相手は訳の分からない顔をするだろうが、そんなのは珍しくもない。 ~END~
パトリシアの話題を提示されれば話題を変えざるを得ないだろう。
あの世界の疑問がすべて解消されたわけではないが、私は話題を変えるべく口火を切る。
「……あの世界のことについては概ねわかりました。ですがパトリシアは何故あのような行動に出たのでしょう? ブライアンさんは何か心当たりがある風でしたが、何か知っていますか?」
私の問いに、セシリアは少々苦い顔をしたあと、
「大方予想はついているんじゃないかしら? 過去の世界に来れたのだとすれば、ほとんどの人間は自分の都合のいいように過去を変えようとするものよ」
まあそれはそうだが。
あの世界でパトリシアに何故暗殺に加担しているかの理由を訊いた時は、人探しだとお茶を濁された。
次にパトリシアを見たのはコルネリウスを殺め、ブライアンへと斬りかかったあの時だ。ブライアンへの殺意は明白で、それは恐らくコルネリウスに対してもそうだったのだろう。でなければあんなに酷い死体を作り上げる理由がない。
これらを総合的に考えると、パトリシアは過去のコルネリウスとブライアンを殺すことで何か得をし、彼らをとても恨んでいるということがわかる。
まあ大方こんなところだろう……。
「復讐ですか?」
「そう」
憶測ではあったが当たりのようだ。
尋常ならざる憎しみ。死体をあれほど無残なものにし、玉砕をもいとわない。
目には目をというし、コルネリウスやブライアンはパトリシアの大切な人を殺めた過去でもあるのだろうか?
コルネリウスはともあれ、ブライアンがそんなことをするとは思えないが、憶測ばかりをしても仕方がない。パトリシアの復讐についての詳細をセシリアへ尋ねると、
「貴方をあの世界から帰して、貴方が目覚めるまでの間にパトリシアさんの過去を少し洗ってみたわ、現実世界での一分をあの世界での一日くらいに早めてね。十年位前のパトリシアさんがいたのは南の大陸で、当時の私がいた場所からひどく離れていたから世界の構成が不安定で、世界と自分の維持に余計に疲れることになり、目の隈がとても濃くなってしまったのだけど、まあそれはそれとして――」
苦労話か。当時の自分から離れるほど疲れる? モデムから離れるほど電波が弱くなるようなイメージでいいのだろうか。隈が濃くなったと言っても全然変化は見かけられないあたり普段からこんな生活を送っているのが分かるがまあそれはいい。話の続きに私は耳を傾ける。
「結論から言って、十年ほど前にパトリシアさんは育ての親をコルネリウスに殺されていたわ。貴方がさっきまでいた世界の数年後にね」
では今から七、八年前ということか。その時パトリシアは十歳ほどだろう。
「当時の状況曰く、当時のパトリシアさんは育ての親が誰に殺されたのか分かっていなかったみたいだし、その時に得た犯人の情報は声と、おぼろげな全体像だけだったみたいね」
「成程。それからは復讐の機会を待ちわびながら、暗殺の技術を付けていったと……」
あの世界のいくつかの死体を見て、パトリシアがああもスマートな暗殺をしていたとは考えづらかったが、これで辻褄が合った。だが……。
「少し違うわね、パトリシアさんは元々暗殺者よ。育ての親は南の大陸でそこそこ有名な暗殺者だったわ。庭師って時点で怪しいとは思っていたけれど……」
なんたることか……。
あまり付き合いが深くない知り合いの衝撃の過去を知ってしまった。
だが『庭師という時点で怪しいと思った』というのはどういうことだろう?
「あら。貴族の家に刃物を自然に持ち込めるような職業よ? 暗殺者が化けるのには適任だと思わない?」
言われてみれば納得はできる。
盲点……というか人を殺すことについて考える機会などなかった私に考え付かないのも道理か。良いこと……だよね?
