ツンデレが発覚しても好意的な方向に向かない例
夕暮れ時。
人気のない通りに胸から血を流している男、体中血と傷だらけの少女、もはや人の姿をしていない子供の死体がそろっている。何とも奇怪な光景だ、誰かの目に触れれば騒ぎになること請け合いだろう。
アンジェリーナはソーサーの死体から離れた位置でうずくまっている。暗殺者とはいえ子供を手にかけたのだ、心情は私には理解出来ぬほど複雑だと推測される。
一方ブライアンはセシリアに傷の手当てをしてもらっていた。見慣れない光景だ、あの人が自分の机の前以外にいること自体珍しいが、あの人が傷の手当てをしているとは……。
「お前にとっては、俺の手当てをするなんてのもえらく久しぶりって感じか?」
手当てをされながらブライアンがセシリアへそう話す。
気にはなっていたが私と話していた時とは口調が全然違うな、とてもラフだ。私が知らないだけでこの二人は付き合いが深いのだろうか?
「そうですね。ですがこの時代のブライアンさんにとってはそうでもないでしょう? たしか半年前程に――」
「やめろ、思いだしたくもねぇ」
二人は歓談ムードだ。談笑をするあの人の顔も新鮮だな……今日は珍しいものをみる機会が多い。雑談をしつつ一通りの手当てを終え、包帯を巻き終えたセシリアは、
「よし、今後の予定を確認します。皆さん集まって」
この場に居る全員へ声をかけた。
だがアンジェリーナは動く素振りを見せないのでセシリアとブライアンは彼女へ近づく。なんとか歩ける程度に状態は回復したので、私も重い足取りでアンジェリーナの元へと歩を進めた。
三人がアンジェリーナの元へと集まったが、相変わらずアンジェリーナはうつむいたままだ。今後の予定の話を聞きたくはあるが、このアンジェリーナを無視して始めるという訳にもいかないだろう。かといってどう声をかけていいかは分からない、丁度元の世界でパトリシアと共に騎士団本部へ向かっていた道中のように、どう声をかけても逆効果になりそうな気がするからだ。どうしたものかと悩んでいるとセシリアが、
「手を汚させてしまってごめんなさい、アンジェリーナさん。けれど貴方のおかげでアリアは助かった、今はそれに集中したほうがいいわ。そしてパトリシアさんの件はまだ済んでいない、これからの話をしてもいいかしら?」
「……はい」
何も言い出せずにいた私に代わって話の口火を切った。パトリシアの名を出したからか、アンジェリーナも聞く耳を持った様子だ。
「これから私達はパトリシアさんを探します。見つけ次第彼女を元の世界に帰し、その後アンジェリーナさんとアリアも元の世界に帰して全てを収めます」
簡潔な説明だが、それ故か疑問は残る。
疑問が残る口ぶりで話してこちらの質問を誘発させる。ああ、私のよく知るセシリアの話し方だな……。慣れしんだ口調に慣れしんだ対応を私は返す。
「帰すと言ってもどうやって元の世界に帰すんですか?」
「私にはそれが出来るのよ」
成程、どんなからくりかは知らないがそうなのだろう。でなければここに元の世界のセシリアとアンジェリーナがいる説明がつかない。
それらが分かると私は続けて、
「ここでの戦いが始まる前に、私とパトリシアのどちらの方が深刻な状況にあるかという質問をしましたね。つまり一度に複数人は帰す事が出来ない、もしくは連続して帰す手段をとることができないというわけですか?」
「そうね、ご明察」
タイムマシンだか魔法だかは分からないが、時代の行き来の手段についての考察は当たっていたようだ。なにやらブライアンが「なるほどな」と何かにうなずいているが、続く疑問を私はセシリアへ投げかける。
「だとしても、パトリシアがどこにいるか当てはあるんですか?」
「ええ、だからこれからC隊隊長室へ向かうわ」
……何故C隊隊長室なんだ? パトリシアとそれがどう繋がる? それらを尋ねると、
「パトリシアさんがそこにいるとは言い切れないわ、まぁいるのが理想だけれどね。いなかったとしても、あそこにはまた別の用があるのよ」
成程、別の用というのは大方察しはつく。
「暖炉裏の隠し通路ですか、ではつまりあの奥にこのタイムトラベルの原因となった何かがあると?」
「外れ。この時代にあの隠し部屋はないわ」
今度の考察は外れか。詳細を尋ねようとすると、あまりのんびりとはしていられないので歩きながら話そうと答えが返ってきた。
