濃厚すぎるディープキス

 真剣なトーンで真剣な話しかしない作戦が功を奏したのか、ブライアンはあまり私達をおちょくってこなくなってきた。


「……それで、この時代のC隊隊長コルネリウスとはどんな人なんですか?」


 その場しのぎの適当なシリアストークを私は続ける。

 わざとらしく低く、わざとらしく真剣なトーンで私はセシリアへ尋ねた。


「白髪の中年の男性で、貴族家の人間よ。C隊の隊長としては二代目になるわね。C隊の受け持つ仕事に関して適性がない訳じゃないけれど、初代の隊長は最期まで彼を後目にしたくはないと言っていたわ」


 無駄に低く、無駄に真剣なトーンでセシリアは私の問いに答える。

 参謀だったり内政に関わっていたりするC隊だ、その隊の隊長であるコルネリウスは、セシリアの話を聞くに愚か者ではないようだ。


 だがコルネリウスの先代、つまり初代の隊長は、能力はあるコルネリウスを後目にはしたくなかったらしい。本来なら大して興味のない内輪の話だが、ブライアンを律するべく私はその話の詳細を尋ねた。


「まぁ内々の話だからあんまり多くは話せないのだけど……。簡単に言えばコルネリウスは性格が悪いのよ。シレットやソーサーみたいなアウトローを利用して暗殺なんかを企てているあたり、その辺は察して頂戴」


 成程、部外者にはあまり話せない事情があるのか。

 ……さて困ったぞ。そろそろ真剣な内容の場をつなぐネタも切れてきた。

 何の話で場をつなごうかと思い悩んでいると、


「『コルネリウスは二代目の隊長』ね、口ぶりから察するにじきにお前が三代目あたりの隊長になるのか?」


 ブライアンが口を開いた。

 何を喋り出すのかと一瞬びくついたが、話の内容はマシだった。ああよかった。


「ええ。本来の歴史でも、もうじき彼の時代は終わります。……そしてわざわざあなたを連れてC隊隊長室へ向かうと言っているあたり、意図は察してくれていますか?」

 嫌そうな顔でセシリアはブライアンへ言葉を返す。


「ああわかってるよ。もっともこの傷ではどうなるかは分からないが……」


 アンジェリーナに付けられた胸の傷を押さえながらブライアンはそう返した。

 手練れの剣士を連れて悪党の元へ。当の本人は傷を気にかけている。


 これらから察するに……。


「……また血が流れるんですか?」


「最悪の場合はね。まぁなんとかうまいこと言ってパトリシアさんの居場所を訊き出すわよ。コルネリウスも一応世間体があるから、たぶん穏便に済むとは思うわよ」


 セシリアの返答に少々安心はしたが……それでも気が楽にはならないな。これ以上の血は見たくない、最悪の場合というのも覚悟しておかなければ……。


 さて、我々を包む空気はすっかり重苦しいものとなった。軽く息がつまりそうだが、ブライアンがおちょくってこないあたり、今ならまだこの方がマシだと思える。 

 その後も気軽な話がされることはないまま、私達は騎士団本部へと足を運んだ。



 

 特に変わった事もないまま現場へ到着したので、騎士団本部へと足を踏み入れる。


「お疲れ様です」


 本部へ入るや、そこらにいた騎士がブライアンへ挨拶を交わす。

 隊長なわけだし、ブライアンは有名人だろう。進んで挨拶を交わされるのもおかしくはない。だがここでふと私は気づいた。


「そういえばこの時代の隊長は今どこにいるんですか? うっかり貴方達同士が会ったりすると大変な事になるんじゃ……」


 タイムパラドックスというのが実際起きるとどうなるかは分からないが、最悪の場合世界そのものが壊れるなんて話もフィクションのお話ではままある。これ以外にも大変な目にあっていたのであまり意識していなかったが、よくよく思えば相当おかしな境遇だな……私今過去の世界にいるんだよね……。


「そのあたりは大丈夫よ。私には騒ぎが起きないようにある場所に隠れてもらってるわ」

『私に隠れてもらってる』状況が状況でなければよく分からない発言だが、それはつまり……。

「ひょっとして自分と会ったんですか?」

「そうよ」


 当然のようにサラッと返答が返ってきた。大丈夫なのかそれ……。同じ人物同士が会話をしていたわけだ、想像するととてもシュールな光景だな……。だがそれが本当だとしても……

「この時代の隊長がよくそんな話信じましたね。この時代の隊長はまだ時間云々の事はあまり知らなかったのでは……?」


 この時代のセシリアにとっては、「私は十年後の自分だ、言うとおりにしろ」と言う老けた自分のような者が現れて話を持ちかけてきたわけだろう。同じ状況に遭ったのなら、私は未来の自分を語る者の言葉をすんなりとは信用しない。私以上に疑り深そうなこの人がすんなりとその指示に従うとは思えなかった。


「……まぁ合言葉みたいなの決めてたのよ。昔思いついたものの、誰ともする事の無かった私しか知らない合言葉がね」


 セシリアの返答に、ブライアンが何かに気付いたようにハッとし、

「ああなるほど、あのキスはそういう意味があったのか。やたら長くやってるなと思ってたが……」


 キス……?

