懺悔6

神父はむせ返りそうになるほどの臭気をハンカチを口元に当てて耐えていた。

この臭いは木材の間から染み出て足元に溜まっていく緑の膿んだ液体のせいだろうか?

淡々と語られるこの異常な男性の妄想は現実味を帯びて徐々に足元から侵食してくる。

神父は全身に走る悪寒を必死に耐えながら言葉を発した。


「あなたは愛すべき者を殺してしまったことを悔い改めますか?」


正直、これが真実なら殺人の告白だ。ただちに警察に連絡し、この異常者を捕まえてもらうべきだがこの嵐の上にこの男性の異常性。

神父は一秒でも早くこの異常者を追い出すために懺悔を終わらせたかった。


「神父様、その言い方では誤解が生まれてしまいます。」


異常者の思いにもよらない返答に神父は困惑する。

この男は言葉の意味すら理解できない異常者なのだろうか?


「では、あなたは何を懺悔しにきたのですか?」


「神父様も人が悪い。本当は気付いていらっしゃるのに私の口から言わせるんですね。

私の罪は彼女と完全にひとつになれなかったことです。」


「で、では愛すべき者の命をうばってしまったことではないと?」


「それは結果的に起こってしまった事故です。彼女も求め納得した上に起こった悲しい事故なのです。」


狂ってる……。

この狂気的で自己中心的考えの異常者から神父はとっさに逃げ出したいと感じるほどの本能的恐怖を覚えた。

しかし未だかつて感じたことのない恐怖で体は竦み、いつしかくるぶしまで這い上がってきていたぬめりとした緑の液体に身の毛もよだつ嫌悪感を抱き、指先ひとつ動かすことが出来なかった。


「神父様、神は私をお許しになるでしょうか?」


この異常者は罪を履き違え、天に唾を吐くが如き暴虐的思考は許しを請うどころか人を造りし神へと冒涜行為であった。

いま、神父は試されていることに気が付いた。これは神からの試練であり、信仰心を試されている。

神父は神の変わりに言葉を伝える代弁者であることを再確認すると気持ちを落ち着変えるため咄嗟に大きく息を吸い込んだ。

肺の中に入り込んだ濃厚な異臭は神父の胃をも刺激して余りの嫌悪感から体は痙攣を始める。

胃から込み上げてくる圧迫に耐えられず、足元へと吐瀉物を撒き散らかした。

口元を押さる余裕もなく鼻腔から侵入してくる異臭に止めどなく何度も込み上げてくる嘔吐に苦しみの地獄を味わい神父は信仰心を捨てた。


「神はぼぅえええぇぇぇぇ……あなだのづみをおえぇぇ、ゆ…ゆるしまず」


口からも鼻からも吐瀉物を垂れ流しながら神父は苦しさから涙を流していた。








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