マッドハニー
二度寝三度寝を繰り返し、最終的に起きる頃には一日の半分以上が過ぎていた、なんてのはよくある話だが、今回もそんな感覚に近い目覚めだった。
何度か意識が戻りそうになったような感覚はあったが、その度に自分の意思とは関係なく二度寝三度寝を強いられていたような気がする。
とはいえ今回は違う。とてもとても身体は重いが、起きているという実感はある。だがこの身体の重さは異常だ、金縛りにあっているかのように身体が動かない。瞼すらもだ。
背中の感覚から、何か固い物の上に寝ている事は分かる。
そして妙な臭いがする。消毒液? 何らかの薬品のような臭いだ。
覚醒しつつある私の意識を総動員し、瞼を開くという命令を全力で体に送ると、うっすらとだが目の前の景色が目に入ってきた。
見覚えのない低い天井。そして薄暗い灯り。
ここはどこだ? 記憶にある限りでは、気を失う前は貧民街にいたはずだ。
何で気を失ったんだっけ。ああそうだ、パトリシアに首を絞められたのだった。
気を失った後、どこかへ運ばれたのだろうか? それともここは死後の世界なのだろうか? 疑問は尽きない。白い羽の生えた人でも目の前に現れてくれればこの疑問も解消されるのだが。
動かない体にもどかしさを感じつつ、自分がどのような状況に置かれているのかを考えていたが、物音を認識した瞬間に注意はそちらへ向いた。
遠くの方から足音。こちらへ近づいている。扉を開ける音。爪先を触られる感覚。
首が動かせないので確証はもてないが、すぐ隣に人がいることは明白だ。
気味が悪い。身体が動かないので何をされるか分かったものではない。何をされるのかという推測すらも、判断材料が少ないので出来はしない。
様々な不安が入り乱れるが、私の足方面で何やら人の声が聞こえる。
「アリア・B・フリクセル。容姿も一致。この人だな……」
聞き覚えのない声だ。男性だろうか?
聞き覚えがないとは思いつつも、記憶に一致する人物を探していると、私の視界に見覚えのない顔がうつり込む。
「あ。目開いてる? ひょっとしてもう起きてます?」
何だ? 誰だ? どういう事だ? 起きてはいるがまず状況を説明してほしい。私は目の前の男の問いに瞬きを返す。
「なら話が早い。今起こします」
男は一旦私の視界から外れ、何かを取り出すような音が少し離れた場所から響く。男は起こすと言ったが、私の身を起こそうとしたわけではないようだ。何だ? 何をしようとしているんだ?
しばらくすると男は私の視界に戻ってきて、私の口に何かの小瓶を当ててきた。小瓶から液体が注がれ、私の口の中へ入ってくる。気味が悪い。何の液体だ? 薬か? 飲んだらどうなる? 起きてるのが分かってるのならまず説明をしてくれよと思いながら吐き出そうとするも、それすらできないほど身体は動かない。
飲みこむまいと謎の液体を口の中に入れっぱなしの状態が数秒続いた。ココナッツ味とメタル味だ、今にも吐き出したい。
それを見かねてか男は私の口元を押さえながら、脇腹をくすぐってきた。
「んっ……グゥッ……!?」
その影響で口の中にある液体のほとんどを飲みこんでしまった。恐ろしい。いったいどうなるんだこれ。
飲みこんだ液体の嫌な感覚が食道を通っているのを感じる、その感覚が胃あたりに回ってくると――
――――ッ!?
身体に電撃でも流されたような感覚と共に、私は飛び起きた。
引き続き例えようもないショックが身に降り注ぐ。知らず知らずのうちに嫌いな食べ物を口に入れてしまった時もこんな感じになったが、それとはまったく比にならない。
声こそ上げなかったが、先程までは少し開くのがやっとだった瞼ははち切れんばかりに開いていた。心臓の鼓動も異様に早くなっているのを感じる。
「落ち着いて。じっとしてください。」
そばに居た男はそう言う。だが落ち着いていられるか。嫌な汗が止まらない。呼吸も尋常ではないほど荒くなっている。血管は自身の血流によって今にもはち切れそうだ。
「……何を飲ませた?」
喋るのもままならないほど呼吸は荒くなっているが、なんとか言葉にはなった。
「落ち着いてから話します。まずは安静に」
何かを飲みながらリラックスムードで目の前の男は答えた。
何だこの温度差は……というか誰なんだこの男は。それにどこなんだここは。
疑問は尽きないが今はこの男の言うとおりにするべきだろう。今は二、三歩歩くだけで血管が切れそうだ……。
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