やりたい放題のユニコーン
「それじゃあ何から話しましょうか」
私が眠っていたソファーの向かいにある、まったく同じソファーに腰を下ろしてセシリアがそう言う。この人のことだからいつものように書類整理のついでで質疑応答をするのかと思いきやだ、この件が重要なものであるということの証明とみてもよいのだろう。
気味が悪いな。この人が私との会話にだけ集中する場合、その後は大抵ロクなことにはならない。過去の体験から多少嫌な予感を感じつつも、私は訊きたいことを頭の中で整理する。だが――。
「ほんと何から訊きましょう……」
訊きたいことはあまりにも多すぎる。
列挙すらしたくなくなるほど疑問点は満載だ。順序はどうでもいいか、適当に思いついたものから訊いてみるとしよう。どうせ長くなるんだし。
「えーまず、ここは元の世界ってことでいいんですよね?」
「そうよ。改めて答えるとすると、夢でも過去でもない現実の世界ね」
――であればだ。
私は過去の世界に行き、今は元の世界に戻ってきたわけだ。
足首の傷が治っている点は疑問が残るが――まてよ?
「歴史変わってますよね? 十年前の世界に本来いない人間がいたことになっただけでもそうですし、パトリシアは派手に色々やっています。本来いない人間が秘密の暗殺組織に関わり、市民の幾人かを巻き込み、大物である当時のC隊の隊長を殺め、終いには建造物の破壊までしている。歴史が変わっていないわけがないですよね、特に塔なんかは分かりやすく影響を及ぼすのでは……」
パトリシアだけに関わらず、私もこれは他人事ではない。
私の場合は彼女ほど派手に事を起こしてはいないが、新聞販売店で働いたりもした。同僚は、本来いないはずの私と関わったという歴史を歩んだことになる。他にもちらほら影響を及ぼしていそうな記憶はあるがそれは割愛するとしよう。ブイヤベースも独房に長らく居座った謎の女もパトリシアの起こしたことに比べれば些末事だ。
我々の行動が歴史にどう影響を及ぼしたかを想像しながら疑問点を話すと、セシリアはそれに少々考えるようなそぶりを見せ、
「そうね、本来起りえないことが過去に起こったことになっている。けれど過去を変えようとしても、実際はなかなかうまくいかないものなのよ」
どこかで聞いたような話だな。それに対して詳細を尋ねると、
「たとえば私が不注意で壺を割ったとするわね? 壺を割る少し前の過去にさかのぼって、私自身に『この後不注意で壺を割ることになるから気を付けろ』と言って、私が不注意で壺を割らない未来になったとしても、結局近いうちにその壺は割れるのよ。他の誰かが割ったり、自然に倒れたりしてね」
因果律だか世界の修正力だかの話か。まあ簡単に言うとこういうことだろう。
「運命はそう簡単には変わらないってことですか」
「そういうこと」
つまり多少の差異はあれど、本来の歴史と似たような歴史になっているということか。だがそれにしてもだ……。
「では多少人と関わるぐらいなら心配もないのでしょうが、パトリシアは何人も人を殺めています。暗殺対象のリストに載っていた人物や、当時のC隊隊長……コルネリウスでしたっけ、大物も含めて何人もです。人の生き死には取り返しがつかないのでは? 本来生まれるはずだった人間がいなくなったりするわけですし」
改めて考えると大変なことをしたなパトリシアは……。
パトリシアが暗殺に加担し、コルネリウスやブライアンに刃を向けた動機も気になるが、それらは後に訊いてみるとしよう。現在の歴史についてセシリアの返答は、
「ええまぁそうなのだけどね。今回は奇妙な結果になったわ、多少順序が変わっただけで、パトリシアさんが手にかけた人物は、誰もがあの年中に死ぬのよ。コルネリウスの指示で暗殺された人々もそう、シレットもソーサーも、コルネリウス自身もそうよ。貴方のことだから誰か一人くらいは助けようとかしたんじゃない? 結果はどうだった?」
