁと笑う。その笑みが少しイヤらしいので健多は言い返す。


「別にいいだろう。萌えが好きなんだよ。これは愛なんだよ」


「愛? え、愛ってなに?」


「だ、だからその……好きなモノには一直線。人がもつ情熱って話なんだ」


「プッ!」


 ギャハハハと笑い出すとなりのやつ。腹を抱え目に涙までうかべて大笑い。当然それは周囲の目線を呼ぶわけで、健多にしてみればかなりの屈辱。


「そんなにおかしいか?」


「だってさぁ、今の時代に情熱とか……いつの人間だよって話」


「はぁ? なんだそれ……」


 ちょっぴりムカっとした健多、萌え絵を見るだけじゃないと口にした。ただ萌え絵を見てデヘヘと笑うだけじゃなく、自分でも女の子の絵を描いている。生命を燃やしている証拠であり生きている実感。情熱こそは人間が向き合うべき大切なモノ。その大切に時代なんぞ関係あるか! と健多が吐く。


「え、萌え絵とか自分で描いてるの?」


 相手が一瞬おどろいたって顔になる。それなら見せてやる! とばかり、健多はスマホを操作。

 

 これまで描き溜めたモノは膨大。なんせ小学生のときから情熱一直線で生きてきた。だからスマホに入れるのは、特に気に入っているモノ。別に言うなら自信作って事だったりする。


「ほんとうに描いてるんだ……まぁ、それなりにかわいいと思うし、けっこう巨乳だなぁ。へぇ~こんなの描くんだ」


 となりのやつが放つ声は、なんとなく感心しているように聞こえる。でもどこかであざわらっているような音色も混じっている。


「おまえ、名前なんていうの?」


「青山健多だ」


「青山って彼女いないだろう? 単にさみしいから女の子の絵を描くだけだろう? それって性格が暗くない?」


 となりのやつが満面の笑みで人を小バカにしている。それはまるで中学生時代の、くそったれな周囲の再来のよう。


「お、おれは……仮に彼女ができたとしても、萌え絵を描くのは止めない」


「へぇ~その格好良さはいつまで押し通せるかなぁ」


「なんだよその言い方……」


「だってさぁ青山くん、萌え絵を描く男なんてさぁ、女から見れば気色悪いって話だよ。そんなやつには彼女なんかできない。それを本能的に悟っているから、青山だってあきらめているんだろう?」


「あ、あきらめてなんか……いない」


「そうかぁ、だったらスマホの壁紙はなに?」


「まなみちゃんだ」


「まなみちゃんって……三次元の女とかアイドルならまだしも二次元キャラだろう。しかもそれ古いし。いまどきウィンドウズ7かよ! って話。それは何を意味するのだろうか、青山が過去に執着するってことじゃないの? だったらめちゃくちゃ性格が暗いって事じゃん」


「さっき言っただろう、情熱だって」


「もしかしたらタダの自己満足かもよ?」


 とってもとってもくやしい事だが、健多はこの場の言い合いで勝てなかった。ポキっとポッキーを折られたかのようだった。悪いことなんかしていないのに、どうしようもない人間って目で見られる。


 いやいやそれだけではない。となりのムカつくやつは、健多に見えるようにヒソヒソやる。何を言っているのかはわからない。でもクソにイヤらしい笑みは明らかに、健多の名誉をキズつけている。


(くっそぉ……こんなのって……中学時代と変わらないじゃんかよ)


 青山健多のかがやかしい船出は、のっけから不快感でグラついた。入学式もまだ始まっていないのに、もう高校を辞めたいとか思ってしまうのだった。

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