だがしかし『貴族の家に刃物を自然に持ち込める』という点から、一つ疑問が浮かぶ。
アンジェリーナは元貴族。パトリシアは元々暗殺者。つまり……。
「では当時アンジェリーナの家に庭師として勤めていたのは……」
「暗殺が目的だったみたいね、子供の暗殺者なんてのは別段珍しくもないわ。アンジェリーナさんを含め、一家全員の暗殺が仕事だったみたいだけど、庭師としてあの家に馴染んでいる過程で育ての親がコルネリウスに殺された。育ての親が亡くなり、仕事を終えても戻る場所がない。そうなったパトリシアさんは二択を迫られた。愛を欠いたまま暗殺者として一生を過ごすか、偽りの庭師としてアンジェリーナさんの家に勤め続けるかをね」
成程、それで結果は……。
「後者を選んだみたいね。当時のアンジェリーナさんとも気が合っていたみたいだし、何よりパトリシアさんにとっては初めての友人よ。幼少期を暗殺技術云々に費やし、同年代の友達もいなかったパトリシアさんにとって、アンジェリーナさんの存在はとても大きかったみたいね。暗殺者としては半端者といえるのだろうけど、当時の選択は間違っていなかったんじゃないかしら」
壮絶な幼少期だな……しかもそれから数年後に大陸中を騒がせる伝染病の大本にアンジェリーナ共々なるわけだ。常日頃から彼女から感じる負のオーラの正体がわかった気がする。だがひとつ気がかりだ……。
「アンジェリーナはパトリシアが暗殺者であると知っているんですか? 自分や家族を殺そうとしていた者だと……」
私の問いに細かく頷きながらセシリアは返答する。
「アンジェリーナさんはこのことを知らないし、知らせない方がいいわね。知る時が来ても、知らせるべきなのは私達じゃないわ」
賛成だ。そうするべきなのだろう。記憶の覗き見で知り得た真実だ、それをつたえるのは野暮と言えよう。
……今後彼女らへどう接していいのか多少わからなくなりつつあるな。特にパトリシアだ。どう状況を説明すればいいのだ……。
「それは私がやるわ。ただその際は貴方も一緒にいてもらえるかしら? 特に付き合いが無い私だけが伝えるよりは多少マシな結果が望めると思うのだけど……」
「ええもちろんです。一応彼女達のドクターですし」
あんな話を聞かされたあとでは断れない。扇動の臭いをどこかに感じたからか、あるいは善人めいた返答を恥じたからか、冗談交じりに私はそう返答した。
パトリシアにとっては、大切な友人を文字通り斬り捨ててまで遂行しようとした復讐が志半ばで遂げられず、しかもそれまでに費やした苦労が全て水の泡だと知らされるわけだ。
……どう気を使って説明をすればいいのか分からないな。
その問題から逃避をするように、私は一点疑問を見つけた。復讐が志半ばで遂げられなかった理由……ブライアンへは刃が届かなかったわけだがそもそもだ、育ての親を殺めたのはコルネリウスだ。ブライアンを殺そうとした理由は何なのだろう?
