意識外の露出旅行

 中々に焦ったが、なんとか状況は理解してくれたようだ。あーよかった。心底よかった。


「状況は分かりました。ですが、ここはどこなのでしょう……?」


 状況を理解したと思えば、途端にいつものテンションに戻ったな……。身体を手で隠しながら……もっと厳密にいえば胸の中心を両手で隠しながらパトリシアはそう言った。


 腕の隙間に滞在する豊満な乳房に、嫌でも目を奪われる。おっと、レズじゃないよ?

 いつも露出という言葉には縁遠い服装でも、彼女の胸のボリュームは隠しきれていなかったので想像はついていたが……それでもやはり生で見ると、そのボリュームに圧巻する。


 紅い髪が、とてもとても白い肌に相まってよく映える。髪伝いに視線を移すと、彼女の複雑な表情が目に止まった。


「……見ないでください」


 質問に答えるまでの間が長かったからか、あるいは私の目線を感じてか、パトリシアは目を合わさずにそう言った。

 先程までの、誤解をされているのでは? という焦りが抜けきっていないことから、気遣いをすることもなく、ストレートに私はそれに答えてしまった。一応言っておくと、言い終わる直前くらいにはそれは自覚していたが、無論それはとうに手遅れだった。


「ああごめん……あまりにもグラマラスだったから……」


 せっかく丸く収まった事を、自ら掘り返してしまった……。

 パトリシアの変わらない表情が、私にそう思わせる。

 だが、返ってきた言葉は全く想像の外にあるものだった。


「胸ではなく、傷跡をです……」


 考えの外にある事が口にされ、返答とする言葉はすぐには浮かばなかった。

 伝染病。影響。神経。麻痺。受容体。気分。鬱……。自傷行為。

 私は一応彼女については、もとい彼女の伝染病の事を調べていた過去がある。すぐには浮かばなかったにしろ、パトリシアが『傷痕を見ないでほしい』と言った理由も、乳首ではなく胸の中心を手で隠している理由も分かった。


「ああごめん……そんなつもりは……」

「…………」


 返答はない。

 いつもの陰鬱な雰囲気より、不安さが勝るのを汲み取れるような表情だった。

 自傷痕は他人に見られたくない。私にはそのような経験はないが、おそらくそうなのだろう。そして全裸でありながら、乳首以上に隠すのを優先したり、普段の厚着具合から察するに、その気持ちは並々ならぬものなのだろう……。


 ――――。


 どうともならなく、どうにもできないような雰囲気が流れるこの場に、風の音が割って入った。全身の肌に風が当たるのを感じる。そうだ。半ば意識の外にあったが、パトリシアだけでなく、自分も全裸であった事を改めて認識した。


 どうしよう……。

 気にするべくはパトリシアの事だけではない、この状況そのものだ。


 強姦されているわけでもないし、身に着けていた物に金目の物が無かった以上、全裸なのはまあいい。何かを着ればいいんだし。だが、ここはどこだ? 何故野外にいる? いや、考えても答えは出ないか……まずは適当に人のいる所に向かうべきか……。


 今後の事について考えていると、突然聞き覚えの無い声が私の耳に届いた。


「どうされたのです?」


 丁寧な口調にだけ耳を傾ければ、パトリシアの発言かもと思う事だろう。

 だが、声は全く似ても似つかない。完全にそれは男性の声だった。


「ふぁっ……?! えっ……!?」


 考え事をしている最中に話しかけられたからか、あるいは全裸でいる中異性の声が聞こえたからか。なんとも情けない声が私の口から洩れた。

 手はそうしようと考える前から胸を隠そうと勝手に動いた。全裸でいる中、突然男性に話しかけられたと思えば当然そうなるよね。いや、誰も共感が得られる状況ではないか。


 振り返ってみると、銀髪の男が目を逸らしつつそこに立っていた。


「賊にでも襲われたのですか? それともお邪魔でしたかな……?」

 目線をこちらに向けないまま、銀髪の男は私達へ語りかける。


「い、いえ……いや、そうです。えー……気付いたらここにいて……」


 正直なところ、他人に説明できるほど私も状況は分かっていない。だが助けが期待できそうな現状、そういう風にしていた方がよさそうだ。


「そうですか。それは災難でしたね。我々はこれから都へ戻るところなのですが、ご一緒されますか?」


 男は着ていた上着を脱ぎ、こちらへ投げてよこしながらそう言った。紳士的な男で助かった。そうでなかったら本当に貞操が危なかったかもしれない。

 というか腰に剣を下げているあたり騎士なのか? なんとなくの疑問を、投げられた上着をパトリシアへ着せながら、私はぶつけた。


「ええその通りです。私はB隊のブライアンと言います」


 騎士で、B隊。B隊にはまるで馴染みはないし、ブライアンという名にも全然覚えはないが、とりあえず安心した。その簡素極まりない隊の名が、私の知る騎士団の隊の名と同じであるということが分かったからだ。

 とりあえず元居た場所へは帰れそうだと安心し、ブライアンへついていくと、後ろからパトリシアが耳打ちをしてきた。


「この上着には血の臭いが染み付いています。それに嫌な感じがします。警戒を……」


 荷馬車に乗っての、最初のうちはそのことについても真剣に考えていたが、既視感のある街並みが見えてきたあたりで、その考えもあえなく霧散した。騎士の名を語る賊ではなかったな。血の臭いの要因は、都の外にいる騎士だからだろう。一般人は知らないだけで、国境付近ではトラブルが~なんてのはよくある話だ。


 見ず知らずの場所から、知っている所へ帰れたと安心しきっていた私の脳は、これ以上の心配事を増やすまいとパパッと結論付けをしたが、まあ、あながち間違ってもいないだろう。間違っていたのだとしても帰れたのだから真偽はどうでもいい。


 門をくぐり、見慣れた街へ入ったのを確認する。さて、まずは何をするべきかと考えていたが、いまだに複雑そうな表情をしているパトリシアが目に止まった。


 まずは服を用意しないと、かな……。

 などと思ったが、すぐに服のことなどどうでもよくなった。


 街には見覚えがあった。こういった場合喜ばしいことなのだろう、自分の元居た場所へ戻ってこれたのだから。

 だが『そうであるからこそ』私は、目に映る街並みに絶句することになる。


 ……見たことある景色だけど、何か古くね……?


 知っている家が無かったり、とっくの昔に潰れた店があったりと、目を疑う光景がそこにはあった。

 今はいつだ? いや、これは現実か?

 荷馬車から身を乗り出し、信じられない光景を目の当たりにしている私には、上やら下やら隠すべきものが、様々な人の目に止まっていたのを確認している余裕など、到底なかった。

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