エビ共の幻聴

 誰の目から見ても分かるくらい食べ過ぎたからか。あるいはこの選択の問題点が分かってきたからか、私の足取りは徐々に重くなっていた。


 やろうとしている事は客観的に見たら、泥棒にしか見えない。

 貧民街の者が、騎士団本部へ入り込み、隊長室の隠し通路へ。どう考えても見つかったら罰されてしかるべき内容だ。


 それにこの時代の騎士団事情はまだ不透明だ。まだ予想の域を出ないが、おそらくこの時代のセシリアはC隊の隊長ではない。であれば保険はない。

 隊長室に隠し通路があるとも限らないし、その奥にタイムマシンの類があるとも限らない。あったとして使用できるとも限らない、行きたい未来へ行けるとも限らない。


 リスクの割に問題だらけだ。


 出汁に浸かったエビ共の声など聴くべきではなかったのか、と後悔の念が襲ってくる。

 だがもう目と鼻の先という所まで、C隊の隊長室へは近づいてしまった。


 騎士団には制服の類がなくて助かった。大学などと同じで、中に入れさえすれば部外者でも怪しまれない。当然のような顔をして歩いていれば尚更だ。C隊の隊長室までのルートは、ひどく歩き慣れてしまっているし、道中私を怪しむ者はいなかった。

 今なら、出口が分からなくて迷っただけの者としてこの場を後に出来るが……どうしようか。


「ここを調べる機会は今しかないんだろ? 行ったらどうだ?」

「いけません。リスクが高い上に確実な結果を望めません」


 人形劇のように、私の頭の中ではそんな意見が対立している。

 一人っ子の一人遊びや、独り暮らし中の独り言のように、誰とも話す機会が無くなると、このような事が多くなるのだろうか。これはあれかな、俗にいう、私の中の天使と悪魔が囁くという奴かな?


 エビ共の次は天使と悪魔か。まったく孤独は辛い。

 だがお前達にかまっている暇はない。結局行動を起こすのは私自身なんだ。


 あわよくば――だ。


 せっかくここまで来たわけだし、留守な上に鍵が開いていれば調べてみよう。

 そんな都合のいいことがあるわけないだろうと思いながらも、私はいつも通りの足取りでC隊の隊長室へ近づき、扉を叩いた。


 場は静まり返っている。中に人はいないようだ。

 それでは、と私は扉を開けようとしたが――開かなかった。


 よし、この場を離れよう。


 こじ開けようとしているのを目撃でもされたら大変だ。

 そもそも道具がないからできない。


 あわよくばやる、計画は、あわよくはならなかった。故に遂行されることはなかった。さあ、怪しまれる前にこの場を後にしよう。まだ誰にも見られていないし。


 この場を後にするべく踵を返すと、遠くにこちらへ向かってくる白髪の男性が見えた。

 それに一瞬心臓がびくつく。見られていないよな……。


 動揺を押し殺しながら、ここにいるのは当然、という雰囲気を装いつつその場を後にする。遠くにいた白髪の男性との距離が近付くにつれて、動機は大きくなるのを感じたが、落ち着け私……平常心だ。


 すれ違いざま、私の方を見ている視線を感じたが、声をかけられるという事はなかった。

 ギリギリ? ギリギリばれてはいなかったかな?


 後方で鍵を開け、ドアを開ける音が聞こえる。

 部屋に誰もいない事も、鍵がかかっていたのも妙に思ったがやはりそうか。

 この時代のC隊隊長はセシリアではないな……。ああ危ない所だった。

 やはりエビなんぞの声には耳を傾けるべきではなかったな……。

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