紐解かれる世界

朝チュンその二。バキバキの朝。

 暖かい部屋。べたついていない身体。

 なんとも懐かしい体験だ、貧民には縁遠いだろう。


「お目覚めですか? お早いですね」


 私から少し離れたところで、銀髪の騎士、ブライアンがそう言う。


「今の時間は?」

「つい先程日が昇ってきたところです」


 実直だからだろうか。あれだけの経験をした後でも、仕事に間に合うような時間に起きてしまうのは。いいや、おそらく貧民が板につきすぎてきただけだろう。なにせ今はあっても無くても変わらないような額しか持ち合わせがない。


「新聞の配達があるので、そろそろ失礼します」

「そうですか。くれぐれもお気をつけて」


 筋肉痛でバキバキになっている身を起こす。

 運動をした二日後に来ないだけ私は若いといえるのだろうか? 今に限っては二日後に来た方がマシかもしれない。欲を言えば当日中に来てほしい。


「何から何までありがとうございます。この御恩はいつか」

「いえいえお構いなく。騎士として当然のことをしたまでです」


 ここまで騎士然とした騎士を、この騎士団で見ることになるとは思わなかった。

 いるものなのだな、絵に描いたような善人も。


 痛む脚で立ちあがり、寝崩れた服を整える。

 私が今着ている服は、汗とトマトの染み付いたものではない。

 男物のシャツ、元はブライアンの物だ。昨日の晩、惜しむそぶりも見せずに私にくれた。殺されそうになっていたところを助けてもらい、寝る場所とシャワーを貸してもらい、服もくれた。まったく頭が上がらない。


 去り際に私は深く頭を下げ、部屋を後にした。B隊隊長室をだ。


 以前図書館でこの時代の騎士団の事を調べていた際に、隊長の欄にブライアンという名が載っていた。よくある名前なのでまさかとは思ったが、彼がそうだったようだ。

 B隊は主に迎撃や攻撃が担当の隊だ。その隊の隊長の彼の実力は、相当なものなのだろう。でなければ暗殺者のソーサーが、彼と対峙した途端に退いた理由の説明がつかない。


 部屋の外、騎士団本部内で何人かの騎士にすれ違った。怪訝な目で見ていたな……まあ男物のシャツを着た女が、早朝に男の部屋から出てくれば何を考えるかは想像に難くない。

 実際は何も起きなかったが、いちいち説明もしていられない。

 それに彼の性格を考えれば妙な噂も立つまい。それほどまでの紳士だ。


 だがしかし、昨日の晩何故あの場に彼がいたのだろう? おかげで助かったわけだが、あんな時間に外を歩いているのは妙だ。警備担当のE隊の者であるならまだ分かるが……。


 彼の部屋に置いてあった飲み物は、アルコールの入っていないものばかりだった。体や息から酒の臭いもしなかったし、酒を飲むために深夜外に出ていたとは考えづらい。

 他にあの時間外を歩いていた理由として考えられそうなのは、娼館かカジノくらいか、だが彼の性格を考えればどちらも不似合だな……。


 偶然? だとすれば相当な幸運だな私は。

 勘繰っても理由は分かりそうにない。今は彼と幸運に感謝するとしよう。


 早朝には、警備の騎士も街に姿を現し出す。

 私はそれらに紛れて、唯一の食い扶持である新聞販売店へと向かった。

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