開闢、ブローデ・クッセ

 アンジェリーナの怪力はもはや言わずもがなだ、私を抱えて走ることなど造作もないようだが、時折地面に落ちる血の雫の音が気にかかる。


 この傷で走れば出血が……かといってもたもたもしていられない、そして私はまだ走れない……。もどかしいな、どう声をかけていいのか分からない。


 ずっと狭い場所にいたので空を見る余裕などなかったが、表通りに出る頃にはそれも目に入ってきた。夕焼け空……もうじき日も落ちるな。

 などと考え事をしていると突然アンジェリーナから意外な質問が飛んできた。


「どこに行きましょう、仁義さん」


 行くアテなかったのか……。


「決めてなかったの?」

「ええ、実を言うと少し前にこの世界に来たばかりなんです。正直さっきの子供が何なのかもよく分かっていません」


 私も何で貴方が助けに来てくれたのか分からないけどね。どうやらお互い分からないことは多いらしい。


「私もパトリシアちゃんに気絶させられててね、ついさっき目覚めたばかりなの」

「えっ? 何でそんなことを……」


 本人は人探しの為だと言っていたけれど、真相はよくは分からない。


「そうですか……ではあの子供は何なんですか? 何故仁義さんが狙われているんです?」


 暗殺者の一人で、パトリシアもグル……とはこの状況では言えないか。


「暗殺者の一人よ、どういう訳か十年前に私は奴らに狙われていたみたい」

「なんだか複雑そうですね」

「ええ、まったく」


 この話は長くなりそうだ、まずは安全な場所へ行こう。

 とはいえ安全だと言える場所は……。


「とりあえず騎士団本部にでも行こう。そこでなら奴らも迂闊に手は出せないでしょう」

「分かりました。案内してください」


 案内か……。困ったな、ここがどこだかは私も知らない。

 えーっと建物から見るに騎士団本部は――。

 あたりを見回していると、嫌なものが目に入った。

 子供の影……信じたくない。そうであったとしても別人であってほしかったが……そのまさかだった。


「また会ったね おねーさんたち」


 またかよ、というかもうかよソーサー……。


「あれだけ投げ飛ばされて何で……」

「いきてる? 意外でしょう。なげ方が上手だったし こういうことされるのははじめてじゃないからね」


 初めてじゃないって……他にあんな事できる人なんて……。

 あっ、ひょっとしてシレットのことだろうか。奴も私を投げ飛ばせるくらいには怪力だし。……なんて分析はいいか、どうしたものか。


「ここじゃさっきみたいな逃げ回り方はできない。またやる気なの?」

 私を降ろし、再びアンジェリーナが斧をソーサーの方へと向けてそう言う。


「もちろんそのつもりだよ。それに場所がかわっても結果はかわらないよ」


 懐から折り畳み式のナイフを取り出して展開するソーサー。姿を現した以上察しはついていたが退く気はないらしい。


「さっき私が斧を放していなければ今頃君の身体は二つに分かれてる。今退けばナイフを刺したことは水に流すか――」

「あっはははは! なさけのつもり? たしかにおねーさんの力があんなに化け物じみてるとはおもってなかったけど それほどスピードはたいしたことなかったよ。斧を放していなければふつうによけられてた。ためしてみる?」


 今にも戦闘が始まりそうな雰囲気がピリピリとこの場に立ち込める。

 私は戦闘に関して見識深い訳ではないが、さっきの狭い路地よりはこの大通りの方が幾分はマシだろう。アンジェリーナの獲物は斧、狭い場所では満足には振れないだろうし、ソーサーの投げるナイフを避けるという選択もできるようになる。

 問題はアンジェリーナが奴を斬れるかという所だが……。


「できればもうこんなことはしたくなかったんだけど……退く気はないんだね?」

「うん」

「なら仕方ない……」


 アンジェリーナは両手に持つ斧を構えた。どうやらやる気のようだ。

 だが……。


「まだ済んでなかったのかソーサー」


 ソーサーとは逆方向、私達の後方から何やら聞き覚えのある声が聞こえた。

 この気味の悪い記憶を刺激する声……。まさかとは思うが……。


 恐る恐る振り返ってみるとそのまさかだった。


「ごめんねシレット。予想外の邪魔が入っちゃって」


 私達を挟み、暗殺者らが会話をしている。どうやらシレットとソーサーに挟まれてしまったようだ……。


「その変な色の髪の女がそうか? 傷痕を見るにまた遊んでたんだろどうせ」


 まずいぞ……最悪の合流だ。

 アンジェリーナは私よりよっぽど腕っぷしが強いが、戦闘訓練を積んでいるわけではない。ソーサーだけならともあれ、二人同時に相手取るのは……。


「だから今けりをつけるつもりだったんだよ」

「信用ならねぇな。俺も手伝ってやるよ」


 カツンカツンと足音を鳴らし、一歩ずつシレットとソーサーが近付いてくる。

 一人ずつ相手をしてくれないかという淡い希望も打ち砕かれた。


 アンジェリーナはシレットとソーサー両方へ斧を向けているが……私の方を見られても困る。どうすればいいのか分からないのは私も同じだ。


「斧ね……小回りがきかねぇのに二つも持つとはな、こけおどしか?」

「気を付けて、力は強いよそのおねーさん」


「だが構えから見るに素人だろ、それに二体一だ。さっさと終わらせんぞ」


 奴らの目的は私だ。

 私を置いて逃げろとアンジェリーナに言おうと思ったその時だった。


「では三対二になったら?」


 シレットのさらに後方、夕日の方から女性の声が聞こえた。

 いや、この声には聞き覚えがある。


「そしてそのうちの一人が俺だったら?」


 聞き覚えのある声の女性の横にいる男が続けてそう言う。

 夕日の逆光で影になっていていまいち姿ははっきり確認できないが、この声にも聞き覚えはあった。


「何でお前が……」

「また邪魔するんだね。なーに? このおねーさんのこと好きなの?」


 この突然の合流にはシレットもソーサーも驚いている様子だ。

 正直私も驚きだ。もう彼には何度助けられたことか……。

 夕日をバックに登場した二人のうち一人はブライアンだったが、もう一人は更に驚きだ。


「……あなたはどっちですか?」

「クソアマの方かしらね」


 この嫌味な態度……はともあれ、この容姿。

 ブライアンと共に現れたもう一人は私のよく知る姿のセシリア、つまり元の世界のセシリアだった。

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