望まぬ百合百合

 格式高そうな店に、男物の服を着た女とローブに身を包んだ女の二人組が入る。

 傍から見れば異様な光景だろう。周りの妙なものを見る目は未だに健在だ。

 なるべく目立たないよう端の席に着くと、パトリシアが話を切り出した。


「仁義……いえ、ここでは何と呼ぶべきでしょう? マリアさんでよろしいですか?」


 仁義ね。その名で呼ばれるのもひどく久しい。この世界で私の呼び名が三つあるのを知っている者は多くはない。


「お仲間は私のことをアリアと呼んでいたけどね。あってるけどあってないよね。どこまで知ってて何が目的なの?」


 聞きたいことは山ほどあるが、まずはそれらから訊いてみるとしよう。


「以前渡した物を覚えていますか?」


 察するに暗殺対象のリストのことだろう。私はうなずいた。

 名前を伏せているあたり、私もそうした方が良いのだろうか。暗殺云々のことなど、公共の場で出来るような話ではないし。


「もう残りは多くありません。あなたを含めて、残りは二人です」

「じゃあつまり貴方は昨晩別の場所で……?」


 私がニコラスを尾行していた際、別の場所で暗殺をしていたのかという意の質問だ。パトリシアはそれにうなずいた。ではつまり魚屋の主人の手口は……。


「それじゃあ魚屋の――」

 主人を手にかけたのは貴方なのか、と訊こうとするとそれにパトリシアが割って入る。


「その話は食事が済んでからにしませんか? 無論私が奢ります」


 話が膨らんでいけば殺し云々の話題に行きつくのは必定だ。たしかに飯所でするような話ではないが、だからといってすぐに「じゃあそうします」とはならない。


「残る私を狙っているんでしょう? 料理に何か入れてるんじゃないの?」


 目的は未だにわからないが、先程の話でパトリシアが暗殺に加担しているのは分かった。それ故、パトリシアが私を手にかけないとは思えなかった。


「疑われるのも分かります、ですがその逆です。それにこの食事は贖罪でもあります」


 逆だと? わたしを殺そうとはしていないという事か? それに贖罪だと? 疑問が増えるばかりだな……。殺そうとしているからせめて最後に美味しいものを、ということなら『逆』という意味が解らない。だとしてもそうであるなら、そんな事をわざわざ目の前で説明などしないはずだ。まったく頭が痛い。


 どの道ここでは詳しい話は聞けそうにない。パトリシアの奢る料理に信用が持てないのには変わりないが、空腹もそろそろ限界だった。


 出された料理を毒見させ、食器にも口を付けさせたあたりで、私の疑いと食欲の葛藤は食欲の勝利で幕を閉じた。格式高い店なだけあって料理の質はいいはずだが、口に入れる度に訪れる死への不安が私の味覚をおかしくさせる。美味しいは美味しいのだが、口に入れる度に気が気ではなく、食事中は気が抜けなかった。


 気が抜けなかっただけに、周りの者の会話が自然と耳に入ってくる。「料理に媚薬疑惑」「食器を舐めさせている」「狙っているみたい」等々……。


 ここでも勘違いされているか、今日はこんなのばかりだな……。

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