少々嫌な思い出になるが、記憶をさかのぼってみた。
魚屋の夫妻がちょうどそうだ。本来は夫婦そろって暗殺されるが、私があの場に居合わせたことで歴史が少し変わるも、結局夫人は次の日に命を落とした。
決まった運命。似たような結末。成程、たしかにそうなった。
もともと近いうちに死ぬ運命だった人物らの死因が、パトリシアの手によるものになるという変化か。ある意味奇跡だな、パトリシアが加担したのが計画的な殺人だったのがせめてもの救いだったという訳か。
こと暗殺に関しては喜んでいいのか分からない僥倖に見合われたわけだが、それとは別に一つだけ致命的な変化がある。おそらく一生は忘れがたい光景だ、あれに関しては……。
「……死者に関してもなんとかなっていそうということは分かりました。ですがあの塔は? 本来あの時に倒れるということもなければ、近いうちに崩れたりするわけでもないでしょう」
あれに関してはフォローのしようがない変化だろう。
塔が倒れ、騎士団本部も一部が崩れ、あまつさえ倒れてきた塔は途中で斬れたのだ。確実に噂になる。話題にならないはずがない、あの日の新聞の一面を飾ること請け合いだろう。そして本来そうはならない、それほどの大事であれば私の記憶にも残っているはずだ。十年前に塔が倒れたという記憶も、C隊隊長室が崩れたという記憶もない以上、あれに関しては歴史を大きく変えているのは明白だ。
だがここまで話しておいて、衝撃の返答がセシリアから返ってくる。
「そうね。あの塔の倒壊や本部の崩壊は、本来の歴史では起こらない上に、いざ起きたことになれば無視できない影響を及ぼす案件よね。けれど問題はないのよ、だってあの世界過去の世界だけど過去じゃないもの」
…………。
新たな疑問が生まれた。『過去だけど過去じゃない』だと?
最早この人との会話ではお決まりのパターンだ。詳細を尋ねると、
「たしかにあの世界は十年前の世界よ。けれど今私達のいる世界と並行線でつながっている過去の世界ではないの」
パラレルワールドということか? いや憶測はいいか、続きを訊こう。
「貴方はタイムトラベルと言っていたわね。おそらく別の時間、時代に行くということを指す言葉なのだと思うけれど、そもそもその認識からして違うのよ。貴方が今まで行っていた世界は、『過去の世界』ではなく『記憶の世界』だったのよ。正確には『行っていた』というのも少し違うのだけど」
……成程、なんとなくだが読めてきた。『記憶の世界』という物の詳細は分からないが、実際に過去に行っていたわけではないというのならつまり……歴史は何も変わっていないということだろうか?
「そうよ、飲みこみが早いわね。その流れに乗って一つ訊くけど、アリアは魔法とかって信じるかしら?」
信じるも何もだ……。
もはや私は被害者、当事者、目撃者だ。
今までのタイムトラベル体験……いや、正確には記憶の世界に行っていた体験か。それに加えてブライアンの雨を操るあれもそうだ、実際に体験、目にしたのだから信じる他はない。
「私に限らず、騎士団の隊長っていうのは何かしらの魔法が使えると思ってくれていいわ。正確には『魔法を使える物を所持している』だけど。私の場合はこれ」
そう言うとセシリアは懐から何かを取り出した。
何かの角のように見えるが……。
「ユニコーンって知ってる? アリア」
詳しい訳ではないが多少は知っている。
「角の生えた馬で、角は万能薬になり、獰猛だけど処女の女相手には大人しくなるとかいうあれのことですか?」
「そう、それのこと」
流れから察するにセシリアのもっているあの角はユニコーンの角ということか? だがそれが記憶の世界云々とどう繋がる?
