脱ニート

 一晩夜を明かすと、職無しの貧民マリアに変化が訪れた。

 何が彼女にそうさせたのか、彼女は新聞販売店で働いていた。


 客観的に見たらそのような感じだろう。

 理由は複数。


・パトリシアが歴史を大きく変えている。故に、私の歴史を大きく変えないようにしようという考えも、もうほとんど意味を成さなくなった。

・この世界の情報を得るにあたり、いち早く新聞を目に出来る新聞販売店での仕事は、都合がよかった。

・仕事内容が配達だけなら、拘束される時間は朝方だけで済む。一日の残りの時間は聞き込みに当てられる。

・単に食費が要り様。


 色々と私にとって条件の良い働き口ではあるが、客観的に見れば貧民が新聞配達を始めただけに過ぎない。昨日は路上で寝たし、我ながら貧民ぶりが板についてきた。


 昨日パトリシアが渡してきた暗殺対象のリストは、私が路上で寝ている間に缶詰めに変身していた。おそらくパトリシアのしわざだろう。


 盗難であるなら、缶詰めが私の懐に入れられているわけがないし、そもそも盗られる程の物じゃない。

 私を気遣っているつもりなら大人しくしていてくれよ。あとどうせなら缶切りも一緒に入れておいてくれよ。


 何が目的なんだよパトリシア。

 相変わらず分からないことだらけだが、やる事は昨日と変わらない。

 聞き込みだ。それしかないのかよと言われても、そうだとしか返せない。人探しを誰かに依頼する財力も、広いコネクションも、ぽっと出の貧民は持ち合わせていないのだ。



 

 朝、新聞配達の仕事を終え、そのまま新聞販売店付近で聞き込みを開始した。

 昨日の港付近とはまるで異なる場所だ。違う場所で、違う結果を期待したが、今日も同じ結果になりそうだ。未だにどこにいるかの手がかりすらつかめない二人はともあれ、パトリシアはこの町に居るはずなのだが……。

 



 結局、昼下がりまで聞き込みを続けたが、何の進展もなかった。

 地味な作業だ。明日も明後日も、これを続けなければならないのかと思うと気が重い。

 場所を変えようかと、重い空気をひっさげながら歩いていると、


「やあマリア。今暇かい?」


 聞き覚えのある声の主が私の肩を叩いた。振り返ると、声と同じように見覚えのある顔がそこにはあった。私が働き始めた新聞販売店の者だ。


「どうでしょう。どちらとも言えません」


 何か頼みごとだろうか? 手に持っている号外の束から察するに、お前も配れとでも言うのだろうか? 報酬次第では構わないが……。


「察しが良いね。店にまだストックがあるから、動けそうなら動いてくれよ」

「考えておきます。一枚頂いても?」


 号外ね。当時の私は都にいなかったから見てはいないな。どれどれ内容は……。


『暗殺により主人を失った未亡人、焼死体で発見される。その真相とは――』


 まどろっこしい書かれ方がされているが、要は魚屋の夫人のことだろう。

 昨日パトリシアに渡されたリストに名があったので、彼女も暗殺のターゲットであることは知っていたが、もう手にかかったのか……。延びた命は一日だけ、伸びなければ夫と一緒に死んでいた。昨日今日に死ぬと分かっていれば、当人達はどちらを望んでいたのだろう。真相は分からない。


 だが暗殺されたにしても、主人の方とは手口が違うな。

 喉を刃物で切られるのと、焼かれるのではまるで違う。


 なんだか妙だ。


 主人の暗殺はスマートだったといえる。不意を打っての、必要最低限な一撃だった。

 だが今回の夫人はどうだ、焼死体で発見されただと? 同じ者が手を下したとは思えないな。様々な想像は次々浮かんでくるが、所詮は憶測だ。現場に行ってみよう。

 パトリシアが暗殺に絡んでいるのなら、現場に姿を現すかもしれないし……。



 

 号外に書かれていた場所へ来てみると、案の定人だかりができていた。

 今回は情報を得たのが遅かった分、騎士に先を越されてしまったな。


 死体はこの場にはなかったし、それほど現場に近づく事も出来なかったが、遠目からでも十分にそれは確認できた。


 壁に残る焦げ跡。焦げ跡には手形など、抵抗の痕跡がある。

 つまり、夫人はここで焼かれたということか。おそらく生きた状態で。


 やはり妙だな。主人は声も上げられないよう喉を切られて暗殺されていた。だが夫人は生きたまま炎を浴びせられた。当然苦しみの声を上げ、のた打ち回ったことだろう。


 趣向がまるで正反対だな。やはり同じ者が暗殺したとは思えない。

 そして、本来は両名とも火事による暗殺で亡くなるはずだったのだ。


 つまり、この場合おかしいのは主人の手口だ。


 夫妻を暗殺した者が、それぞれ違う人物だと仮定して考えてみよう。

 本来暗殺を実行する者とは別の者が、主人を手にかけたという事になる。そして、何故本来の歴史とは変わってしまったのか。答えはもちろん私達が関係している。


 私達は本来この時代にはいないイレギュラーな存在だ。そして、パトリシアは何故か暗殺に加担していると予想される。


 我ながら信じたくない仮設が浮かんできたものだ。


 まさかとは思うが……。主人を暗殺したのはパトリシアなのか?


 信じたくはないが、そうであるのなら一つだけいい点がある。

 昨日パトリシアが見せてきた、あのリストに載っていた者を追えば、暗殺をする為に近づいてくるパトリシアにも会える可能性がある。


 あのリストはもう私の手元にはないが、見くびるなよパトリシア。

 こっちは独房で過ごした最後の日に、この世界のセシリアが渡してきたあのメッセージを全て丸暗記しているんだ。その上最近は何かある度「十年前の未来に起きる事を思い出す」という行為をしている。何かを記憶する事と、思い出すという行為自体に慣れてしまっているのだ。昨日の晩という、新しい記憶を思い出すことなど造作もない。


 熟読したわけではないので、名前以外の情報は少々怪しいが、リストに載っていた者の名前くらいは軒並み思い出せる。

 未確認生物に、居るか居ないかもわからない人物と比べれば、はるかに見つけやすい事だろう。まずは手の届くものから取り掛かるとしようか。

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