その疑問について尋ねると、
「コルネリウスは性格が悪い。当時パトリシアさんが得た情報は声とおぼろげな全体像だけ。あとは私達の見たコルネリウスの凄惨な死体。これから導き出せるんじゃないかしら?」
急にクイズめいた言葉が返ってきたが、これからどうパトリシアに接すればいいかで思い悩んでいることから頭を離れさせるにはちょうどいいか、考えてみるとしよう。
…………。
コルネリウスの死体がどんなだったかを思いだしたあたりで気分が悪くなった。このクイズは配慮からなのかそうじゃないのかよく分からないな。一応仮説は浮かんだがまだ決め手に欠ける。そんな状況を察してかセシリアは、
「ヒントとして言うと、コルネリウスは変装の達人よ」
あーはいはい。浮かんだ仮説が正しい気がしてきた。コルネリウスの死体についてはあまり考えが及んでいないが、私は仮説を口にする。
「コルネリウスがパトリシアの育て親を殺める際、コルネリウスはブライアンに化けていた?」
「そう」
正解のようだ。
なんとなく答えは出ているが分かっている範囲の詳細を訊いてみるとしよう。
「ブライアンに変装をした理由は?」
「コルネリウスは騎士団を牛耳ろうとしていたの。知っての通りうちの国は騎士団の影響力がとても強いわ、大抵の分野に騎士団が絡んでいて、貴族の皆々様はそれが面白くないわけね。古参のブライアンさんは彼にとって邪魔な存在、恨みを買うようなことをブライアンさんに変装してやることで、恨みを擦り付けようって魂胆ね。あるいは自身の保身のためかもしれないけれど」
なんだかとても小物臭がする動機だが……貴族であるコルネリウスにとって体裁は重要なのだろう。だからといって許容はできないが。
詳細が分かったところで次の疑問だ、
「ではコルネリウスの死体がこのクイズにどう関係があるんですか?」
私の問いにセシリアは普段と変わらない表情で、
「コルネリウスの死体の特徴として、喉を中心に手を施されていたというのがあるわ。コルネリウスの喉に注意が行っていたと見えるから、声はコルネリウス、見た目はブライアンさんってことのヒントになると思ったのだけど」
詳細は思いだしたくないがたしかにそうだ。下顎から上が切り離されていたり、喉の内側が露わになっていたりと――ああやめよう。気分が悪い。よく平然と観察していられるなこの人は……。
ともあれ、パトリシアはコルネリウスの声に疑問を持って彼を手にかけたということか? ブライアンは姿を見てか? 声が似てるから殺す、昔見たような姿だから殺す。正直狂気を感じるがそのことについてセシリアへ尋ねてみる。
「貴方にとっての、さっきまでいた世界の当時の私曰く、パトリシアさんはブライアンさんを探していたみたいね。けれどコルネリウスと話す機会が出来た際、声に何かを感じてそうなってしまったというのは十分考えられるわ。復讐に焦がれているからか、念のためにやったのかは分からないけどね」
復讐は人を変えるか、「念のために殺しておこう」であんな死体を作り上げるとは……。
状況を彼女に説明する際は落ち着いてくれているといいのだが……。
ああまた気が重くなった……そして再度重荷から逃れるように疑問が残る点を思いだした。ブライアンがパトリシアを気絶させる際に言った台詞だ。
『ここではこんな最期となる。それを詫びよう。だが必ず、君にとっての元の世界で相手をすると約束しよう』
状況を説明すれば復讐の受け皿になる必要はないのにあんな台詞を言ったのかブライアンは。しかもこの世界のブライアンはあの世界の記憶はないだろうに……。
このことをセシリアに尋ねると「そういう人なのよ」と思った通りの返しが来た。数日しかブライアンと関わる機会はなかったが、私も確信を持って言える。あの騎士然とした騎士ならそうするだろう。正しくはそうした、だが。
今後ブライアンと関わることがあれば、少々気まずくなるな。彼は私のことを知らないが、私は記憶の世界で彼と接した記憶があるわけだし。
紳士面をしておいて人をおちょくる時はおちょくってくる一面があることを知っている私に対して、向こうはそうとは知らずに紳士然と振る舞うことだろう。認識のズレは気持ち悪いな……。
「えぇそうするでしょうね、あの人人見知りだから。関係が深くない人には素の自分を見せないもの」
人見知り……セシリアと私で話す際の口調が全然違ったのはそういうことか。
「ついでに色々と子供っぽい所が多いのよ? 酒飲めないし、水を操れるようになった時も、火とか闇の方が格好良いのに何でよりによって水なんだよって不満だったみたいだし」