 合言葉。自分しか知らない。キス。自分同士。


 …………。


 ああ、やめよう。考えれば考えるだけ訳が分からなくなりそうだ。光景を想像するだけでも何かを失うような気がする。


 ……ともあれだ。セシリア同士が出合って妙な事になる心配はなさそうだ。当時の私もここにはいないし、アンジェリーナもパトリシアもそれは同様だろう。

 深刻なタイムパラドックスが起きる心配はなさそうだ。それらがはっきりすると、私達は当初の目的通りC隊隊長室へ向かった。

 



 C隊の隊長室へと続く通路を歩いていると、少し前の記憶が呼びさまされる。

 タイムマシンの類がこの時代のC隊隊長室の暖炉裏にもあるだろうと踏んで、忍び込もうとした時の記憶だ。思い返せばあの時すれ違った人物がいたな、白髪の男性、特徴も一致するし鍵のかかった隊長室のドアを開けて中に入っていたあたり、あの時の彼がコルネリウスだったのだろう。


 だとすれば相当危ない状況だったのだな……。コルネリウスは暗殺者を使って私を殺そうとしていた、その当人とすれ違っていたのか……。


 過去の危機を思い返すと気が重くなった。今から私を殺そうとした張本人に会いに行くのか……。

 私の落ち着かない様子を察したのかブライアンは、


「ご心配なく。私がいる以上奴も下手な事はできません」


 セシリアも、コルネリウスにも世間体があるので穏便に済むだろうと言っていた。たしかにこの時代の隊長であるブライアンがいればこの場で私が殺されるということもないだろうが……それでも不安なものは不安だ。


 世間体を気にするといっても、裏ではアウトローを使って暗殺をしているような人物だ。きっとろくでもない人物に違いない。


 消えない不安が胸に引っかかりつつも、C隊隊長室のドア前へと着いた。

 だがここである異変に気付く、真っ先に反応したのはブライアンだ。


「うっ……」


 気分が悪そうな表情になるブライアン。原因はこの臭いだろう、酒の臭いがプンプンする、臭いの元はこの部屋の中か……。


「妙ね、これだけの臭いは異常だわ」


 セシリアもこの臭いには疑問を覚えているようだ。

 当然アンジェリーナも、


「この匂いは……」


 酒が飲める歳ではないにしろ、臭いの異常には勘づいている様子だ。

 私を殺そうとした悪党は酔っぱらっているのか……? だとすれば不安は増すな……酔った勢いで私を手にかけるやもしれない。


 だがそんな心配をよそ目にセシリアはドアノブへ手をかける。


「……おかしいわね。鍵が開いてるわ」


 つまりは鍵が閉まっているのが普通なのか、コルネリウスの性格がうかがえる。

 異変を妙に思い不穏な雰囲気に包まれたが、ブライアンが切り出す。


「俺が開けよう。皆さんは下がっていてください」


 腰に下げた剣を抜き、私達を下がらせた。その行動により一層私の緊張は高まる。

 ドアを開けた瞬間に、ブライアンとコルネリウスが剣を交えてもおかしくない。多少は血を見る覚悟を決めた私だったが、次に目に入ってきたものを前に私は言葉を失った。


 ドンッ――!


 ドアを蹴り開けるブライアン。

 さっきまでドアがあった部分は、部屋の内部を映し出している。


 部屋の中に何があったのかをすぐに認識する事はできなかった、だがこれだけはすぐに分かった。


 赤い。赤、赤、赤。


 部屋のどこを見ても赤が目に入った。

 そしてその赤の最も濃い部分は、部屋の中心にある机の元にある。


「うぅっ――!?」


 机の向こう側にあるものが何なのかを認識すると、腹から嫌な感覚がこみあげてきた。

 ヒトのようなものが椅子に座っている。『ようなもの』という所以は、それの全身が血にまみれていたからではない。


 首の上、丁度下顎の部分から上が無かった。

 断面となる部分には下の歯と、喉の穴に首の骨のようなものが――。


「……見ない方がいいです」


 腹の中の物を吐き出しそうになる寸前、横にいたアンジェリーナが私の視界を覆ってきた。そして私の視界を覆うアンジェリーナは部屋の中へと向けて、


「これはどういう事なの? パティ……」


 無視できない言葉を口にした。

 パティ? パトリシアが中にいるのか?


 凄惨な死体を目に入れないように部屋の中をうかがうと、丁度机の横のあたりに人影らしきものが見えた。

 元々紅い髪、紅い瞳の者が全身に血を被っている。返り血で真っ赤になっている部屋の中では保護色となってパッと見では認識できなかったが、注視してみるとそこにはたしかにパトリシアがいた。


 アンジェリーナがここにいる事に疑問を覚えるようなそぶりも見せず、紅い瞳で私達を一瞥するパトリシア。一瞬目が合ったが、その一瞬で私の背筋は凍りついた。


 もともと物静かで、どこか不気味な印象だったパトリシアだが、それらを差し引いてもだ。もはや別の誰かを見ているような感覚さえするほどの寒気が私を襲う。


「ふふ」


 視点が私から少し外れたあたりで、彼女は笑った。

 ひどく不気味で陰のある微笑だった。いや、不気味さというよりは狂気を感じる。

 いったい彼女に何があったのだ……。

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