ソーサーの死体はどうするのかという疑問はあったが、口ぶりから察するに本当に急を要するらしい。ここは言われたとおりにしておくとしよう。どうせこの人のことだからソーサーらの死体に関しても何か考えがあるのだろう。
C隊隊長室へ向かう道中、先程の話の続きが始まる。
「アリアはたぶんあの暗殺者達のことは知らなかったでしょうけど、あの暗殺者達はある人物の手先なのよ」
成程、読めてきたぞ。
「それがこの時代のC隊隊長だと?」
「そう」
ではパトリシアが暗殺に加担する要因を作ったのもこの時代のC隊隊長か。名は何だっただろうか……牢から出られた際に図書館でこの時代の隊長が誰かと調べはしたものの、それは隊長がセシリアかどうかを確かめるためだった、覚えようとしてなかった名前を思いだそうと記憶を探っていると、
「やっぱり予想通りの奴だったか、コルネリウスは」
思いだそうとしていた名前が、ブライアンの口から出てきた。
「ええ。私がこの世界に来なくても、本来そう遠くないうちに分かっていたことですよ。悪行を暴くのに一役買ってくれたのがこのアリアです、当時は西の前線に秘密裏に送り込んでいました」
ブライアンの発言に、セシリアが言葉を返す。
当時の命令の意図についての考察も大方当たっていたようだ。だが秘密裏にとは……。
「よっぽど大切な良い部下を持ったんだなセシリア。どうりでこの時代のお前もあんなことをしたわけだよ」
ブライアンが半笑いでセシリアへそう言う。
それに対してセシリアは何かを察してか苦笑いを返していた。
「あんなこととは何ですか?」
先程の発言から疑問が生まれたので私はブライアンへ問いかける。
「この世界のセシリアが、貴方の身の上を見繕ったすぐ後のことです。未来の世界の部下が困っているから気にかけてほしいと、私に頼みこんできました。あの夜、ソーサーに追われていた貴方の元へと私が現れたのはそういう事です」
成程……偶然にしては運が良すぎたと思っていたが、偶然ではなかったのか。とはいえすんなりと信じられる話ではないな……まだ当時の私とも付き合いの浅いこの時代のセシリアが、協力には期待するなと伝えておきながらそんなことをしていたとは……。
「この時代のセシリアはまだ、えー……時を超える手段云々については多くを知っていません。それなのにそのような行動をとらせたあたり、よほど貴方は――」
「やめてくださいブライアンさん。そういうキャラじゃないんで私」
口元を隠しながら、焦った口調でセシリアがブライアンの話へ割って入った。
その様を見てか、ブライアンはニヤニヤとした面持ちだ。
こんなに焦っているセシリア隊長を見るのは私も初めてだった、故にブライアンの話が嘘だとは思えなかったが……では、セシリアは詰まる所いわゆるツンデレだと……?
…………。
いやいやいやいや。
ないないない。キモいキモいキモい……。
まったく似合わないし、そうであったとしても知りたくなかった。意外すぎて全然納得ができない……。
けれどブライアンの話が嘘であるのなら、これほど焦る理由もないはずだ。
…………。
うわぁ、なんだか私まで恥ずかしくなってきた……。
私とセシリアを中心に、とてもとても気まずい雰囲気が流れる中ブライアンは続けて、
「二日前、貴方が死んだという記事を見たこの世界のセシリアは涙を流しながら私の――」
「わーッ!? ワーッッ!! こんな話信じてないわよねアリアァッ!?」
「そッスねッッ! 全然信じません! ていうか何も聞いてません!」
互いに顔をそむけつつも、息の合ったやり取りをする私とセシリア。
紳士だと思いきやだ、完全にセシリア、もとい私達をからかっているなブライアンは……。ニヤニヤとした表情のままブライアンは続けて、
「まあ信じる信じないは別ですがー? 私は誠実な人間なのでー? くくっ……嘘はー?」
「「もうやめてください!!」」
絶妙に息の合った私とセシリアの発音に、ブライアンはこらえきれずに笑い出した。
……それにつられてか、横にいたアンジェリーナも笑い出した。
「フフッ……前々からよく嫌な上司だって言っていたのに、実際は結構――」
「やめてアンジェリーナちゃん。これ以上蒸し返さないで」
アンジェリーナの顔に笑顔が戻ったのはいいが……いや、よくないな。今はこの話題をどう逸らすかを考えないと……。
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