ああ、どんどんブライアンのイメージが崩れていくな……
パトリシアのことを考えても気が重い、ブライアンの詳細を知っても気が重い。
気が休まりそうな話題は今回の事件の内容にはなさそうだ。
ああ、一点だけあったな。ある意味最大の謎が一つ残っていた。
「……訊きたいことは大方分かりました。ですが最後に一ついいですか?」
「何かしら」
私が最後に何を訊くのか分かっていそうな顔でセシリアはそう言った。なんだかこの問いが来るのを待ちわびていたような雰囲気さえするが、まあそれはいいだろう。
「何であの世界に行く際は服持ち込めないんですか?」
私とパトリシアが野外で目を覚ました時もそうだし、パトリシアを返す時にセシリアが突然現れた際もそうだ。あの時は突然目の前に全裸の知り合いが現れて疑問がいっぱいだったが、魔法の類、記憶の世界だと知ってからはおよそ考えはまとまっていた。なんとなく帰ってくる答えに予想はついていたが、私はそれに耳を傾ける。
「精神だけ別の世界へ、よ? 服は人間の一部じゃないもの、当然ああなるわ」
あーはいはい。どうせそんなことだろうと思っていましたよ。
ちゃんとイメージしつつ入り込めば服や物を持ち込める、とかならよかったなと淡い希望を抱いていたがそうではないようだ。
つまりセシリアはあの世界に行く度に全裸で野外に出ているわけだ……。あーやだやだ。
「それにあれユニコーンの角よ? 性の権化みたいな存在がそんなおまけしてくれるわけないじゃない。同時にあの世界に入れるのは五人までって制約もあるし」
性の権化というフレーズは引っかかるが、それとは別に先程の発言に疑問が浮かぶ。
「何で五人なんですか?」
「両手と口と前と後ろで――」
「ああもういいです」
「あっ、両足を使えばもう一本は――」
「もういいっつってんだろ」
ああひどい。ろくでもない発想だ。ユニコーンがか、セシリアがかは分からないが。
あの角のシステムについて頭を抱えているとセシリアが、
「いけないこと考えちゃだめよ? やりたい放題しても後に響かない世界だとはいえそういうのに慣れてしまうと――」
「いやしませんよ」
暗に「自分はそうしてます」と言っているようなものだろう。あの世界で何やってんだこの人……。
うんざりしつつ、会話を切り上げようとすると、
「あらそう? 案外野外露出が癖になっているのかと思ったのだけど。あの世界のブライアンさん曰く、荷馬車で騎士団本部へ運んでいる際、町民に自分から見せにいっていたとか聞いたけれど」
「いやあれは街が過去の世界のものになっていて驚愕して身を乗り出していただけで……」
歪んだ認識が別の歪んだ認識を生んでいる。今のセシリアの一言でブライアンの印象がまた悪くなったかもしれない。いるよな……深く知れば知るほど残念なタイプの人……。
あなたも変態なんですね、みたいな空気が流れてとても居心地が悪い。
訊きたい疑問は解消されたので、家に帰るべく話を切り上げようとするとセシリアは私を引き留め、棚を漁って何かを探し始めた。
何が出てくるのかと内心びくつく。「秘密を知った以上は始末する他ない」とか言われて撃たれたりしないよね……。
妙な不安を感じながら棚を探るセシリアを見ていたが、探し物はみつかったようだ。
だが、ゴトリと重たい音を慣らしながらテーブルに置かれたそれを見て私は青ざめる。
黒光りするベルトに、装飾とも言えないような金属が付いている。現物を見たのはこれが初めてだが、ユニコーンだ処女だ性の権化だという話をした後なら、目の前にあるこれが何なのかを理解するのは簡単だった。
「あれを使うにあたって処女じゃないと色々と都合が悪いから、ダークサイドになった以上これから貴方にはこれを着けてもら――」
「お断りしますッ!」
吠えるように私はそう返答し、踵を返して部屋を後にした。いつぞやの如く全力疾走で。
誰が想像できるだろうか。ちょっとしたおつかいが、タイムトラベルに繋がり、そこから貞操体を着けろと強要されることに繋がるなど。
妙なダークサイドもあったものだと夜の街を駆ける私は考えていた。
セシリアが追いかけてくる様子はないにしろ、走り続けて気分も変わったのか、ブライアンやパトリシアへまずどう接するかの考えもまとまった。
「お前のせいで私の貞操が」とでも言って一発殴ってやることにしよう。
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