孤独な戦い
ブイヤベースに諭されて
一晩寝かせたカレーは美味しくなるというが、私の不安や苛立ちもそれと同様だった。
今、私は独房の中ではなく、騎士団本部の食堂で食事をしている。セシリアの計らいで、独房の外へ出られるようになったからだ。朝方、ここを出ていけと連絡があったが、一昨日の晩から食事をしていないとごねたら情けをかけてくれた。そして今に至る。
単に長い間食事をしていなかったのもあるが、それとは別の理由で私の手は軽やかに動いていた。軽く注目の的だな、私が何杯食べるかで賭けをしている者もいる。
だが周りの目などあまり気にはならなかった。それほど私の不安と苛立ちはこの一晩を経て円熟していたのだ。私は周りの目など気にせず、腹の中で煮えたぎる負の感情に、蓋をするように料理を腹へ詰め込んでいた。ストレスでドカ食いして太る者の気持ちが今ならよく分かる。
昨日、セシリアが新聞紙に仕込んだ紙に書かれた内容を見て、私がこれから何をするべきかは分かった。同時にそれについての問題もだ。
おそらく問題の方が深刻だ。そうでなければ、今頃とっくに食事を終えている。
昨日の、あの紙の内容から考えるに、私の置かれた状況はこうだ。
『元の世界に帰るには、この世界のどこにいるかもわからない二人のうちどちらかを見つけなければならない』
その二人とは、この世界のD隊隊長ダイアナ。もしくは元の世界のセシリアだが……。
ダイアナさんに関してはまるで面識がない。というのも、ただでさえ騎士の隊長の目撃例は少ない。その中でも飛び抜けて目撃例が少ないと言われている人だ。当然私もどこにいるかは分からない。ダイアナさんと同じD隊の副隊長だった友人も、実際に目にした回数は両手じゃ余るほどだと言っていたし……。
ダメ元でその辺にいる騎士に訊いてみたが、皆当然のように「知らない」と返すのみだ。今も昔も未確認生物のような扱いを受けているようだ。難題その一。
元の世界のセシリア、この世界からしたら十年後、私からしたら元の世界のセシリアは、そもそもこの世界にいるのかどうかも分からない。いたとしても私達と同じく、本来この世界にはいないイレギュラーな存在だ。どこにいるかは全く予想がつかない。セシリアと名乗っているとも限らないし、この国にいるとも限らない。難題その二。
どちらを探すにしても、そう簡単には見つかりはしないだろう。ああ気が重い。
しかもその上、頼みの綱であったこの世界のセシリアの助けは受けられないようだし、難易度は更に跳ね上がった。
しかもしかも、私と一緒にこの世界に来てしまった連れのパトリシアは、私が独房で大人しくしている間に脱獄したときた。探し人が一人増えた上に、面倒を起こされては流石にカチンとくるものがある。今頃どこで何をしているんだ……。
状況整理をしていたらまた苛立ってきた。おかわりだおかわり。
盛り付け担当の者は、私がおかわりを要求してくるのにも、もう慣れた様子だ。
量の程度を聞いてもいないのに、ブイヤベースの具を大盛りでよそってきた。
朝からブイヤベースとは……ずいぶん豪華だな。過去の私はこれを食べ損なっていたのか。朝からブイヤベースが出た日の記憶などないし、十年前といえば丁度友人の騎士と一緒に都を離れていた時期と重なる。
もうかれこれ席と鍋の元を何往復したのかも忘れた。
だがストレスという後押しがあるにしてもないにしても、いずれ限界は訪れるものだ。
食べられるのは今盛られている分でせいぜいだな……。これを食べ終わったら手がかりの無い、ハードな人探しの旅が待っている。
そう考えると気が重いが、やるしかない。
だとしても何から取り掛かる?
未確認生物。居るか居ないかもわからない人物。行動理念がまるで読めない脱獄囚。
どれもどれだ……。
どれでもいいという時ほど、何を選んでいいか分からない。そして適当に選ぶと、選んだ瞬間にやっぱりこれはないなという気がしてならなくなる。
運に任せるか……ブイヤベースの器にフォークを入れ、刺さった具で決めよう。
玉葱ならダイアナ。エビならセシリア。魚ならパトリシアだ。
覚悟を決めた私は、適当に具をかきまぜ、目を閉じて器にフォークを入れた。
コンコンと、食器とフォークが当たる音がする。
だがそれだけだ。何かに刺さった感触はない。
ハッ。どれでもないって? それとも自分で決めろとでも言うのかブイヤベースよ。
……待てよ。
どれでもないというのは意外とありかもしれない。というのも、なにも元の世界に帰る手段があの二人だけとは限らないからだ。
思い出してみよう。こうなった原因、そのシチュエーションを。
C隊の隊長室の隠し通路の奥――。
タイムマシンやら何やらで私が過去に来てしまったと仮定しよう。そしてこの世界でもあそこにそれがあるとも仮定してみよう。今が最大のチャンスなのではないだろうか?
この世界での私は、貧民街のマリアだ。騎士のアリアではない。
部外者は特に理由もなく騎士団本部には入れない。既に入れている今、この状況を活用すべきなのではないだろうか?
そう伝えたかったのかブイヤベース?
心の中でそう唱える。返答はなかった。当たり前だ。
だがブイヤベースを食べ尽くした私の足は、C隊の隊長室の方面へ向かっていた。
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