「まぁ一般的にはユニコーンの角は万能薬になるなんて言われているけれど、実際は個体によって効果は全然違うのよ。誰が広めた情報かは分からないけれど、たまたまそのユニコーンの角の効果が万能薬だった、ってことね。そしてユニコーンはほとんど人前に姿を現すことなんてないから、他の個体の角の効果が違うことは認知されなかったわけ」
成程、ではセシリアの持つ角の効果は……。
「そう。お察しの通り私の持つこれは、記憶を保管する力があるのよ。そして持ち主である私は保管した記憶の世界に自由に行き来できる。角にずっと触れていないといけないし、記憶の世界に行っている間は現実の世界では気を失うのだけど」
「万能薬とは全然違う効果ですね……個体の数だけなんでもアリってことですか?」
「概ねそうね。角に触れるとおしりに何か入れられた感じになる効果を持つ個体もいるらしいし」
「なにそれこわい」
「ああでも、処女好きなのはどの個体にも言えることよ?」
「はぁ……そうですか」
……ユニコーンの多種多様さはともあれ、
要はあれか、精神のみ別の世界へということか。
これで足首の傷跡が残っていない説明がついた。だが……。
「記憶の世界に行けるのは分かりました。ですが何故行っていたんです? 書類仕事も山積みで忙しいでしょうに」
「日記、メモ、記録を漁るようなものよ。丁度十年前に起きていた事の詳細を調べなければいけない状況になっていたの、書類仕事とは別件でね。すぐに元の世界へ戻るつもりだったのだけれど、丁度私が記憶の世界へ行っているタイミングであなたとパトリシアさんがこの部屋に入ってきたのね。……急いでいたから少々処置が雑だったとはいえよくあの隠し通路が分かったわね」
偶然というか数奇な運命というか……嫌な事は重なるものだ。
おつかいの帰りに頼まれた荷運びが、私一人で運べる量ならパトリシアがここに来ることもなかった。怪力ドアガールがドアを破壊しなくてもだ。
暖炉の隠し扉の存在など普通は分からないだろう。だが普通ではない感覚器を持つパトリシアがこの場に来たのが始まりだったか。
「――隠し通路を見つけた経緯はそういうことですが、つまり元々その角はあの隠し通路の奥にあったわけですね?」
「そうよ、握った手が離れないように腕を固定する器具付きでね。角に触れていないと行き来はできないからね」
成程、隠し通路奥でのガントレットに触れたような感覚はそれか。
「それで、部外者が触れると無理やり連れ込まれるんですね。そうして私とパトリシアもあの世界に行ってしまったと」
「そうよ。もっとも部外者が触れるとこんなことになるなんて私も今回初めて知ったけどね。私が貴方達二人もあの世界に行っていると気付いたのは、記憶の世界内で当初の目的、情報漁りで数日奮闘して、それが終わって元の世界に戻ってからだった。もうびっくりよ、目覚めたら傍で貴方達二人が倒れていたのだもの」
記憶の世界内で、このセシリアが姿を現したのが遅かった理由はそれか。
だがしかし……。
「記憶の世界で数日過ごしましたが、現実の世界では数時間しか経っていません。これは何故ですか?」
「別に遅くとも早くともできるのよ。なら早く済んだ方がいいでしょう? 記憶の世界に入っている間、現実世界では精神の抜けたような状態になるわけだし、無防備にしている時間は短いほどいい。大体記憶の世界での一日は現実世界での一時間に相当するわね、凝縮する分だけ精神を疲弊させるのだけど、そこのところは大丈夫?」
「いえまったく」
一時間で一日分の体験をか、確かに疲れそうなものだが妙に体調は快適だ。
「あらそう? それも含めて処女補正でもあるのかしら。であればパトリシアさんもそうなのでしょうね。私は記憶の世界に入っている間、現実世界で角から手を放すと精神を角に取り込まれて現実世界に残された肉体は抜け殻になる、なんて説明が元の持ち主から説明されていたのだけど……」
そんな説明をされたのはセシリアが……いやどうでもいいか。
嫌な仮説が浮かんだが一旦忘れよう。どうでもいいし考えたくもない。
ユニコーン絡みなのもあるのだろうが、これ以上処女だ非処女だなんて話はしたくない。概ね過去の世界へ行っていたことの詳細は分かったので話題を変えるとしよう。
次に訊くべくはパトリシアの動機についてだ。
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