第2話-4

二日後の昼、父は帰ってきた。いつもと変わらず何事もなかったかのように。

「ただいまー」

温かい声だった、いつもと同じ。

「あなた!なんで五日間も・・・・・・」

母は久々に見る安心しきった顔をしていた。それを見て、俺もコリーアも胸のつっかえが取れた。

「すまんすまん。色々わけがあってな・・・・・・」

父さんは言葉を濁した。

「お父さんのことだから、どうせ道に迷ったんでしょう?」

コリーアがふざけ半分に言う。

「迷ってないぞ。ただ、少し足を滑らせてしまってな。そこで、食べ物も落としてきてしまったんだ。ごめんな」

「嘘だよ!お父さんは何も捕まえないで道に迷ったんだよ!」

家族が笑う中、父は困った顔をしていた。そのことに母もコリーアも気づいているようだった。だが、気づかない振りをした。父のあの困った顔は今までに見たことなく、不安が微かに生まれた。

俺の視線に気づいた父は視線を下へと向けた。

母が腕を凝らして作った昼飯を久々に家族みんなで食べた。コリーアはこの五日間、とてもいつものコリーアとは思えないほど静かだったが、父が帰ってきたことによって、再び煩く元気な少女へと戻った。

昼飯を食べ、家の近くをぶらついていた。家にいても、コリーアの遊びに付き合うだけだし、先ほどの父が気になった。

何故、父は目を背けた。

葉はどんどんと緑に染まっていく。

俺の中の疑問が深まるように、葉もどんどんと濃く深く緑へと染まっていく。

葉と葉の隙間から漏れ出る太陽の光。優しく暖かい光。

四、五歳くらいの子供たちが駆け回る。楽しそうに、童謡を歌いながら、駆け回る。見ていて、安らぎを覚える。

「ユエナ」

後ろから声がする。

父だ。

先ほどから、ずっと後ろを付いてきているのは気づいていた。しかし、子供たちがいたため話しかけてこないことも気づいていた。

「どうしたの父さん、浮かない顔しているけど」

「ユエナは、気づいているだろう」

「何に?」

「俺が道に迷って五日間も帰ってこなかったわけではないって」

思っていたよりも直球的に父は話を進めようとする。少し予想外だ。もっと、言葉を濁してくると思っていた。

「父さんが本気で道に迷ってるなんて誰も思ってないよ。俺はもちろん、母さんも、コリーアも」

「そうだよな。きっと、何かしらあったってことは気づいているのだろうが、触れてこないだけだよな」

コリーアの冗談に俺たちは笑った。しかし、みんな、そうだったらいいなという冗談であって、実際は違うことぐらいは察しはついているし、何かあったのだろうということもめいめいに感じていた。

父さんは帰ってきた。いつもと変わらず何事もなかったように。そうだ、何事もなかったように。しかし、それは正確ではない。厳密に言えば、いつもと変わらず何事もなかったように振る舞っていたのだ。

「何があったかはしらない。けど、何かがあったことは分かってる。それで、ここまで付けてきて、俺に何を話したいの?」

「まだ、なんとも言えないんだ。詳しいことは言えない。言いたくないわけじゃない、ただ、はっきりしてないから言えないんだ」

「それで、どうしたの?」

父に話を促す。

「ああ・・・・・・。今年は、きっと、困窮する。食べ物がなかったんだ」

「え?」

困窮、食べ物がない。二つの言葉をそれぞれ理解はしていても、実感を得ることはできなかった。

父は語った。

いつもは、ここから北へ半日進んだところで獲物を狩っている。しかし、今回の狩りで、一匹たりとて獣がいなかった。仕方がないので、西へと進む。道のりは険しく、一日半の時を要した。北に獲物がいないという出来事は時折ある。なので、我々はよく西へと進む。東へ行くより道中が楽であるから。ここまではこれと言って珍しいことではない。

ただ、問題はその先にあった。

「西にも動物がいなかったんだ」

「どういうこと?北にも西にも獣がいないなんてことあるの?」

「あるわけないだろう・・・・・・。だから、俺たちも困ってるんだ。この事実をまだ皆に伝えるわけには行かない」

「なんで?なんで伝えられないの」

「混乱におとしめるからだ。もし、たまたまいなかっただけで、それを獲物がいなくなったと決め付けてしまい、人々を混乱に陥らせるわけにはいかないだろう」

「だからって、何も言わないわけ?」

「次の満月の日、商人が来る。まだ、満月までには少し時間がある。だから、もう一度、仲間ともう一度獲物を探しに行く。そして、再び北も西もダメであれば、商人に早馬を出して、少しでも多くの食べ物を分け与えてくれるように頼む。その後、制限を設けた上で人々に実情を話す」

父の色白の顔が陰る。少し、下に視線をずらしただけなのに、父の食料難になりうることへの恐怖が痛いほど伝わってきた。

「それで、いつ行くの?もう一度」

静かに問う自分の声は父に勝るとも劣らずとも低く暗かった。

「次は、七日後だ」

「七日後。次は狩ること自体が目的ではないから、すぐ帰ってくるんだろう?」

「ああ。五人一組でそれを四組つくり、北と西に二組ずつわけ、その二組で少し方向を変えて二日間で捜査し帰って来るつもりだ」

「それなら、商人が来るまで少しの余裕が出来そうだね」

「ああ。それでな、ユエナ。このことは・・・・・・」

「コリーナと母さんには秘密でしょ?言わないよ」

剣士は余計なことを語るなと剣長も言っていた。秘密を守るのも剣士であるとも。

父とはその後くだらない話をして、別れた。

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隔てのセカイ 無花果 涼子 @ichiziku121202

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