omen

 はじめのうちはドッキリなのかもと思ったが、それにしては手がこみすぎだ。

 たかだか二人の為だけに、街全体を作り変えるなど考えられない。


 考えのまとまらない私に対して、私の意思とは関係なく進む荷馬車は、無慈悲にも次々とその不可解な光景を私の視界へ運んでくる。


 何の冗談だ。幻覚でも見ているのか?

 いまだにそうだと思いたい。そうでなければ、この状況をどう説明する。

 感覚はしっかりしているし、この場にいるのは私だけではない。

 目の前にいるパトリシアも、薄々この状況には疑問を抱いているようだった。


「……かもね」


 この場合、意思疎通にはそれだけで十分だった。

 いまだに結論は出ないが、どういうわけか過去の世界に来てしまったのでは、という推測にひどくオッズが上がる。


 そんな推測、外れてほしい。

 あの部屋自体がタイムマシンだったのか? それとも何かの装置が奥にあったのか?

 疑問は尽きない。だとして、何故パトリシアまでもが巻き込まれているんだ?


 そのことについて軽く尋ねると、私が隠し通路の奥で気を失ったの見て、助けようと自分も奥へ行ったら、気付けばここへ、と。半ば想像できた答えが返ってきた。


 この状況に比べればよっぽどわかりやすいよ。

 尽きぬ疑問について考えを巡らせるのが嫌になってくる頃には、荷馬車の動きは止まっていた。


「まずは事情を聴きますので」


 そうして、私達は取調室のようなところへ通された。

 都へ戻る騎士の荷馬車に乗っていたから、つまりここは騎士団本部か……。


 過去の世界に来てしまった理由について考える事から、逃避をするようにして、ここまでの経緯を思い出す。現実逃避? この場合現実とは何なのだろう。何が現実で、何がそうでないのかよく分からない。


「あの……何か答えてもらえませんか?」


 目の前で、何の面識もない男がそう言う。

 ブライアンと名乗った男でもない。この男はいつからいたんだっけ? 

 目の前の男が何を話していたのかもまるで覚えていない。上の空とはまさにこの事だ。


 何か答えろって? 説明などできるか。「未来から来ました」なんて話そうものなら、おめでたい人だと認識されるのが関の山だ。この世界で私達の事情を知る者など――。


 そこまで考えたあたりで、よく知る人物の顔が頭に浮かんだ。

 セシリアだ。この状況を生み出した理由にも絶対関わっていることだろう。というかそうであってほしい。そうでないと困る。


 この世界が私の元居た世界と比べて、何年前の世界なのかは知らない。だが事情を知っていてくれよ……頼むよ。セシリア隊長。


「あなたはC隊の人ですか?」

「ええっ? そうですが……」


 おそらく会話の流れなど完全に無視した発言だったのだろうが、そんな事はどうでもいい。誰だか知らないが、貴方じゃ話にならん。セシリア隊長を出してほしい。そんな考えが先行していたからか、事情聴取などをしているこの男が、C隊の所属であるという予想に基づいた事を、私は口走っていた。

 何で分かったんだ? とでも言いたそうな表情をしているがそんな事は知るか。


「でしたら同じC隊のセシリアさんを呼んではもらえませんか? 彼女以外にはどうにも話し辛い状況でして……」


 男の目が、だんだん怪しいものでも見るような目になってきたが、気にはならない。こっちとしては頼れそうなのは、あの人ぐらいしかいないんだ。


「セシリア……成程、確認します」


 なんだかセシリアという名を出されて、それに妙に引っかかった様子だった。

 目の前の男が、確認の為にと席を外している間。その様子が何を意味するかを考えていた私の頭には、新たな不安が浮かんでいた。


 まさかセシリアがいないくらい昔に来てしまったわけではないよな……。

 いくら性格に問題があるとはいえ隊長だぞ、あの男からしたら同じ隊のトップだ。知らないはずがない。セシリアがいないとなると本当に何も当てがなくなる。それだけは勘弁願いたいと、何かに必死に祈っていると、先程の男が戻ってきた。


「セシリアは現在ここにはいません。戻ってくるには数日かかります」


 本来は喜ばしいとは言えない返答だが、この場合においてはそうではない。

 セシリアが、いる。

 そうと分かっただけでも十分な収穫だ。


「では待ちます。彼女以外には何も説明できません」


 面倒な奴を見る目で、男は私達を見返してきたが、しぶしぶ条件を飲んでくれた。

 ああ、面倒な客だろうさ。だがこっちはそっち以上に面倒な状況に身を置かれているんだ。申し訳ないと思う気持ちもほとんどなかったし、セシリアが戻ってくるまで牢で過ごしてもらうと言われても、それを苦痛だとも思わなかった。


 私と男の会話を横でずっと黙って聞いていたパトリシアだが、私と置かれている状況が同じな以上、何をするべきかは分かってくれているだろう。


 不思議となんだか彼女がニヤついているように見えたが。セシリアの存在を知り、安心していた私はそれを気には留めなかった。

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