謎が謎を呼ぶ邂逅
私の読みは外れていて、暗殺の対象は魚屋の主人だけだった。そうであってほしい。
何が歴史を変えた?
考えるまでもない。本来の歴史にはいない存在、私達だ。
おそらく間接的にだろうが、我々がいる事により歴史が変わったのだろう。
私がこの魚屋付近にいたからか? それともどこで何をしているか分からないパトリシアが何かしたのか? あるいは元の世界のセシリアか?
歴史が変わった理由に、自分が噛んでいないとは考えられなかったからか、普段では考えられない速度で走ることが出来た。
息はあがり始めているが、まだ休むには早い。
魚屋の中へ目を通し、夫人を探す。
夫人の顔は知らないが、女性の店員はいた。それに近づくローブ姿の者も……。
……まったく驚愕だ。
これから暗殺されると知っている人物に、ローブ姿の者が近付いていれば、その者は暗殺者だと思うだろう。
暗殺者を見つけた。それがターゲットに近づいている。その光景を目にしたらそれは驚愕だろう。だが私が驚愕した理由は、それらとは別のものだった。
ローブ姿の者の顔には、見覚えがある。
白い肌に、陰鬱な表情……。
これに紅い髪もあれば確定だったが、髪は隠されていて分からないな。
だが踏み切るには十分だ。
「パトリシア!」
魚屋の夫人らしき人物に近づくローブ姿の者に対して、私は声をかけた。
「――――!」
反応があった。自分の名でなければこうはなるまい。
手を引き、顔を正面へ向かせる。
――彼女だ。
陰鬱な庭師。私の知らない所で脱獄していた連れ。
パトリシアの姿がそこにあった。
思わぬところで、思わぬ出会いがあったものだ。
人目に付く所で出来る話でもないし、パトリシアが夫人の暗殺を企てているのならそれはそれで問題だ。私はパトリシアの腕を引き、人目のつかない場所へ連れて行った。
訊きたい事は満載だ。ついでに文句も満載だ。ええい、何から言うべきか……。
「何でこんな事してるの? 脱獄したのは知ってる。それに加えて暗殺に加担してるとか言わないよね?」
返答はない。「何故それを知っているんですか?」なんて答えを予想していたのだがそれすらもない。何だ? いつもと雰囲気が少し違うな。感情があるのかすらも疑わしい表情だ。表情から何も読めない。
「……じゃあせめて脱獄した理由だけでも訊かせて」
返答はない。
「怒るよ、いい加減。何なら答えてくれるの?」
返答はない。ああ、もどかしい。
何を訊いてもこうなるのか? じゃあ訊き出すのは追々にしようか……。
だとしてもどうするべきか。
ここでのパトリシアは脱獄囚だ。彼女を抱え込みながらでは私も動きづらくなる……。
今後の事について考えていると、突然パトリシアが、ハッと何かに気付いたようなそぶりを見せ、私の胸に何かをよこしながらこう言った。
「逃げてください」
言われた言葉の意味を考え、胸によこしてきた物を手に取っている間に、パトリシアは路地裏に消えてしまっていた。
実は幻覚を見ていたのではと疑ってしまうくらい、パトリシアは忽然と姿を消した。
「なんなんだよもう……」
分からないことだらけだ。
喚き散らしたくもなったが、我慢だ我慢。
一人取り残された路地裏で、私は渡された物に目をやる。
パトリシアに渡された物は数枚の紙だった。
最近こんなのばっかりだな……。
半ば慣れた手つきで紙をめくってみると、驚愕の内容が目に入ってきた。
内容は人物のリストだった。誰だかは知らないが、紙一面に、ある人物の情報が事細かに書かれてあった。容姿や、普段どこにいるか等々……。
紙をめくっていくにつれて、それが何なのかは分かってきた。
中にはあの魚屋の夫婦の事も書かれていた。暗殺対象のリストだな、これは……。
ここで先程のパトリシアの台詞と、この世界のセシリアのメッセージが脳内へ蘇ってくる。『逃げてください』『貴方の命もこの世界で狙われないとは限らない』
嫌な予感はしたが、そのまさかだ。
渡された紙の中には、私の情報もあった。
とはいっても当時の、この世界の私の情報だ。マリアではなく、アリアの方だ。
私の知らない所で、十年前私は命を狙われていたのか?
だとしても誰に?
疑問は尽きない。
暗殺を目論む組織があったとして、何故それにパトリシアが加担している?
謎が謎を呼ぶ。
まいるしかない。ひどいオーバーロードだ……。
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